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だから私は!!  作者: 海蛇
第二章.ビャクレンの園編

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33/63

#33.それはいっちゃだめなやつ

 巻きあがった土煙が、視界を霧のように阻んでいた。

偽セシリアの放った一撃は、その全周囲を覆う防御魔法(マジックシールド)とかちあい、相殺され消滅こそしたが。


「けほっ、けほっ……クソがっ、なんとか生きてる、か。セシリアっ」


 いち早く立ち直ったシェルビーが、先ほどまでセシリアが立っていた位置に声を向ける。

気配が、まるで感じられなくなっていた。

先ほどの攻撃の余波で、肌の感覚がマヒしていたのだ。


「……なんとか、な」

「そりゃよかった」

「だが、立てない。衝撃波をまともに喰らったんだ」

「そいつぁお気の毒な事で」


 声を聞き……けれど安堵することなく、気を張りつめる。

敗北したセシリアがまだ無事なのだ。

つまり、攻撃を放った張本人は、まだ生きているという事。

シェルビーは皮肉げに口をへの字に曲げながら、頬に汗を垂らしていた。


(次の攻撃が、いつ飛んできてもおかしくねえ……今のうちに、今のうちに、追撃の一つも……)


 クローヴェルPTの連中は、遠くからの「ひぃ」とか「うへぇ」とか聞こえてきた声で少なくとも全滅していないことは確認できていた。

通路側に逃げた名無しとシャーリンドンも、あの攻撃と防御のぶつかり合いの瞬間にとち狂って飛び出してきたりしなければ無事なはずだった。

だから、今彼がやるべきことは、偽セシリアに少しでもダメージを与える事。


(そもそもできるのか俺に? 生半可な攻撃じゃ簡単に弾かれちまう。ダメージが通るのかすら怪しい化け物に、ダメージを……うん?)


 そこまで考えて、シェルビーはふと、一つの出来事を思い出した。

それは、グラフチネスの揺り籠での出来事。

ものすごく些細な事で、セシリアがメンタルダメージを受けた事があったのだ。


(あの偽物も精神性が同じっていうなら……もしかして、気にしてるのか? あれ(・・)を)


 やってみる価値はあった。

土霧が晴れてゆく。偽セシリアは……また力を溜めていた。

対するセシリアは、なんとか立ち上がろうとしていたが、剣を杖のようにし、それでも膝に力が入らない様子だった。


『――悪いが、次こそは邪魔をさせる気はないんでな』

「ははっ、やっぱそう来たか――」


 恐らく、視界が通ると同時に攻撃するつもりだったのだろう。

これで攻撃に移らない辺り、まだ完全には溜まり切っていないようだが。

それももう間もなく、そして次の攻撃には恐らく、クローヴェルも対応できないだろう、とシェルビーは考え――意を決した。


「セシリアっ、罠にかけるぞ、耳を塞げぇ!」

『……なにっ?』

「――何かわからんが、解った!」


 素直に言う事を聞くセシリアと、偽物が故疑問に感じてしまう偽セシリア。

……これが分かれ目だった。

そう、『罠に関する事は全部俺に任せる事』。これは、彼がPTに入る為の絶対条件であり。

仲間ならば、何よりリーダーであるセシリアなら、無視してはならない約束事だった。


(あー、やだなあ、ほんとにやだなあ……でもっ)

『くっ、罠だと? いつの間にそんな事を……だがっ!』


 丁度溜まり切ってしまったらしく、それまでの姿勢から一撃を放とうとするのが見えた。

視界の隅で、クローヴェルが杖を向けようとし、「ぐぅっ」と、悔しげに歯を食いしばっているのが見える。

なんとか姿勢を整えたものの、やはり間に合わないのだろう。

一瞬でも迷った結果が目の前に迫りそうになり「やべぇ」と頭を振りながら、思い切り喉から声を張り上げる。


「――黙ってろよこの貧乳野郎!!」


 ぴし、と、何かが割れたような音がした。

見ると……偽セシリアの纏っていた深淵の覇気が消滅していた。


『――っく』

(ど、どうなった?)

