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だから私は!!  作者: 海蛇
第一章.グラフチヌスの揺り籠編
18/62

#18.ふだんのあるてはかしこい


「うぅ、なんであんなことに……」


 セシリアの屋敷までの道すがら。

シャーリンドンは、疲れ果てたようにうなだれながら、人数の増えてきた中央街を歩いていた。

思いのほか長居になってしまったというか、お茶会だったのもあって結局「腹がたぷたぷで酒を飲む気になれねえ」という事で、シェルビーもついてきている。


「どちらかというとそれ、俺のセリフじゃねえ?」

「むむっ、私のセリフであってますわ! なんでシェルビーが私の保護者なんかに……」


 どこか納得がいかない様子でぷりぷりと頬を膨らませるが、シェルビーとしては、その子供っぽい様から「だから保護者必要だと思われるんじゃねえの?」と思ってしまう。

実際、婆やを心配させてしまってる訳で。

この娘に関しては、その扱いで正しいと感じられた。


(こういうガキみたいな態度取らずにいれば、見た目だけは間違いなくいいんだがなあ)


 さほど残念な気分でもなかった。

最初に送り届けた時にもそう感じたし、そもそも前にPT組んだ時にもそんな感じだったしで、彼としては意外でもなんでもないのだ。

解り切った反応。そう、婆やが「保護者さん」なんて自分を呼んだ時から、この娘のこの反応は予想通りそのものだった。


「ま、保護者にされた以上はちゃんと送り届けてやるよ、お嬢様?」

「やめてください。私、貴方を保護者だと思った事なんてありませんわ」

「そりゃそうだろうな」


 同時に、過保護にされたら反発したくなるのも、解らないでもなかった。

自分にだってそういう時期があった、くらいには彼も理解ができるのだ。

元貴族のお嬢様、という出自だけは生まれの違いで理解が及ばないが、同じ人間である。

独立心が芽生えれば、周りに言われるままになりたくないと思うのも無理からぬことだった。


(こいつが無理して向いてもいない冒険者なんてやってるのは……決められた生き方が嫌だから、か?)


 目の前にいるこの娘に問うてみれば、その辺りはっきりするかもしれない。

けれど彼は、敢えてそれをするのは避けようと思っていた。

知りたいわけでもないし、知ったところでどうにかできるものでもないからだ。

これが例えば仲間として、シャーリンドンから「実は」と打ち明けられ、相談でもされれば話は違うだろうが、こんな形でPTメンバーの内心の、深い所を知ることになるのは、彼としても覚悟がなかったのだ。


「にしても、冒険者はねえよなあ」

「むむっ、なんですの、突然?」

「いや、前から憧れてたとかなのか? 冒険に」

「そういう訳では……ただ、お金をたくさん稼がなくてはお家を復興できませんから、それなら……好きにできる方がいいと思ったんですの」

「めっちゃわがままな奴な」

「ほっといてくださいませ」


 貴族の娘という存在は、彼にはあまりにも遠い世界の存在過ぎた。

それこそ、セシリアの妹のように、何を考えてるかも解らない深窓の令嬢で、話す事すら本来恐れ多い相手で、触れただけで壊れてしまいそうなくらいにかよわい生き物のように思えてしまう。

だが……目の前のシャーリンドンは、そこまで儚くも、危うくもなく。

頼りないには違いないが、仲間としてそこにいても問題のない、そんな存在だった。


(……ま、俺は雇われの身だしな)


 金が支払われる間は、契約が更新される限りは、飯の為、酒の為、雇われ続けるだけ。

そう割り切り、それまでの考えや疑問や違和感を全部かなぐり捨て、「さっさといくべ」と先を歩く。


「あ、待ってください。なんでそんな、一人だけ先に……」


 相変わらずむくれ顔のプリースト殿は、けれどしっかりと彼についてくる。

確かに、保護者なんて必要なさそうだった。




「シェルビー……あれ」

「うわぁ……」


 そして、セシリアの屋敷が見えてきた辺りで、屋敷の前で一人、お城の方を眺め続けるアルテが居た。

その背には、まるで霧のように暗い闇があふれ出ているように見えて……目に見えて、どんよりとした、陰鬱(いんうつ)な表情であった。


「姉様たち……今日も、帰ってきませんわ……どうしてかしら? 私、何か悪い事をしましたか? 確かにあの小汚い斥候の男には少しばかりお灸を据えようとしましたが」

(マジかよ何やったの怖っ)

