#22.さぶりーだーけってい
馬車の旅もしばらくは平和そのもので、街の近くの街道沿いなどは警備隊も巡回している為、商人や旅人、冒険者の一団などとすれ違う事も多く、退屈することは少なかった。
だが、流石に小一時間も走ると目に入る景色も単調になってくる。
「――そういやセシリアよぅ、受付嬢から何を聞いてたん?」
こういう時に黙っていられないのがシェルビーという男であった。
疲れ切ってくったりとしていたシャーリンドンや、元よりあまり話す気のない名無しはぼんやりしているだけだったが、そうなってくると退屈してきたのか、セシリアに話しかけるようになったのだ。
セシリアも御者を務めていた中で退屈し始めていたので、ちょうどいい気の紛らわし先になると思いながら「そうだな」と、問われた事を思い出す。
それは、冒険者ギルドの受付嬢に、セシリアが話を聞きに行った時の事だ。
ボルトアッシュという貴族の名はセシリアにも覚えがなかったが、自分を名指しで情報提示するという変わったことをしてきたので、気になって聞きに行ったのだ。
「手紙が渡されただけだった。これだ」
「読んでいいん?」
「ああ、読めるならな」
「なんだそりゃ……ああこれ、貴族文字で書かれてるのかよ」
セシリアから後ろ手に差し出され受け取るも、開いてすぐ「こんなん読める訳ねぇわ」と突っ返す。
拡げた紙面上には、古風な文字列が並んでいた。
一般民衆からは『貴族文字』『貴族言葉』と揶揄されることもある、古代文字の一種で書かれていたのだ。
これは、現代文字と比べるとかなり癖が強く、教養のある貴族か高家の出身でないと読み書きすら難儀するもので、シェルビーが見ても全く分からない物であった。
「ははは、読んで聞かせてやろう。どうせ暇だからな」
「そりゃまた、サービス精神豊富な事で」
皮肉りながらもまだ興味は失っていないのか、荷台から身体を乗りだし、セシリアの言葉を待つ姿勢のまま。
セシリアも、他の仲間に聞こえるように語り聞かせるつもりだった。
『――セシリア殿。私は貴方の父上、ロスベル殿の朋友にして、かつて冒険者PTを組んでいた仲間の一人だった男だ。どうか心して読んでいただけたらと思う』
始まりからして、短くまとめすぐに要点から入っていた。
一枚の紙にまとめるなら、これくらいでちょうどいいのかもしれないなあ、と、シェルビーはそのまま続きを待つ。
『ロスベル殿は、冒険の最中、ビャクレンの園の探求をしていた中で危険な魔物と遭遇したらしい。その結果、仲間の大半を失い、自身も取り返しのつかない傷を受けてしまったのだと聞く』
「その人、親父さんの仲間だったって言う割には、ビャクレンの園には直接同行しなかったのかね?」
「そうらしいな」
もし一緒に入ったのなら、セシリアの父親の事を語るにあたって人づてに聞いたようには書かないだろう、くらいは部外者のシェルビーにも解る。
セシリアも頷きながら、続きを語るのだ。
『私は故あってビャクレンの園の探索には付き添えなかったが、ビャクレンの園にまつわる不可思議な事実の確認が出来た為、これを伝えたくて名指しで提示させてもらう事にした』
「やっぱ一緒じゃなかったのか。しかし、不可思議な事実ねえ」
『それは、ミルヒリーフの村人たちが頑なに隠そうとしていた、ある儀式に関わる事だ。ミルヒリーフには古来、独特の宗教観が存在し、これに関わる情報をひた隠しにする風土が存在していた』
「……婆やが話していた事と、同じですわね」
「ああ。これには驚かされたよ。シャーリンドンの婆やとは会ったことはないが、中々面白い情報を持っていたようだ」
「ええ、お役に立てればいいのですが……」
「続き、気になる」
いつしか回復したのかシャーリンドンがシェルビーと並んで顔を出し、名無しも視線を向けないまでも気になるのか、そのままの姿勢で先を促していた。
セシリアもそれに乗る様に「そうだな」と、一瞬視線を上向けた後、また続ける。
『ミルヒリーフには、古来より「蘇りの儀」という独特の儀式が存在していたらしい。これはかつて、大陸の中で、ある宗教組織が台頭した際に、ミルヒリーフの地がその拠点だった名残だったらしいのだが――』
「蘇りの儀、ねえ」
「いかにもあやしい」
「気になりますわ」
