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だから私は!!  作者: 海蛇
第三章.悪鬼の監獄編
48/62

#48.うしにくやきたい


「――ぐぅっ!?」

「セシリアっ!」


 姿勢を低くしてのミノスのタックルは、その双角の鋭さからセシリアからしても相当に受け止めにくい攻撃で、押し返すこともできぬまま弾き飛ばされてしまった。

足から着地できたためそのまま立っていられたが、すぐに止まり低くした頭を突き上げたミノスを見て、「弾かれなかったら天井に叩きつけられたか」と、緊張から喉を鳴らす。

声をかけてくれたシェルビーなど意識する事もできず、ミノスにだけ集中しそうになり――


「セシリアっ」


 けれど、その声は、心配だけではなさそうだと、声色から違和感を覚え、一瞬だけ後ろへと視線を向ける。

シェルビーは、自分よりも幾分離れた場所で座り込んでいた。

けれど、その手は……地面に触れていたのだ。

足の負傷から動けずというなら、傷ついた患部を抑えていそうなもの。

その方が止血も早く、撫でていれば痛みが和らぐことだってあるのだから。

だが、彼はそうしていなかった。


(……そうかっ)

「上手くかわしたわねえ? でも二度、三度と上手くかわせるかしらぁ? 行くわよ!!」

「――っ! うぁぁぁぁっ!!」


 再び姿勢を低くし、ぐぐ、と足に力を籠め――突っ込んでくる。

シェルビーの仕草、そして足元に意識を回し、セシリアは……後方へと大きく飛びのく。

ミノスはそれを見て「距離を離したところでねぇ!」と、口元を大きくにやつかせながら突し――


「なっ、うごぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

《ズドォンッ》


――足先が何かに引っかかり、顔面から床面を抉るように叩きつけられた。


「へっ、ざまあねえぜ。セシリアにばっかり集中してるからこんなことになるんだ」


 まるでミノスを真似するように口元をにやけさせ、シェルビーは立ち上がる。


「足を負傷したと思っていたが……」

「あんなもんで怪我扱いなんてしたら笑われちまうぜ! なあ!」


 この通りよ、と、セシリアに見せる様にひょこひょこ立ったり座ったりして見せる。


「う、ぐ……まさ、か、ブラフに騙されるだなんてねえ……」

「さあ、仕切り直しだぜセシリア。相手はこれで足元気にしながら戦わなきゃいけなくなる。いくらかはやりやすくなっただろうよ」

「全く君という奴は……! 行くぞ! ミノス!!」

「舐めるんじゃないわよぉ!! こんな罠如き……!!」


 大きな目をぎょろりと吊り上げ、全身から湯気を噴き出しながら立ち上がるミノス。

しかし、タックルの際に足元が疎かになるという()を理解したセシリアは、即座にどう戦えばいいかの考えをまとめていた。


(まともに正面から挑めばパワー負けする。私がパワー負けするなんてとんでもない事だが……それだけの威力が他の者に向けられれば、間違いなく即死だ)


 狭い道での巨体によるタックルは、左右どちらに避ける事もできず、後ろに飛びのくしかなくなる。

だが、セシリアが前に立つ限り、ミノスはセシリア後方のシェルビーを狙う事はできないのだろう。

タックルそのものは脅威だったが、ミノス自身も、この狭い地形で行動を制限されているのだ。


(ああそうか、だから(・・・)……)


 恐らく、さっきまでのミノスの警戒優先度は、自分が一番高かったのだろうと察した。

シェルビーが負傷していて戦力外になっていて、ミノスの後方にいる名無しやシャーリンドンは非戦闘員だと踏んでいるからだ。

それは、ミノス後方の二人を囮に、自分に対し攻撃した事からも解る事だった。

だが、今ミノスはシェルビーを、油断ならぬ敵と考えている。


「床がアテクシを妨害するというなら――床ごと粉砕して突っ込めばいい話よぉ!! 食らいなさぁい!!」


 再び姿勢を低くしての、いや、先ほど以上に鋭角に、地面に顔面を向けてのタックル。

これしか知らないのかと言わんばかりだが、違うのだ、こうしなければ(・・・・・・・)、優位に運べないのだ。

狭い通路での戦闘は、壁からの奇襲ありき、混乱を誘う為のもの。

それでパニックに陥ればよし、そうならなければ、分断した弱い方を囮に脱出できないようにさせ、後ろしか逃げ場のないタックルで通路先の、恐らく広くなっている部屋での戦闘に持ち込ませるのだ。


「へっ――」

「ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉっ」

「セシリアっ!!」


 この声色は何か。

シェルビーの声の質など、セシリアには解り切ったものではないが。

先ほどとは違う、怒鳴るような声に、何の意図があるのか。


(笑ったな。今、笑った!)


