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だから私は!!  作者: 海蛇
第二章.ビャクレンの園編

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#24.こんやのごはんはいのししなべ

「……見た感じは、のどかな町なんですのね」


 ミルヒリーフの町を、一人散策するシャーリンドン。

陽ざしが温かで、町の至る所に小さな林や広場があり、緑豊かな町、といった印象を受ける静かな田舎町だった。


「おや見ない顔だねえ」


 そして、町の人とすれ違いそうになると、足を止め、声を掛けられる。

これもまた、何度目かであった。

今回は、杖をついた老爺(ろうや)である。

とはいえ、気難しい様子もなく、気さくに声をかけてくれる。毎度であった。


「あの、私、よそから来ましたの」

「そうなのかぇ。こんな何もない町じゃが、ゆっくりしていくとええ」

「ありがとうございます」

「うむうむ……今度の人らは礼儀がなっとるなあ」


 最後にぽそり何事か呟きながら、老爺は去ってゆく。


(思ったより、受け入れられている……のかしら? 婆やに聞いた時より、頑なって感じがしませんわ)


 町を訪れる前に婆やから聞いた話と比べると、住民の態度は、シャーリンドン視点では随分柔らかく感じられた。

これは町に入る時もそうで、ただ一人の入り口の衛兵やたまたまその付近にいた町民も、にこやかな顔で迎え入れてくれたのだ。


(……もしかして、時代が経って、そういうのが減ったのかしら?)


 セシリアの読んで聞かせてくれた手紙の内容もあり、警戒もしていたのだが。

思ったよりは楽観的に考えていいのかもしれない、なんて考えて、少しだけ気分が前向きになる。

ちょっと嫌な雰囲気になって宿屋から出てしまったが、後悔もしていたのだ。


(食べ物の話題で喧嘩だなんて……私たちもまだまだ、何もかも語れる間柄とは……)


 仲間とは思っていた。

冒険者となって日の浅い自分を、それでも受け入れてくれた人たちだと思っていたのだ。

けれど、それでも喧嘩をしてしまう事もあるのだと、解ってしまった。

最初に入ったPTからいわれのない理由で蹴りだされた事が未だに嫌な思い出として残っていて、どうしてもその時の事と重ね合わせそうになってしまう。

不安だったのだ。だから、逃げる様にして離れてしまった。


(……私が戻って、もし和気あいあいとしてたら、ちょっと辛いです……)


