#4.なんかへんなやつがきた
水にまみれたウォーターランドを抜けた先は、今度は緑豊かな植物の園。
まるで熱帯雨林のごとく原初の緑が広がっていた。
「なんつーか、ダンジョンって規則性皆無な造り多いけどさ、ここのは特に無茶苦茶じゃねえ? さっきまで続いてた水路とかどこにも繋がってないよ?」
「ああ、ここは事前調査でもそんな感じだったと聞いている。だから、本物かもしれないんだ」
「ほほう、当たりのダンジョン、ねえ」
小さな羽虫が飛び交い、奇妙な形の食虫植物がそれを捕食する。
そんな様を視界の端で見やりながら、用心深く周囲を警戒し、先行するシェルビー。
その後ろについているセシリアも、ここに来るまでよりは幾分、注意を払っているようだった。
「願い事、叶うかもしれないんだね」
ランランと眼をシイタケらせてポーターの少女が呟くと、セシリアが「ああ」と、感慨深げに視線を上向ける。
しかし、そんな楽観的な二人に、シェルビーは「どうだか」と、皮肉げに口の端を吊りあげていた。
「シェルビーは信じていないのか? ダンジョンには当たり外れがあって、当たりを引くと願いが叶う何がしかが待ってるという話を」
「そりゃ、俺だって冒険者の端くれだ。最初の内はその手の夢話を聞く度にウキウキしたもんだけどな?」
「シェルビー、夢がない」
苦笑いで済ませるセシリアと、ロマンを否定され非難げに唇を尖らせる少女。
けれどシェルビーの言う事もまた、冒険者としては珍しいものではなかった。
「悪いな、リアリストなもんでね」
「ああ、前のPTでは嫌な思いをしたっていう話だもんな。お前としては、ロマンよりも目先の酒代の方が大事だった?」
「酒代も大事だけどな。安全優先で、堅実に稼ぎたいもんで」
夢がない訳じゃねえんだよ、と、ぽりぽり後髪を掻きむしる。
まだまだ若さが残るその顔に、けれど不似合いな白髪がいくらか。
相応の苦労が見て取れて、セシリアはそれ以上追求する気もなかったが。
すぐ隣に来たポーターの頭にぽんぽん、と優しく手を置き、それ以上の追撃はしないようになだめていた。
「あったあった。やっぱりこの手の『ジャングルパーク』には、こういう足に来るトラップが多いよな……っと」
いくらか時間が経過した頃。
巧妙に樹木や草の茂み、堆積した葉の山などに隠された脛打ち罠や落とし穴が、シェルビーによって目ざとく暴かれていき。
彼は手先でそれを回避するよう、後ろの二人に指示を出していく。
こんな時ばかりは二人も彼の指示を真面目に聞き、回避していくのだが。
「ジャングルパークは、足に来る罠が多いのか」
「ああ。こういう場所は胴体より上よりも下の方が隠しやすいからな。でも、下にばかり注意してると――」
ぴた、と足を止めた彼に追いつき、二人が何事かと彼の顔を見る。
と、上方を指さしているのが見えた。
見上げると、指さされた向きに、巨大な網が張られていた。
おもむろにシェルビーが目先の樹へと近づき、やがてしゃがみ込む。
「ああやっぱあった……こういう見え見えなのを解除しに行くと、大体その周囲にも罠があるんだよな」
解除しに来た者を殺す二段構えの罠。
これを秒で解除すると、本命とばかりに、地面から生えるロープを切り落としてゆく。
「……ま、こんな感じで」
ロープが切れるが、特にそれ以上は反応がなかった。
不思議がる二人に、シェルビーは「行くぜ」と、網の下を歩いてゆく。
「おい、そこは罠なんじゃ……」
「ああ、罠だぜ? 感圧式のな。網を避けようとその周りの地面を踏み込むと反応するタイプな」
「かかるとどうなるんだ?」
「上から引っ張られた枝がばしーんと落ちてくる。頭をまともに打たれて、良くて昏倒酷けりゃ首と胴体が離れちまう」
怖いよなあ、と、平然と網の下を抜ける。
特に反応がないので、セシリアも続き、少女もその後を歩いた。
何事も無く、そのエリアを抜けていく。
「――罠ってのはな? 注意深く観察すると、いくつかのタイプに分かれるんだ。罠自体の種類もだけど、『何を意図したのか』を考えると解ってくる奴な」
「どういうダメージを与えるか、とかか?」
