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だから私は!!  作者: 海蛇
第二章.ビャクレンの園編
20/62

#20.じょうほうしゅうしゅう

 次の冒険への準備期間として儲けられた一週間は、それぞれが思い思い、冒険の為に役立ちそうな事を進めていった。


「――よう受付ちゃん。悪ぃけど、今暇かな?」

「あらシェルビーさん。お食事の誘いでなければ」

「ははは、そういう(・・・・)目的じゃないから安心していいぜ?」


 シェルビーは、冒険者ギルドのカウンターに出向いていた。

目当てはうら若き受付嬢、ではなく。


「ミルヒリーフの遺跡……踏破されたダンジョン扱いになってたのが、近年になって急にまた変化があったって聞いてさ。何か知らない?」

「それでしたら、ギルドの方にも報告が……ちょっと待ってくださいね」


 冒険者ギルドの受付では、各地の冒険者に回せる依頼の他、ダンジョンなどの情報もかなりの数、寄せられている。

町や村落などからの依頼の他にも、ダンジョン自体が脅威となる事がある為、一括して管理しているのだ。

なので、事前にそのダンジョンについてここで聞く事でそのダンジョンが誰によって踏破済みなのか、あるいは未踏破としてどこまでが攻略されているのかの情報などが、ギルドで獲得できる。


「――はい、確かに一度踏破された扱いになっていたものが、近年になって未踏破という扱いに戻っていますね。ダンジョン名『ビャクレンの園』。難易度は……プロフェッショナル」

「いきなり最上級かよ。元から?」

「いいえ? 最初はインティミディエットでした。ですが、新たに明らかになったフロアに凶悪な仕掛けかモンスターが存在しているとかで、難易度を引き上げることになったみたいですね」

「今は?」

「クロ―ヴェルさんのPTが攻略に向かったのが一週間前ですね」


 その『クロ―ヴェル』という冒険者についてはシェルビーは聞き覚えも無かったが。

既に他の冒険者PTが攻略に向かった、というのは情報としては大きい。

内部で鉢合わせる可能性が高いからだ。

協力関係が結べることもあるかもしれないし、場合によっては競争、最悪、敵対もありうる。


「他には何か情報はあるかな?」

「以前攻略したPTの残した情報がありますよ。フロアの情報と、ある程度の罠や宝箱の位置情報。それから魔物の種類など」

「それ、いつの情報よ?」

「難易度が改変される前のものと、改変された後のものとでどちらもです。改変される前のものは踏破当時のものですので、かなり古いですが」

「改変された後の奴もある程度の情報があるって事?」

「はい。改変された後の情報は、『ボルトアッシュ』という……この街の貴族様より寄せられた情報ですね。ぱっと見た限り、この情報を以て『ここは危険だから難易度改変をするように』という、警告のつもりだったようですが」

