#38.ぼくのもたべきってほしかった
「――いようセシリア! 久しぶりに戻って早々、部外者の指導とは余裕だなぁ?」
再び騎士達(+シェルビー)の声が響く訓練場に、ひときわ声の大きな、大柄な男が現れた。
「団長。留守の間すまなかった。ビャクレンの園の攻略を終えたので、一旦街で休むことにしてな」
シェルビーにつきっきりで鍛錬に付き合っていたセシリアが、その声に反応し、「やぁ」と、声の主を見てそちらへと歩み寄ってゆく。
黒髪の隻眼の巨漢。背には巨大な両手剣が下げられていた。
当代の騎士団長であった。
セシリアの言葉に「へぇ」と軽い調子で返す。
「ビャクレンの園をなあ。先代の副団長殿が引退後に挑んで、敗れ去ったって言う?」
「ああ……蓋を開けてみれば寒々しい結末だった。だが、得られたものは大きかった」
その『得られたもの』が何だったのかは、仲間達には解らぬままだったが、晴れがましい表情で語るセシリアに、団長は小さく頷きながら「そうかい」と、ニカリと笑って返した。
「どうだ、久しぶりに俺と打ち合いをしてみねえか? 自分の腕がどこまであがったのか、試したいだろう?」
「お受けしよう。私も、いい加減貴方を突き放してみたいと思っていたところだ」
「たっ、言いやがる。よぉし……」
軽い調子でその挑戦状を受け、煽り。
そしてまた、煽られた方もにんまり、嬉しそうに口元を歪める。
団長と副団長の会話である。
セシリアの返答に気をよくしてか、背中の両手剣を右手で弾き左手で斜め抜きする。
『――お前らぁ!! これからここは俺とセシリアが打ち合い稽古をする!! 巻き添え喰らいたくなきゃ下がって飯でも食ってろぉ!!』
「ひぃっ……び、びっくりしましたわ」
「こわい」
びりびりと響く空気の振動。
ただ大声を発しただけで、死線を感じさせるほどに空気が変異し。
「なんて気迫だよ。セシリアの親父さんのときみたいだぜ」
「シェルビー……あの、私たちも」
「こわい、はなれよ」
「そうだな。それがいい。悪いが、私達の打ち合いは、見ているだけで危険だ。覚悟がないなら、他の者達のように食堂で何か食べてきた方がいいだろうな」
「覚悟って、何のさ」
「命を失う覚悟だ」
セシリアの物言いに、しかしシェルビーは「たかが鍛錬で?」と聞くことすらできなかった。
セシリアの真顔を見てしまったからだ。
冒険をしている時のセシリアですら普段は見せないであろう、それこそセシリアの父親や自身の鏡人と相対した時のような、真顔を。
「いくべ」
「そ、そうですわね……あの、頑張ってくださいね」
「セシリア様、がんば」
「ああ、いい汗をかくことにするよ。終わったら私も向かう」
恐らくはこれ以上は無駄口となる。
だから、仲間達は空気を読んで、訓練場を後にした。
『――ふんっ、ぬっ!!』
『うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
《ドゴォンッ》
去って尚、後ろから響く怒号と、爆音かのような剣戟。
空気の振動は訓練場から離れて尚響き伝わり、地面すら揺るがす。
「なあ、セシリアは確か、『自分と同じくらいの相手はいる』って言ってたよな」
「そう、ですわね、そんな事を、普段から言ってましたね」
「あれが、その相手?」
「だとしたら、あの団長も、団長やってるなりのすげえ人なんだろうなあ……セシリアもだけど、あんなのが二人もいるこの国って、過剰戦力になってねえか? 何相手にする想定でこんなに強い奴らがいるんだろうなあ」
怖くなって来たぜ、と、後ろから絶え間なく続くぶつかり合いと衝撃とに、シェルビーは腕を抱え速足で進む。
シャーリンドンと名無しも、置いていかれまいとあわててついていったが。
「――おや、これはこれは、セシリア殿の仲間の方々ではありませんか」
食堂へと向かう合間の道で、ライエル王子が侍従と共に歩いてきて、鉢合わせる。
「なっ、王子、様」
「ら、ライエル殿下……ご機嫌麗しゅうございますわっ」
「う……?」
その姿を見た瞬間、シェルビーとシャーリンドンは名無しを遮るように前に立つ。
ぴったりのチームワークだった。
「……? どうかなさったのですか?」
「いや、なんでも! それよりも王子様、なんでこちらに?」
「セシリア殿が戻ったと陛下から教えられましてね。僕も、打ち合いの稽古をしていただこうかと」
「なるほど、そういう事で……今は、騎士団長さんとやってるみたいですがね」
その動きに、王子は不思議そうに首をかしげていたが。
騎士団長と鍛錬中と知るや「ほう」と目を細め、すぐさまくるりと回った。
「――僕の番は後にするとしましょう。お仲間の方々、お付き合いください。奢りますから」
食事にしましょう、と、振り向きながらにニコリ、微笑む。
(なんてキラキラとした綺麗な……美形ですわ。ですが……)
(こんなに格好いい王子様が、ロリコンなんてなあ。アレか? いい女が当たり前のようにいるから、普段傍にいないようなのが好みになるとかそういう?)