「それもあるが……そうだな、今俺が言いたいのは、もっと単純な――『どうやって罠にかけるつもりなのか』って奴だな」
罠のあるエリアは外れたのか、シェルビーは先ほどよりのんびりとした様子で歩いていた。
自然、セシリアたちもそれに歩調を合わせる。
「例えば、さっきの網みたいなのは、これを警戒させて他の部分への警戒を甘くさせる為の罠だ。『視覚そらし』って言われる奴よ」
「視線を誘導することで、周囲に仕掛けている罠を見つけにくくさせるのか」
「そういうこったな。そういうのは大体セットで、周りに即死級の罠が仕掛けられたりしてる。今回のは、それ+網自体もそのまま歩いたらアウトな奴だった」
割とシャレにならねえぜ、と、目を細めながらウキウキで語る。
彼は、罠について語る時は多弁な男だった。
普段ダンジョンの外にいると聞くことの少ない話題の為、セシリアたちも素直にうなづいたりして、その話を真面目に聞く。
それがまた、シェルビーには気分がよかった。
「じゃあ、逆にここにきて最初に解除した落とし穴やなんかは何を意識させてるかっていうと、これは『認識そらし』って奴だな」
「それは、視覚そらしとは違うのか?」
「全然違うねえ。そのまま引っかかっても勿論やばいが、敢えて即死しないような罠をいくつも用意して、足周りへの警戒を意識させるための奴。『ここには足を狙うトラップがいっぱいあるのか』って認識させて、本命のキルゾーンでずどん、とやる為のな」
これが怖いのよな、と、無精ひげの顎を撫でながら視線を上向ける。
「ま、そんな悠長な事せずに大体は最初でずどん、で警戒させる間もなく殺す方が多いから、こういうタイプの罠が敷かれてる場所ってのはあんまり無い。無いから、駆けだしのスカウトやシーフなんかがやられちまう事も多い」
意外と知られてない事らしく、シェルビーはにやり、口の端を歪める。
「――つまり、だ。わざわざ奥まった場所にキルゾーン用意するって事は、入り口で引き返させたくない、深入りさせたいっていう意図があるって事なんだよな。これを俺たちは『目的そらし』と呼んでいる」
「目的そらし?」
「ちょっとのケガなら俺たち冒険者ってのは無茶してでも前に進みたがる。治癒の奇跡やポーションで回復もできるし、『これだけ痛い思いをしたのだから、何か得られないと割に合わない』ってな。人によっちゃ、『こんな罠があるんだからきっと奥にはいいものがあるに違いない』とか思う奴もいるか」
「ミミックによくかかるタイプのやつ」
「そうそう! まさにそんな感じ、ポーターちゃんは偉いなあ! 10点あげるぜ」
「10点……?」
なにそれ、と目を白黒させる少女に、シェルビーはぴた、と足を止める。
腕を横に、「止まれ」の合図だった。
目の前には身の丈ほどの草藪。
セシリアがその隣に並び、腰に下げた剣に手を伸ばす。
「しゅるしゅるっていう音。聞き覚えある?」
「樹木人か、オオミミズか……場合によっては、蛇女かもな?」
「そいつぁ怖ぇ。騎士様頼んだぜ? 周りに罠はねえ」
「任せろ」
音から近隣にいる敵に当たりを付け、セシリアが前に出てゆく。
「先手必勝! オラァァァァァァァァァァ!!!!」
オーク顔負けの叫びと共に、セシリアは藪の中に突っ込んでいった。
「……ま、あんな感じで、モンスターが罠にかかった冒険者を殺しに来るっていうパターンもあるわな」
「モンスターの配置もまた、トラップの一つという事か?」
「というか、だ、俺に言わせりゃ、ダンジョンの造りそのものが罠みたいなもんなんだよな。さっき言ってたロマンの話に繋がるけどさ」
モンスター討伐後、お腹の空き具合から丁度昼過ぎだろうと三人は考え、少し進んだ開けた場所で焚火を起こし、ランチタイムとなった。
本日のランチはドリアーデの蒸し焼きとオオミミズハンバーグ。
ミミズ肉は実にジューシーで程よい食感。酒場でも人気のメニューだった。
そんな灰色の肉をほおばりながら、シェルビーはまた、語らいだす。
セシリアも少女も、今や興味津々といった様子だった。
「最後にご褒美があるって思い込ませて、どんどん奥へと進ませる。そして逃げられない場所まで進ませた後、人知れずズドン、ってな」