「ボルトアッシュ様ねえ……」


 その名前にも聞き覚えがないが、なんとなくの察しはついていた。


「これ以上先は、情報を買っていただけないと」

「ああ悪い悪い、ちょっと心当たりあるから、買うかどうかは後で決めるわ」

「解りました。ああ、シェルビーさん」

「うん?」

「貴方はまだ、セシリアさんのPTに所属してるんですよね?」

「そうだよ? セシリアに何か用か? あいつなら当分は騎士団か自分の屋敷にいると思うが――」

「ああいいえ、ダンジョンの情報について、ボルトアッシュ様から何やら名指しで情報提示が依頼されているようで……」

「名指し、ねえ」


 恐らくは亡くなったのだというセシリアの父親か、そうでないにしても関りのある人物なのだ。

シェルビーも「伝えとくよ」とだけ言って、一旦はその場を後にした。




 一方で、シャーリンドンはというと、婆やからミルヒリーフについての情報を聞くため、一旦家に戻っていた。


「ミルヒリーフでは毎年、鎮魂(ちんこん)の為のお祭りが行われているのですが」

「お祭りのお話は後にしていただけませんか? 私が知りたいのは、ダンジョンにまつわるお話で――」

「男女にまつわるお話でしたらよく知ってるのですが、ダンジョンですか……」

「婆や、遠回しに何か隠そうとしてませんか?」


 家に戻ってからストレートに聞いてみたのだが、どうにもはっきりと教えてはくれない。

それどころかはぐらかして、ミルヒリーフの観光案内のような当たり障りのない事ばかりを聞かせてくるのだ。

ティーテーブルにかけながらも、シャーリンドンは、焦れていた。

焦れて、頬をむくれさせていた。

対面する婆やは「あらあら」と困ったような顔をしながらも、楚々とした仕草でお茶を啜る。


「酷いお顔ですこと。折角お母さまから受け継いだ美貌が台無しですわ」

「婆やが教えてくれないからです。それに……今は婆やしかいないのだから、私がどんな顔をしていようが問題ないでしょう」

「そんなことはございません。もし好いた殿方ができた時に困りますわ。まあ、好いてなかろうとそんなお顔をしたら結婚話が逃げていってしまうかもしれませんけれど」


 相変わらずの婆やの心配。

だけれどシャーリンドンは「その方が好都合ですわ」と、ニコニコと笑いだしてしまう始末で。

まだ当分の間、婆やの心配は尽きそうになかった。

仕方ないですね、と、ため息交じりに静かにティーカップを置き、じ、とこの我儘娘を見つめる。


「――『ビャクレンの園』は、ミルヒリーフの歴史に古くから関わる、とても重要な遺跡だったのです」

「ビャクレンの園が、ですか?」

「ええ。先ほど鎮魂のお祭りがあると言いましたでしょう? 昔から、あの遺跡はミルヒリーフの民にとって重要な宗教施設的な扱いを受けていたのですよ」


 私も若い頃の話を覚えているだけですが、と断りを入れ、自身の主が、幾分マシな顔になっていくのを確認し、また口を開く。


「曰く、『死者が眠る地』だとかで。かつてのミルヒリーフの民は、この遺跡を生活の一シーンの為の場として、密接にかかわっていたとかで」

「それって、お墓とか、そういう意味ですの? 地下墓所(カタコンベ)的な……」

「それよりももっと深く……よそ者の私は知る(よし)もありませんでしたが、町の住民たちにとっては精神的に重要な場所だったようですわ」


 お墓は別にありますからね、と、カタコンベの可能性を排除しながらも、若いころの婆やでは知り様も無かった事があったのだと示す。

つまりそれは、今のシャーリンドン達でも解らないかもしれない、という事。


「未知が、そこにあるんですのね。その町の方以外には解らない事が」

「恐らくは。そして宗教的な施設となれば、迂闊に触れれば町の住民の怒りを買う事にもなりかねませんわ。住民の方から情報を頂くにしても、かなり神経を使うでしょうね」


 あくまでそれはかつての話で、今は違うかもしれないが。

だが、かつてを知る婆やがそれを言うなら、参考にはなる。

だから、シャーリンドンも神妙な面持ちでそれを聞く。

そうしている限りはとても美しい、貴族令嬢そのままの顔立ちであった。


「あんまり無神経に関わろうとすると、怒らせてしまうかもしれないのですね……それが解っただけでも、情報としては十分かもしれませんわ」

「あらそうですか? それでしたら何よりですわ」

「あっあっ、待ってください。他にも情報があるなら教えてください」


 余計な事を口走ったばかりに、これ幸いにと話を打ち切ろうとしてしまう婆やに、シャーリンドンは慌てて手を前に出し立ち上がろうとするのを止めようとする。


「……お嬢様。私、実はお嬢様に手伝っていただきたいことがありまして」

「え? お手伝いですか?」

「ええ。近頃は寄る年波には勝てず、高い場所にあるものも届かなくなってまいりまして――」

「手伝います。手伝いますからっ」

「あらあら、お優しいお嬢様に恵まれて婆やは幸せですわ」


 果報者ですわね、と、嬉しそうに笑いながら「それでは」と、キッチン上の棚を指さす。


「大き目の鍋が収まった箱が入っていますから、そちらを取っていただければ」

「んもう、これくらい、自分で――」

「お嬢様に手伝っていただきたいのです」

「……解りました。解りましたから!」


――ただしんどいことをやらせたかっただけじゃないですか!