(お腹空いた)
宮廷の子女や貴族の娘などが見ればそれだけで見惚れてしまいそうなロイヤルスマイルだったが、三人とも残念な気持ちのままそれを受け流していた。
とはいえ、折角の王子様のお誘いなのだから、と、名無しへのガードを固めつつも、従う事にしたのだ。
「――あの騎士団長は、先代の団長……セシリア殿の母君の薫陶を受け、若くして後を継ぎ、今に至るまで王国最強の騎士として我が国に貢献してくれているのですが」
食堂にて。
自らの好みの料理を注文して運んできてもらうレストラン形式のこの食堂は、訓練場から戻った騎士達でごったがえしていたが。
その一角で、王子とシェルビーたちは注文した品を待ちながら、騎士団にまつわる会話をしていた。
「いつまでたっても妻を娶ろうとせず、剣一筋に生きているようで、国としても少し困ってしまっているのですよ」
「まあ、見るからに現場の人って感じの人ですもんねぇ」
「ええ。陛下からも『いい加減に結婚し子を残せ』と幾度も言われてるのですが、本人にその気が無いようで」
全く困った方です、と、苦笑いを浮かべる。
丁度注文が届く。王子の頼んだプリンパフェである。
「国を守って下さる騎士団の団長様が、それくらいの実直な方なら、民としては安心できることではありますが……」
「すごいきはくだった」
「そうですね。彼が団長に就任してからというもの、国内の賊や反乱といった治安悪化の元凶ともなるような話は激減したと聞きます。セシリア殿が就任して、尚減ったとも」
やはりセシリア殿の貢献も無視できないのです、と、人さし指を立てながらにどや顔で語る。
大変楽しそうであった。
ただ、笑ってばかりもいられないのか、また真面目な表情に戻る。
「おかげで、国が平和になり騎士団の役目も少なくなってしまい、鍛錬ばかりの日々が続き、少し申し訳なく感じてもいるのです」
「治安維持の必要が減れば、騎士の仕事も減ってくる、と?」
「ええ。とはいえ、騎士団はこの国の最大の軍事組織。衛兵隊も近衛隊も居ますが、最強と言えばいつの時代も、騎士団なのです」
こればかりは変わりませんね、と、少し自慢げに口元を緩め。
そしてパフェを頬張る。
「うむ。やはりここのプリンパフェは美味い。おや、皆さんの注文も来始めたようで」
パフェの味の良さに舌鼓を打ちながら、王子は届き始めた三人のメニューに視線を向ける。
シェルビーは魚のフライとゆでて潰した山盛りのポテトに塩コショウしたもの。
シャーリンドンは卵とチーズの山盛りパスタ。
名無しは騎士団謹製キングサイズ王城パフェである。
「ポーターちゃんのパフェでっか……というかシャーリンドンのパスタも量多くねえ?」
「えぇ……大盛を頼んだ覚えもないのですが」
「シェルビーのポテトもすごい」
控えめな王子のパフェとは裏腹に、三者ともすさまじいボリュームだった。
元々キングサイズな名無しのパフェなどは名無し自身よりもサイズがあるほど。
「騎士団ですからね。男性も女性も大ボリュームなんですよ」
「なんで王子様のはそんなに小さいんです……?」
「僕のは特別製なんですよ。実はメニューにも載ってない専用メニューなんです」
プリンが好きでして、と、スプーンでパフェの上のプリンをぷるぷるとつっついて遊んでいた。
「何せ食が細いもので。一度ここでの普通サイズを頼んだら、三分の一も平らげられませんでしたからね」
「……まあ、食が細くなくても、これはちょっときついかもな」
