#43.なやみおおいとしごろのおとめ
シェルビーが瞑想ルームから出ると、聖堂には二人が座って待っていた。
二人とも瞑想の成果を知りたくて、といった顔だったが、シェルビーは「ああ疲れた」と、しんどそうな顔をして二人を通りすぎ、出口へと向かう。
「あ、ちょっと。何も言わないんですのっ!?」
驚き立ち上がって声をあげたシャーリンドンに、足をピタ、と止め。
シェルビーは小さく息をついて「あのな」と、顔だけ振り向く。
「勝手についてきたお前らが勝手に待ってただけで、何か報告してやる義務とかはないだろ? そのまま解散でいいじゃねえか。こっからはプライベートタイムだよ」
「で、でも、何か心境の変化とか、気になった事とか――」
「内緒だ」
「ふぇっ?」
「んなこと、一々聞かせる事じゃねえ。俺はそう思った」
これ以上言わせんな、と、また背を向け、歩き出そうとすると。
「シャーリンドン、ボクも帰る」
「むー……解りましたわ。それでは、ここでお別れで」
「なんだよ、お前は帰らないのか? 瞑想していくのか?」
後ろから聞こえてきた声に、つい反応してしまう。
無視して歩けばいいのに。
その自分の妙なお節介さというか、些細な事が無視できない自分の迂闊さに、言ってから「こういうとこがなあ」と、頭を抱えたくなるが。
だが気になってしまったのだ。
「ちょっと、司祭様に相談したいことがあったのです。気になさらないで」
「そうかよ。んじゃな」
「またね」
「ええ、また」
隣に並んだ名無しと二人、教会を出ていく。
ちょっと寂しそうにも見えるが、用件を知った以上、これ以上話を続ける気も無かったのだ。
「……むー」
――もっとお話を聞いてくれてもいいのに。
そして残されたシャーリンドンは、不満そうに頬を膨らませていた。
「あらあら。待たせてしまっていたかしら?」
「あ、司祭様、実は――」
そして、そんな不満も、奥から戻ってきた司祭に意識を取られ、しまいこまれていったのだった。
「――なるほど、ご自身の適正に不安がある、と」
「ええ……奇跡が万能ではないのは解っているつもりです。人によって、扱えるものが違うのも、回数制限が異なるのも」
「まあ、SPも低いですし、純粋に扱える奇跡の種類もそこそこしかないですものね」
「うぐ……そう、ですわ」
はぐらかしも甘やかしも一切なしにぐっさりと刺してくる司祭の一言に、シャーリンドンは内心痛苦しく感じていたが。
それでも、向き合わないといけない問題だった。
「セシリアさんはとても強いお方で頼りになりますし、ポーターちゃんもお仕事はすごく頑張ってくれて……シェルビーも、お仕事は文句もないくらいにちゃんとしているのです。私だけ、私だけが……」
「あんまり気にする事でもないと思いますが。PTの方は追い出したりしようとはしていないのでしょう?」
「そういうのはないです。たまにからかわれますけど、軽蔑されてるようにも感じませんし……」
「ふむ……」
PTでの扱いは、そんなに悪くはないと思っていたのだ。
シェルビーがいた頃ですら役立たず扱いされていた前のPTと比べたら、今のPTは雲泥の差で。
一緒に居て許される『仲間』というものを初めて実感できた気がしたのだ。
「大切な仲間だと思ったからこそ、自身の力量不足が許せない、と」
「……えぇ。これから先、私の力不足が原因で何か大きな問題が起きてしまったらと思うと……」
最初に混ぜてもらったグラフチヌスの揺り籠ですらシイタケの脅威があった。
ビャクレンの園ではセシリアすら膝をつくほどの脅威が存在し、別PTではあったが死者まで出ていた。
死を明確に感じ取り、肉片になった冒険者を目の当たりにしたのは前のPTのメンバーが死んだのを見た時が初めてだったが、今のPTメンバーに、死者が出てほしくないという気持ちはますます強くなったのだ。
「――結論から言うならば。SPの上限をあげる事は不可能ですわ。人には生まれ持っての器というものがありますから」
「……やっぱり、そうなりますか」
「ええ」
SPは、人間の精神そのものを表す指標だ。
だが、精神力は鍛える事は出来ても、増やすことはできない。
強度を増させることでさまざまな負担やダメージを軽減できても、人の心の器そのものは、決して増えないのだ。
故に、冒険者間の個人差は、絶対に埋める事ができないとされている。
「ですが、SPがないならないで、なんとかする方法がないわけではありません」
「……SP剤などの利用、ですか?」