「うぅ……お城なんてすぐに報告したらすぐに帰ってくると思ってましたのに、なんで、なんで……」


 ぐぐ、と小さな拳を握り締め。

そうして、ぶわ、と背中の闇が増してゆく。


「かくなる上は、王城に攻め込み、姉様を取り戻す戦いを――」

「あ、アルテさんっ」

(うわそのタイミングで話しかけるのかよっ)


 明らかに異常な状況だった。

シェルビーは一旦距離を取ろうとシャーリンドンに言うつもりだったが、当の本人はいつの間にかアルテの傍まで駆け寄って、声をかけてしまった。


「えっ……シャーリィさん!? まあ、まあまあまあ!」


 突然現れぎゅ、と手を握り締めてきたシャーリンドンに、アルテはぱあ、と表情を明るくし、それに伴って、背景の闇というか病みは消えていった。


「シャーリィさん、よかったですわ! 戻ってきてくださったのですね!」

「はい、王城で、仲間の子が……ポーターの子が、一日城主になってしまって。私たち、ずっと見守っていたのですわ」

「まあ、なんてことかしら! それは……ぜひ見たかったですわ!」


 若い娘同士きゃっきゃうふふと華やかな雰囲気になるが、シェルビーは先ほどまでアルテが見せていた明らかに異常な雰囲気と、背中越しに見えた空間歪曲が忘れられず「あの妹絶対やべー奴だよ」と近づきあぐねていた。


