#3.ぜんぶはずれだった
引き続き、ウォーターワールドにて。
一夜を過ごし水着のまま進む一行を前に、どうにもならない壁が立ちはだかった。
「水だな」
「水だ」
「水だね」
進めそうな道が水で断絶されていて、そのままでは進めなくなっていたのだ。
まるで海辺のように高く波打つ道の先、はるか遠くに辛うじて奥に続きそうな道が見えていた。
「なあ、『水渡りの靴』とか……」
「ないよ。前にセシリア様が履きながら戦闘して壊した」
「マジかよくっそ……」
「そんな目で見るなシェルビー。私達にも事情があった」
余計なことしやがって、と、恨みがましそうにジト目で見てくるシェルビーに、セシリアは全く気にした様子も無く水面を見ていた。
「はー、そうかよ。一応聞くが、事情って?」
「水竜と戦闘になってな」
「まじかよ、じゃあ仕方ねえ」
「つい私が『水竜の背中にのってサーペンナイト名乗ったら格好いいだろうな』と思ってしまって――実行に移したら、無惨に壊れた」
「おい」
案の定ろくでもない理由だったのが解り、シェルビーは「聞かなきゃよかったぜ」と虚しい気持ちに襲われていた。
このパーティー、こんな事ばかりである。
「夢だったんだ」
「そんな夢捨ててしまえ」
「どんな夢だったか気にならないか?」
「ならねえよ。微塵もならねえ」
「あれは私がまだこの子と同じくらいの年の頃で――」
「ごり押すなよ!」
お胸が大胸筋で形成されている系女子には都合の悪い事は聞こえていなかった。
「まだ子供だった私は海で、優雅に水竜の上に乗って進軍する海騎士達を見て、憧れを抱いたんだ」
「……まあ、ガキの頃ならそういう夢くらいは」
「『泳げないままでもあれに乗れば問題ないなあ』と」
「そっちかよ!? 格好良くてとかじゃないのかよ!?」
一瞬だけ同調しそうになったシェルビーは、酷く損した気分にさせられていた。
「わかる」
「わかっちゃ駄目な奴だからよ。泳げる方がずっといいから」
少女もしたり顔で同意するが、ツッコミ疲れを回避するため、シェルビーは低燃費ツッコミで対応することにした。
彼がこのPTに入ってから新たに体得したスキルである。
「まあ、セシリアの昔話はいいとしても、よ。とりあえず向こう岸に渡らなきゃ話にならねえ。泳いでいくしかないかねえ」
こういったダンジョンの水地は、どのような流れになっているかも解らない。
先日のマーマンキングたちのように、水棲生物に攻撃されるリスクもある。
可能ならば、水地であろうと地上のように歩ける『水渡りの靴』か、水の上を歩ける魔法を用意したいところだが、生憎とそのどちらも不可能。
となれば、進みたければ泳ぐしかなかった。
「……大丈夫かよこれ。マーマンくらいならともかく、水竜とか巨大蛸とか潜んでねえよなあ?」
「潜んでいる可能性はあるだろうな。リスクは無視できん」
ごくり、息を呑むシェルビーの不安を肯定するように、セシリアは先頭に立ち、海さながらに泡打つオーシャンブルーを見つめる。
「怖いか?」
「怖いは怖いさ。俺はいつだって怖いことは怖いって思うようにしてる」
「罠の解除の時でも?」
「当たり前だろ。恐怖感こそが俺たち斥候の最大の武器だ。しかしまあ、水の中じゃ察知してもどうにもならんがな。だが――」
不承不承、といった様子ではあったが、それでもシェルビーはこきりこきり、首や関節を鳴らしながら身体を軽く動かし、準備運動を始めていた。
――進むならば、渡る事も仕方なし。
彼もまたひとかどの冒険者ならば、それくらいの覚悟はあったのだ。
何より彼は、今は雇われの身だった。
雇い主が行くとあらば、ついて進まねばならないのだ。
「――嫌だろうと怖かろうと、前金分はちゃんと働かんと、俺の沽券にかかわる」
その様子から、「どうやらついてきてくれるらしい」と解り、セシリアはふ、と、楽しげに笑っていた。
「ならば問題ないな!」
「おうよ」
「引き返そう!!」
「まあそうなるって解――引き返すの!?」
セシリアは胸を張って撤退を主張していた。
「いや、だって、流れ早いし……」
「そりゃ早いは早いが、泳げないほどじゃないだろ? 俺でも多分いけるよ? ポーターちゃん心配してるのか?」
「ボクは荷物の重さがあるから流される心配はない。これくらいの荷物は持って泳げる」
「この子もこう言ってるが」
最初、シェルビーはポーターの少女が心配でそう言っているのかと思ったのだ。
向こう岸までの距離を考えると、大量の荷物を持ったこの少女ではたどり着けないかもしれない。
あるいは、渡っている最中にモンスターに襲われでもしたら救出もフォローも困難と考えれば、そう判断するのも無理はないかもしれない、と。
だが、この女騎士殿は首を横にふりふり、いつになく真面目な顔になっていた。