『うぐっ、ひくっ――なんてことを、言うんだ、お前は……っ』


 その凛とした面持ちが崩れ、自信と強気に釣りあがっていた瞳からは涙がこぼれ。

口をへの字に曲げながら泣き崩れる、偽セシリアがいた。

クリティカルヒットだった。たった一言で戦意喪失するほどのクリティカルヒットだった。


『うわぁぁぁっ、お前がっ、よりによってお前が言うのかぁっ! 見損なったぞ! やはりお前は偽物だっ! この偽物めっ、偽物めぇぇぇぇっ!!!』

「……? 何が起きている? もう手をどけてもいいのか?」


 胸に関する罵倒はよほどショックだったらしく、顔を手で覆い子供のように泣き始めてしまう。

明らかな隙だったが、余りにも効果的過ぎて、シェルビーですら「ここまでかよ」と唖然としてしまうほどだった。

ただ、セシリアに対しては首を振り、あくまで何が起きたかは気付かせないようにして、偽物にナイフを向け――投げつけた。


《カキィンッ》


 そして案の定弾かれる。

自分の攻撃ではどうやっても偽セシリアにはダメージが通らない事が確認できたので、クローヴェルに視線を向けた。

彼もまた驚いた様子だったが、シェルビーの視線を感じ、こくりと頷きながら魔法を放った。


『よりによって「野郎」だなんて! 私は、私はこれでも女な――うわぁぁぁぁっ!?』


 そして悲しい叫びをあげながら、偽セシリアは魔法の直撃を受け、消滅した。




「――何が起きたのか全く分からないが、シェルビーの罠の効果はすごいな! まさか私が精神錯乱を起こすとは!!」


 無事最悪な敵との戦いが終わり、名無しの傷薬によって回復したセシリアは満面の笑みでシェルビーをねぎらったが、当の本人は「いやまあその、ごめん」と、頭を下げた。


「……? なんで頭を下げる? 私は君を褒めてるんだが?」

「……最低ですわシェルビー。女性が気にしてる事を……」

「シェルビー、みそこなった」

「効果があったのは見てて解ったけど、もうちょっと言い方とか……ねえ?」

「私でもアレはキレるわ」

「オレも女扱いされないから普段は気にしないようにしてるが、流石に言及されると怒る事だよそれは」

「まあ、そこを気にしている人にそれを指摘するのは、例え効果的だったとしてもあまり褒められたものではないわね」


 気付いていないセシリア本人はともかく、他の女性陣からは猛バッシングで、シェルビーはそれを口にしたことを心底後悔した。

幸い男性陣は「それでも助かったんだから」「あいつはよくやったじゃないか」と女性陣をなだめてくれたのでそれ以上酷くなることはなかったが、テレサまで加わっての痛い視線は、シェルビーには大層辛く感じられた。


「……? なんだかPTの空気が悪い雰囲気だな。とりあえず、態勢を整え直そうか」


 セシリアの声で、ひとまずの雰囲気はリセットされる。

当面の危機は去った。

クローヴェルたちの情報によれば、同じ人物の偽物が二人以上出てくることは確認されなかったとの事なので、今は回復に費やせる時間に回したかったのだ。




「――先ほどまでの戦いで確信が持てたな。やはり、偽物は明確に自我を持っている。そして、彼らはこのダンジョンを『居場所』と認識していた」

「我々が攻撃を受けていた理由は、自分の居場所を武器を持ち踏み荒らしていたから……という事か?」

「少なくとも俺達の偽物は、そういう発想になったらしいな。この辺り、『個性』が影響してるって事かもしれねえけどよぉ」


 休みがてら、状況の整理を進める。

主に話すのはセシリアとクローヴェル、そしてシェルビーだ。テレサは会話には加わらず、あくまでメイドとしてシャーリンドンの手伝いをしていた。

そのシャーリンドンはというと、仲間達にヒールを掛けて回り、テレサからSP剤(不味い)を飲まされ苦悶の表情を浮かべていた。

名無しは、捕まえた偽名無しと二人でにらめっこをしている。


「なあ、この偽プリーストのねーちゃん、ちょっといかがわし過ぎねえか?」

「俺もそう思う。縛り方が悪いのか?」

「胴体まで縛ってるからよくないんだろう。手と足だけ縛ろうぜ」


 クローヴェルPTの男たちが意識を失ったままの偽シャーリンドンの縛り方にあれこれ議論していたが、幸いシャーリンドンにまでは届いていないようだった。


「協力してくれていたミルヒリーフの住民曰く、『遺跡の中で攻撃を受けた事はない』という事だから、非武装、かつ非戦闘員なら攻撃されない場所だった、という事だろうか?」