『――その儀式が関係してかは不明だが、ビャクレンの園のダンジョンには、時折、「死んだはずの者が蘇る」「失われたはずの者が元気な姿を見せてくれる」といった噂が流れていた。そして、ロスベル殿と共にビャクレンの園に挑んだ仲間の一人、コーウェン殿が、私に情報を残してくれたのだ。「死んだはずの仲間が、私達を襲ったのだ」と』
「……」
「……」
「……」
そこまで話し、一旦セシリアが反応を見ようと待つも、三者共が無言のままだった。
先が気になる、というよりも、何かただ事ではない、空恐ろしいものを感じ取り、黙りこくってしまったのだろう、と、セシリアは考え、話を続ける。
『私は死んでいった仲間達の無念を晴らす為、ミルヒリーフに潜入する事にした。住民たちは頑なで、よそ者に過ぎない私の配下には、情報を何一つ漏らしてはくれない。だが、もしかしたら仲間になれば。身内になることができれば、何かしらつかめるのではないか。そう思ったのだ』
「そんな、この方、自分から貴族の責務を……?」
「ああ。恐らくこのボルトアッシュという方は、情報を得るために貴族としての責務をかなぐり捨てたんだ。経過した年数を考えると、恐らくはもう……地位の方も」
元貴族と貴族ならば解る、とんでもない手段であった。
貴族ならば自らの拠点となる町があり、そこで生涯を過ごすもの。
旅など何かしら目的があって各地へ動くことはあっても、原則、拠点とする地に留まり有事には国が為民が為守護となるのがこの国における貴族の在り方である。
目的があるからと、年単位でどこかしらの町だの村だのに留まるのは、その貴族としての在り方を放棄し、有事の際の責務すらかなぐり捨てた、無茶苦茶な方法だったのだ。
「最後にボルトアッシュ殿は、こう締めている。『もし貴方がこの情報を見てミルヒリーフに訪れることがあれば、軒先に緑のハンカチーフを縛っている家を訪ねてほしい。健在ならば私が直接情報を提供したい。もし無理だとしても、必ずや何かしら情報を残したいと思う』と」
「つまり、ミルヒリーフについてからは、まずはそのボルトアッシュっていう人の所に寄るつもりなんだな?」
「ああ……ただ、年月が大分経ってしまっている。彼が健在であることを祈る形になるが……」
父がこの際の冒険で負傷し、それが元で亡くなってから既にかなりの年数が経過していた。
父に代わり副団長となってから、今に至るまで。
情報としては相当に古く、恐らくはボルトアッシュ自身、既に貴族としての地位を失っているくらいの時間は経っていた。
それでも尚、彼が攻略のきっかけを用意してくれているかもしれない。
そんな希望が、そこにはあったのだ。
「だが、私は彼を信じてみたいと思う。手紙の中に出ていたコーウェン殿という名も聞き覚えがある。父の少し前に亡くなられた友人の方で……若き頃はルシオラの町の守護をしていた方だ」
「まあ、ルシオラの……」
セレニアの南、一週間ほど馬車で向かった先にある町であった。
近隣とも言える地で、シャーリンドンもシェルビーも聞き覚えがあり、頷く。
「ボルトアッシュ殿は、父の仲間で間違いない。だから、町についてみたら、まずは緑のハンカチーフを探そう。今も残っているなら、きっと――」
「ついたらすぐ目的地があるってのは解りやすくていいねえ」
「私、頑張って探しますわ!」
「ボクもがんばる!」
蘇りの儀だとか、死者が蘇るだとか、色々と不穏な言葉はいくつもあったが、情報収集のとっかかりとしてはとてもやりやすい。
話を聞いていた三人ともがやる気を出したようで、セシリアも「話してよかったな」と口元を緩めていた。
「そういやよー、『クローヴェル』っていう奴のPTが、先にビャクレンの園に入り込んでるらしいぜ?」
「ボクも聞いた。うちのギルドのダナンっていうのが一緒についてる」
しばらくああでもないこうでもないと盛り上がっていたが、そろそろ一つの話題で話しているのもつらいか、と、シェルビーが別の話題を持ち出してくる。
セシリアも「ほう」と興味深げに短く返し、先を促す。
「一週間前に出たっていう話だから、案外俺たちが付いた時にはかなり攻略進んじまってるかもしれないぜ? 腕前は知らねえけど」
「けっこうつよいって聞いた。メイドにクリスタル装備つけてるって」
