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だから私は!!  作者: 海蛇
第二章.ビャクレンの園編
29/62

#29.にせしぇるびーこわい


「『ダンジョンを進む内に、私達は先に死んだはずのムッド卿に背後から襲われ、クルシコフやラリアンカ嬢らがこの戦いで命を落とした』」

「日記か……そうか、俺たちより先に、お前の親父さん達がここに挑んで……」

「そうだ。このおかげで私達はダンジョンのある程度の情報を得ていたんだが……だが、解らない事も多い」


 ダナンが聞かせてくれた本物と遜色ない実力を持つ偽物の存在は、日記に書かれていた内容を補完してくれるものだった。

おかげで確証を持って「この先に私達の偽物がいる」とセシリアたちが判断できたわけだが……問題はそこから先だった。


「クルシコフというのは、かつて名の知れた盗賊(シーフ)らしいな?」

「変人で知られたシーフマスターだよ。斥候業界でも有名なくらいの腕利きだったらしいが」

「変人、ですか……?」

「いろんな国の秘宝を気付かれないまま盗み出して、他国の秘宝とチェンジして混乱を巻き起こしたり、いろんな国のお姫様のティアラを、お姫様の寝室に入り込んで紙で作ったへったくそなティアラと交換して回ったりしてたんだと」

「へんじんすぎる……」

「意味分かんねえな」


 聞き覚えがあるというシェルビーの説明を聞いて尚、意味の解らない奇行っぷり。

だが、「でもよく考えてみろよ」とシェルビーは続け、呆れ気味に聞いていたメンバーらは、少し気を引き締め先頭を歩く彼の言葉を待つ。


「最初の一回はともかく、そんな事が起きればどこの国だって警戒するんだ。宝物庫はまだしも、お姫様の寝室なんざ普段から厳重な守りの先にあるもんだろ?」

「当然だ。我が国に姫君は居ないが、王子の私室とて厳重に守られているぞ」

「そんなとこに余裕で入り込めるのがこの変人なんだよ。当然、ダンジョンでもその腕前は十分に発揮されたんだろうよ」


 それが死ぬなんてなあ、と、残念そうに腕組みしたかと思えば、「止まりな」と腕を横に出す。

全員がぴたりと止まった。

既にダナンの言っていた鏡のフロアの中である。

枝道がいくつもある、どこから敵が出てきてもおかしくないポイント。

その、直近の曲がり角を注視していた。


「罠か?」

「警戒しろ。足音……一人だけだな」

「ダナンの仲間か、あるいは……か」


 自然、セシリアがシェルビーの隣に立つ。

武器あるものは武器を構え、そうでないものは警戒心から一歩下がり。

全員が真剣な目つきになっていた。


「――そこの角からだ。そう遠くねえ。一分せずに来るぞ」


 耳を澄まさなければ気付けない音。

距離を測るには短すぎる近場。

だが、そんな音でもシェルビーは正確に距離まで測って警戒を促してくれる。

すぐに攻め掛からず待てば、こつ、こつ、こつ、と、足音が近づいてきて――隻眼の騎士が一行の前に現れた。


『ほう……何者かと思えば、セシリアの偽物と会うとは。なんと数奇な人生よ』

「父上……」


 偽物とはいえ、死に別れた父との再会であった。

それも、自分も知る頃の。まだ壮健であった父親の。

想う事がない訳ではなかったが……その父の姿をした偽物は、剣を見せ盾を捨て、構えた。


『ふふ……あるいはこれすらもこのダンジョンが生み出せし幻影か奇術か……参るっ!』

「参りますっ! 父上!!」


 来ると解れば、セシリアもためらいはなかった。

自分を見た瞬間、この父は、自分だけを敵として認めたのだ。

その気になればクローヴェルPTのようにシールドバッシュでシャーリンドンや名無しを殺すこともできたはずだが、それはしなかった。

何故か。そんな事をしている間に、自分が死ぬと解っていたからだ。


「――りゃぁっ!!」

『ぬぅん――!!!』


 がきり、と、刃と刃とが交じり合い、火花と衝撃波が両者の間を突き抜ける。


「きゃっ」

「ちっ、もっと後ろに下がってろ!」

「は、はいっ」


 後方にいたはずのシャーリンドンが、その余波でバランスを崩してしまうほどで。

シェルビーは後ろに気を払いながらも、何かしら援護を、と、隻眼の騎士を注意深く観察した。


(……ダメだ)