「なるほど、冒険者が踏み込むから、それに対してカウンター的な意味で冒険者の偽物が発生し、これに対応していた、という内訳か。気付いてしまえばバカバカしいが、随分手間取らされたものだ」

「まさか丸腰で入れば無事に済んだなんて誰も思わねえよなあ」


 結果として合流前に取り返しのつかない死者を出してしまったクローヴェルは苦虫を噛み潰したような顔になっていたが。

それでも、敵対していた偽セシリアPTの対処は、『冷酷に対応できるプロ』の存在が必要だったので、彼らの存在は攻略には不可欠だった。


「シャーリンドンや名無し、テレサだけで入ったら、特に問題が発生しないまま調査だけさせてくれたんだろうか」

「そうかもしれないが……それはちょっと、心理的に難しいだろうな」

「ああ、どうしても罠が心配になっちまうし、何よりそれじゃこっちの目的が果たせねえだろうしな」


 結局、彼らが冒険者であることが、最大の障壁になったのだ。

これには裏をかかれた気分になり、三人は揃って小さくため息をついた。


『なっ、こ、これっ、どういう事ですのっ!? なんで私縛られて――いやっ、いやあっ、離してくださいましーっ』


「やかましい奴が意識取り戻したぞ。お前たちのPTの偽物なんだ、どうにかしろよ」

「ほんとになあ。ポーターちゃんの偽物もだけど、どうしたもんかねえ?」

「とりあえずダンジョンを攻略するまでの間は、放置するわけにもいかない。非戦闘員だからと逃がしておいて、また誰ぞかの偽物と合流でもされれば面倒ごとになるからな」


 当面の間無力化される偽シャーリンドンはともかくとして、偽名無しに関しては放置すると勝手に罠にかかってしまうリスクもあるし、何より他者と協力して手持ちのアイテムを利用されるのも面倒だった。