「あの、私この量はちょっと……」
『あんたたち、残したら容赦しないからねぇ! 食べ物を残す子は、皿洗いさせるよぉ!!』
食堂の支配者の声を聞き、騎士達は「イェスマム!!」と口を揃えて大声で返答し、かっこんでゆく。
「……懐かしいですね。僕も昔皿洗いをさせられました」
「王子様が!?」
「ええ、人生初の経験でしたよ。聞けば陛下も若かりし頃同じ目にあったとか……」
「騎士団こわい」
「なんというか……怖い所なのですね、食堂って」
王族すらも凌駕する何かがそこにはあった。
「ど、どうしましょうシェルビー、私、私このままじゃお皿洗いを……」
「んな事言ったってよぉ……とりあえず、食うしかねえべ? ほら、味は良さそうだしさ」
ほかほかと湯気をあげているポテトとフィッシュフライを見れば、酒場で食べるそれと比べても明らかに揚げ色の発色がよく、上質な油を使っていることが解る。
別皿に収まっているタルタルソースも食欲をそそるツンとした匂いを漂わせていた。
ただ安かろう多かろうの街の食堂などとは異なる水準の、食べる側を想っての品質維持。
シェルビーに言われ、シャーリンドンもパスタから漂う湯気をそっと吸い込んでみれば、上質なチーズの風味が感じられて「まあ」と目を輝かせた。
「これ、これですわ! 子供の頃に当たり前のように食べていて、最近全然食べられなかったチーズの匂い!! 芳醇な香りです!!」
「え、なに? チーズの匂いとか、そんな違いあるん……?」
「ありますわ! 材料になったミルクの品質とか、牛の産地とか、色々関係あるんですぅ!」
「こんなに熱くかたるシャーリンドンはじめて見た……」
ちゃんとした質の、好みのチーズが使われていることに興奮気味に喜ぶシャーリンドンだったが、シェルビーや名無しには理解の出来ない世界で「えー」とジト目になっていた。
「パフェも何か、こう、上質な何かとか感じるん?」
「特に何も……大きいだけ。んっ、おいし☆」
「一応、材料に関してはいずれも品質のいいものばかりを取り揃えていると聞いたことがありますが」
材料の品質など少女には解る訳もなかったが。
それはそれとしても、スプーン一杯のクリームを頬ばりその甘さに目を輝かせていた。
シイタケが如き輝き、再びである。
「まあ、いずれにしても美味いなら、案外食えちまうかもしれねえし?」
「そ、そうですわね。俄然、食欲がわいてきましたわ」
「たべる☆ もっとたべる☆ ちょー食べる☆」
先ほどまでよりも気合が入った三人は、それからしばし黙々と食べる事になったが。
「――む、無理、ですわ」
三十分足らずで、シャーリンドンは斃れていた。
三分の一も進んでいない段階での死である。
「シャーリンドン、お前……」
「う、うぅ、そんなこと言われましてもぉ……チーズの濃さと、クリームの重さがぁ……」
「なさけない、シャーリンドンはほんとだめ」
「ははは」
ほぼ完食に近いところまで進めていたシェルビーと、まだまだ食べる意欲のある名無しとに挟まれぐったりとテーブルに伏してしまって涙目になってしまっていた。
これには王子も苦笑いである。
「うぅ、このままでは私、お皿洗いを……」
「ちっ、仕方ねえなあ」
まるでそれがとんでもない拷問かのように泣き出すシャーリンドンに、シェルビーは「よこしな」と、その前に置かれた皿を奪い取る。
何が起きたのか解らず、シャーリンドンは「え」と、一瞬涙が引っ込むが。
