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だから私は!!  作者: 海蛇
第二章.ビャクレンの園編

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32/63

#32.あるてぃめっとばとる?


「――それじゃ、確認するけどよ」


 クローヴェルPTが再起したことにより、復活に成功した彼らにもある程度の状況説明が必要になった。

これに関してはセシリアたちが説明する事で彼らも納得したのだが……今後ありえる懸念については、共通認識として理解させなくてはならなかった。


「この中で、この騎士様の事知らない奴はいるか? セシリアっていう名前に、全く覚えがない奴」


 先ほどまでより大きな輪になって座る面々。

その全員に聞こえる様に、心持大き目な声でセシリアを指しながら問うシェルビー。

見渡しても、手をあげたり頷くものは一人もいなかった。


「全員、セシリアの事は知ってるようだな?」

「この国の騎士団の副団長様だもの。先代の娘さんなんでしょ?」


 まずメイジの娘が反応し。


「かつて最強だった騎士団長と副団長の間の娘さんだからな、俺がガキの頃は『どんな化け物が生まれるんだ』って話題になったくらい……おっと失礼」

「まあ、あたしも移民だけど、この国で一番強い女の名前くらいは知ってるさ」


 戦士の男女が反応すると、三人いる剣士らも「そりゃそうだよな」とうんうん頷く。


「オレは完全に余所者だから、騎士団の副団長様ってのが冒険者やってるのは知ってたけど……実物を見たのは初めてだったね」


 中性的な外見の斥候が腕を組みながらセシリアを眺めている一方で。


「……ま、地元民なら知ってて当然って感じだわな」


 ダナンが名無しを上に乗せ、がはは、と笑う。

名無しも一緒になってがはは、と笑っていた。和んだ。


「んじゃ、皆セシリアの事は知ってるって事でいいとして……偽物として出た時の、一番の脅威がこいつ、っていうのは、皆解るよな?」

「偽ダナンの時に殺気を向けられた時は死を覚悟したぞ」

「だろうなあ、あんたはすげえよ」


 殺気を向けられて尚無事なのだから、と。

茶化すわけでもなく本気で同情しながら、シェルビーは話を進める。


「とりあえずこいつは、アークデーモンくらいなら余裕で一撃で仕留める。ゴーレムみたいな堅い奴らでも物理でごり押しできる系ウーマンだ」

「噂には聞いていたがそれほどとはね」

「すげえなあ……それがこの国の騎士なのか」

「副団長って事は、少なくとも同格かそれ以上の使い手の団長がいるんだよな……?」

「戦争も無い時代によくもまあそれだけの過剰戦力を用意したものだねえ」


 実力者と知ってはいても、セシリアの実際の強さまでは見ていない者達には、『アークデーモンを一撃』『ゴーレムを物理で倒せる』は十分に通じるレベルの解りやすい説明だった。