どうしたものか、と、シェルビーが腕を組み思案していると、セシリアが名無しの方を向く。


「名無し、ちょっといいか?」

「なに? セシリア様」

「偽シャーリンドンを、リュックに」

「わかった」

「ちょっと酷すぎねえ!?」


 まさかのモノ扱いだった。


「仕方ないだろう。無理に連れてこようとしても抵抗されたら面倒くさいし、また気絶させるのもな」

『なぁっ、何するんですのっ? いやっ、やめっ、いやぁぁぁぁぁっ!!』


 とても慣れた手つきで偽シャーリンドンを抱え込み、そのままリュックの中に投下。

中で暴れようとするのも構わず封を閉じ「ふぅ」と一仕事終えたプロの顔をする名無し。


「おい、何も聞こえなくなったぞ? 大丈夫なのか……その、偽プリーストは」

「かんぜんぼうおん」

「大丈夫? 密閉され過ぎて死んだりとかしないわよね……?」

「もんだいない」

「まあ、俺たちのリュックはある程度保存性高める為に色んな魔法かけられてっからなあ。しばらくは生きてるんじゃねえかな」


 クローヴェルたちの疑問も気にすることなくいい笑顔になった名無しに、ダナンの補足も加わり、倫理的に何かがおかしい気はしたが「そうか」と頷かざるを得なくなっていた。


「……全然安心できませんわ」


 自分と全く同じ外見の偽物がモノ扱いされた事に関して、不味い薬を飲まされぐったりとしていたシャーリンドンは、胸を抑えながら偽物を不憫に思った。




 そうこうしている内に回復しきった一行は、クローヴェルの案内の元『まだたどり着いていなかった領域』へとたどり着き、慎重に歩を進めていた。

とはいえ、他の誰ぞかの偽物が出る様子もなく、恐らく偽シェルビーが張り巡らせた罠もシェルビーなら解除できたため、その辺りに問題はなかった。


「――あの罠はすごかったねえ。新機軸の芸術品かと思わされたよ」

「解るか? まあ、そうだよなあ。俺も罠を張るならあれくらいはやるさ」

「おおっ、それは楽しそうだ。だが、新人には絶対に踏ませられないな」

「ははは、そりゃそうだろうな! 皆黒焦げになっちまうからな!」


 先行するシェルビーともう一人の斥候、アンサーが、並んで会話をするくらいには余裕の場所だったらしい。

珍しく同業者との協力関係だからか、会話も大変弾んでいた。


『……むー』


 そして後列の名無しは口をとがらせていた。

いや、これは偽名無しの方だった。


「きもちはわかる」

「えっ、そうなんですの……?」


 すぐに同調してつまらなさそうな顔をする名無しと、驚かされるシャーリンドン。

何に対しての「わかる」なのかが今一解らなかったのだ。

これに、二人の名無しが揃ってシャーリンドンを見て、そして深い息を吐いた。


「えっえっ? な、なんですの?」

『シャーリンドンはわからない』

「ほんとにだめ。わからない」


 そして二人揃って駄目だしし始め、シャーリンドンは「えぇぇ」と困惑する。


「――もうそろそろ、カレンの言っていた最奥だと思うんだが」

「ああ。お前たちは情報である程度聞いてたんだったな? とすると……」

「見えてきたわ。あの扉」


 シェルビーたちの後ろを、セシリアとクローヴェル、そしてテレサが歩き。

前方に扉が見えてきたところで、シェルビーから「止まりな」と指示が飛ぶ。

ぴた、と全員止まり、戦える者は武器を持ち、構える。


「扉には罠……これ自体は解除できるが、扉の先に何か居やがるな。人の気配がするぜ。こっち側からカギがかけられてる……?」

「恐らくは地形的に、この扉の奥がミルヒリーフの住民たちにとっての『聖域』なのだろうが。管理のためにカギでもかけたのかな?」

「かもしれねえ。解除自体は余裕でできる……っと、終わった」


 罠もカギも一瞬で解除し終え、最前列をセシリアに交代し。

セシリアが扉を慎重に開くと……その先には、大きな鏡と、その奥には牢獄のようなものが見えた。


「牢獄……? 聖域なのに、これは一体……」

「おい、あそこ、人が入ってるぞ」


 先行したセシリアに続き中に入ったクローヴェルが、牢獄の中に人影を見つける。

すわ、また誰ぞかの偽物かと思いきや、それはピクリとも動かず、こちらに気付いた様子もなかった。


「……生きちゃいねえようだな」

「ああ、呼吸音が聞こえない」


 斥候二人がその人影の生死を伝えると、セシリアは牢獄の前に立ち、扉を蹴り飛ばす。

古くなった鉄製の牢獄は、容易くその鉄格子を蹴破られた。

がらん、ごろん、と、鈍い音を鳴らしながら転がる格子には意識も向けず、人影……男の遺体へと近づいた。

質感こそ古く薄汚れてはいたが、元は金のかかっていそうな質のいい衣服のようで、見た目からして金持ちか貴族の類と思える、そんな男だった。

皮膚がまだ水分を保っている事から、恐らく死んでからはそう経っていない、男の遺体。


「この人は……もしや」


 心当たりがないかと言われれば、セシリアには一人だけ、その思い辺りがあった。

彼女たちがここに来ることになった、理由の一つ。

自身に手紙を残した、ボルトアッシュ、その人かもしれなかったのだ。


『――皮肉なものだな。死して後、ようやく待ち人が来た、か』


 不意に声がかけられ、はっとして全員がそちらに向いたが。

鏡の中から現れた、目の前の遺体と同じ顔をした男の姿に、セシリアは「待て」と、仲間達を制止した。


「初めまして。貴方が、父上の仲間だったという……?」

『いかにも。私こそが君に手紙をよこした、ボルトアッシュだ』


 彼は既に死んでいるが、な、と。

皮肉げに口元を歪めながら。

男は、自身を、セシリアらが探し求めたその人であるかのように振る舞った。



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