 内心でそんな事を考え焦れてしまい、また頬がむくれる。

それはそれで愛嬌がある顔ではあったが、元の美貌が台無しでもあった。


(子供の頃なら可愛らしいで通るんですがねえ……年頃のお嬢様ですと)


 もう、人前では必要以上に感情を表に出してはいけない年頃である。

貴族なり高家の令嬢ともなれば、いついかなる時も感情を表に出さず、必要な時以外は笑顔以外の表情をしまい込まなければならない。

それができていない娘も確かに近年では多いらしいとは婆やも聞いていたが、自分の育てたこの令嬢がそうなってしまうのは複雑な心境であった。


「――これでよろしいのですね?」

「ええ。ありがとうございます。それではお茶の続きをしましょうか」


 むっとした顔を平気で人前でしてしまうのは、高貴な血を引く娘としてはいささか(・・・・)躾が甘いと言われかねない。

これをどうにかしないと、お家を再興できるだけの家に嫁ぐのは難しいかしら、と、頬に手を当てながらほう、と一息。

再度対面して座るシャーリンドンを見ず、視線を上向け思考を巡らす。


「――私が若い時分は、町から駆け落ちしてきた若い恋人たちが、町の外に遺跡にまつわるお話を漏らしてくれたものですが。いつの世も、若者は伝統にとらわれた考えを避けたがる様子で」

「……それは、解る気がしますわ。伝統とか、決まり事とか、そういう事はあんまり好きではありませんもの」

「まあまあ、困ったものですこと。ですが、その若者特有の気質が、場合によってはお嬢様方にとっても何らか意味のあるものとなるかもしれませんわ」


 何せ、お若いですから、と、笑みを見せる。

そう、まだこの令嬢は若い。

少女とも、大人とも付かない中途半端な雰囲気のまま、子供扱いされたくない風を見せながら子供っぽい振る舞いもしてしまう。

その未熟さが、場合によっては町の、若者にとっては好ましく映るかも、という、あくまで楽観に過ぎないものではあったが。

だが、情報を集めるなら、そういった要素もプラスになるのではないか、と、考えられた。

これは婆や自身の考えであって、そこまで深く伝えるつもりもなかったが。


「なるほど……情報を聞くなら、若い方の方がいいかもしれない、と」

「それも、同じ女同士でしたらお話も通りやすいかもしれませんね。言い方が悪いかもしれませんが、いつの世も、田舎娘は都会に憧れるもの……」

「口が悪いですわ婆や」

「ふふふ、失礼しましたわ。ですが、役に立つかもしれないでしょう?」

「……そう、ですわね」


 これも、役に立つ情報かもしれなかった。

少なくとも外部から訪れる者達より、地元の者達の方が遺跡について詳しい可能性は確かにある。

それを知る事ができれば、ダンジョンの仕掛けや構造、場合によってはそこに潜む危険なども把握できるかもしれない。

それは、間違いなく仲間達の助けになるのだ。


「婆や、ありがとうございました。思った以上に実りある情報でしたわ」

「それはようございました。ですがお嬢様?」

「はい?」

「どのような時も、ご令嬢は身だしなみや言葉遣い、それと」

「『それと、髪の美しさを雑にしてはなりません』でしょう?」

「うふふ、解っていらっしゃるようで何よりですわ。『髪の綺麗はあらゆる難儀を隠す』と昔から言いますからね」

「古い言葉ですわ……今でしたら、『瞳の美しさは』になりますわよ、それ」


 美の基準は時代によって異なる。

婆やの言うそれと自身の知るそれは、そんな世代間の感覚の違いを分けているように、シャーリンドンには思えた。

だが、婆やは首を振り「そんな事はございませんわ」とそっと目を閉じる。


「いつの時代も。殿方を虜にするのは美しい顔立ちと長く艶やかな髪なのです」

「……まあ、古風な趣味の方もいるかもしれませんものね」


――これは話半分でいい話だわ。


 既に為になる話ではなくいつものお説教に戻りつつあったので、シャーリンドンは席を立ちながら、自分の部屋へと戻ってゆく。

必要な話は聞けたので、これ以上は面倒な話を聞きたくなかったのだ。


(……ま、シェルビーさんが傍にいるなら心配もないでしょうか)