どちらも十人単位で命がけでプロフェッショナルなPTが挑んで何人か失うのを覚悟しなければならない相手だからだ。

単独撃破できるだけで国内はおろか大陸中でも通じる化け物さんだった。

聞いた者達も「おぉ」と感心したようにセシリアに視線を向ける。


「まあ、戦争がないおかげで私が冒険に出ていてもお咎めなしなのだが……あんまり化け物みたいに言われると、流石にちょっと傷つくな……」

「あんたの実力を認めてのモノって事だろ? 話進まないから隅っこでいじけててくれ」

「うぅ、解ったよ……」


 複雑な乙女状態になっていたセシリアを隅っこに追いやり、シェルビーは「んなもんで」と話を継続した。

クローヴェルPTの者達もシェルビーに視線を戻す。


「とりあえず、こいつの偽物を見かけたら、即逃げろ。あるいはセシリアに教えて離れろ。死ぬから」


 洒落にならねえから、と、真剣な顔で伝えた。


「参考までに、このセシリア嬢はどんな攻撃をするんだ?」

「んー? セシリア? おいセシリアったら、いじけてないでちゃんと説明してくれ」

「なんなんだいシェルビー。隅っこに居ろとか前に出ろとか、忙しいな」

「あんたの技はあんたにしか説明できねえだろうが。俺なんてただ力任せに切り捨ててるようにしか見えねえし」

「……仕方ないな」


 シェルビーにせっつかれ、止む無くまた前に出るセシリア。


「私の攻撃は、簡単だ。多人数を仕留める目的なら、範囲斬撃で全員同時に倒す。逃げ場はない」

「それどうやっても見つかった時点で手遅れな奴じゃねぇか?」


 ダナンの問いにセシリアは「そうだよ」と真面目な顔で返す。

その場にいた名無し以外の全員が「えぇぇ」とドン引きであった。


「一応、偽物の特徴として、そのPTメンバーを確定で『偽物』と呼んで攻撃しようとする癖があるようだ」

「PTメンバー以外は攻撃対象にならないかもしれないって事かい?」

「それは確定ではないが……偽ダナンが俺とテレサに敵意を向け、セシリアたちには直接攻撃しようとしなかったからな」


 偽ダナンがもしセシリアたちに害するつもりがあったなら、その隙をついて攻撃するチャンスはいくつもあったはずで。

それにも関わらずクローヴェルたちを見た瞬間に行動を起こし、セシリアにまず「殺せ」と命じたのもクローヴェルたちだった事から、クローヴェルの説明はある程度セシリアたちにも納得のいくものだった。


「あいつらは、『偽物』に対して異常なまでの敵意と攻撃性を抱くようだ。だから、偽セシリアがいた場合まず真っ先に狙うのは……」

「当人か、その仲間である俺らって事か」

「あいつらの中で優先順位が付くなら、恐らくそういう事なんだろうな。そしてあいつら自身は、その点を除けば限りなく本物に近い思考をする。着ている衣服や装備品まで同一だ」