 セシリアは、飛ばずにその場で足を踏ん張り、力を籠めた。

ミノスの視線は、床面に向き、その鋭い双角は、宣言通り床面を破砕しながら迫っていた。


「今だ!!」

「――っ、その手は喰わな――あぁっ!?」


 シェルビーの声に、ミノスは両腕を左右に突っ張って、無理やり足を止める。

セシリアの眼前、丁度、顔の位置に武器が届く高さで、ミノスの頭が止まるように。


「――ああ、今だな!!」


 ミノスがそれに気付いたのと、セシリアが武器を振り降ろすのは、ほぼ同じタイミング。

ざん、と、頭から剣で叩ききられ――ミノスの顔に、縦のラインが走る。


「ぐ、おおっ、ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

「堅い――もう一撃っ!」


 鮮血飛び交う顔面から剣を離し、両手で顔を覆いそれを塞ごうとするミノスの足を狙い、懐に入り込む。

身体の半身後ろからぐぐ、と力を籠め、今度は横なぎに、右足を払った。


《ぶしゅっ》

「ぐもぉぉぉぉぉぉっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」


 どごぉん、と、いう派手な音と土煙の元、ミノスはセシリアに覆いかぶさるように倒れ込んでくる。

それを、突き抜ける形でシャーリンドン達の方へ駆け抜け、辛うじて避けると、二人の無事を確認してほっと胸を撫でおろす。


「セシリアさんっ、お怪我が……すぐに癒しますわっ」

「頼む」


 偶然そうなっただけだったが、セシリア自身も足や腕にズキズキとした痛みを感じていた。

放っておけば治る痛みではある。

だが、今は一刻も早く治し、全力で斬らなければならなかった。

その全力が引き出せなかったから、仕留めそこなったのだろうと、彼女は感じていたのだ。


「う、ぐ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ、あ゛あ゛あ゛あ゛っ、痛い、痛い、わぁ、あ゛あ゛っ、なんで、なんでこんなに、こんなにも――っ」

「急げセシリア! まだ生きてるぞ!!」

「あんた達ぃ……許さないわぁ。アテクシに、こんな痛みを……でもねえ、あんた達がどれだけ強くっても……神の魔物たるこのミノスは、殺しきれないわよぉ?」


 縦に切り裂かれた頭部は、既に血しぶきをあげなくなっていた。

横に断ち切られた右の(けん)は、しかしミノスが立ちあがるのに何の支障もきたしていないようだった。

だが、セシリアも腕足の痛みはすぐに引いていた。

シャーリンドンの治癒(ヒール)が、全身に効果を発揮していたのだ。


「――ならば、立ち上がる気がなくなるまで斬り捨てるだけだ!!」

「もうやらせないって言ってんのよぉ!! 焼き尽くす!!」


 ひゅご、と、ミノスがその大きく裂けた口をすぼめ、息を吸い込み始めるや。

不意に、セシリアたちの耳奥から、キン、と、耳鳴りがし、痛みが走った。


「――ブレスか!? 下がれ!! 焼き殺されるぞ!!」

「大丈夫」

「ポーターちゃんっ!!」


 その予備動作、気圧の変化から来る耳に走る痛み、直前のミノスの言葉から、セシリアには次の行動の予測ができていた。

だが、名無しは逃げようとしてくれない。

床に描いた落描きに胸を張りながら、筆代わりにしていた木の枝をミノスへと向けた。


「焼き焦げなさぁい! ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 その喉奥から発せられる高熱のガスが、一気に炎を纏い放出され。

しかし、その焼けつくような炎のブレスは、セシリアたちに届くことなく、直前で押し留められていた。

その前面に展開されていたのは、光の輪。

その鏡のようになっている中心部には、ミノスが映し出されていた。


「ぶもっ!? なっ、何がぁっ!?」

『りふれくたー』

《ブォンッ》

「ひっ、アテクシの吐いた炎がっ、なんでこっちに――うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


 自身の吐いたブレスがまるまると自分に跳ね返って来て、ミノスはその身体を焼き焦がされてゆく。

赤茶けていた肌が焼きただれ、赤銅(しゃくどう)の血液が至る所から吹き出し。


「――すてーきたべたくなった」

「ああ、終わったら食べよう!!」


 なんともお腹の鳴るいい匂いがしてきたところで、セシリアが飛び掛かる。

これはそう、チャンスだ。

何が起きたのか解らなかったが、状況から、攻撃のタイミングだと察する。

一気に距離を詰め、未だ炎に巻かれ苦しみ呻くミノスに、一撃せんと力を籠め。


「――壊れろ!!」

「――なぁんてね?」

「っ!?」

《ズドォンッ》


 とどめの一撃。

そう、大ぶりの斬撃を放とうとしたその刹那、ミノスはほくそ笑みながら、セシリアの身体を肩口からハンマーで殴りつけた。


「――っ」

「セシリアさんっ!?」

「セシリア様っ」


 最悪な形で不意打ちが決まっていた。

それでも斬撃を放とうとした剣をわずかにハンマーに向け振れていたから即死だけは免れたようで、吹き飛ばされたセシリアは土壁を左右にバウンドしながら叩きつけられ、シャーリンドン達の後方でびくびくと身体を痙攣させていた。

これはそう、助からない(・・・・・)時の痙攣である。


「セシリアさんっ! セシリアさんっ!!」

「はぁっ、はぁっ、手間取らせてくれたわねぇ。荷物持ちに見せかけて、『聖典奇跡』の使い手だったなんて。これじゃ、そこのプリーストもどこまでプリーストなのか解ったもんじゃないわねえ……?」

「う……」

「ああ、そういえば地面に何かしてたわねぇ。子供だからって甘く見てたわぁ。油断ならない。真っ先に殺さないと!!」


 ミノスの視線は、意識は、もう生きているだけのセシリアには向いていなかった。

今ミノスが最も警戒しているのは、自分のブレスを反射した、荷物持ちの少女。


「でも笑っちゃうわぁ。体内から炎のブレスを吐くアテクシが、そのブレスで焼き殺される訳ないじゃない? ちょっと演技してあげたらすぐに希望を見出しちゃって。人間って、ほんとおバカねえ?」


 目下自分に被害を与えるのはこの少女だろうと考えたミノスは、荒い息で語りながらも一歩、また一歩と名無したちへと近づく。


「――バカなのはお前さんも一緒だと思うがねえ?」

「え……」


 足元疎かにしやがって、と、自分への注意が完全に消えたのをいい事に、シェルビーは……ミノスの足元に立っていた。

さっきまで、意識から完全に消えていた、途中から声すら発していなかった男だった。

そう、確かに声が消えていたのだ。


「目の前しか見えねえその警戒心の低さ、笑っちまうほどだったぜ!」


 がつん、と、そこで片足を大きく上げて床を踏み抜き。

その下にあるスイッチを作動させ、自身は大きく飛びのいた。

シャーリンドン達のいる方へ。

これにて、PTは合流する。


「なっ、あっ――あんたぁぁぁっ!?」

「あばよデカブツ! てめえの自重で死ねや!!」


 何が起きたのかミノスが察するより前に、その罠は起動し。

シェルビーが親指をがっ、と下に向けるのと同じタイミングで崩れ出した床に飲み込まれ、ミノスは下の階層へと落下していった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 ずどん、と、激しい地響きと共に悲鳴が聞こえなくなり。

真っ暗な穴の先に落ちていったミノスから一時意識を離し、セシリアたちの方を見る。


「シャーリンドン、セシリアは!?」

まだ(・・)生きてますわ、間に合って……間に合って……!!」


 視線の先では、既にシャーリンドンがセシリアを抱きかかえていた。

首すら据わらぬ赤子のようにぐらぐらと揺れる首に「まさか」とシェルビーも息を呑んだが、今は任せるしかなかった。


「SP剤もある。ニンニクジュースも」

「にんにく……ジュースはっ、まだ大丈夫ですからっ」


 名無しが見せる見慣れたくなかったけど見慣れてしまった瓶に、シャーリンドンは思い出しで吐き気を催してしまったが。

なんとか癒し(ヒール)が間に合ったのか、次第にセシリアの顔色がよくなってくる。


「意識はヒールじゃ戻せねえか」

「よかった……意識は、リカバリーで起こしますわ」


 気絶してしまったものをなんとかするのは、そう難しい事ではなかった。

すぐにリカバリーが試され、ほどなく小さなうめき声が聞こえ始め、一同は安堵する。


「全く、焦らせやがって」

「よかった……本当に良かったですわ……」

「シャーリンドン、SP剤」

「ありがとうございます……こく、こく……」


 涙目になって胸をなでおろすシャーリンドンだったが、すぐに名無しからSP剤を渡され、飲み下す。

次にニンニクジュースも渡そうとしてきたので「それはまだ」と顔面蒼白になって首をいやいやしていた。


「ヒールやリカバリーくらいなら一本飲めば十分なのか」

「ええ。流石にリザレクティアを使うと、二本くらい飲まないと厳しいですけれど」

「下位の奇跡数回分が一度に消える訳か。そりゃ意識も落ちるわな」


 ヒール一回でもまあまあ消耗するもんなあ、と、顔色のあまりよくないシャーリンドンに苦笑いを向けながら「どっこいしょ」とその場に座り込む。

ミノスが死んだかは解らないが、少なくともミノスが落ちた地点から今いる場所まで戻るには、それなりの時間が必要なはずだった。

セシリアの回復だけでなく、シャーリンドンの精神面の回復も待たなければならない。


「――にしても、ポーターちゃんのアレはなんだったんだ?」

「う?」

「なんか落描き描いてるなあと思ってたらすげえの出たじゃん。リフレクター? あれがあればミノスの攻撃怖くないんじゃないの?」

「使うのに時間掛かるし、一度使ったら壊れる」


 連続使用ダメ、と、手でバッテンを作り、ニンニクジュースを手慣れた動作でしまっていく名無し。

そりゃ残念、と、シェルビーは頭の後ろで腕を組みながら、壁に寄り掛かる。


「聖典奇跡とかミノスは言ってたけど、そういうのがあるのか?」

「聖典奇跡は、選ばれし者しか使う事の出来ない、とても貴重なものですわ」


 おでこに手を当て、ぱたぱたと自分の手で仰ぐように風を送っていたシャーリンドンが、ぽそぽそと説明する。


「天使様か、神様に選ばれた、才能を持って生まれた子にのみ与えられる奇跡なのだとか」

「お前は使えねえの?」

「やめてくださいまし! 嘘でも使えるなんて言う事すら許されないくらいデリケートなものですのよ!」

「宗教的な意味で?」

「宗教的な意味で、ですわ」


 下手に喧伝したらテンプルナイツが押しかけてくるくらいです、と、自分で自分を抱きしめる様にして首をいやいやする。

本来口に出すのもはばかられるものらしいと解り、シェルビーは「そうかよ」とだけ言って名無しへと視線を向ける。


「そんなもんをポーターちゃんが使えるとはなあ。いつ覚えたん?」

「ローレンシアの時も、使おうとしたよ?」

「マジかよ、そんな奇跡があるなら他のピンチの時も使ってくれりゃいいのに」

「神の魔物にしか効果ない」

「うぇ」


 超がつくほど限定的な奇跡だった。

今の世の中ではまず使い道のない技能である。


「そもそも聖典奇跡そのものが、神の魔物を倒したり封印したりする為に産み出されたものだと聞きますわ。因みに、この聖典奇跡を使える子を、教会では『神の御子(みこ)』と呼びますわ」

「つまりポーターちゃんは御子様なのか」

「ええ、そうですわね」

「その呼び方は嫌」


 違うから、と、どんな呼び方でも受け入れる名無しが初めて名前で拒否したので、シェルビーたちは顔を見合わせ「まあ嫌なら仕方ない」と、すぐに改める事にした。

……と、話している間に、セシリアの瞳が開かれる。


「起きたか、よう、目覚めはどうだい?」

「脳みその中をぐちゃぐちゃに掻き回されたようだよ。だが、夢見は悪くなかった」

「夢見ねえ?」

「ああ……久しぶりに、母上の顔を見たからな。父上と二人、楽しげだった」


 懐かしかった、と、額を抑えながら立ち上がろうとする。


「もうちょっとそのままでいろよ。お前さん、さっき死にかけたんだぜ?」

「……だからか。私は向こう側(・・・・)に行きかけていたんだな」

「ぞっとしねえ話だな。ま、生きてて何よりだぜ!」


 こういう時は笑うに限る。

皮肉の一つも言いながら、シェルビーは「腹減ったなあ」と腹をさすった。


「うしにくたべたい」

「俺もステーキが食いたくなったぜ。肉汁滴る奴」

「私もそう思ってたところだ」

「皆さん余裕ありますのね……私も、食べたいですけれど」

「焼き加減は?」

「「「「ウェルダン」」」」


 全員がそれで一致し、誰ともなく笑いだす。

ようやく一致した。それだけでこんなにも楽しい、嬉しい。

ミノス戦という死線を潜り抜け、ようやくPTがPTとしてまとまった、そんな気がしたのだ。

全員が、そう感じていた。




 ステーキ、とはいかないが、その場で簡単な軽食を取って空腹を紛らわせ。

意識を失っていたセシリアの為、その後に起きた事を説明したりしていた。


「またシェルビーに助けられてしまったか。ほんとに頼りになる奴だよ、君は」

「よせやい、ほっぺた赤くなっちまう。だがよぅセシリア、ミノスはまだ死んでないかもしれねえ」

「ああ、それだけで仕留めきれるとは限らないな。下層に降りて確認し、とどめを刺すか……あるいは、このまま4Fを探索し、それが終わり次第ここから脱出するか」

「そっか、脱出(ポータル)があるんだから、無理にミノスを仕留める必要もないのか」

「そういう事だ。だが、結局3Fで喧嘩してしまう理由は解らないままだったな?」

「怒りの精霊」

「うん?」

「怒りの精霊が、沢山いた」


 ご丁寧に他のPTが瓦解していた原因も解ってしまった。


「精霊かあ……見えない奴だよな?」

「普通だとみえないやつ。さわるとどんどんイライラしていくの」

「んじゃ、俺たちが喧嘩しまくってたのってそれが原因なのか?」

「きっとそうだな」

「そうに違いありませんわ」

「よくわかんないけどきっとそう」


 そして勘違いしたまま一行は勝手に納得した。


「私は、あんな怖い化け物と戦うくらいなら、用事が済んだらすぐに離れた方がいいと思うのです……ここが神の魔物の封印された領域というなら、ミノスは外に出られないのかもしれませんし」

「俺も同感だ。さっきは罠にはめられたからなんとかなったが、それが上手く行かなかったら全滅もあり得た。それに、もし広い空間であいつと戦いになったら、シャーリンドンやポーターちゃんが真っ先に狙われちまうかもしれねえ」

「ボクがまた奇跡、使う」

「隙がでかすぎるだろ」


 こつん、と、シェルビーがその小さな頭を軽くこずくと、名無しは「いたい」と口をきゅっと結んで抗議めいて睨み返す。


「さっきもそうだけど、何か地面に描いてる時? のポーターちゃんはよ、周りが全く見えてねえ上に、逃げようとしねえじゃん? 他の仲間が逃がそうとしてても離れないから、危なっかしいんだよ」

「でも、距離離れてると効果ない、よ?」

「マジかよ、使い勝手悪い奇跡だなあ」

「効果はすごいのに、安全な距離では使えないという事ですか……」

「本来はごりごり神の魔物と殴り合いしながら無詠唱無儀式で使うものなの」


 言葉に出さずに使うの、と、自分のおでこをなでなでしながらふんす、と鼻で息する。


「巻き添えにしない距離で戦いながらこの子に支援してもらう、というのはかなり難しそうだな」

「ああ、ポーターちゃんじゃ攻撃喰らったら一撃だ。シャーリンドンだって一緒にいるだろうしな……」

「わ、私だけ離れて見ている訳にも。ポーターちゃんに相手の事が見えてないなら、尚の事私が傍にいて教えて差し上げないと……っ」

「だよなあ」


 そして貴重なプリーストと聖典奇跡の使い手が揃って攻撃を受け、戦闘不能になるのだ。

シェルビーには、その光景が容易に想像できてしまっていた。

セシリアも同様なのか、シェルビーの視線を受け、こくり、頷く。


「無理すべきではないな。私達の目的はミノスの討伐ではない。私の呪いを解く方法、あるいはその情報がここにあるかどうかの調査だ」

「ようやく原点に戻った感じがするな。その方が俺にもありがてぇ。あんな化け物に睨まれたら、怖くておしっこちびっちまうからな」

「まあ、シェルビーったら」

「おむつの用意もいる?」

「要らねえよ!」


 真面目にその必要性を問うてくる名無しにいつもの調子のツッコミをし、PTがいつもの様子に戻ったように感じられて、全員がほっとしたところで。

ずん、と、地響きが走った。


「……居る、な」

「ああ、居る。ちくしょうめ、やっぱ生きてやがったか」

「神の魔物は、聖典奇跡で弱らせないと倒しきれないの。絶対にぎりぎりで生き残るようになってる。それが、あいつらを産み出した魔神様の加護」

「つまり、ポーターちゃんにやってもらわなきゃ倒すこともできねえ訳だな。まあ、戦う選択肢は今外したところだ。さっさと奥を調べちまおうぜ」

「ああ、そうしよう」


 ずん、ずん、と、不気味に階下から響き渡る音と振動にわずかな恐怖感を残しながら、セシリア一行は、この階層の探索を優先したのだった。

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― 新着の感想 ―
おお、ポーターちゃんの秘密の一端が。聖典奇跡ですか…。ポーターちゃんの小さい体躯に見合わぬ理解不能な怪力もそこからきているのだろうか。ごりごり殴り合いしながら近距離で使うということなら。 見た感じ聖…
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