 先日会ったばかりの、出自もよく解らぬ男であったが。

恐らくは、ご令嬢相手でも迂闊な真似はすまい、という安心感があった。

婆や視点では彼は、女相手でそこまで欲望を(たぎ)らせるような、そんな危険な存在には思えなかったのだ。

もっと純粋な……そう、目的の為ならばそれ以外どうでもいいと割り切れるような、そんな青年に見えたのだ。

外見的に歳の差もあるだろうし、当面心配もないだろうと。

これはあくまで婆やの経験に基づく勘ではあったが。


 何より、彼を前にしているとご令嬢が楽しそうにしているのが、婆やにとっては嬉しくもあった。

母親を早くに亡くし、成長途上で家すら失い、父親は行方知れず。

自分以外誰もがご令嬢を見捨て、諦めていたのだ。

そんな中でも気丈にも前向きに生きようとしていたが、貴族の令嬢としてしか育てられていないのだから、市井(しせい)の中でまともに生きられるはずもない。

婆や自身、お家の再興の為にはご令嬢としてどこぞに嫁ぐ以外に道はないと思っていたので、没落して尚そのようにしか教育できなかったというのもある。

端から冒険者などさせられる娘ではないのだ。


 それでも、楽しそうにしていた。

なんだかんだ仲間になってくれる人達が居て、相応に稼げるようにもなっているらしかった。

婆や自身には想像もしていない道を、自分で切り開いたのだ。

それがどこまで上手くいくかは解らないが、それでも見守りたいとは思い始めていた。

精一杯育てた、自慢のご令嬢なのだから。


(……ま、ご本人が大人になっていただくのが、一番でしょうかね)


 まだまだ子供っぽいところが抜けていなくて心配になるけれど、そこさえなんとかできれば。

そう想いながら、婆やはまた、家事に戻るのだ。

この家は、ご令嬢が帰れる場所なのだから。

今夜は鍋にするつもりだった。




「――ただいま。もうちょっとしたら、また行くから」


 名無しはというと、ポーターギルドに戻っていた。

入るなり近くのテーブルにかけ、「ふう」と一息つく。


「おかえりボス。いつものウェルカムジュースだよ~」

「嬢ちゃん、元気にやってたー?」

「聞いたぜ先輩、この間『グラフチネスの揺り籠』を踏破したんだって? すげえじゃん!」

「流石猫耳ちゃんだ!! 同じポーターギルドの仲間として鼻が高いよ!!」


 席に着くや、受付からジュースを持ってきた受付嬢が笑顔で対応し。

それに合わせる様に、他の仲間達もどんどん集まってくる。


「お、なんだ? ちびっこが帰ってきたのか?」

「セシリア隊は上手くやれてるようじゃな、お嬢」

「あっ、名無しの先輩じゃないっすかーお久ー!!」


 やんややんやと囲まれ、賑やかになるが。

当の名無しはというと、出されたジュースを飲みながら「うん」とだけ小さく頷くのみ。

必要以上には返答しない。いつもの事であった。


「うるさいから、散って」

「散れってさー、はい皆かいさーん」


 ぽそりと突き放しの一言が出るや、隣に立っていた受付嬢が慣れた様子で手をフリフリ。

そして集まってきたギャラリーも「うぇーい」と雑な返答をし、すぐにばらける。

いつもの事である。


「それでボス、今日は何の用事ー?」

「『ビャクレンの園』。行った人、いる?」

「それならダナンが先週向かったねえ。誰のPTだっけ? 誰か聞いてるー?」

「ダナンの兄貴なら、クロ―ヴェルって奴のPTに入ってたはずだぜ。出立前に聞いてる」


 目的は情報収集。

それに関しては他の二人と同じではあるが、名無しには名無しのルートというものがあった。

それは、長旅のお供として欠かせない、ポーターとしてのルート。

冒険者ギルドよりも密接な、ポーターギルド内での情報である。


「ダナン……だいじょうぶかな」

「ダナンなら大丈夫じゃない? あいつ自身めちゃ強いし」

「預かった荷物でぶん殴る癖がなけりゃ、今頃一級品のポーターになれてた奴だしなあ」

「どんな山でもダンジョンでもってな。遺跡の踏破だってあいつなら問題ないだろ」

「例えPTメンバーが全滅しても、死体引きずってでも戻ってくるからなあいつ」


 仲間内でのダナンという男の評価は、概ね心配なしというものだった。

名無し自身、知らない相手でもないので肯定的な意見を聞き「だよね」と頷く。

……とするならば、問題になるのはPTの方だった。


「クロ―ヴェルって、どんなひと?」

「さあ、そこはちょっと」

「あ、アタシ知ってますよ、前に組んだことある。かなり強い冒険者ですよ。プロフェッショナルなランクのダンジョンもいくつかは生還してるはずっす」


 ほぼ身内に等しいポーター仲間はともかく、冒険者の情報は集まらなくても仕方ないくらいのつもりで聞いた名無しだったが、幸いそちらについても情報がいくらかあるらしかった。