 ただの逃げるための口実の散歩が、随分長くなってしまったように感じた。

もう少ししたら夕方である。陽の沈む前に戻らないと、迷子になってしまうかもしれない。

そう考えて、シャーリンドンは(きびす)を返そうと足を止める。


「――あ、あの、貴方、外の人……よね?」


 不意に後ろから声を掛けられ、「えっ」と振り向くと、そこには町娘が一人。

宝石のような綺麗な赤髪、同じ色の瞳と、健康的な肌色の、同い年くらいの若い娘。

突然だったので少し驚かされたが、それでもシャーリンドンは「そうですわ」と、笑顔を見せる。

すると、ぱあ、と、胸の前で祈る様に手を組み、娘も笑顔になる。


「やっぱり! あの、私、カレンって言います。この町の……町長の娘、なんですけど」

「まあ、そうなのですか。初めまして。私はシャーリンドンといって……今日、この町に来たばかりなんですの」

「聖職者なんですか? その、首にかけているホーリーシンボル……」

「ええ、冒険をしていまして、その為に運命の女神様にお仕えしていますの」


 まだ駆け出しですが、と、少し恥ずかしそうに。

けれど、同年代に見える相手だからか、緊張も無く話せていた。


「冒険者さん……この間に来た人の、仲間の人、ですか?」


 冒険者と聞いて、それまでの嬉しそうな表情に、不意に影がまとわりつく。

唐突な変化に見えて、「あら?」と、シャーリンドンも違和感を覚えるが。


「その、前に来た方って、クローヴェルという人たちですか?」

「名前は知らないですけど……シャーリンドンさんの仲間とは、違うんですか?」

「違いますわ。私は今日来たばかりですし……もしその人たちなら、同じ街から来た人たち、ではあると思いますが」


 なんとなく、仲間だと言ってはいけないような気がしたのだ。

何の根拠もない事ではあった。けれど。

彼女が、どうもそのクローヴェル達にいい印象を抱いていない様な、そんな。


「……そうですか。良かった」


 自分の返答にほっとした様子を見せるカレンに、どうやらその懸念が間違いではなかったのだと思い、シャーリンドンもほっとする。


「あの……シャーリンドンさんって、どこから来たんですか?」

「私ですか? 私たちはセレニアから来たんですの」

「まあ、王都のすぐに近くにある街ですよね!? すっごく栄えてる大都会だって、行商の人が言ってたの聞いたわ!!」

「とても大きな街……だとは思いますわ」


 セレニアと聞いて、またカレンの瞳がキラキラと輝きだす。

どうやらこの娘の興味は外の世界にあるらしいと思い、シャーリンドンもとりあえずはお話を続けられそうな雰囲気を感じていた。


「セレニアには最新の服やアクセサリーが沢山あるって……そういうお店ばかり集めた通りがあるのでしょう? とっても綺麗な、洗練されたお洒落が楽しめるって……」

「そうですわね。確かに、そういう通りもありますわ。『アークニア通り』と呼ばれていて、服や宝飾、それにお化粧品や可愛らしい小物を売るお店もあるんですのよ?」

「わあ……あの! あの! そういうお店って、私みたいな……田舎娘でも、入れるんですか? それともやっぱり……ある程度、都会に慣れた人じゃないと、無理……?」

「誰でも入れますわ。観光に来たよその方だって訪れますし……」


 そうは言いながらも、先立つものが必要なのは当たり前で。

そして自身はあまりそういった場所に入れないのもまた、ちょっと悲しい気持ちになる事実だった。

それでも、かつては当たり前のように利用していた地域である。

外の町の人にそれを知ってもらうのは、嬉しくもあり、聞いて喜ばれるならば誇らしくもあった。


「そうなんですね! わあ、すごいなあ……いいなあ……」

「……町の外に、興味があるんですか?」

「それは……そのぉ……」


 シャーリンドンの問いに、けれどカレンは言いよどみながら周りをちらちらと確認する。

その様に「……?」と不思議な感覚を覚えるも、カレンが更に近づいてきたので、それどころではなくなっていた。


「あ、あの、カレンさん? 近――」

「シャーリンドンさん、明日も、会えますか?」


 小さな声で。

けれど、シャーリンドンにだけは聞こえる様に。

その様は先ほどにも増して違和感があったが、真剣な目がそこにあった。


「明日一日は、仲間皆でばらけて探し物をする為の一日ですから……大丈夫だと思いますわ」

「そうなんだ……あの、だったら明日。明日の同じくらいの時間に、町の東側に来てくれませんか」

「東側……? あの、どの辺りの事を指すのですか?」

「あの、大きな木が見えますか? モックって言うんですけど」


 振り向いたカレンの視線を追うと、他よりも突出して大きな木が見えた。


「モックの木……ええ、解りますわ」

「あそこを目指して来てくれれば。町のどこから見ても解りますから」


 お願いします、と、それだけ話してまたぱ、と、距離を置く。


「それじゃ、また。お話、聞いてくれてありがとうございましたっ」

「あっ、はい。また……」


 話していて、気まずくなるような事でも聞いてしまったのか。

それが解らないまま、けれど、カレンはにこやかあに笑顔で去ってゆく。

ほんのわずかな時間だった。

それだけの時間だけれど、でも。

シャーリンドンは「なんだか気になるわ」と、絶対に無視してはいけない事のように思えた。

そんな事感じなくても約束したなら果たすつもりではあったけれど、それでも。


(……明日、同じ時間に)


