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だから私は!!  作者: 海蛇
第二章.ビャクレンの園編

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#27.びゃくれんのその、とつげき


「セシリアッ、その辺りの床には槍の罠がある! 前に出過ぎるなよ!」

「ふっ、ならばそれを利用してやるさっ」


 翌日。ビャクレン園に突入したセシリアPTは、早速入ってすぐのフロアでモンスターの群れの歓迎を受けていた。

一週間ほど前に突入した他のPTがあったにも関わらず、である。


『ぎっ、ぎぃっ!?』

『ふぎぃぃぃっ』


 幸いにして数はともかく、敵の質の方は低レベルもいいところで、剣の一薙ぎで容易に複数体が斬り払われるや、敵の主力『クレイジーモンキー』は劣勢を感じ逃げ始める。

――だが。


《ギャキィッ》

『フギャァァァァァァァァァァァァァッッッ』

『ギシュッ……ブェェ……』


 丁度シェルビーの指摘した床を踏み抜いたモンスターが、真横の石壁から突き出された鉄の槍をまともに受け、絶命していく。


「ひっ、あ、危ないですわ……」

「私でもまともに受けたらまあまあのダメージになるな。罠の威力は、こちらの方が強めか?」

「ああ。油断が置けねえ。こういう遺跡系のダンジョンにはよく見られる傾向だが、とにかく足元や壁に警戒してくれ。下手に壁に触れただけで、何が起きるか解らんこともあるからな」


 警戒心が服を着ているようなシェルビーの真価が発揮される、罠満載のダンジョンだった。

初手から致死級の罠を目の当たりにすれば、他のPTメンバーも意識を引き締めざるを得ない。

その証拠に、罠の解除の為前に出たシェルビーには、誰も近づこうとしなかった。


「父上の日記通りだな。数多くの罠があり、油断ならない」

「事前に聞いてたから一応警戒してたけどよぅ、致死級の威力の罠が、まだ作動する状態で残ってたのは中々に怖ぇなぁ。入った奴が誰も解除しやがらねえのか、それともわざわざ罠を直した奴がいるのか」


 全く迷惑な話だぜ、と、今しがた作動した罠をあっさりと解除し、槍が引いていくのを確認し、OKを出す。

シェルビーの合図に従って、全員が彼に近づいていった。


「そういえば、見かけた罠はいつも解除してましたわね。再会した時の罠は残ってましたけど……」

「アレはな? 『育成用』に残しといたんだよ」

「いくせーよー?」

「どんな業界にも、へったくそな新人はいるもんだからな」


 これが例えばセシリアのような騎士であるなら、訓練とは敵との戦い方、敵の攻撃の受け止め方、何を警戒すべきなのかを、肉体的な鍛錬と共に叩き込まれるだろう。

聖職者であるならば、モンスターや悪しき者の精神的な操作などに対抗する為、女神の教えを徹底的に叩き込まれ、精神的な補強をするものだ。

同じように、斥候には斥候の育成のための方法があった。


「死なない程度の罠を敢えて残しておくことで、新人に発見や解除のための経験を積ませる、という事か?」

「そういうこったな。俺も下積みの頃は、低レベルな罠に何度も掛かって仕組みや喰らった時の痛みを頭と身体に直接叩き込んでたぜ。ヒーラーのねーちゃんに回復してもらいながらな」


 そうやって覚えていくもんなんだよ、と、今は痛みもしない肩口をさすりながら、口をへの字にしてにへら、と笑う。

まだ彼は昔を懐かしむような歳でもないが、それでも痛み半分といった思い出なのだろうと、仲間達は感じた。


「斥候になるような奴はさ、学がない奴も多いし、文字すら読めねえのだっている。口伝で教えてもらうにも、『先人』と知り合う事すら稀だし、教えてくれるようなお優しい先輩様ばかりじゃねえのさ」