「あの、姉様は……?」

「セシリアさんは、一度騎士団に顔出しすると……殿下とも立ち合いをするとかで」

「まあ、あの王子、まだ諦めてなかったのね……許せませんわ。もっと悪い噂を広めて……ごにょごにょ」

「アルテさん……?」

「はっ、なんでもありませんわ! それより、ほら、またお風呂に入りませんこと!? 私、皆さんがお帰りになった時の為にお風呂の用意をしっかりしてましたのよ!!」


 欲望が駄々洩れであった。


「んじゃ、俺はこの辺りで――」

「もちろん、そこの斥候にも、爺やのマッサージをお願いしてますわ。ご堪能あれ♪」

「勿論準備はできております。ささ、シェルビー殿、こちらへ」

「うぐっ、爺やさん、い、いつの間に……」


 歴戦の斥候をして、爺やからは逃げられなかった。


「あっ、あっ、俺、まだ朝だからそんな疲れてないからっ、あっ、やめっ、ゆるし――」

「ふぉっふぉっふぉっ……では、アルテお嬢様」

「ええ、しっかり(・・・・)と、姉様のお仲間の身体をほぐして差し上げて頂戴」


 ずるずるとシェルビーをひきずってゆく爺やをにこやかぁに見送るアルテであった。


「……さあ♪ シャーリィさんも♪」

「ええ、それでは……折角ですので」

「うふふふっ♪ 大丈夫ですわ♪ 私もずっと待っていて体が冷えてしまいました♪ ご一緒に、洗いっこを♪ 流しっこを♪」


 言うが早いか、握られていた手で握り返し、シャーリンドンの身体を引っ張ってゆく。

その引っ張る力こそはか弱いものだったが、数少ない友人に引かれたとあっては抗えず、シャーリンドンも「わ、わ、わ」と、情けない声をあげ、引っ張られていった。




《かぽん》


 気の抜ける音と共に、シャーリンドンとアルテは、余計なものを身にまとわぬまま、互いに向き合っていた。


「うふふふふ、それでは、恒例の――」


《すぱーん!!》


「ひゃんっ」

「あ、あら……」

「……う?」


 アルテの手がシャーリンドンへと伸びたその矢先、入り口が派手に音を鳴らしながら開き。

そして、名無しが入ってきた。

タオル一枚身に着けず、裸のスタイルである。


「あら~♪ ポーターの子じゃありませんか~♪ お久しぶりですわねえ♪」

「アルテ……?」

「はい♪ アルテお姉さんですよぉ♪」

「……ちかよるな」

「ひんっ!?」


 入ってきたのが愛らしい名無しだと解るや、アルテはにこやかぁに抱きしめようと寄っていったのだが。

当の名無しは厳しい視線を向け、すぱぁん、と、その胸にぶら下がっていた塊を強くはたいて威嚇した。


「ポーターちゃん……?」

「はっ……ごめんなさい。よくないけはいを感じた。アルテ、大丈夫?」

「う、う……なんだか、私も良からぬ感情に支配されていたような気がしますわ……心が晴れやかになったというか……」

「……大丈夫じゃなかった?」


 別の意味でダメになっていたように思えて、名無しはシャーリンドンへと駆け寄ってしまう。


「ポーターちゃん、急にどうしたんですの?」

「うう……よく解らない。アルテは、時々変になる」

「くすん……嫌われてしまいましたの? 私、貴方とはもっと仲良くなりたいと思ってますのにぃ」


 ひりひりとする胸を手でさすりながら、涙目になってシャーリンドンの後ろに隠れてしまった名無しを見つめていた。


「……今のアルテは大丈夫だとおもう」

「そ、そうなんですの? 良かったですわ……嫌われたのかと思ってしまいました」


 シャーリンドンの後ろからそろそろと手を出す名無しに、アルテも恐る恐る手を伸ばし。

ちょこん、と指先が触れて、お互いの表情が和らいでいった。


「あの……私を挟んで、変な展開はやめていただければ……」


 挟まれていたシャーリンドンは複雑この上なかった。

展開が急すぎてついていけないのだ。


「はっ、そうでしたわ。このままでは風邪をひいてしまいます! 早く体を洗って、お湯に入りましょう!!」


 先ほどまでの色欲にまみれていた目はどこかへ消え失せ、知的な令嬢としての面が前に出てくると、すぐさま「さあ!」と、二人に洗体を促し、自身も椅子へと腰かける。


「あの、流行は――」

「それよりも風邪をひかないようにすることが優先ですわ! そうです、私、大事な事に気付いたのです!」

「だいじな、こと?」

「はい! 皆さんが王城に向かわれた後、私、当家の歴史書を読み解いていましたの。そしたら、いくつか知らなかったことが解って……とにかく、お風呂で温まりながらお話しますわ」


 それ自体が自分たちの冒険に関係する事だと解るや、シャーリンドンも名無しも「そういう事なら」と、手早く自分の身体を洗い始める。


(ああ、そうですわ、私ったら……こんな大事な用事があったのに、姉様たちが帰って下さらないから、どんどん後ろ暗い感情に支配されて……)


 身体をコシコシとスポンジでこすりながら、己の心に抱いた邪心に嫌な気持ちになりなっていたが。


「ふぅ……」

「……!!」


 もしゃもしゃと、泡まみれになりながら自らの身体に泡をこすりつけてゆく親友を見て、アルテは頬が上気していくのを感じずにはいられなかった。


(いけない、だめですわ、私は姉様一筋……姉様一筋……姉様の為に、闇に墜ちた身……!!)


――敬愛する姉様の為に、どれだけ外道の道に進んででも姉様を守り抜いてみせる。


 そう思い、陰に日向に姉をサポートする為、アルテは狂い果てていった。

いや、元々ちょっとおかしな娘だっただけである。

だがとても賢かったので、そのおかしさは意外にも多くの人には触れる事無く、触れても「気のせいだった」と思われるにとどまっていた。


「ふあー……良い気持ちですわ。身体が洗い流されますぅ」

(シャーリィさん……ああ、なんて素敵な……!! いけない人!! なんて罪深い方!!)


 そんな、姉一筋だったアルテの前に、その姉と同じくらいに愛しいと思える少女が現れてしまった。

それが、彼女にとってのシャーリィという娘だった。

いつも明るくポジティブで、たとえ失敗してもくじけない、そんなひたむきな女性。

病弱な自分ほどではないにしろ体力も力もなくて、いつも笑っているくらいしかできない、社交の場でも今一居場所がない娘だった。

友達になれると思えた。なれた後は、びっくりするほど癒される存在になってくれていた。


(私にとってはやはり、この方が……この方が……でも、でも、私には姉様が……!!)