――全く隙が無かった。

真正面からセシリアとかちあっているように見えるのに、わき腹や太腿など、狙えばセシリアの助けになりそうな部位のいずれもが、彼には狙えないように思えたのだ。

下手に攻撃などすれば、その所為でセシリアの邪魔になるかもしれなかった。

そして視線が一瞬、騎士と交差する。

にやりと、口元を歪めていた。


『――よい仲間達を見つけたようだ。本物の娘らも、同じように仲間に恵まれているなら良いが』

「ご安心ください。『本物』も、同じですよ」

『それは良い事を聞いた――だが、貴公は死ね――むっ!?』


 正面からの斬撃では押しきれぬと判断し、隻眼の騎士は一歩退き、姿勢を低くし、力を籠めようとした。

だが、飛びのいたその目の前に、セシリアが追随していたことに、騎士は眼を見開き驚く。


「――貴方の戦い方を、ずっと見ていた私が、そんな事をさせるとでも?」


 その力を籠めた先の斬撃は、間違いなく必殺の一撃。

それが解っているからこそ、そんな必殺技は、使わせる気がなかった。


『くぅっ――難儀な。だが、セシリアならばそれくらいはするかっ! 甘いわっ』

「ふっ、甘いのは――父上です!!」


 ざん、と、刃が交差する。

斜めに放たれた斬撃と、縦に放たれた斬撃。

ほぼ同じタイミングで打ち抜かれたはずだが、先に届いたのは――セシリアの放った斜めであった。


『ぐ――ぶっ――』

「……ご安心ください。貴方の娘は、貴方より強くなりました。貴方がたの宿願を、必ずや果たすことでしょう」

『……ああ、そのようだ、な』


 まともに斬撃を受け、膝から崩れ落ちた隻眼の騎士は……安堵したように父の顔になり、口元をほころばせていた。


『偽物でこれほど強いのだ……本物は、さぞ強いに違いない……ああ、なんと誇らしき事よ。我らが娘は、こんなにも強くなったのだな……ディアナ』

「……」

『ああ、誇らしい……願わくば、この手で、今一度、頭を――』


 とうに亡くなった妻の名を語りながら。強くなった娘を誇りながら。

笑いながら、偽ロスベルは消えていった。


「……本物の貴方は、死の間際まで私を褒めてはくれませんでしたよ、父上」


 酷い方だ、と自嘲気味に笑いながら、その場にがくりと座り込む。


「大丈夫かっ」

「ああ、なんとか、なった」


 セシリアも無傷ではなかった。

縦一閃の斬撃。

即死こそしないものの、決して浅い傷ではなかったのだ。

顔から肩口から太腿から、ばっくりと傷口が開き、血が塊のようにどぷりどぷりと零れ落ちる。


「あっさり決着がついたように見えたが……お前さんにこんだけダメージ与えるなんて、やっぱとんでもねえ実力者だったみたいだな」

「ああ……あそこで飛び込まなかったら私が即死していたし、捨て身で打ち込んだからこそ勝てた。だが……やはり負ける気はしなかったな」


 傷薬を、と、名無しに指示し、どばどばと頭からぶちまけられながら、感慨深そうに語る。

シュールな絵面ではあったが、偽物とはいえ死に別れた父親をその手で斬り倒した女騎士の悲壮感は、いくらかは薄れていた。


「――あるいは、手を抜いてくれたのかもしれない。私には、厳しい父ではあったが」


 本物でなく、偽物だと思ったから。

だからこそ、本物には見せられない娘への想いやためらいを見せたのではないか。

そんな風に思うと、不器用な男親故の性分か、あるいはそれほどまでに厳しく接しなければならないなりの何かしらがあったのかと、そんな風に思いはするが。

だが、セシリアはそれを語らず、ふ、と、笑うにとどめた。


「……なんつーか、すげえなあ。うちのPTが壊滅したような相手を、一人で」

「一人ではなかったさ。シェルビーは隙を突こうとしてくれていたし、この子のおかげで回復薬を大量に使える……万一刺し違えても、シャーリンドンがいれば復活はできるからな」