「メイドにっ!? それはすごいな」
面白い奴らだ、と、大仰におどけてみせるセシリアに、名無しも「そだね」と嬉しそうに目を細める。
そんな子供っぽい仕草にちょっと癒されながら、シェルビーも頬杖をついて「でもよぅ」話を続けた。
「そいつら、何目当てでそんなところ入ったんだろうな? プロフェッショナル認定のダンジョンだぜ? 命がけってレベルじゃねえ」
「ああ、そうだな。シイタケや石化の呪いくらいは当たり前にある難易度設定だ」
「ちょーなんかん」
難易度に関して今一解っていないシャーリンドンにも解るように、各々説明していく。
会話に今一混ざれないシャーリンドンも「なるほど」とこくこく頷いた。
「お話を聞くに、そのクローヴェルっていう方達も、腕に覚えがあるんでしょうか……?」
「噂くらいは私も聞いたことがあるな。金持ちの倅か何かで、上等な装備を身に着けているとか。難易度の高い所を中心に、ダンジョンを制覇しているとも聞く」
「ボクも同じ話聞いた。金払いもいいって」
だが、あくまでセシリア達が知っているのも噂レベルであった。
金払いのあたりでシェルビーも「へぇ」と気にしたが、それだけである。
これがセシリアの金払いが酷ければもっと興味を向けるかもしれないが、セシリアの金払いに十分満足している彼からすると、気にはなっても羨む気にもならなかった。
「直接会ったことはないし、どんな人なのかも知らない。だが……そこまで悪い噂も聞かないから、まっとうな攻略PTなんだとは思うが」
「問題は対立するかどうかだな。入り口で鉢合わせて即殺し合いに、なんてなられたらたまらねえし」
「必要なら協力はするけど、出し抜こうともするみたい」
攻略を優先するPTというのはセシリアたちとも目的がかち合う。
場合によっては争いになるかもしれないと聞けば、緊張も走ろう。
「……場合によっては、競争みたいになってしまうかもしれないっていう事ですか?」
「競争で済めばいいが、な」
最悪は、シェルビーの言うように、殺し合いになるかもしれないのだ。
冒険者家業は、決して実入りがいいばかりの、楽な世界ではない。
中規模以上のダンジョン攻略には仲間は必須だし、PTメンバーはリーダーが自腹で集め、稼ぎと報酬の配分次第では、仲間内でも殺し合いになりかねないくらいにシビアな雇用関係が存在し得る。
それ自体は、シャーリンドンも体験したくらいには身近な、決して無視できない要素だった。
そう、金づくで、殺し合いになるのだ。
だから、それを避ける為なら、他のPTと殺し合う事すら躊躇わない者達もいる。
「……人間同士の戦いなら、私は絶対に負けないとは思うが」
心強いリーダーの言葉に、全員が頷く。
だが、言葉にしない部分には、不安と緊張も感じ取れていた。
戦いになった際、ウィークポイントとなりうるのは、非戦闘員の名無しとシャーリンドンである。
「ま、いざとなったら俺がポーターちゃんとシャーリンドンくらいカバーするさ」
「ふふ、そうだな。サブリーダーがそう言うなら心配ないな!!」
「俺いつからサブリーダーになったん……?」
多くの事がノリと勢いで決まるのがこのPTの悪い所である。
困惑するシェルビーだったが、他の二人は反論も無い。
「がんばれさぶりーだー」
「えっと……後から入った私がどうこう言う権利も無いでしょうし……頑張ってくださいまし」
「という訳だ、決まりだな?」
「うぐ……」
多数決では絶対に勝てない仕組みになっていた。
セシリアと名無しの意見が分かれることは滅多にない。
セシリアが何か言いだしたら、基本それはほぼ決定事項なのだ。
加えてシャーリンドンはこういう時に限ってしおらしくそれを受け入れるのだから、どうにもならなかった。
「わーったよわーった! ああもう、めんどうくせえなあ」
「ははは! 安心しろ、サブリーダー手当も付けてやる」
「えっマジで? それはありがたいわ! ちょっといい酒飲めるじゃん!」
そして給料アップを餌にされれば簡単に釣られるのがシェルビーという男だった。
(意外とちょろいな)
(シェルビーちょろい)
(酒代で簡単に釣られるだなんて……)
頼りになるけど残念な人、と、女子三人のシェルビー評が統一された瞬間であった。




