#2.せしりあさまはちょおつよい
ダンジョンも深層に潜ると、常識の通じない光景が広がっていることもある。
例えば、地中なのにもかかわらず風が吹き荒れる渓谷のようになっていたり。
例えば、まるで噴火した火山のように溶岩垂れ流しな地獄絵図となっていたり。
例えば、どこから吹き荒れているか解らないブリザードが一面白銀世界を構築していたり。
とかく、それまでの道程からすると極端な変化に富んでいた。
今回のフロアは南国風の水地――ウォーターワールドである。
「水着を持ってきて正解だったな!」
「そだね」
「なんで持ってるん……?」
当たり前のようにポーターの少女から水着を受け取るセシリア。
シェルビーはげっそりしていた。
ここに至るまでツッコミを入れまくって疲れているのだ。
一日平均50回はツッコミを入れているのだから無理もない。
それくらいに天然二人のボケた会話がツッコミどころ満載だったのだ。
「『こんな事もあろうかと』。その為だけにボクはいる」
とても満足げな少女に「そうかよ」と深い溜息を吐き……少女がまた別の水着を手に持っているのに気づく。
心なし、自分に向けられているようにも思えて「うん?」とシェルビーは首をかしげる。
「ん」
「いや」
「ん!」
「え……俺も?」
「ん!!」
「……はい」
少女の圧力に負け、シェルビーは水着を受け取った。
受け取ってやるとそれまでのジト目はどこへやら、少女の瞳はキラキラと輝き、シイタケのごとき純粋な光を放つ。
「やたっ」
「よかったな、受け取ってもらえて」
「うんっ」
ぐっと拳を握って満足げに喜ぶ少女はシェルビー視点で見ても微笑ましかったが、渡された水着はブーメランパンツである。
(俺がこれ着るのかよ……)
広げながらに「ちょっとサービス精神豊富すぎねえ?」と誰需要かも解らぬ疑問を抱くが、今更突っ返すわけにもいかず。
「んじゃ、俺はそこらで着替えてくるから」
「では私はそこの茂みに」
「ボクはここで――」
「いやお前も茂みに行けよ、ああもうここで脱ぐなっ、行けったら!」
「う? 解った……」
シェルビーから追い立てられ、「なんで?」と素で解らない様子で首を傾げながら、少女もセシリアの後を追いかけていった。
ようやく安心して、シェルビーも適当な岩陰を見つけて着替えることに。
「ふふーん、どうだ! 私の水着は美しかろう!」
彫刻のごとき肉体美を見せつけ、セシリア(浮き輪付き)がポーズを取る。
「……どだ」
セシリアを真似てポーズをとる少女(麦わら装備)の水着姿は大変可愛らしかった。
「俺もそのノリやらないと駄目なのか……?」
細身な斥候男の身体は、水着姿になるとなんともみすぼらしく哀愁が漂っていた。
「シェルビー、筋肉足りない」
「うるへー。わーってるよそんなの……筋肉つかない体質なんだよぉ」
「毎日筋トレ100セットやってれば付くが?」
「あんたと同じくらい体力があればできるかもな!」
脳筋女騎士と一緒にするなとばかりにシェルビーはツッコミを入れる。
「私はそんなに体力はないが?」
「わぁ謙遜がお上手ですねー」
「セシリア様はボクより体力低い」
衝撃の事実が発覚した。
シェルビーはあんぐりとしていたが……やがてはっと気づく。
「――ポーターなんだからそりゃ体力お化けでも不思議じゃねえのか」
「にやり。よく気づいた」
「この子はこんななりだが私の百倍の荷物を持てるからな」
見た目こそ10歳前後の少女だが、確かに持っている荷物の量は半端なかった。
「今更だけど大丈夫? 虐待してるとか言われねえ?」
シェルビーはちょっとだけ怖くなった。
「安心しろシェルビー。ボクは『ちょーいちりゅう』だから、酒場でボクを子供扱いする奴はいない」
「マジかよすげえな」
この辺りでは新参者なシェルビーには信じられない事ばかりだが、実際大量の荷物を運べるのだからその辺りに違和感はなかった。
荷物を置いている今はただの水着少女にしか見えないが。
「ていうか、荷物の内訳ってなんなん? 普通の冒険するだけならそんなに大量の荷物なんて要らないだろ?」