「ええ。錬金術師の方が作るSP剤……貴方も、先の冒険でその効果を知ったようですね? なら、解ると思いますが」
「ですが、それはあくまで消費を補うものであって、上限を超えられるというものでは……」
「そうですね。とはいっても、現状蘇生以上の奇跡は使う事なんてないでしょうし、覚えられもしないでしょうけれど」
「それは、そうなのですが……」
プリーストが扱える奇跡の中でも、プリーストの代名詞とも言えるリザレクティアは、「これが扱えればとりあえずプリースト」「これを使えなきゃプリースト扱いされない」と言われるくらいには重要かつ最も需要の高い奇跡である。
それだけ、予想外、予測外の展開で簡単に人命が失われるのがダンジョンという場で、冒険という行為なのだ。
そういう意味では、ぎりぎりでも発動できるシャーリンドンは、最低限ながら適性が存在する、という事なのだと司祭は考えたが。
(どちらかというと、仲間の『質』に自身が追いついていないことが気になって仕方ないのでしょうから、こういった事を伝えても仕方ないですね)
シャーリンドンのこの「足手まといになりたくない」という気持ちは、彼女が教会に来るたびに司祭が感じ取っていたことではあったが。
相談されることもない為、「いつか自分で乗り超える事でしょう」と、精神的な成長を期待し放置していたのだ。
だが、今回相談された事で、それがより深刻なものになりつつある事が解り、改めて考えてみると……これがなんとも、難儀なものだった。
「――適正を考える前に、貴方は自分に、何が向いているか、というのを考えた事はありますか?」
「え……それ、は……」
まず、この娘にプリーストが向いていないかもしれない、というのは、別にシャーリンドンが自覚するまでもなく、彼女の周りが思うまでもなく、一番に司祭自身が気付いていた。
シャーリンドン自身は敬虔な運命の女神教徒で、別に何の瑕疵もない、極めて純粋な乙女なので、初め司祭はとても良いプリーストになれるだろうと期待していたくらいなのだ。
だが、実際にプリーストになってみると、精神力が脆すぎて思ったほど奇跡が扱えず、開眼した奇跡の数も、その辺の一般人が思い付きでプリーストになった時とさほど変わらないレベル。
ではなんでそんなことになってしまうのか、と考えた時に、真っ先に考えたのが、この適正。
つまり、今シャーリンドンが悩んでいる事そのものだったのだ。
「……お料理とか、家事、全般ですわ」
「まあ、それは前にも聞きましたが」
家柄故、そして貴族の娘だったが故にそれしか教えられてこなかった事。
それそのものは司祭も知ってはいたが。
だが、同じような箱入り育ちの貴族や商家の娘でも、ここまで悲惨な事にはなっていない場合がほとんどで、シャーリンドンのようになっているのは、よほどあくどい事をしてきて女神様が嫌々信徒にしているレベルの腐敗信徒か、そうでなければ別の制約が掛かっているのではないか、と感じていたのだ。
「適正というのは、色々なものがあるのはご存じですか?」
「色々、と言いますと?」
「例えば貴方が気にしてらっしゃるような精神面、あるいはSPや奇跡といった目に見える形での適正もそうですね」
「……はい」
「ですが、私たちは、それ以外にも『どの神様を信じているのか』というところも、重要な要素だったりしますわ。もしかしたら、貴方はそちらの方で問題があるのかも」
神々にも様々な者がいて、その神々の信徒にも様々な適正が存在する。
例えば戦う事を生業とするならば戦の神や勝利の神などを信奉する事で、戦いの際にその加護を得る事ができる。
例えば聖職者ならば運命の女神や慈愛の女神などを信奉する事で、他者を癒したり復活させたりすることができる。
商人ならば商売の神に、シーフならば盗みの神に、と、大体の人はその職に見合った神様を、大なり小なり無意識化に信奉しているものである。
「ですが……私に、争いごととかは、ちょっと。商売も……学はあるつもりですが、ああいう事ができるとは思えません」
「そうなんですよねえ……貴方の性質を見るに、聖職者が一番向いているようにも見えますし」
本人の性質とは別のところにある適正。
となると後は、本人ではなく、別の部分にある面かしら、と、司祭は考えた。
「貴方のご両親は、運命の女神様の信奉者でいらっしゃいましたね」
「はい。それは、私がプリーストになる際も確認されましたよね……?」
「ええ、覚えていますとも」
――もしかして、元々、その家、その血筋の者が信じていたものは、別の神様なのでは?