「きむずかしい?」

「ひねくれてるって方が正しいかね。嫌なもん見すぎて金しか信用できねえ、とかな」


 斥候だからこその、苦み走った経験談であった。

だが、セシリアはそれを聞いて「解る気がするな」と笑いだす。


「あんだよ。何で笑うのさ?」

「シェルビーもひねくれてるからな」

「たっ、俺ほどまともな奴なんてそうはいねえって! 後輩にだって優しいんだぜこれでも?」

「とてもそうは思えませんわ」


 シャーリンドンまで一緒になって笑いだすので「ちくしょうが」と髪を掻きながら歩き出す。

流石に1:2は分が悪いと思ったのだ。

名無しは混ざらないとはいえ、反論するにも、自分でもそう思う事が何度かあったので、面倒くさいという気持ちもあった。


「それより、親父さんの日記、あそこに書かれてたのはこの辺りだったな?」

「ああ、そうだ……『入ってからすぐは直線だが、すぐに分岐がある』。恐らくはここだろう」


 入ってすぐの分岐にたどり着き、足を止めたシェルビーに、セシリアは頷きながら周囲を見る。


「……そこの燭台だ。動かせるな?」

「ああ。動かせるみたいだな……動かしていいんだろ? そう書いてあったんだよな?」

「そうだ。『左にかちり』」

「あいよ」


《かちり》


 言われたとおりに燭台を動かすと、がらり、左の通路脇の石壁の一部が開き、新たなルートが現れる。


「ん……日記の通りだな。この扉はすぐに閉じる。急いで入ろう」

「ま、最悪はまた燭台動かせば開くし、中からも開けられるみたいだがな」


 急かすような事を言いながらではあるが、それでもセシリアたちはシェルビーが入り、安全を確認するまではその場から動かなかった。

そして、中に入ったシェルビーが「いいよ」と言った辺りで石壁が閉じてしまう。


『おわっ、意外と早ぇな……』

「知らなかったら混乱してしまってたかもしれませんわね……」

「ほんとにいそがないと、だめ」

「大丈夫か? 変な罠が出てきたりとかはしていないならいいが」

『ああ、問題ねえ。念のためこっちから開けてみるわ』

「うむ」


 一時的な分断。

モンスターの襲撃と重なればさぞ驚かされたであろう展開だが、幸い情報として知っていたため、それほどの驚きはなかった。

退路確保がきちんとできるのか確認の為、シェルビーが中から石壁の解放を試み……ほどなく、同じように開かれたのを確認する。


「問題ないみたいだな。全員入れよ」

「これで最悪、ここから帰れるのが解ったな……いくぞ」

「は、はいっ」

「いそぐー」


 てけてけと三人そろってシェルビーのところまで駆けて行き、合流。

ひとまずは最初の関門をクリアしたことで、全員が小さく息をついた。


「んじゃ、こっからが新ルートだ。難易度プロフェッショナル。わずかなミスが即死に繋がる」

「ど、ドキドキしますわね……」

「だが、同時にこの先を、あの町の住民は毎年のように行き来している、という話なんだよな……」

「ああ、その辺俺も気になったな」


 ここから先は阿鼻叫喚の地獄が待っている、という認識自体は全員が同じだったが、だからこそ、疑問は大きかった。

思い出すのは、先日のカレンの話。





『貴方達がビャクレンの園と呼んでいる遺跡は、私達ミルヒリーフの住民にとって、大切な儀式を行う為の……祭礼の為の場だったんです』

『その祭礼というのは、「蘇りの儀」といって、ある程度の年齢まで行った子や、よその地域から来た人を、仲間に迎え入れる為の意味合いもあるもので』

『元々は見たままの道の先に、私達の祭礼の為の広場があったんですけど……あんまりに酷く踏み荒らされ続けて、五百年以上も昔に、ご先祖様が踏み荒らされない為の聖域を作ったそうです……』

『私達は聖域の最奥に、祭礼の為の広場を作って……そこで、儀式をしていたんですよ』




「――ここから先がカレンの言っていた『聖域』というなら、少なくとも住民は……それこそ子供や、ここに不慣れなはずの人達ですら、何の妨害も受けずに辿りつけていたことになる」

「あるいは、そこすら抜けられるのが『一人前の証』とか『仲間の証』とかの可能性もあるっちゃあるかもしれねえけど……そうなると、ミルヒリーフの住民どんだけ化け物ぞろいなんだよってなるよな」

