#21.たびじはあかるい
三日後の早朝。
まだ薄暗い時間帯に、セシリア達はセレニアの東門前に集合していた。
街の入り口は各方面とも厩があり、そこから馬車と馬を借りられるようになっている。
今回は幌馬車一台と馬二頭をアルテが借り受けて用意してくれていて、ミルヒリーフまでの足としては万全であった。
「馬車に荷物積み込むなんて、結構久しぶりな気がするなあ」
予め用意しておいた旅の荷物は、先日まで攻略していたダンジョン攻略用のそれとは比較にならない量となっている。
これをPTメンバー全員で運ぶのだが、片道20日を往復分、更には攻略期間の必要分をとなると、中々の重労働であった。
「うぅ、腕が、痛いですわ……」
「痛いのは腕だけかぁ? 足腰もやられてるんじゃ?」
「仰る通りですわ……ポーターちゃんも頑張ってますのに、私、私……」
早速シャーリンドンがバテていた。
これに関しては最初から戦力外なので誰もそれについて咎める気もなかったが、シェルビーはなんだかんだ無視もできずに構ってしまう。
「だから言ったじゃんよー、『無理してもいい事ねえよ?』ってさ。俺が抱えてても結構重い荷物多いのに、お前が無理する事ねえって」
正直言ってシェルビー視点では自分すらもお荷物に近いと思えていたのだ。
何せ、荷物の大半はセシリアと名無しが運び込んでいる。
比率で見れば『シェルビー1:セシリア4:名無し5』くらいの効率の差である。
仮にシャーリンドンだけでなく自分が外れても問題ないんじゃないかとシェルビーは考える。
しかし、それが解っていても、シャーリンドンは頑なに荷物を運ぼうとするのだ。
「つ、辛くても、私は皆さんの仲間ですもの。苦手だからと、やらないなんて選択肢、ありませんわ!」
「……まあ、お前がそれでいいならいいけどよぅ」
せめて落としてくれるなよ、とだけ忠告し、シェルビーもいい加減重くなってきた小麦袋を馬車に積んでゆく。
「ふぅ。肩が痛ぇ」
「筋力が足りないな」
「シェルビー、運動不足」
そうこうしている内にもセシリアと名無しはひょいひょいと大量の荷物を積み込んでゆく。
数倍の速度でいったりきたりしている二人を前に、シェルビーはアンニュイな気分になりながら「うるへー」と、への字に口を歪めた。
「お前らと一緒にしないでくれ。俺ぁ技術職なんだ」
「ははは! だがお前だってそのうち筋肉の必要性を感じるようになってくるさ!」
「お前の三分の一も筋肉つけたら指が太くなっちまうっつーの。男はな、指先から太くなってくんだよ」
見た感じ筋肉太りしている訳でもないセシリアだが、これはあくまで女性だからそういう風になっているだけで、男で筋肉質というのは多く、脂肪でむくれているのと大差ない太り方をしてしまうのを、シェルビーは知っていた。
そしてその指先から太くなるという現実は、手先の器用さに直結する大問題である。
「指先は女の手先より滑らかに細やかに動かなきゃいけねえ。太くたくましくなんてなっちまったら、おまんまの食いあげだってーの!」
「何も指先を太くしろなんて言ってないが。足腰を鍛えるだけでも結構変わってくると思うぞ?」
「一緒に走る?」
尚も食い下がるセシリアに続き、名無しまでも一緒になって運動させようとする始末で、シェルビーは「この話題は鬼門だな」とため息した。
「……別に運動が嫌いとかって訳じゃねえんだよ。でも、お前らと合わせるのは多分死ぬほどきついからやめとく」
「そうか、それは残念だ」
「残念」
彼には想像できたのだ。
死ぬほどきついノルマを課して自分たちはあっさりそれをクリアし、自分に「もっと早く」「これくらい余裕で」とか煽ってくる光景を。