「仲間あっての無茶だったって事かい。そういう意味じゃ、うちのPTみたいな役割制とは違うものの、信頼はできてると」

「少なくとも私はそう思ってるよ」


 感心したように腕を組んでうんうん頷くダナンに、ドヤ顔になって語るセシリアだったが。

シェルビーは「よく言うぜ」とそれを鼻で笑っていた。


「グラフチネスの揺り籠の時は『私が戦うから問題ない』『私は死なないから問題ない』ってそればっかだったじゃねーか」

「ははは! そんな昔の事は忘れたな!!」

「都合のいい事言いやがって……傷はもう大丈夫か?」

「ああ。自動回復が始まった。そう掛からずまた動けるだろう」

「……ほんと、冗談みてえに便利な体質だよなあ、それ」


 普通ならそのまま失血死してもおかしくない深手でも、セシリアは既に腕や足を動かせるくらいには回復してきている。

流れ出た血は、その多くを回復薬が補ってくれていた。


「まだ少しくらくらするが、十分も休めば問題なくなるだろうな」

「では、ちょっと休憩にしますか」

「いや、休むならここより、迎撃しやすい場所がいい」


 セシリアには辛いだろうがな、と、シェルビーは後ろに向け指をさす。

少なくとも、来た道を戻った方が安全だろう、という判断で。

いつ敵が来てもおかしくない脇道が存在する通路よりは、確かに戻った先の方が安全性は高かった。

セシリアも「そうだな」と頷き、立ち上がった。


「進んだばっかで戻るのも嫌なもんだがよ。俺たちの偽物もいるかもしれないって思ったら、な」

「そうですわね。こんな状態で……偽物のセシリアさんと戦うなんて、避けたいですし」

「ま、それもそうだわな」

「一時撤退」


 反対する声も無かったので、「んじゃ後ろ警戒するわ」としんがりを引き受けてくれたシェルビーに任せ、セシリアが先導する。

来た道を引き返すだけ。

それも、十分も歩いていないのだ。

問題なく戻れるだろうと、誰もが思っていた。


《かちっ》

「……えっ?」


 そして、その油断は、最悪な形でPTに降りかかったのだ。


「わ、な……?」

「セシリア早く離れろっ」

『動くんじゃねえっ、皆死ぬぞっ』

「うっ……」


 嫌な音がして、頬に汗を流しながらゆっくりと足を離そうとしたセシリアに、シェルビーの怒号が聞こえ。

セシリアは……声に従い、足をそのままにしていた。


「……あの?」

「今、声が二重に――」


 何かおかしなことが、と思った矢先の事だった。

ぐら、と、地面が揺れ。


《ガラ――ズガガガカガガガガガガッ》

「うわっ、足元がっ」

「だから離れろって言っただろうがぁぁぁぁぁぁぁっ」

「なっ!? 私は動くなと言われたから――うわぁぁぁぁぁぁっ」

「きゃぁぁぁぁっ」


 突然道が崩れ。

セシリアたちは、広がってゆく穴に次々飲み込まれていった。





「――ビーッ、シェルビーッ!!」

「う……?」


 背中を打つ強い衝撃と、顔への重い衝撃とが重なり、意識を失っていたシェルビーであったが。

自分の名を呼ぶ声と共に目を醒ます。


「あ……良かった。意識を取り戻しましたわ」

「生きてた」

「まあ、無事だろうとは思ったが、良かった」

「これで全員復帰だな」


 見れば全員無事な様子で、だが真っ暗な中、名無しがカンテラで照らしながらの会話であった。


「うー……頭いてぇ」

「大丈夫か? 記憶が飛んでいたりはしないか? 気持ち悪くなったりは?」

「とりあえずは記憶は飛んでねえな……気持ち悪さもねえ」


 二日酔いの時のように頭を振りながら意識をはっきりとさせ、セシリアに問われるまま思い当たりを考えるも問題らしきものはなく。

そうは言いながらも「でも」と、思い出すように視線を上向ける。


「なんか、重いものが顔面にのしかかったような気がしたんだよなあ……その所為で意識が飛んじまったって言うか」

「――そ、そうだったんですのね! 大変でしたわね!」

「……? ああ、そうだな」

「それはシャーむぐっ」

「おほほほほっ、ポーターちゃん、シェルビーは疲れてるみたいですわ、休ませてあげましょう」


 何が起きたんだ、と考えようとしていたシェルビーだったが、急に早口になったシャーリンドンの態度に首を傾げていた。

そうかと思えば何か言おうとした名無しの口を塞いでしまい、ニコニコ笑顔である。


「すげえ威力だったんだよなあ」

「ははは、そうかそうか」

「岩かタイルかが顔面にぶち当たったんかな? 他の皆大丈夫か?」

「プリーストの嬢ちゃん以外は皆多少なりとも身体を打ってたが……ま、無事っちゃ無事だ」

「だ、ダナンさんっ」

「意識失うまでいったのは俺だけか……ついてねえな」

「いや、ある意味兄ちゃんはついてると思うが」


 ひたすら悲しそうに笑うセシリアと、「うーらやましいなあ!」と口元をにやつかせるダナンと。

それに挟まれシャーリンドンは顔を赤くしていたが、シェルビーには謎が深まるばかりであった。




「――と、とにかく、大変なことになってしまったので状況を整理しませんか!?」


 何か誤魔化す様に勢いで場をまとめようとするシャーリンドンだったが、実際問題そのまま安穏としても居られないので、と、全員が頷き、周りを警戒しながら寄り合う。

通路に出る前と同じような、広い部屋のようだった。

部屋の四隅の壁には鏡が飾られ、カンテラの光がてらてらと照らしていたので意外と光度は保てたが、そこから続く唯一の道は、真っ暗で先まで視界が届かない。


「私は、『動くな』と言われたから動かなかったんだ。なのにシェルビー。君は落ちそうになりながら『離れろって言ったじゃないか』と怒ってきたな。あれはどういう意味だ?」


 まず最初に口を開いたのは、セシリアからだった。

腕を組みながら、不満げにシェルビーを見つめ、「私が何か間違ったのか?」と、落ちる寸前のシェルビーの言葉の真意を問いただした。

当のシェルビーはというと、「あのなあ」と、ジト目で頬をポリポリ。

こちらも不機嫌そうであった。


「俺は『早く離れろ』って言ったんだよ。後ろからとはいえ、聞こえただろ?」

「私は真逆に聞こえたぞ? 『足を離したら皆死ぬぞ』と言っていたように思えた」

「はあ? なんだそりゃ。そんな風に聞こえてたのか? 俺、そんなに解りにくく言ったか?」

「……ともかく、聞き間違えが発生してしまっていたのは確からしい」

「そこは同感だな」


 どちらが悪いかはともかく、実際問題このような事態に陥ってしまったのだ。

今は責任の押し付け合いをしている場合ではなかったのは確かだが、同時に不満を抱えたままにするのも問題だろうと、セシリアもシェルビーも理解はしていた。


「あの……私、シェルビーの声が二重になって聞こえてたような気がしたんですけど」

「二重に? 反響してたとかか?」

「ボクもそんな風に聞こえた。なんて言ってたのかは聞き取りにくかったけど、被ってた」

「……そもそもよぉ、ついさっき通ったばかりの場所に罠が仕掛けられてるなんて、おかしくねえか?」


 シャーリンドンと名無しの証言に、シェルビーもセシリアも首をかしげていたが。

ダナンの言葉に、全員がはっとさせられる。


「そういやそうだな……それに、俺の声が被ってたってのも気になる」

「もしや……シェルビーの偽物が、あの場に居たという事か?」

「その可能性はありそうですわね。ああいう罠、仕掛けられますの?」

「そりゃ、やれるかどうかで言えばできるけどよぉ。時間掛かるぜ? 少なくとも一人でやるなら三十分は必要だ」


 時間的都合は、あくまで一人でやればの話。

複数人居れば問題ないというのが解った時点で、それは十分あり得るという事だった。

その可能性に気づき、一同、ごくりと喉を鳴らす。


「……まずいな。搦め手で来られる方が遥かに危険だった」

「ああ……セシリアの偽物もやばいんだろうが、兄ちゃんでも……これは思った以上にやべぇな」

「シェルビーの偽物……怖すぎますわ」

「ちょーきけん」


 いつの間にか背後にいて知らぬうちに罠を仕掛けてきて全員を予測不可能なフロアに放り込んだ偽シェルビー(仮)。

その脅威が、仲間達には身に染みて解ってしまう。


「……まあ、俺ならPT全滅させられるくらいの罠はいくつでも考えつくからなあ」

「マジかよ。あんたもすげえ斥候だったんだなあ……顔も見たことなかったけど」

「よその町から流れてきたからな。セシリアに誘われるまでは酒場で酒飲んで遊んでたし」


 マジで何もしてなかったからなあ、と、だらけていた頃を思い出しながら。

それを聞いてシャーリンドンが「まあ!」と怒り顔になったのを見て「やべ」と話をそらすために視線を道へと向ける。


「何かいるのか?」

「いるっちゃいるが、かなり遠い。しかも動いてねえな」


 セシリアの問いに「呼吸音だけだぜ」と、眼を閉じながら音に集中する。


「――二人。話し声みたいなのが聞こえたな。男と女だ」

「いい耳だ。私にも解らないくらいなのに」

「そりゃ斥候だからな。目も耳も鼻も――場合によっちゃ舌先や口の中も利かなきゃ、斥候なんて勤まらねえさ」


 眼を開き、手をフリフリしながら皮肉げに口元を歪めはするが。

そんな事は本題じゃない、とばかりに、シェルビーはダナンへ視線を向ける。


「男女っていうなら、旦那とメイドかもしれねえ」

「だが、それは他にここに挑んだ奴らがいなかったら、の話だぜ」


 少なくとも、セシリアの父親の偽物と遭遇しているのだ。

つまり、ここで発生する偽物は、ここに挑んだことのある者達の偽物、という可能性が高い。

自分たちも知らない誰かしらの偽物が存在している事も十分にあり得るのだ。


「……カレンは、こういう情報を教えてはくれなかったな」

「住民には一切危害を加えないとか、そんな感じなのかね。隠してたって言うよりは、知らなかったみたいな感じに思えたが」