その可能性に行き当たり、けれど司祭は、それを口にしなかった。
ただ「そうですか」とだけ付け加え、お茶を濁す。
プリーストとしては微妙な娘ではあったが、教会としては可能な限り大切にしたい、純粋で素直な信徒なのだ。
失いたくないという気持ちも多分にあった。
「お家の方の、やっていた事が女神様の怒りに触れて一族の者に悪い形で影響を及ぼすことも、ないとは言い切れませんわね」
「はぅっ……そ、そういう事も、あるのですか?」
「ええ。ありますわ。よくあります」
なので、司祭は別の方向に可能性を求めた。
シャーリンドン自身が知らない以上、家系だの血筋だのが過去に信奉していた神のことなど、どうにもならない事がほとんどだから、というのもある。
「やっぱり……やっぱり、お父様がやらかしたことが……うぅぅ、どこまでも、困ったお父様……っ」
「まあまあ、あくまでその可能性の段階ですから。人を憎んではいけませんよ?」
「あ……は、はい。そうですね。まして父親を憎むだなんて。申し訳ございません」
「ええ、貴方の置かれた状況は理解しているつもりですが、心穏やかに。にこーってお笑いになって?」
「……はい」
無理やりにでも笑わせる。
そうして笑っている分には、とても美しい娘なのだから。
一方その頃、セシリアはというと、馬車の中で、テレサと対面して座っていた。
「――いやすまなかったな。まさか街道で会えるとは思わなかった。助かるよ」
「気にしなくていいわよ。こちらも貴方とは話したいことがいくつかあったし」
さほどの距離でもないからと王都への街道を歩いていたセシリアは、道中テレサの馬車に後ろから追いつかれ、「乗っていきなさい?」と言われたのもあって世話になる事にしたのだ。
尚、御者はクローヴェルである。
二人とも今は、身分に見合った服装をしていて、様になっていた。
「この道を進むという事は、やはり王城に用事が?」
「ええ。ビャクレンの園に関していくつか報告しなきゃいけない事が出来たからね。あまり気が進まないけれど、仕方なく」
丈の長いドレスの袖をひらひらと揺らしながら、不本意そうに小さく息をつく。
登城する事そのものもだが、服装が気に入らないらしかった。
「結構似合ってると思うけどね。クローヴェルもそう思うだろう?」
「な、何故私に話を振るっ」
セシリアは笑いながら「似合うよな」と、御者席に暴投したのだが。
当の執事殿は予想もしていなかったからか、あわててしまう。
それを見て、テレサは一層つまらなさそうな顔をしていた。
「駄目よセシリア。クローヴェルはね、メイドが好きなの」
「なに、そうなのか?」
「なっ、テレサ……っ」
「私が初めてメイド服を着た時、すごく嬉しそうな顔をしていたわ。顔も真っ赤にしちゃって――」
「クローヴェル、君という奴は……」
女性二人からの痛々しいものを見るかのような視線に、クローヴェルはバツが悪そうに口元を歪め、「そんな訳では」と、小さく返すのがやっとであった。
「ま、私の事はどうでもいいのよ。それよりセシリア、あの時はちゃんとお礼も言えなかったから今言わせて頂戴」
「……?」
「ありがとうね」
ぺこり、頭を下げる。
とても静かな様ではあったが、楚々としていて、そして真摯な心情をうかがわせる、そんな。
「貴方達のおかげで、大半の仲間達が生還できた。一人失ってしまったのは残念だったけれど……それでも、あの局面では全滅もあり得たから」
「ああ。私達としても、君達と会えなかったらどうなっていたか解らなかった」
だからそれは気にしないでくれ、と、お互い様な事を強調し。
頭をあげてくれるように言って、テレサもそれに従う。
やはりあまり感情の起伏が感じられない顔ではあったが、嬉しそうであった。
「貴方達は、まだ冒険を続けるのでしょう? あのダンジョンで得られた情報では、足りないものも多いのではなくて?」
「そのつもりだよ。ただ、今はビャクレンの園について、陛下に相談したいことがあった」
「……謁見する理由も、やはり同じようね」
「そうなるかな?」
「方向性は違うでしょうけど。でもそう。冒険するなら丁度良かった」
セシリアの返答に小さく頷きながら、テレサはちら、とクローヴェルの方を見る。
すると、彼女の執事殿は「そういう事なら」と、その続きを語るのだ。
「セレニアの東の入り口傍に『アンリの店』という雑貨屋がある。当家の者が営んでいる、隠れ家だ」
「アンリの店。それで?」
「テレサが錬金術を行える施設がそこにあってな。SP剤をはじめ、冒険で使うアイテムの大半はそこで作ってるのだが……セシリア達にもそれを分けよう、とな」
「それはありがたいな。SP剤はなかなか手に入らない。今後の冒険の役に立つよ」
「喜んでくれてよかったわ。今後も助け合いができればその方がいいもの」
素直に感謝するセシリアに、テレサも、そしてクローヴェルも、悪い気はしてない様子だった。