「でも、浮き輪だと流されてしまうかもしれないじゃないか!!」
「しまえよ! 無くてもいいだろ別に!!」
「馬鹿を言うな! 浮き輪もなしに……浮き輪もなしに、私が浮ける訳ないじゃないか!!」
「あんたカナヅチかよ!?」
ずっと浮き輪を装備していた理由が発覚した瞬間であった。
「そういえばそうだった。セシリア様、浮けない」
「私だって、泳げれば泳ぎたいさ。でもな、でも……私の身体は、水に浮かないんだ!!」
「あー、筋肉って重いって言うもんなあ」
全身筋肉質な女騎士様は、水から大層嫌われているようだった。
「だが水竜に乗りさえすれば私だって……私だって……!!」
「その夢そこに繋がってたのかよ!? いや確かに切実ではあるのか……?」
シェルビーも混乱し始めていた。
低燃費ツッコミは時として混乱を生むリスキーなスキルである。
「だから、ここは引き返して水渡りの靴を買ってから――」
「この感覚……いかんっ、奥に戻れ! なんかやばいのが近づいてるぞっ」
「だっしゅ」
セシリアが説明している間にも、シェルビーは危険な感覚を肌で感じ取り、対比を指示。
少女もそれについて走り出した。
『グァバババババァァァァァッ!!!!』
「うわやばっ、巨大烏賊じゃねえか!?」
「セシリア様、早く逃げて」
《がしっ》
「へっ――」
遥か彼方の水域から飛び出した巨大な影――クラーケンの襲来だった。
目の前の水地に着水したその巨体は、長大な触腕をセシリアに向け、その身体に絡みついてゆく。
『グァバーッ』
「うわっ、やめろっ、やめてくれっ、私を水の中に引きずり込むなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
《ざっぱーん》
「ああ……セシリア様が普段上げないような悲鳴を上げてる」
「本当に水が怖いんだな……って納得してる場合じゃねえ! 今助けるぞぉっ」
哀れ、触腕にさらわれたセシリアはそのまま水の中に引きずり込まれ。
シェルビーは水着の中に隠し持っていたダガーナイフを投げつけた。
『グッフォッフォッフォッフォッ』
「くそっ、全然効きやしねえっ!!」
「予備のナイフあるよ」
「ナイスだっ、だがこのままじゃいつになったら倒せるか――」
投げつけたダガーナイフそのものはクラーケンの身体に突き刺さっていったが、まともなダメージになっている様子はなく。
予備のナイフをポーターから受け取るものの、シェルビーは焦りを感じていた。
(まずいぞ、いくら自動回復持ちの騎士っつったって、水の中じゃ呼吸ができねえ……)
早く仕留めなければ。
そう思い、恐らくは弱点であろう眼に狙いを付けるが……無数の触腕が蠢く巨大モンスターは、そうしている間も二人に攻撃を繰り出していたのだ。
「おわっ、と……くそっ、狙いを……きちっと狙いをつけて――」
触腕による攻撃と攻撃の合間。
わずかな時間のうちになんとか狙いを定め、投げつけようと腕に、そして指先に力を籠め――
「――うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『ぐふぉっ!? ブォワァァァァァァァァァァァッ』
――投げつけようとした矢先、水中から巨大な斬撃が発生。
そのまま水上のクラーケンもろとも、海のような水の壁を分断していった。
「へ……え?」
「すごい」
なんだかよく解らないがモーセっている光景の中、触腕に絡まれたままのセシリアがかつての水底に見えた。
手にはしぼんだ浮き輪。ぜえぜえと呼吸に激しく胸を上下させていた。
「だ、大丈夫かセシリア?」
「……解ったぞ」
「うん?」
「泳ぐことができないなら、水底を歩けばいいんだ!!」
「また無茶苦茶な結論に達したなおい!?」
どうやら間違ったものを悟ってしまったらしい、と、シェルビーは頭を抱えたが、ポーターの少女は「すごいすごい」と興奮気味に喜んでいた。
「はっはっはっ! 私としたことがとんだことで迷っていたものだ! 昨日までの私が馬鹿だったようだ!!」
「今のあんたは存在がバカバカしく思えるんだが?」
「まあそう言うな! 水底を切り払えば安全に進める! 私も溺れずに済む! 更にはお宝も見つけたぞ!」
ドヤ顔で胸を張るセシリアの指さす先には、確かに宝箱が落ちていた。
それも一つや二つではない。
大小さまざま、目に見える範囲だけで十個くらい転がっていた。
「おおう本当だ……すげえ数じゃねえか。これは一つ二つ大当たりが入ってるかもしれねえな」
「きっといいものに違いないぞ! さあ進もう! 私達の冒険は始まったばかりだ!!」
「不安になるような事言うなよ!?」
こうしてセシリア一行は、無事ウォーターランドを踏破することになった。
尚その日の夕食は、クラーケンソテーとクラーケンチャーハン、そしてクラーケンのたこ焼きだった。