「私もそう思う。あの娘もミルヒリーフの住民だ。一つ二つ、都合の悪い事だってあるだろうが……そういう感じでもなかったな」


 少なくともミルヒリーフの町長の娘・カレンは、誤魔化しや嘘で隠し事ができるような娘には思えなかった。

だから、カレンが隠していたというよりは、本当に知らなかった、あるいは脅威だとは思っていなかった、という方向性でセシリアたちは納得する事にした。


「被りがなかった、というダナンの話を信じるなら、少なくともクローヴェルPT全員の偽物はもう出てこねえ。クローヴェルの範囲魔法で全員が吹っ飛ばされる、というのだけは避けられる形になるな」

「ああ。それは大きな救いだ。少なくともその危険性だけは避けられる」


 話に聞くに相当な腕利きメイジであるクローヴェルは、セシリアをしてあまり相手どりたくないと思わせるだけの脅威だった。

その偽物が既に打ち倒されているのは、救いある情報の一つだろうと、その場の全員が頷く。


「んで、俺たちの偽物がいるとしたら、全員がまだ健在……親父さんのPTは?」

「日記にある限り、確実に倒されているのはシーフマスターのクルシコフと、シャーマンのラリアンカ。それから戦士のコーウェン殿。この三名の偽物は、父が斬り伏せたと日記に書かれている」

「ムッド卿の偽物はクローヴェルたちに倒されて、親父さんの偽物もさっき死んだ……んじゃ、親父さんPTの偽物も全滅か」


 情報を取りまとめていけば、とりあえず現状の脅威が解ってくる。

今の時点で危険なのは、間違いなくいるであろうセシリアPTの偽物。

そして、いるかどうかも解らない、訪れたかもしれない他のPTの偽物である。


「シェルビーの偽物がさっきのフロアにいたとしたら、少なくともそいつが降りてこない限り、目先の脅威になる可能性は低いが……」

「降りてこない保障なんてねえってのが問題だわな」


 なんなら今自分たちが落ちてきた罠。

これを利用すれば、その偽物自身も任意のタイミングで降りてこられるのだ。

これはつまり、先に進めばシェルビーの偽物に、知らず知らずのうちに背後を取られることにも繋がる。


「待ち伏せするか? 来るってわかってんなら、降りてきたところを狙えば……」

「気配も感じ取れねえが……高さ的に見て、このくらいの範囲なら俺の耳は聞き取れる。今してる会話は、上に俺の偽物がいた場合、確実に筒抜けになってる」


 何をしているのかも含めてな、と、視線を上に向け忌々しそうに「けっ」と口を歪めるシェルビーであったが。

同時に、自分だからこそ解るものもあり、手をひらひらとさせた。


「――次の油断を待つはずだ。俺なら、バリバリに警戒してる今の俺たちに挑むなんて絶対にやらねえ。ここで守り固めてるのが解ってたら、絶対に姿なんて見せねえ」


 見え見えの罠には掛からねえよ、と、諦めがちに目を伏せ、また開いた時にはもう、道へと目を向けていた。


「それより、この先にいるのがクローヴェルとその仲間だった場合、合流することはメリットにもなるかもしれねえ」

「偽物たちにいない戦力が手に入るから、か」

「ああ。勿論相手に協力する気があるなら、だが。同じ戦力相手なら刺し違えになっちまうかもしれねえ中で、違う攻撃手段や防御手段を持ってるクローヴェルは、間違いなく戦力になるだろうからな」


 そうだろ、とダナンに目を向け。

そして、ダナンが「ああ」と頷くと、満足そうに頷き返す。

それを見たセシリアも、納得したように道へと視線を向けた。


「――進もう。背後を警戒しながらだが、クローヴェルたちを助け出す」

「助かるぜ。旦那が無事なら、戦力増強間違いなしだ」


 そうこなくっちゃな、と、嬉しそうにニカリと笑うダナンに、名無しもつられて嬉しそうに笑っていた。

ポーター同士、通じ合っている部分もあるのだろう、とメンバーたちは朗らかな気持ちになるが、セシリアの「行こう」と言葉に、また真剣な表情になった。



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