#16.いんたーばるきかん
翌朝、セシリア一行は城からの帰途についていた。
王冠を返したのだという名無しは、それが解っていたかのように門前で待っていたセシリアたちと合流し、今はセシリアの隣を歩いている。
「――しっかし、いきなり王位を明け渡すとかすげえことするなあの王様も」
つくづく驚かされたとばかりに、シェルビーがその時の事を思い出しながら語る。
シャーリンドンもこくこくと頷きながらそれに同意したが、セシリアは「ふふん」とどこか誇らしげであった。
「陛下は時々ああして、市井の子供に王の真似事をさせることがあるんだ」
知らなければ驚く事でも、騎士団という、比較的王家に近い場所にいる組織に所属しているセシリアにはそうでもないようで。
たまにあることなのだと説明されると、シェルビーもちょっと驚いてはいたが「そういうもんなのか」と納得していた。
「王様の仕事の大変さとか、そういうの理解してもらう為に?」
「そんな感じだな。何も知らないと勝手に『楽していいご飯食べて自分たちの税を遊びに使ってる』なんて思う者もいるだろうから。王家なりのイメージアップ戦略らしい」
「傍で見ていれば、とても楽をしているようには思えませんのに……」
「すごくたいへんだった」
実際に体験した名無しからすれば、王の一日というのは決して楽なものではなく、楽しいものでもなく、そして、輝かしいばかりではないものだった。
確かに座り心地のいい椅子には座れたが。
「ご飯が冷たいのが一番やだった」
「ああ、スープとか冷めてから食う羽目になってたもんな」
「見ていて可哀想でしたわ……仕方のない事ですが」
「王様は毎日アレなんだよな……」
実際にはそこまで警戒することも無いのかもしれない。
でも、温かいスープを啜っていた時の王様は、本気でその状況を喜んでいるように見えていたので、直接体験していないシェルビーたちもその大変さというのが理解できてしまった。
「酒場で食べるご飯の方がいい」
「ははは、それじゃ、街に戻ったら酒場に行くか? まだ調べものもあるから、すぐには冒険には出られないだろうし」
「いいね賛成。城やセシリアのところにいたんじゃ、飯は美味くても酒は飲み放題とはいかねえからなあ」
「さんせー」
「あ、朝から飲むつもりなんですの? 流石にそれはちょっと――」
セシリアの提案に、シェルビーと名無しももろ手を挙げて賛同し。
そしてシャーリンドンも奔放なシェルビーにお説教しながらもついてくる気満々であった。
「お待たせ! ピンクチキンのスープとスパイシースモークだよ!」
「ありがとう」
朝の酒場は、軽い朝食を食べようという者達で賑わっている。
カウンター繋がりですぐ隣の部屋には冒険者ギルドも併設されていて、報酬を酒場で受け取ってそのまま飲んでいる者達も居た。
「あったかスープ、あったかスープ……♪」
「嬉しそうじゃん」
「やっぱりスープはあったかいのがいい……ほっとする」
「そだなー」
人数分のチキン(チキンじゃない)スープと、皿に雑に盛られた香辛料たっぷりの塩漬け肉のスモークのほぐし身。
そしてテーブル中央に置いてあるバスケットの中の黒パンは食べ放題である。
これがこのセレニアの一般的な朝の酒場メニュー。
多めに食べたい時はこれに一品二品足すが、大体はスパイシーなスモークで黒パンを食べれば十分腹が満たされる、働く者達のお得なセットだった。
「いただきますわ」
一人だけ真面目に神へのお祈りを捧げるシャーリンドン。
他のメンバーは思い思いにパンを手に取り始める。
「そういえばシャーリンドン。君はこの街の者なんだろう? 家に帰らなくていいのか?」
「実は、私もそろそろ帰らないといけないかなあと思ってまして……酒場に仕事を貰いに行くって言ったまま家を出てしまいましたし……」
「んじゃ、この後に帰る感じか」
「そうですわね。一旦離れさせてもらって……よろしいでしょうか?」
「もちろんだ。私としても、次の冒険の当てが決まるまでは調べものに集中したいしね。この後は騎士団にも顔を出さないといけないし」
「ボクもポーターギルドに顔をだす」
各々街に戻ればそれぞれの過ごし方というものがあった。
この辺りはPTや置かれた環境によって違っていて、知らない街だと全員一緒に行動するのが当たり前のPTもあるし、街につけば全員すぐにバラバラになるというPTもある。
今までセシリアたちが一緒にまとまっていたのも、あくまで王への報告という目的があったからなので、次の出発まではばらけても問題はなかった。
「では、この後は皆別行動で……シェルビーはどうするんだい?」
「俺? 俺か……別にこのまま酒を飲んでてもいいんだが……」
どうしたものかね、と、少しだけ迷いを見せる。
この街には何の思い入れも無く、特に目的もなかった。
かといって宿屋で寝て過ごすのも面白くないと思えたのだ。
「朝から飲酒なんて、不健康ですわ」
「まあたお説教かよ。仕方ねえだろ、飲むしかやることねえし」
「酒飲みは賭博もやるんじゃないかと思ってたが、君は違うのか?」
「あー、賭博は昔イカサマ見抜いたらすげえ面倒クセエ事になったからな。二度とやりたくねえ!」
あんなのはもうごめんだぜ、と、しみじみ語るシェルビーは、どうにも苦々しそうな顔をしていて。
仲間達も、それ以上は追及する気にはなれなかった。
「なら、誰かと一緒にいるっていうのはどうだ? 私と一緒に騎士団に来てもいいぞ? 鍛えてやる。殿下とも組み手をするつもりだしな」
「お前みたいな奴がいっぱいいる場所だろ、殺されちまうわ」
流石にそれは、と、手をひらひら振って拒否する。
彼はまだ、死にたくはなかったのだ。
「ボクといっしょにくる?」
「ポーターギルドか……行って何するん?」
「じょうのうきん、おさめる」
「あー、ギルドに所属してるってそういう事だもんなあ」
職業には職業のギルドというものがある。
シェルビーのようなフリーが当たり前の斥候はともかくとして、戦士には戦士の、メイジにはメイジの、ポーターにはポーターのギルドが存在し、各街ごとにその職業に関係する依頼や仕事を一括管理し、独占している。
この寡占によってもぐりが勝手に仕事を請け負ってその職業の名を貶めることを防いでいるのだが、組織として運営するには相応に金がかかる為、所属員は所属しているだけで上納金を払う必要があった。
「仲間がいっぱいいる。来る?」
「いや、やめとくわ……多分俺の居場所ねえから」
「……そ」
名無しを見てそう思う者は少ないだろうが、ポーターというと一般的には筋骨隆々なマッシブ系兄貴や死んだ顔をしてひーひー言いながら荷物を背負う訳アリ少女と、関わると面倒くさい輩というイメージが強いのだ。
重い物を持ち、必要とあらば身を挺して荷物を守らなくてはならないポーターは、基本誰もやりたがらない仕事で、その為社会の底辺が勤めることが多い。
シェルビーもそういうアンダーグラウンドな社会は別に嫌ってはいないが、仲間ばかりが集まってるような場所に顔を出す事も無いだろうと、それも首を振って拒否した。
「――それで、私の家に来るんですの?」
「いんや、別に……」
かくして、解散後のシェルビーは、シャーリンドンと一緒に歩いていた。
「セシリアから『予定がないなら送ってやれ』って言われたから送ってやるだけだし。家に届けたらそのまま酒場に戻るