#46.いわまぐろはにる
悪鬼の監獄、2Fにて。
ラザニの村に到着し、そこで予定通り一日情報収集兼休息を挟み、その後突入したのだが。
PTは既に、瓦解の危機に陥っていた。
「――だからな? 岩マグロはスモークにするのが一番美味いんだって言ってるだろ!!」
「なにを言うんだシェルビー! 岩マグロならぶつ切りにして串焼きにして頭からかじる! これが正義だ!!」
「わ、私の家では岩マグロはフライにしてますわ! 焼いてかじるだなんて、お行儀が悪いです!」
「煮るのが一番いい」
移動中、セシリアが話題として切り出した魚についての話題。
最初こそ皆和気あいあいと思い思いの魚料理を口にしていたのだが、ある時不意に出たシャーリンドンの「皆さんお魚の種類によってこだわりがあるんですのね」という一言から次第にヒートアップしていき、ダンジョンに突入して尚、止まることを知らなかった。
「じゃあサーモンブラック! サーモンブラックはどうだ!? 私は騎士団の伝統! 干しサーモンの塩焼きこそが至高だと思っている!!」
「塩分過剰すぎですわ……サーモンでしたら、小麦粉を振ってムニエルにするのが一番のはずです!」
「小麦粉とか面倒くさい、なまのままかじる」
「川魚を生は寄生虫が危ないだろ……」
魚料理は国内でも多種多様で、地域差も大きく、更に階級によっても食べる料理が異なる場合が多い為、これが見事に論争の元になってしまっていた。
カニよりも強いこだわりがあり、そして他者のそれが受け入れがたかったのだ。
「そういうシェルビーはどうなんだ?」
「俺はムーンライトパイ一択だ」
「ムーンライトパイってお前……」
「まごうことなきゲテモノ……」
「かわいそうです……まともなサーモン料理を食べた事がないのですね……」
「なんだとお前ら喧嘩売ってるなら買うぞおらぁっ!!」
このようにたまに一人の意見に対し、他の三人が反発する形で共感する事もあるのだが、大体の場合他の魚の話題に変わる度それが変わってくるのだ。
尚ムーンライトパイとはサーモンブラックを三日月に見立て丸々一匹クリームパイに頭から突き刺し焼いた大陸きってのネタ料理扱いされている郷土料理である。
「だってムーンライトパイって、パイにサーモンを突き刺して焼いただけのものだろう? 味の方だってそんなに良くないと聞いたぞ」
「私も聞いてみて味を想像しましたけれど、どう見てもクリームとサーモンの塩気が噛み合ってませんわ……」
「たべたことあるけどまずかった」
「子供の頃からの慣れ親しんだ味なんだよ! 大体あれは、昔不猟続きで食い物が全くなかった山村で、猟師が必死になって皆の食うもの探し続けて、三日月の夜にようやく見つけた一匹のサーモンのおかげで村の皆が命を繋げた事を忘れないために作られ続ける伝統料理なんだよ!! 解るか? お前らの言ってる料理とは歴史からして違うんだ!!」
「ふっ、説明が長く早口な分必死なのが伝わるな」
「おまえーっ!!」
いつもより早口で語るシェルビーだったが、セシリアの短い一言にかっと目を見開き声を荒げていた。
まさに一触即発。
誰一人冷静になれないままだったが、全員が頭に血が上りながらも、内心では「みんなこんな風に喧嘩してたのだろうか?」という疑問も当然ながら抱いていた。
聞いていた3Fにすら到達していないのにこのように喧々囂々のやりとりをしている事には、誰も疑問を感じていなかったが。
「ど、どうせお前らはサーモンの皮とかありがたがって食ってるんだろ?」
「そんなの当然だろう。サーモンの皮は全魚最高の美味さだ」
「確かに、サーモンの皮は美味しいですわ。揚げると特にぱりぱりして美味しいです」
「ボクは食べない」
「はっ、食べる派と食べない派とで分かれたようだな!」
「むう、こんなところで分断が起きるとは」
「シェルビー、大人げないですわ」
※分断はさっきから何度もしています。
(くっそ、ここに挑むって決めた時はなんとか仲たがい対策しなきゃと思ってたはずなのに、なんなんだこの流れは……)
(何故皆こんなに魚について妙なこだわりを持つんだ……? 私は別に、こんなつもりで話題を出したわけではないというのに……)
(むむむむ、なんで皆さん、こんなに必死になりますの? これではまるでカニの時みたいですわ……時々変な料理が飛び出てきますし)
(みんなこだわりつよすぎる……シンプルでいいのに)
全員が全員「こんなはずじゃなかったのに」と思いながらも、やめることができずにいるのだった。
「――なら、次はショコラーデシシャモだ!」
セシリアの出したお題目に、全員が「それでも譲れない」と、新たな火が点っていた。
――その頃、悪鬼の監獄4Fにて。
「ぐふ……ぐふふふ……いい、いいわ、さいこうよぉ……♪」
前人未到のこの階層の最奥のフロアにて、巨大な牛頭人胴の化け物が、宙空を眺め、笑っていた。
宙空には、魔法にてダンジョン内の様子が写されていた。
『――くそっ、いつもいつもそうやって心の中で俺の事をバカにしてたんだろ! もう我慢ならねえ、殺してやる!!』
『なんですって!? 貴方なんて信じた私が馬鹿だった! やっぱり、別の男にしておくんだったわ!』
『悪いが俺はリーダーにつくぜ! 前々からお前の我儘にはうんざりしてたんでな!!』
『なら僕はこっちにつかせてもらうよ。リーダーの、他の女性に対しての扱いは目に余ってたからね!!』
牛の化け物とも言える彼が今目にしているのは、3Fにて仲たがいを起こし、あわや殺し合いに、という状況にまで発展している様であった。
それを見て、真っ赤な絨毯の上であぐらをかきながら、ぐふぐふと楽しんでいたのだ。
「人間はやっぱり愚かねえ。 でも、だからこそ可愛いわぁ♥ 日頃の鬱憤、心の中に溜め込んでいた怒りや憎しみ、疑念。全部吐き出しちゃいなさい♥」
全部全部、と、興奮気味に鼻から大量の熱い息を噴き出しながら、うっとりとした顔で。
野太い歓喜の声をあげながら、女言葉の牛人はその大きく裂けた口をにぃ、と歪めていたのだ。
『うぉぉぉぉっ、死にさらせぇぇぇぇっ! デッドクラッシャァッ!!』
『食らいなさい、ファイヤーストーム!!』
互いに攻撃し合う男女は、このダンジョンに入るまでは仲睦まじい恋人たちだった。
いずれは結婚するつもりで、互いの愛を試すつもりでここを訪れたのだ。
必ず仲たがいするダンジョンだというなら、それを乗り越えられれば本物の愛の証明になるからと。
見届け人として共通の友人を連れ訪れ……そして、見事に3Fで仲たがいを始めていた。
「こんな辺鄙な山奥に封印されて、何も楽しい事もないと思っていたけれど、怒りの精霊が住み着いてからというもの、毎日が楽しくって仕方ないわぁ♪」
にまにまと気持ち悪く笑いながら、恋人同士が刺し違える瞬間を見て、目を見開きより大きな嘆息を吐く。
その一吹きで部屋中のものが吹き飛んでゆくが、お構いなしに。
牛人は、自らの身体に、より強い力が流れ込んでくるのを感じていたのだ。
人間同士の、怒りと憎しみ、そして、諍いの中起きる相手への失望。
これらネガティヴな感情の全てが、彼の好物であり、力の源であった。
「もっと、もっと沢山いらっしゃい♥ 自分たちの仲に自信がある者たちほど、自分たちを『ホンモノ』と信じれば信じるほど、ここを踏破する価値は増すのよぉ♥ もしここまでこれたら……この神の魔物『ミノス』が直接相手をしてあげるわぁ♥」
筋骨たくましい腕にぐぐ、と力を籠めれば、丸太のごとき太い筋肉が更に盛り上がってゆく。
身の隣に置かれたオリハルコン製のハンマーは、主の巨体に劣らぬ人の丈より大きなもので、言わずともその持ち主の膂力が窺えるというものだった。
そんなミノスだったが、不意に注視していたフロア以外の映像に人影が見え、「あら?」と珍しいものを見た気になっていた。