「それは流石に……ちょっと怖くなってしまいますわ」

「ほんとはこわいミルヒリーフの真実?」


 ぞっとしませんわ、と、そわそわするシャーリンドンに対し、名無しはむしろ目を輝かせそわそわとしていた。


「もしかしたら、ここから先に出るモンスターとかはゴーレムみたいな、相手を識別するタイプのモンスターなのかもしれないな。住民が混じっていると敵とみなさないとか、そんな」

「ああ、そういうのあるかもな。ま、いずれにしても俺たちはそいつらから見て敵な訳だが」


 油断はできねえわな、と、口元を歪め。

まずはシェルビーが歩き出す。罠を警戒するようにゆったり、一歩一歩。

確認が取れ次第、片手でくい、とセシリアたちに見える様に合図をし、仲間達もそろそろと歩き出す。


「父上の日記を読む限り、『岩壁の先の広場で、巨大な岩石の巨人と戦う事になり、ムッド卿を失う事になった』という話だから、よほどの強敵が居たのだろうな」

「その死んだムッド卿ってのがどれだけ強かったのか知らんが、倒せはしたんだろうな、岩石の巨人は」

「ムッド卿は私も知っている方だ。若かりし頃は、竜を殺したこともあるという御仁だよ。その方の犠牲によって、なんとか倒せた、という話だから、ここで警戒すべきなのは……」

「おっと、止まれ。罠だ」


 会話の途中ではあったが、シェルビーが手を横にす、と出したのを見て、全員がぴた、と足を止める。


「むぅ……思ったほど難易度がたけえ」


 ぶつぶつ言いながらその場に座り込み、指先を慎重に床へと這わせる。

仲間達がその様を遠巻きに眺めていると、名無しがぴく、と、視線をその奥へと向けた。


『――おぉぃ、誰か、そこにいんのか……?』


 声だった。

いち早く名無しが気付いたが、セシリアたちもすぐにそれに気付く。


「シェルビー」

「聞こえてる。でも、もうちょっと待ってろ」

「何か、いる」

「解ってる」

「もしかして、負傷をされているのでは……」

「かもしれないけど、待てって」


 あくまで目先の罠の解除を優先するシェルビー。

焦れる仲間達であったが、既に方針として「絶対にシェルビーの邪魔をしない」と決めているので、やきもきしながらも視線を奥に向け、待ち続けた。


『頼むぅ……気付いて、くれぇ……』


 男の声だった。

だみ声の、けれど弱々しい声色で、助けを求めていた。


「――あれも、罠なのか?」

「かもしれんなあ」


 違うかもしれねえけど、と思いながらも、シェルビーはわざわざそれを聞かせるつもりもなかった。

例え本当に人間だったとして――例えば先に出発したであろうクローヴェルのPTメンバーだったとしても、それを助けるために急いで仲間が犬死したら、それこそ馬鹿らしいと思ったのだ。