この辺り、「前に組んだことがある」という情報があるのは大事な事だった。


「どんなPT?」

「攻略重視って感じで、結構シビアな人たちでした。前にアタシがついていった時は、メイジのクローヴェルを中心に、戦士や騎士、プリーストに斥候、それからメイドもついてきてましたね」

「……メイド?」

「クローヴェルは金持ちの子息らしくて。傍仕えの女の子がいるんですよ。それでアレコレ面倒見させてたとか」

「たっ!! 金持ちの道楽かよ!! だが、金周りだけはよさそうだなあ」

「メイジっていや金持ちや貴族様がよくやってる職業だもんなあ。やっぱ学があるお方は違うって事かね」


 まだ若いポーターの娘の説明に、周りのポーター仲間達もヤジを飛ばす。

やかましくなりそうだったが、名無しが一言「静かにして」というと、またシン、と静まった。


「でも、腕は確かですよ。装備品もかなり上等なもので揃えてて……そのメイドの子だって、冒険中は全身クリスタルメイド装備で身を固めてましたからね」

「マジかよ、あの伝説級の……?」

「とんでもねえ奴らが居たもんだな。これがプロフェッショナル級の冒険者PTって奴か。メイドにクリスタル装備とか」

「アタシらが何十年働いたって着れない様な服をメイドに……」


※クリスタル装備は一セット揃えるだけで砦が立つと言われています。


「……ほかには?」

「基本的には他者を出し抜いて自分たちが真っ先に踏破したいっていう人たちですから、もし先輩のPTがそこに行くんでしたら、競争になるかもしれませんね」

「きょうりょくとか、できないの?」

「全くする気がないっていうほどでも。でも、どっちが先かってなったら我先に進もうとするでしょうね」

「……そっか」


 急がないと踏破されるかもしれない。

それ自体は別に名無しにとってどうでもいい情報だった。

そのクローヴェルという冒険者の事も、そのPTの事も。

ただ、名無しにとって、セシリアの目的が果たせないかもしれない、情報が得られないかもしれないというのは、かなり困るのだ。


(それに、もしそこにも、神の魔物が居たら)


 グラフチネスの揺り籠には、サキュバスのローレンシアがいた。

ビャクレンの園にも、似たような感じで何かしら、願いを叶える神の魔物がいるかもしれない。

あるいは、ローレンシアと違い過激な思想の神の魔物だった場合、そのPTがどうなるのか解ったものではないのだ。


(……あれは、敵)


 名無し視点では、神の魔物は、明確に敵だった。

それも、その辺のダンジョンや街の外に巣食う魔物などとは比べ物にならない、百災の元凶。

本来なら放置しておくことなどできはしない、なんとしてでも封印しなくてはいけない、そんな存在。

何故か、そんな風に思えたのだ。

そして、ローレンシアが自分を見る目は、明らかに怯えを孕んでいた。

そこから導き出す答えは、つまり……


(ボクの持ってた、ニンニクジュースがにがてだったにちがいない)


 いざという時の気付け薬代わりである。

意識混濁や睡魔などの異常を回復する事の出来る大切なアイテムだったが、非常に臭いので、きっとそれが苦手だったのだと考えた。


(セシリア様も苦手って言ってたしきっとそう)


 自分はもちろんの事、敬愛するセシリア様がそうなのだ。

誰にとっても苦手に違いないと、そう思っていた。




「……むん!」


 かくして、情報を集め終わった名無しは、ポーターギルドを後にした。

名残惜しそうに見送る仲間達に背を向け、迷いなく向かうは商業の街角。

これからの冒険の為の必要物資を買い集めようと、力強く人波へと飛び込んでいった。


(――ニンニクジュース、十倍くらい持っていこう)



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