「さっき入ってきた新しいPT……おかしいわね? まだ2Fなのに、もう喧嘩をしてる……?」
どういう事なの? と不思議さに首をかしげる。
『――だーかーらー! 俺の住む地域では水竜もどきは魚として扱うんだって!』
『それは君の田舎の話だろう。水竜もどきは我々の間では獣として扱う』
『私はお魚だと婆やから教わったので、お魚という認識でいましたわ』
『竜もどきはけもの、だから水竜もどきもけもの』
今は海に住まう巨獣・水竜もどきを使った料理が魚料理か否かという事で白熱していた。
「えええ……なぁにあれぇ。怒りの精霊とか関係なしに怒ってるのぉ? 2Fには怒りの精霊居なかったわよねえ?」
このダンジョン、3F部分は人には目視不可能な怒りの精霊がそこかしこにいて、それに触れる事によって人間は怒りの感情が一定以上まで跳ね上がってしまい、普段からため込んでいる不満や疑念が強いほど仲たがいするようになっているのだが。
それより前の階層には、勝手に住み着いた魔物こそいるものの、ただただ長い回廊しか存在していないのだ。
『くっそお前らなんでそんなに頑ななんだよ? いいか? 魚だぞ? 魚料理だぞ?』
『そういう君こそ、何故そんなに強いこだわりを持つんだ。もっと柔軟になればいい話だろう?』
『私から見ると、お二人ともなんでそんなことでっていう事で怒ってるように思えて、怖いですわ……』
『みんなひっしすぎ』
つまり、今喧嘩している2FのPTは、純粋に他の理由で喧嘩していることになる。
「意味わかんないわあ。喧嘩してる理由もなんだかすごく下らない事みたいだし、互いにすごく怒ってるみたいだけど殺し合いにってほどでもないし……あらやだ、これこのまま3Fにたどり着いたら――」
そしてこのPT、喧嘩しながらも道中の魔物は全く気にならないほど強かった。
先頭を歩く女騎士は大量に現れる魔物の群れを一薙ぎで全滅させていたし、バックアタックや横道からの不意打ち狙いは二番手の斥候が即気づいて対処、これで倒すなり時間稼ぎして非力な荷物持ちやプリーストが襲われないようにしていた。
非戦闘要員と思しき二人もまた、その都度安全な場所に逃げるので、ダメージすら負わない。
馬鹿みたいな喧嘩をしながら、隙が全く無く、勝手に住み着いた魔物程度では足止めにもなっていなかったのだ。
「ああ……辿りつかれちゃったわ」
そしてほどなく、3Fへの階段を見つけ、登っていった。
登る際も斥候の男が危険を確認してからという慎重さで、これがある為「罠や呪いが仕掛けてあっても容易に看破されそう」と、ミノスは唸る。
「うわあ、怒りの精霊ビシバシ当たりまくってるわ……さっきのPTはこれで仲たがいしたのに、この子達全然変化がない……閾値超えてたら無意味だものねえ」
なんなのこいつら、と、折角上機嫌だった中に突然現れた変なPTに困惑の表情を隠せずにいた。
何せ、ずっと喧嘩しているのだ。
それも喧嘩の内容は互いの精神にはさほど影響のなさそうな食べ物についてという、ミノスにとっても残念極まりないお題目である。
「あー……さっきのPTはもう帰還しちゃったかぁ。この子達とぶつけて疑心暗鬼に、とかも無理そうねえ」
更に都合の悪い事に、最初に楽しんでいたPTはメインたる恋人同士が刺し違えてしまったため、バカバカしくなって帰還していた。
残った二人は、一応は死んだ二人も回収していったようで、血だまりこそ残ったもののもう、怒りの残滓すら感じられなくなっていたのだ。
(ちょっとちょっとぉ、こんな攻略してくるPTとか初めて見たわよぉ? こんなのアリなのぉ? アテクシが自分で作ったダンジョンだったら、絶対にこんな攻略法、認めてないわよぉ?)
うそでしょ、と蒼白になりながら、ミノスは一行が怒りの精霊ゾーンをノーリアクションで抜けていくのを見つめていたのだった。