彼は冷静だった。


『はぁ、はぁ……っ、たのむぅ……』


 声はどんどん弱まっていった。

焦れる。どうしても焦りが出そうになる。周りの仲間達の視線が痛かった。

仲間達の、とりわけ名無しの「急いで」という視線が、彼には辛かったのだ。

それでもシェルビーは、手を動かし続け――


《ガチャリ》

「解けた?」

「……まだだっ」

「……っ」


 一つ解除が終わり。

名無しがそれを見て逸りそうになっているのを、シェルビーは大声をあげ留めた。

小さな体がびく、と、震えて止まったのを見て、内心で「ごめんなぁ」と謝りながら、今は目先の罠に触れる。

罠は、二つ連続していた。


「先に言わなかった俺が悪いけど、連動する罠が二つくっついてたんだよ。一つ解除して致死率は下がったけど、それでもまともに喰らったら足がへし折れるぞ」

「……ごめん」

「気にするな……んしょ、と」


 床の感圧が発動しないのを確認し、第二の罠の目の前に腰を落とし、腰下げた七つ道具から、小さな曲がった鉄の棒を取り出す。

先端がヘラのようになっていて、これで器用に石床を剥がしていった。

剥がされた床の下には、仲間達でも思わず息を飲むほど解りやすい、爆弾らしい爆弾の姿。


「……これは、すごいな」

「古い罠じゃねえな。ごく最近、作られた奴だ」



 形が新しすぎるぜ、と、呟きながらに手に持ったナイフで危険な部位を切り落としてゆく。

まるで魚でもばらすかのように、あっさりと解体していってしまうのだ。

その手際の良さに、仲間達は感心したように見入っていた。

この時ばかりは、奥からの声を忘れていたのだ。


「……クローヴェルのPTか、それともそれより前に入った奴らの罠なのか。セシリアの親父さんは、何も残してなかったよな?」

「少なくとも罠に掛かったという話は聞かないが、構成からして、『腕利きのシーフ』が一人いたらしいから、罠に気付かないまま、掛からないままスルー、という事はないと思うが」

「だよなあ。って事は、親父さんが入った後に、ここに入った奴が、罠を敷いたって事になる」


 全員が、ひんやりとした空気が流れたような気持ちになった。

人為的な罠の敷設。

それそのものはダンジョンで、モンスターがやった可能性だって十分にあるのだが。

だが、どこかそれは、モンスターではなく、人間の手によるもののように思えてしまったのだ。


「……あの町の住民、ほんとに腕利きの冒険者ばりに動ける人ばっかだったりしねえ?」

「流石に見ていてそんな達人めいた人は一人もいなかったと思うが……」

「怖い事言わないでください。そんな事より、奥の声の方が……」

「ああ、解ってる。ちょっと待ってろ……っと」


 全ての罠の解除を終え、元通りに石床を戻すと、すくっと立ち上がり、声のした方へと先に進んでゆく。

また、進んでよしの合図が出て、仲間達は後についていった。




「――うぉい、誰か、誰か……」

「あーもうさっきからうるせえなあ。聞こえてるよ、聞こえてる」

「うぇっ? あっ、ああっ、良かった、人が……」


 そうしてその先にあった広場では、血まみれになった男が一人、崩れた柱の瓦礫にもたれかかっていた。

深く傷ついたのか、腹の下を腕で抑えてはいたが……死に体なのは見ていてわかるほど。

近くには大きな荷物がいくつも転がっていたが、それすら守ることもできないほど、血を失ってぐったりとしていた。


「――ダナンっ!!」


 そして、その姿を見ていち早く駆けつけたのは……名無しだった。

シェルビーから「おい待てって」と注意されたが、今度はそれでも止まらず近寄ってしまう。

幸い、ブービートラップの類はなかったようで、先駆けした名無しがけが人もろとも吹き飛ばされる、という悲劇が起きずシェルビーは頬に汗を流したが。


「ん、ああ……お前、怪力少女丸じゃねえか」

「その名前あんたが呼んでたのかよっ」

「すごいネームセンスですわ……」


 予想外の呼び名が出てついツッコミに回ってしまったが、名無しは心配そうにダナンの腕を取り、血にまみれた腹を確認した。


「あの、ヒール、使いますか……?」


 おずおずと近づきながら、隣に立つセシリアに確認の為表情を窺うシャーリンドンだったが。

セシリアは「いいや」と、首を振り、名無しに向け「ヒールポーションを」と指示する。

即座の治療より、復活や即時脱出を優先したのだ。

名無しもすぐにこくりと頷き、荷物の中からポーション瓶を……五つも取り出してだばだばとぶちまけていく。


「おっ、ごっ、ちょっ、口に入っ――眼っ、眼ぇっ!!」

「我慢しろダナン」

「傷口と関係ない所に掛かってるんだっ――あぶぇっ」


 すぐに空になった瓶を雑に床に捨て、更に荷物からポーションを同数取り出し、同じように頭からだばだばと掛けてゆく。

それを、延々繰り返すのだ。空になればまた新しいものが取り出され、浴びせ続け。

呼吸すら苦しくなるような、まるで拷問か何かのようで、シェルビーもシャーリンドンも「うわぁ」と見ていて心配になる光景だったが。


――ダナンの傷はほどなく完治した。


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