 迷子にならないように気を付けて、なんとか一人で行かないと、と、唇を結び、旅籠へと戻る事にした。




「――なんつーか、普通の田舎町って感じだなあ。酒場も、酒の種類が少なくてつまんねえ……」


 同じころ、シェルビーはほとんど酔いを感じないままに、旅籠へと戻ろうとしていた。

酒場自体は町の中心部にあって、そこそこの距離はあったが、ほとんど直進だったので迷う事はなかった。


(こういう田舎町って、大体町の造りが雑で、結構道も建物もぐちゃぐちゃになりやすいもんだけどなあ)


 町の造りからして直線的で、よく言えば小奇麗、悪く言えば違和感を覚える、そんな整理のされ方だった。

ぱっと見は至る所に緑があって、田舎町らしい田舎町なのだが。


(その割には、区画整理され過ぎてる……? 一度、更地にでもなったのか?)


 覚えがあるとすれば、大き目の災害で町を波にさらわれた直後の漁師町や、火山の噴火で何もかもが飲み込まれた山岳都市。

こういったものならば、被害を受けた地域を避け、新たに効率を優先された都市区画になる、という話はシェルビーも聞いたことがあった。


 酒場という場所は、人々の生活が凝縮されている。

そこで飲んでいる住民の話を聞くだけで、そこがどんな場所なのか、どういう生活の仕方をしていて、どんな歴史があって、どんな悲劇があって、それを乗り越えたのかも、見えてくるようになるのだ。


(……町の話だけは露骨に避けようとしてたな。ただの雑談には気さくに乗ってくれるのに、どんだけ酔っぱらってもそこだけは避けようとしやがる)


 臭ぇ町だぜ、と、言葉にしないながらも鼻をすするようにしながら指でこすり、それから目元に唾を付ける。


(ボルトアッシュって人の手紙や婆やさんからの話を聞く限り、この町の連中は頑なだったっていう話だが……特定の話題だけはそうって事かな? んー、やりにくいな)


 彼的には、これが最初から話すのも嫌うくらいにネガティヴな感情を見せてくるなら、むしろやりやすい位であった。

それはつまり、敵対者に対する仕草だからだ。

敵であるからそうなら、何かしら恩でも売って敵でなくなれば……あるいはボルトアッシュのように、身内になってしまえばいいのだ。

こういう田舎町では、年寄りや大人を中心によそ者を嫌う気質というのは少なからずあるものだし、そういうものと心得ていたのもある。


(でも、ここの住民はそうじゃねえ。男も女も、絶対に出しちゃいけねえ話題っていうものが共通してる。これは仲良くなったからってうっかり口を滑らせてくれるようなもんじゃねえ)


 もしそのうっかりが出てしまったら、それはその住民にとって、かなり致命的な事になるのかもしれなかった。

少なくとも何かしらの危機感が、その話題にはあるのだ。


(こんなの……絶対に何かあるぜ。絶対面倒ごとがある)