「形跡の確認もできないから、どこで死んだのかが解らないのか」
「そそ。そんで、『そんだけ深く潜れるなら、これはいよいよ本物だ』って誤認させるのよ。一番奥に御大層に収まってた宝箱が、実はミミックでした、なんてオチまでつけてな」
ヤになっちまうよな、と、苦笑しながら、また肉をほおばる。
「実感がこもってるな。どこかでそういう経験をしたのか?」
「ま……ね。俺も色々回ったからなあ」
どこか遠い目をしながら、もしゃもしゃと肉を咀嚼する。
味は塩と胡椒が贅沢に使われていてスパイシー。
風味も本来取れたては生臭いが、匂いの強いハーブで消されている。実によくできたハンバーグだった。
『――きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
そんな折、遠くから女の悲鳴のようなものが聞こえた。
今来た道の方角。
けれど、そうでない可能性を考え、三人はすぐには立ち上がらなかった。
「……これも罠だと思うか?」
「どうだろうな? 女子供の声真似をするモンスターってのも、確かにいるし。何より、さっき俺たちが通った道だ」
「誰か、追いついてきたかも?」
「その可能性も否定できねえな。結構いろんなところで足止め喰らってるし」
どうしたものか、と三人、また顔を見合わせ逡巡したが。
『たすけてくださいましーっ! 誰かいませんのーっ!!』
少し間を開けて、なんとも間の抜けた助けを求める声が続き、シェルビーは腰を上げた。
不思議そうに首をかしげる二人に「いやまあ」と、髪を掻き分けバツが悪そうな顔をする。
「知り合いの声だわこれ」
なんとも複雑そうな様子だったので、セシリアたちも焚火を消して後に続き、来た道を戻っていった。
「――あううーっ、どなたかーっ、どなたかいらっしゃいませんのーっ! 助けてっ、あっ、お尻に網が食いこんで痛いっ、痛いですわぁっ!!」
少し戻った先に待っていたのは、網の罠に引っかかり、ぶらんぶらんと揺れている女プリーストだった。
身体のラインを隠す清楚な司祭服が網に食い込み、煽情的なラインを強調している。
「……やっぱお前だったか。よ……っと」
先行してきて発見し、「マジかよ」と頬を引きつらせながら、シェルビーは網の根元のロープを切り落とす。
さっき切り落としたロープとは別の、樹の枝に括りつけられているものだった。
切り落とし終わるや、ばぼん、と、間の抜けた音と共に女が落下する。
「ふぎゃんっ!?」
情けない悲鳴が響き、やがてよれよれと起き上がろうとして……腰を押さえて「あたたた」と涙目になる女の顔をまじまじと見て、シェルビーは大きなため息をついた。
「シャーリンドン。何やってんのお前?」
「う、うぅ……シェルビー……助けてくださってありがとうございますぅ……」
どうにも知り合いらしいその女の前で、やはり難しそうな顔をしているシェルビー。
やがて追いついてきたセシリア達が隣立ち、女を見た。
「知り合いか?」
「ああ、前のPTメンバーのプリーストだよ」
「前のPT、全滅したんじゃなかった?」
少女の言葉に、シェルビーも「そのはずなんだがなあ」と苦笑い。
死んだはずの女が生きている。
こんな事があるのかと、複雑な心境のようだった。
「死んでませんわよ! ほら、私、ちゃんと足がついてますでしょう!?」
「なるほど確かに足がある」
「つまりゾンビの類……」
「腐ってませんわよ!?」
天然二人の前には、死んだはずの女もツッコミに回らざるを得ないらしかった。
「んで、お前どうしてここにいるのよ? あのPTの奴らは全滅したって聞いたんだが?」
「それは……複雑な事情がありまして」
「じゃあいいや。強く生きろよ」
「あっ、言いますっ、言いますからぁっ!!」
少し話しにくそうな雰囲気を見せたシャーリンドンに、シェルビーは即座に興味を失い踵を返した。
するとシャーリンドンは涙目になってその服の裾を掴んで「置いていかないで」と懇願するのだ。
なんとも訳アリな二人のように見えて、セシリアと少女は首を傾げ、互いに顔を見合っていた。