 だが、アルテにとっては、やはり自分の姉様が何より大事な存在だった。

だから、パーティー会場で会う事が無くなって以来、探すこともせず「縁が切れたのだろう」と割り切ろうとしていた。


「……どうしかしましたか? アルテさん?」

「あ……い、いえ! 髪の毛が、背中に張り付いてましてよ? それでは、お風呂に入る時困りますでしょう?」

「シャーリンドン、髪長いし」

「そうでした……ああ、お風呂用の髪留め、忘れてしまいましたわ」

「私のを! お貸ししますわ……はい!」

「まあ、ありがとうございます……ふぅ」


 長い髪をまとめて束ね、髪留めで挟んで固定する。

それまで髪の中に隠れていた瑞々しい肩口が、首筋が露になり、アルテはふら、と、意識が落ちそうになってしまった。


「きゃっ、アルテさんっ?」

「あ、お、おかまい、なく……大丈夫、ですわ、ちょっと、のぼせただけですぅ……」


 ふわふわとした気持ちのままなんとか体勢を立て直し、高鳴る胸を押さえながら自らの身体にもお湯をかけてゆく。

お湯が伝わるようにして上から下へ、その乳白色の綺麗な肌へと降り立ち、泡のカーテンが流れ落ちるとともに、なんとも柔らかそうな乙女の色香が目を刺激するのだ。


(あ、駄目ですわこれ。お風呂から出たら襲おう)


 もうそばに子供がいることなどお構いなしに欲望が溢れてしまっていた。

アルテの知性はどこかへと消え去った。


「……アルテがまたダメになってる」

「はひぃんっ!?」


 そしてそんなアルテのお尻に向けて、名無しがまたぱしーん、と、小さなおててでスパンキングし。


「あ、あ……わ、私、一体何を……?」

「早くお風呂入る」

「あっ、そうでしたわ。私ったら!!」


 泡のなくなった自分の身体を見直して、すぐにすくっと立ち上がり、「さあさあシャーリィさんも」と、にこやかあに笑いながら湯船へと向かった。


「……? アルテさん、大丈夫かしら」

「大丈夫じゃないかもしれない」

「ふぇ……?」

「はやくはいる」

「あ、そうですわね」


 不可解な言葉を残して湯船に向かう名無しに、シャーリンドンも続くことにした。




「――つまり、当家の歴史上の当主たちが、代々この『呪い』を受け継ぎ続け、これの解消の為、様々な神々の神殿やダンジョンなどを調べていった、というお話が残っておりまして」

「つまり、アルテさん達のお父様も、同じように……?」

「ええ。正確には当家は女系相続の家系らしく、お父様はあくまで姉様が継ぐまでの、早くに亡くなられたお母様の代役として、継いでいただけらしいのですが」


 知性を取り戻したアルテは、過去の記録を読み解いた結果、あるダンジョンの存在を調べ上げていた。


「先ほどもお話した『ビャクレンの園』『悪鬼の監獄』『廃都758510』。この三つのダンジョンだけは、代々の当主たちには攻略できなかったらしく、断念したという情報がありました。お父様も、このうちの『ビャクレンの園』に挑んだ際に負傷され、そのまま……」

「では、アルテさん達にとっても、因縁のあるダンジョンですのね。その、ビャクレンの園は」

「そうなりますわ。同時に、呪いに関係して先代までが調べていたことですので、無関係という事はないはず。少なくとも、他のダンジョンや遺跡をむやみに調べて回るより、見る価値のある場所、と言えるかもしれませんわ」


 その分だけ危険かもしれませんが、と、締めくくり、湯船の中、「ふぅ」と赤らんだ頬を撫でる。

今のこれは、邪念が故ではなく、純粋に湯あたりを起こしそうになっているだけである。


「そろそろ出た方がいいみたいですわ。その、お二方も……」

「ええ、そうさせていただきますわ」

「ボクはもうちょっと温まる」

「では、お先に」


 まだ残る名無しをそのままに、二人は外に出て……同時に「ぎゃぁぁぁぁぁっ」というシェルビーの悲鳴が聞こえ、オチが付いた。




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