 混ざられたら見分けがつかないのは本当のようで、これに関しては今までセシリアたちが手に入れた偽物の情報と合致していたので疑う余地はなかった。


「んじゃ、ま、偽セシリアを見かけたら、即セシリアや俺たちから離れる様にしてくれ」

「そうさせてもらうとしよう」


 あくまでクローヴェルPTのリーダーはクローヴェルだからか、シェルビーの注意も彼が受け入れる形で他のメンバーに「そういうことだ」と伝える手はずになっていた。

これはシャーリンドンが拷問まがいの復活をしていた間に事前に打ち合わせされていた流れだった。

尚、シャーリンドンは今、虚ろな眼で壁に向かって座り込んでいるが、誰も気にしないようにしていた。


「後は……そうだなあ、一応だが、俺の偽物にも警戒してくれ。これに関しては、そっちの斥候のねーちゃんにしか伝わらねえ話かもしれねえが」

「うん?」

「歩きながら罠を外せて」

「それくらいオレにもできるよ」

「歩いてる対象をそのまま罠にはめられて」

「できるできる」

「しかもそれを同時にできる」

「あんたは何を言ってるんだ」


 ありえねえだろ、と信じられないものを見た様な目で見てくる斥候に「まあそういう反応だわな」と、周りを見るも……他のメンバーは首をひねっていた。

クローヴェル側の斥候も「あのさ」と、仲間達の方に向いてしんどそうに眉を下げ、説明を始めた。


「今言ったことはね、一つ一つなら斥候やシーフはまあ、大体ある程度の練度があれば出来る事なんだよ。だけど、同時になんてのは普通に考えて無理。オレでもできないよ」

「アンサーさんが無理ーって事でも出来る人なの? この斥候さん」

「ああ、本当にできるっていうなら、頭おかしい」

「ひでえ言われようだ」

「誉め言葉さ」


 あんたもセシリア嬢に言っただろ、と、アンサーと呼ばれた斥候が苦笑いする。

シェルビーも「まあな」と軽く受け止める辺り、やはり大人の余裕があった。


「つまり、この兄さんの偽物は、『歩きながら罠を解除してそれをオレら向きの罠に作り替える』事ができる」

「すげえようなよくわからないような……」

「同じ業界の人だとそうなるって事は、きっとすごいんだろうけど……」

「斥候の人の言う事は今一俺たちには解らねえぜ」


 脳筋な前衛職連中はともかく、インテリジェンス特化のはずのメイジまで理解できないので、専門職というのはやはり伝えにくいものだった。


「こういう反応になるから説明めんどくせえんだよなあ。セシリアみたいに『俺を見かけたら逃げろ』とかそんなのじゃないし」

「見つけた時点でもう手遅れになってそうだもんねえ」

「そうなんだよ。俺が多人数相手取るなら、自分の姿は絶対に見せねえし、もし姿見せた時にはもう、勝利確信してる時なんだよなあ」


 それでもしばらくは離れてるけどさ、と、自身の慎重さを少しでも解りやすく説明しようとするが……やはり全体的に反応が(かんば)しくなかった。

相手方の斥候にそれが伝わっただけでも良しとすべきか、と、頭をぼりぼり。

けれど、「弱点あるよ」と名無しがぽつり呟く。


「俺の弱点って?」

「……保護者」

「うん?」

「シャーリンドンの」


 壁際で座ったままのシャーリンドンを指す名無しに、シェルビーは首をかしげたが。

セシリアは「ふっ」と楽しそうに笑いだす。


「……?」


 名前を呼ばれた事で我に返ったのか、一瞬だけこちらをちら見するシャーリンドンだったが。

セシリアは「いやな」と、立ち上がってその傍まで寄って行く。

……ニンニクの臭いはまだ消えていなかったので、口元を抑えながらではあったが。


「君がいることが、勝利のカギになるかもしれないな」

「……ほへ?」


 なんですのそれは、と、未だ臭う事にショックを覚えつつも、訝しむようにセシリアを見ていた。

今の彼女は、やや人間不信気味になっていたのだ。

セシリアですら助けてはくれなかったのだから。

だが、勝利のカギになると言われれば、嫌な気はせず。

やがてぱあ、と、嬉しい時の笑顔が前に出てくる。


「機嫌が直ったらしいな」

「私が勝利のカギになるって、どういう事ですの!?」

「つまりだな――」




 その後、説明を終えたセシリアらは、「先行する」と言いながら後の再会をクローヴェルPTに約束し、先に移動を始めた。


「納得いきません……納得いきませんわぁ……」


 先頭に立っているのは……シャーリンドンだった。

戦闘能力皆無、索敵能力皆無、防御力無し。

ともすれば一撃で死にかねない状況で、先頭を歩かされたのだ。


「これが一番安全なんだから仕方ない」


 その後ろに続くのは名無しだった。

三番目がセシリアで、シェルビーが最後尾。

完全にバックアタックを警戒してのものだが……つまりは、敵は背後から来るものと踏んでいたのだ。


「で、でも、もし偽物たちが正面からきたら……私、セシリアさんの攻撃に耐えられる気がしませんっ」

「安心しろ、俺でも耐えられねえから」

「ボクでも死ぬ」

「はっはっはっ、私も耐えられる自信がないぞ!」


 一番強いセシリアでも自分の攻撃は即死しかねないというのだから、生半可な対抗策など無意味だった。

一応テレサが「周囲の鏡が偽物を生み出すキーになってるのかも」と事前に解析した結果を伝えてくれていたが。

未だ偽物がどういう経緯で発生し、なぜ自分たちと同じ姿の本物を敵視するのか、といった事や、これがミルヒリーフの民と関係があるのかなど、謎は解消されないままだった。

どう出てくるかわからないし、どう鉢合わせるか想像もつかない。


「怖いのは解るよ。俺だってめっちゃ怖ぇ。可能な限り先頭に立って回避してぇ、けどなあ」


 非戦闘員のシャーリンドンを正面に立たせることは、シェルビーにとっても心苦しい状況だった。

何も身を守る術も無い娘にそんなリスキーな立ち方をさせるくらいなら、いっそ撤退してしまえと言いたいくらいだった。

だが、それではクローヴェルたちが取り残されてしまう。

そして何より、自分の偽物が生き残り続けるという状況が危険すぎると考えていたのだ。


「セシリアの偽物は確実に仕留めねえといけねえ。だけどそれと同じかそれ以上に、俺の偽物は、絶対に生かしておけねえ」


 もし後々にここに訪れる誰かしらが自身の偽物に襲われたなら。

どのような悲惨な事になるのか、想像もできないくらいだった。

恐ろしいのだ、自分の姿をした奴が、そんな事をしてしまうのが。


「あの偽物たちには、感情がある。私達を見れば敵と見なすかもしれないが……仮に私が敵を見たとしても、子供や非武装の相手を真っ先に殺そうとはしないはずだ」

「だなあ……俺ならやるよ?」

「できない」


 冷酷をおどけて伝えようとしたシェルビーはしかし、名無しの横やりでバツが悪そうな顔をした。


「あのさあポーターちゃん。何か買いかぶってくれてるのかもしれないけど、俺だってこれで案外――」

「確かに、シェルビーならシャーリンドンや名無しには絶対に攻撃しようとしないだろうな。敵とみなしても」


 誤爆しかねない私よりも確実だ、と、わざわざセシリアは振り返ってまでお墨付きを与えてしまう。

シャーリンドンの表情は見えなかったが、シェルビーは「ちくしょうが」と小さく一人ごちり、頭をポリポリと掻いた。





「……っ、止まれ」


 狭い通路から、開けた場所に出ようとしていたところ。

ここに来るまでに何度か経た別の分岐と繋がっている広場があった。

アンサーから事前に見てきたマップの情報は聞いていたが、そこでシェルビーが警戒を発したのだ。

シャーリンドンは「ひぃ」と、身を震わせながら止まり、一歩後じさる。

今はその臆病さが、だからこそシェルビーにはほっとできた。


『――足を止める必要はない、前に出てくればいい。すぐには攻撃しない。約束しよう』


 広場から聞こえてくるのは、自分たちのPTリーダーと全く同じ声だった。

――居る。

全員がごくり、息を飲み……やがてセシリアがシャーリンドンの前に立ち、「ああ」と、その呼びかけに答えるように、広場に入っていく。

合わせるように、シャーリンドンが、名無しが、そしてシェルビーもが広場に入り……そこにいた、セシリアと何一つ違わぬ偽物を認知した。


「ここにいるのは、私だけか?」

『さてどうだろうね? 私は正々堂々を好むが、仲間達がそうとは限らないからね』

「だろうな。そして私は、仲間達にまでそれを求めはしない」

『つくづく私と同じようだ。偽物とは、ここまで似てしまうのか……これがドッペルゲンガーやミラージュガイストならどれほど楽だった事か』

「それに関しては同感だよ」


 互いに互いを偽物と断じ。

そして本物は、剣を構える。

名無しとシャーリンドンはそれを見て、すぐに駆け出し広場から出た。


「範囲攻撃で仲間達を殺すこともできたはずだ。それをしないのか?」

『私がそんな事をするはずがない。子供や非戦闘員まで巻き添えにして得た勝利に、何の意味がある?』

「だが君達は、『私達』偽物に怒りや憎しみを感じているはずだ。殺したいほど憎いのだろう?」

『それは君達が偽物だからだろう? 偽物が、武器を持ち、自分の仲間達や居場所を傷つけようとするから――殺さなくてはならなくなる!』


 仲間達を守る為、戦う。

その考えは、本物のセシリアにもある、納得のいくものだった。


(やはり彼らは、単純な憎悪や怒りから攻撃を加えている訳ではない……同じ、人間か)


 精神性から行動規範まで、全てが恐らく同じなのだ。

違う事があるとするなら、自分たちと同じような外見の存在が偽物だと認識し、そして、自分たちに向け武器を向ける者達を、徹底的に排除しようとすること。


ここ(・・)が、よほどお気に入りらしいな!」


――守るべき場所を、この場に定めていた。

だから、排除しようとするのだ。

だから、入り込んだ者を襲うのだ。

そして、そうであってもやはり……武器を持たぬ者には、敵意までは抱けないのだ。


《がきぃんっ》


「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

『でやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 先に挑みかかったのはどちらからか。

全く同一のタイミングで斬りかかり、そしてそれが、互いの正面で打ち合いという形になって押し留められていたように、仲間達は感じていた。

そう、『仲間達』は。


『セシリアさん……頑張ってください!!』

『セシリア様、がんば』

「ちっ、なんてやりにくい……」


 偽セシリアの後方に、彼女にとっての守るべき仲間達がいた。

偽シェルビーの姿だけが見えなかったが、それは今となっては些末な事だった。


(作戦通り、やらせてもらうぜ……早く出て来いよっ)


 彼らの作戦。

それは、『自分たちにとってやってはならない事をやる事』。

心苦しいのは自分たちも同じだが、それをやることで、本来絶対前に出てこないであろう偽シェルビーを、引きずりだすことにしたのだ。

大きく息を吸い……声を発する。


「おらぁっ、喰らいやがれぇっ」


《シュパッ》

『えっ……あっ!?』


 本人のサイズから狙いのつけにくい名無しはともかくとして、わざわざ姿の見える場所にいる偽シャーリンドンは、シェルビーから見て余裕で狙い撃ちできる位置にいた。

突然大声を上げたシェルビーに、偽シャーリンドンは驚いてしまい、一瞬反応が遅れる。

それと同時に、ナイフが放たれていたのに、である。


《かきぃんっ》

「――見えた、そこだぁっ!!」

『――ちぃっ!』

《がきぃんっ》


――それが別のナイフとかち合い、怯えてうずくまる偽シャーリンドンに当たる前に地に落ちた。

その瞬間にシェルビーはかすかな殺気を真横の壁際に感じ、何もいない場所に向け、第二のナイフを投げつけ……それが弾かれ、何もないように見えた場所に、偽シェルビーが現れる。


「……ふう、心臓に悪ぃ」

『――てめえ、俺と同じ面をしてても、所詮偽物は偽物って事かよ』

『しぇ、シェルビー……』


 当たらなくてほっとしたのは、偽物だけでなく、本物もだった。

心底嫌だったのだ。

なんで嫌なのかも自分でよく解らなかったが、名無しと同じくらい、傷つけてはならない対象と認識していたらしい自分に「なんでこんな」と嫌気がさしそうになっていたが。

だが、それが本来自分自身でも暴けないはずの、偽物の自分を暴く作戦にできてしまえていた。


(ああ、嫌になっちまうなあ。俺は冷酷なつもりなのに。ポーターちゃんめ、よく仲間の事を見てやがるぜ)


 どこか納得のいかないものを感じながらも、自分の知らない自分の一面を見させられたような気になり、歯を噛む。


「こうして姿が見えたんだ。もう、お前が何しようと、俺ぁ見落とすことはねえ」

『ふんっ、どうだかな。俺と同じ姿をしてようと、所詮偽物は偽物だぜ。偽物は、本物には勝てねえ』

「……いい事言うじゃねえか」


――その挑発に乗ってやりてえ。


 彼は、自分の斥候という職業を天職だと思っていた。

プライドがあった。誰にもへし折らせない、これだけは自分が最高だと思う、そんなプライドが。

その最高が、競えるかもしれないという相手がそこに居た。

恐らく、それは叶うだろうと。

これ以上ない、技術を研鑽できるライバルがそこに居たのだ。

自分という名の、間違いなく自分と肩を並べられる相手が。


「だが悪ぃな、お前の相手は、俺じゃねえ」

『な――うぉぁっ!?』


 姿さえ認識できれば、そして注意さえ逸らせれば。

これもまた、彼にとって嫌な気分になる事ではあったが。

偽シャーリンドンを狙われ、一瞬なりとも注意が削がれたのだ。


「逃がしはせんぞ――フリーズランサー!!」

『ぐぉぁっ!?』


 それまでの大声に意味があるとすれば、それは『合図』だった。

セシリアの最初の声で、クローヴェルたちはおおよそ起きている事態を把握する。

次に来るシェルビーの声は、本来絶対彼なら発しない声だ。

斥候が、誰より目立つような声をあげるなど、本来あってはならない。それを、した。

――つまり、偽物が自分を本物だと思い、プロ意識を持つなら絶対にしない行動によって、逆側の通路から回りこんできたクローヴェルたちにどちらが偽物なのかを理解させたのだ。


「へっ、自分の死にざまを見せられるのはいい気分がしねえが……」

『シェルビーッっ!?』

『傷薬、使うから、待って……待って』

『今ヒールしますわっ、今ならまだ――』

『う、ぐ……にげ、ろ。奇跡なんて、使うんじゃ、ねえ』


 彼らの背後に回ったクローヴェルから放たれた氷の槍は、背中から偽シェルビーの身体を穿(うが)ち。

耐え切れず、偽物は倒れ伏す。

しかし、自分が致命傷を負って尚、偽シェルビーは偽シャーリンドンを心配し……息絶えた。


(ポーターちゃんはそりゃ、しっかりしてるからなあ。だが――)


『ぐすっ、そんな……いや、嫌です』


 既に体が消えかけていた偽シェルビーを抱きかかえ、泣き出してしまう偽シャーリンドンを見るのは、本物のシェルビーとしてもいたたまれない、とても嫌な気持ちにさせられるものだった。

その涙が自分に向いているのは、きっと他の誰であれ同じだろうとは思っていたが。


『ごめんなさいセシリアさん……ごめんなさい』


 あくまで正面のセシリアと戦う以上、偽セシリアはこれに対し対応ができない。

横目で見る事すらできず、起きた事を肌で感じ、しかし目の前の敵に全力で剣を振るしかできないのだ。

その先、どうなるのかも解った上で。


『――リザレクティアッ』


 消えゆく死体を抱きしめ、復活の奇跡を使ってしまう。

一度使えばもう、何もできなくなってしまうのに。


『馬鹿野郎が』


 PTリーダーの許可を得ずに、復活させてしまった偽シャーリンドンは、そのまま「ごめんなさい」と謝りながら意識を失った。

代わりに、消えつつあった身体が完全に取り戻された偽シェルビーは……一瞬だけ優しい顔になったが、すぐに憎悪と怒りに満ちた、今までシェルビー本人が仲間達に見せた事すらなかった顔を見せる様になっていた。


『怒らないでやってくれ。私は許すよ』

『あんたが許そうがな……俺なんかに使っても仕方ねえだろうが! ほんとにしょうがねえ奴だ。役に立たねえ! バカじゃねえのかこいつは!!』


 本気の怒りは偽セシリアとの会話の口調にも出ていたが、偽名無しが煙幕をばらまくと、ぎろり、背後に意識を向け――ふ、と、姿をくらませた。


「クローヴェルっ、そっちに行ったぞ!!」

「ふんっ、逃がすものかっ」


《がきぃんっ》


「なっ」

『てめえから死ねやぁっ!!』

「斥候が斬りかかってくるとか死ぬつもりかい偽物さんっ」


 クローヴェル側にも、斥候はいた。

だからか、ぎりぎりクローヴェルへの偽シェルビーの肉薄に対応できていた。

だが、クローヴェル視点では逃げるかと思った偽シェルビーは、あろう事か、自分からナイフで斬りつけに来たのだ。

当然彼は斥候なので、暗殺者として優れている訳でもなければ、接近戦の立ち回りに長けている訳でもない。

アンサーが一撃を防いだ後は、前衛たちに囲まれ、逃げ場などなくなっていた。

驚きこそあったが……彼らしからぬ、冷静さを失った故の末路だった。


「死ね」

『――っ、うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


 即座にクローヴェルによって足を氷漬けにされた偽シェルビーは、身動きが取れなくなり、そのまま戦士の一人によって斬り伏せられた。


「これで後は偽セシリアだけだな――うん?」


 恐らく脅威になりうるであろう偽シェルビーを倒したことで、残る脅威は偽セシリアのみになった……と思ったところで、クローヴェルは、自分に向かってくる偽名無しに気付いた。


『むーっ、むーっ!!』

「おっと……悪いが、大人しくしててくんな。怪力少女丸よぉ」

『はなせ、はなせーっ』


 ポーターとしては間違いなく一級品ではあったが、同じポーターならその怪力も抑えられない事も無く。

あっさりとダナンによって上から抱え上げられ、無力化されてしまう。


「……こいつも殺すべきだとは思うんだが」

「旦那あ、流石にそれは勘弁してやってくれよ……あの娘と同じ姿した子を殺すのは、流石にしのびねえ」

「リーダー、流石に私も子供を殺すのはちょっと……偽物とはいえさあ」

「オレも、それはちょーっと、トラウマになっちゃうかなあって思うよ?」

「ふん……なら、邪魔にならないようにしっかり拘束しておくことだ。縛り付けておけ」

「ありがとよ旦那、へへ、悪いな。そういう訳だから、よ!」


 子供を殺す事にも躊躇のないクローヴェルだったが、本物を知ってしまい、仲間も含めてそれをいやいやするように躊躇(ためら)っているのを見て、深い溜息を吐きながら了承する。


(どうせ殺せば消えてしまう偽物なのだが……こいつらには、それを言ってもわかるまい、な)


 彼にとっては、今姿が見えなくなっているテレサの無事こそが至高の任務ではあったが、だからと仲間達から不興を買うのも、それはそれでよろしくなかった。

心底面倒ではあったが、「こいつらがそういうのなら」と、内心ではほっとしていたのもあった。


 その一瞬、一瞬後である。


『許さんぞ、貴様ら――!!!』


 どん、と、場の空気が爆縮したかのような、強烈な流動を、誰もが感じていた。

偽セシリアの前に膝をつくセシリア。

満身創痍の中、回復も間に合わずに歯を食いしばる本物を前に、偽物は――全身にまがまがしい黒い光の衣のようなものを纏いながら、後ろ手に剣を構え、力を溜めていた。


「おいおいおいっ、押されてるじゃねえかセシリアよぉっ!?」

「ははは、すまない、急に剣撃の重さが倍増していったんだ。一度目は耐えたんだが、二度目はだめだった」


 すまないな、と、なんとか立ち上がるも、バランスを崩し、それでも持ちこたえ。

力を溜め続ける偽物を前に、「逃げろ」と声をあげる。

だが、偽物は「間に合うものか」と眼を見開いた。


『――貴様らは私の仲間を傷つけた。私の仲間を殺した。絶対に許さない。絶対に――生かしては帰さないっ』

「範囲攻撃だっ! 皆逃げろっ!!」


 直近に居た本物がそれを止めようと挑みかかるも、あっさり蹴倒され。

そうして、ずっと溜め続けていた剣を、大きく振り回し始める。


「やらせるものか、囲み込んでやる!! マジックシールド!!」

『エネルギーチャージャー――クラッシュ!!』


 クローヴェルの魔法が偽セシリアを囲み込む。

それが完了するかしないかの瀬戸際。刹那。

偽セシリアは、全力全開の攻撃を、全周囲に向け放った。


 魔法と物理、双方のぶつかり合いから来る強烈な光が、その場にいた全員の聴力と視力を一時的に奪っていった。


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