「一般的な荷物と、ボクとセシリア様の変え着とか、予備の武器防具とか、家財一式――」
「家財!?」
「私の家の物だ」
「あんたの家の物かよ!?」
なんで? という疑問しか湧かないが、セシリアは「ふふん」とどこか満足げに笑うだけに留め、それ以上は説明しようとしない。
「ポーターだから問題ないんだろうけどよ……必要ないものは、宿屋なり貸家なりに置けばいいんじゃねえかなあ?」
「ボクが持ってる方が安全」
「でもダンジョンで逃げる羽目になる時とか、その所為で邪魔になったりしねえ?」
「逃げなければ問題ないな!」
脳みそに筋肉が詰まってる系女子には全く気にならない様子だった。
少女も満足げだし、シェルビーは「ならいいか」と割り切ることにした。
割り切りは大事である。
深入りし過ぎると延々終わらないボケとツッコミのループが待っている事を彼は理解していた。理解させられていた。
「そんな事より見ろシェルビー! 水がまるで海のように波打っている! ざーって、ざーって!!」
「あんたは子供かよ」
「ふはははっ、私は今年で22歳だ!」
「痛々しいな!」
※この世界の結婚適齢期は18歳です。
「それにだ、本当の子供はあのようになっている」
「む……?」
セシリアの指で示される先には、少女がいた。
麦わら帽子を被り、小さなおててで一生懸命砂をかき集め、城を作り……やがて完成し満足げに「むふー」とどや顔になっていた。
「愛らしいだろう?」
「愛らしいな」
ここがダンジョンでなければずっと見ていたいくらいのサンクチュアリがそこにあった。
「ギシシシーッ、ウォータースピアー!!」
しかし、平和とは長く続かないものである。それが尊いものなら尚の事。
水中から突如モンスターが襲撃。
幾匹ものマーマンを引き連れた巨大モンスター・マーマンキングである。
「あっ……お城、が」
少女を狙った一撃は、幸い外れたが。
「お城……壊れちゃった」
一生懸命作った砂の城は、無惨にも砕け散ってしまっていた。
「私の……お城……セシリア様と一緒に住む、お城……」
「ぐあはははーっ、我が弟の仇ぃ!! 死んでもらうぞ人間ーっ!!」
「死ねーっ!!」
「ぐぁぁぁぁっ」
「キングが死んだぞーっ、撤退しろてったーい!!」
「お前らも死ねーっ! 夕食になれーっ」
「ひぎゃぁぁぁぁっ!!」
「らめぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
少女の涙が一粒零れ、セシリアはバーサーカーとなった。
水着のまま放たれる浮き輪の必殺の一撃がマーマンキングの首を輪切りにし、逃げ出した取り巻きマーマンたちも投げつけられた浮き輪によって無惨な八つ裂きにされてゆく。
「大丈夫か! 怪我はないか!!」
シェルビーは内心「なんで浮き輪で輪切りに?」と思いはしたが、「なんとかなってるし戦闘はあいつに任せておけばいいか」と判断し、少女に駆け寄り安否を尋ねる。
「お城、壊れた」
「そ、そうか、悲しいな」
「セシリア様と一緒に暮らすお城……」
「それは辛いなあ」
「シェルビーは馬小屋で暮らすの」
「せめて兵舎とかにしてくれねえかなあ」
まだ好感度が足りていないようだった。
「……一緒に作って」
「は? 俺が?」
「作って」
「いやでも、大人には体面ってもんがだな……」
「作って」
「……はい」
結局少女の圧に勝てないシェルビーは、言われるままお城作りを手伝う事にした。
「マーマン料理ができたぞー! おや、大きなお城になったなあ!」
「ふははは! どうだ! バルコニーに巨大な大砲つけてやったぞ!」
「きゃっきゃっ、格好いい! シェルビーでかした!!」
「はっはっはっ! 手先の器用な俺様の手にかかれば城作りだってちょちょいのちょいよー!」
「えらい! シェルビーえらい! すごくいい馬小屋で寝かせてあげる!!」
「馬小屋から抜け出せなかったかー」
「……なんかよく解らないが二人が仲良しになれたようでよかったよかった!」
今夜の夕食はマーマンカレーとマーマンシチューとマーマン豚汁だった。