そしてその上で「シェルビーだらしがない」とか名無しに呆れられる様を。
そんな自分を想像して、「冗談じゃねえや」と手をあげ首をフリフリ、拒絶する。
「はぁ、ひぃ……な、なんとか、一つ目、ですわ」
やっとの思いでシェルビーの半分ほどの荷物を運び終えるシャーリンドンに、三人の視線が集まった。
「はへ? ど、どうしましたの、皆さん?」
「や、別に悪く思う訳じゃないんだが……」
「適材適所は大事だなと思う」
「シャーリンドン、休んでて」
「そんなぁ!?」
一生懸命頑張っているのは皆解っていた。
けれど、その努力はあまりにもレベルが低かった。
「が、頑張っていれば、そのうち筋肉もついてきますわ。今でこそ筋力ゼロですが、いずれは……」
「君が筋肉を付けると泣いてしまう男性がいるかもしれないから」
「なんですのそれ!?」
「とりあえず婆やさんは泣きそうだな……」
「婆やの名前を出すのは禁止! 禁止ですわ!!」
「かわいそう」
「なんで今憐れまれましたの!? 全然かわいそうじゃないんですのよ!?」
恐らくはシャーリンドンなりに自分の苦手を克服しようと頑張っているのだろうと皆思っていたが、同時にそれは、シャーリンドンにとって何一つプラスにならない努力だと思えたのだ。
その場の本人以外の全員が。
「――ふう、やっと到着しましたわ」
そして、シャーリンドンより更に虚弱なアルテが到着したころには、陽が昇りきって大分明るくなっていた。
荷物ももうほとんど積み終わった状態で、「一休みしたらそのまま出立してしまおうか」とセシリアが話していた時の事。
「アルテ。見送りに来てくれたのか」
「ええ、勿論ですわ姉様」
頬に汗しながらも、なんとか自分の足で歩いてこれたらしい妹の頭を撫でてやりながら、セシリアはその瞳を覗き込む。
「解っていると思うが、連れてはいかないからな?」
「あぅん……もう姉様ったら。わざわざ言われなくても。意地悪ですわ」
「初めてダンジョンに突入した時はついてこようとしたよな」
「シェルビーが来る前の話」
「そ、それはその……姉様が心配過ぎて、つい」
相変わらずというか、往生際が悪い妹だった。
幸い、釘を刺されたおかげかそれ以上食い下がる気もないらしかったが。
「せめて、姉様とシャーリィさんとポーターちゃんと……それから(一応)シェルビーさんを見送って差し上げないと。寂しいではありませんか」
何も言わないで行かないで、と、姉の顔を覗き込むように見上げるアルテ。
(まあ、アルテはいつもの事だから心配いらないだろう)
(おなかすいた)
(アルテさん……私、絶対に無事に戻りますわ!)
(なんつーか……俺だけおまけみたいに言われてねえ? 俺、この娘に何か嫌われるようなことしたっけ……?)
それを見て思う事は、各々ばらばらであった。
「――お気をつけてー! 無事に戻ってくださいまし―!!」
出立してから少しの間、アルテはハンカチーフを振り乱していたが、それもすぐに力尽きたのか、やがて声すらも小さくなってゆく。
「――くだ――し――」
数分も走ればもう、アルテの声はほとんど聞こえなくなっていた。
「ははは、相変わらずアルテは可愛いな」
「だ、大丈夫でしょうか? なんだか、かなり無理をさせてしまっていたような……」
「相当無理してたみたいだな。腕もすぐあがらなくなったみたいだし」
「アルテは弱いから……」
ただ見送る事すら満足にできない非力さ。
これこそが貴族令嬢と言わんばかりのか弱さに、セシリア以外の三人ともがため息したが。
「~~~♪」
姉であるセシリアは、特に気にした様子もなく、御者席でのんびりと手綱を握り、鼻歌を歌っていた。