 斥候としての彼は、この町にもう、強烈な不信感と違和感を覚え始めていた。

可能なら今すぐにでも町から出てしまいたいと、そう感じるくらいに。


「……お?」

「むん?」


 そうして歩いているうちに、横道から歩いてきた名無しと合流する。

示し合わせた訳でもなく偶然だったが、自然とそのまま並んで歩く。

どうしても足の長さの差で小走りになりがちな名無しに合わせ、ゆっくりと歩くシェルビー。


「市場行ってたのか、どうだった?」

「ボクが子供だから、たくさんおまけつけてくれた」


 大勝利、と、ドヤ顔になって親指を立てる。

どうやら買い物は上手くできたらしい。


「いい人達ばかりだった」

「そうだよなあ、やっぱ」

「でも、絶対何か隠してる」

「やっぱそうだよなあ」


 子供に見えても冒険者としての経験は中々のモノだと、シェルビーは解っていた。

冒険の中でこの少女が動じたことなど数えるほどしかなく、セシリア以上に余裕たっぷりでいつも自分だけは危険な位置から一歩離れ安全を確保する事にも余念がない。

そして、この少女の強みは、対人関係にこそあると、シェルビーは考える。

恐らく、誰が見ても「かわいい」と思わせるその容姿と一生懸命な様は、このような時強力な武器になっているのだ。

そんな名無しでも、何も聞き出せなかったらしい、と。


「仲良くなったら、話聞けそうか?」

「たぶんむり。心にバリアある」

「バリア? 魔法みたいな?」

「ん……多分、宗教的なバリア」


 絶対破れない、と、胸にちっちゃな手を当てながら。

口元をへの字に曲げ、ちょっと嫌な事を考えるような、複雑そうな顔をしていた。


「これがあると、すごく頑なになる。話を終わらせようとする」

「……よく見てるじゃん」


 流石、と褒めると、名無しも「ふふん」と、ちょっとだけ気分よさそうに笑って返した。

そのちょっとだけの変化で十分なのだ。

それだけで、この少女はネガティヴな気持ちを打ち払えるのだから。


「人間は、心の内に、沢山話したくない事がある。守ってる」

「そだなー。それはこの町の住民に限らずって感じだが」

「でもそれは、いつかは誰かに話さなきゃいけない。そうしないと……壊れてしまう」

「……そうかもなー」


 ずっとずっと一人で抱えているのは、辛すぎるから。

重い過去を、嫌な事を抱いているなら尚の事、いつかはどこかで、誰かにぶちまけてしまいたい、そんな、辛い気持ち。

誰にだってある、人が聞いてバカげている事ですら、人は一人きりでは、自死を選ぶほど苦しむことだってあるのだ。


「この町の人たち、そういうのがあんまりない。多分、絶対に話しちゃいけない、宗教的禁句(タブー)化してる。町の人全員で」

「タブーかぁ……そういうのを聞くには、どうすればいいんだろうね?」

「……タブーを、捨てたがってる人を見つける」


 そんな人がいるかどうかはわからないが。

それでも、そういう人を見つけられれば。

そんな儚い、あるかどうかも解らないものを探し、情報を得ることは、果たして意味のある事なのか。

セシリアの父親の残した情報もある。

ボルトアッシュ邸を見つけられれば、より詳しい情報が聞けるか、見つけられるかもしれない。

町の住民からの情報などすっとばして、いきなり探索して飛び込んでも案外何とかなってしまうのではないか。

そう思わないでもなかったが。


(多分すごく強いんだろうセシリアの親父さんのPTが挑んで、結局ダメだった場所、なんだよなあ)


 よりにもよってそんな場所が、最高ランクの難易度を誇る超危険ダンジョンなのだ。

わずかな情報の取りこぼしが、生と死を分かつ、そんなことにすら繋がりかねない。

先日攻略した『グラフチネスの揺り籠』の時だって、情報収集はしっかりやった上で、それでも未踏の領域での連戦やシイタケなどの存在は完全に初見殺しだったのだ。

何が起こるか解らない以上、可能な限り情報は欲しかった。


「……ま、今日はフリーの日だ。とりあえずは戻って、夕飯にしないとな」

「ん。セシリア様を残してきちゃったから。謝って、皆でご飯食べる」

「そういや、なんかやな雰囲気だったもんなあ。すっかり忘れてたわ」


 町にまつわる違和感や不信感ばかりが頭にあって、なんで自分がそんな事をしていたのかすら忘却の彼方であった。


「ま、所詮そんな程度の事なんだよな、飯の事なんて」

「ん。ボクもそう思う。皆で美味しいご飯食べる方が、絶対ゆういぎ」

「有意義かー。ポーターちゃんは難しい言葉使うなー」


 かしこいかしこい、と、その頭を撫でてやっても嫌がる風もなく。

くすぐったそうに目を細める様は、まだまだ外見相応の子供っぽさがあって微笑ましかった。




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