「えっ、えっ、何やって……シェルビー!?」
食べかけのパスタを食べ始めたシェルビーに、シャーリンドンは眼を見開いて赤面した。
「なんだようるせえなあ。お前が食えないっていうから食ってやってんだろうが? 文句あんのか?」
「うっ、そ、それは……で、ですがその、勝手に私のお皿をっ! フォークまで!!」
「仕方ねえだろうが。俺のは手づかみで食う形式だったしフォークなんてねえし」
気にするな気にするな、と、パスタにフォークを突きさしくるくる回して掻っ込んでゆく。
汁気の強いクリームパスタは、どうしてもとろりと零れてゆくが、それは気にせずまずは麺だけ片づける腹積もりだった。
「かんせつきす」
「ふぇぇ……」
「ガキじゃあるまいし。そんなの気にしてたら大人になれねえぞ?」
回し飲み食いくらい当たり前だろうに、と、気にした様子もなくばくばくと片付けていってしまう。
女性には厳しい量も、大人の男ならばなんとか食えない量ではなかった。
「う、うぅ……そんな、こと、いわれても……」
(食いきれねえと泣き出す癖に食ったら食ったで文句言うのか……なんて言えば正解なんだコレ? そもそも正解あるのか?)
「ははは、シェルビー、貴方は少しデリカシーに欠けるようですね」
「すみませんねえ王子様、育ちが悪いもので」
難儀しながらも、なんとか平らげる。
流石に胃が重くなってきたが、シャーリンドンの相手を一々しているのも疲れるので、と、さっさと退散したくなってきたのだ。
そんな中の王子の一言だったので、皮肉げに返した。
「下々の者なんてそんなデリカシー? だとか、そんなの一々考えてらんねえんですよ。何せ日々がかつかつなもんで」
「なるほど。まあ、そんな貴方にはセシリア殿は無いだろうから、ヨシとしましょう」
「……? なんでセシリア?」
脈絡もなく出たセシリアの名に混乱しそうになっていたシェルビーだったが。
ぐい、と、隣から袖を引っ張られ、名無しの方を向くと……キラキラと目を輝かせた名無しが「無理」と言い出し、パフェを差し出してきて蒼白になった。
キングサイズのパフェが、三分の一ほど残っていた。
「……勿論、シェルビーは食べるのですよね?」
「シャーリンドンのは食べたから、食べて」
涙目ながら刺すような視線のシャーリンドンと、下から何かを期待するように見上げてくる名無しとに挟まれ、シェルビーは絶望した。
「結局、お皿洗いさせられてるじゃないですか……」
「シェルビーほんとダメ。わかってない」
「なんで俺怒られてるん!? 頑張ったよ? めっちゃ頑張ったよ!?」
結局その後、シェルビーはパフェを前に斃れ。
それを見とがめた食堂のおばちゃんに「お残ししたなら皿洗いだよ!!」と、三人そろってエプロン姿で皿洗いさせられていた。
王子だけは速やかにその場を脱したため不問である。
「くっそあの王子、一人だけ逃げやがって」
「十枚洗ったら百枚増えてる……」
絶望的な劣勢だった。
「大丈夫ですわ、私、頑張ります」
そしてそんな中、大変珍しくシャーリンドンが輝いていた。
シェルビーと名無しが一枚ずつ洗い終わる間に十枚が片付く。
山のように放り込まれていた汚れた皿が、瞬く間にピカピカの山となり積まれていった。
「あらあんた皿洗い上手ねえ。それにとっても綺麗」
向いてるわよあんた、と、おばちゃん達に褒められ珍しく嬉しそうに「えへへぇ」と微笑むシャーリンドンを見て、「適材適所だ」と、二人は思ったのだった。




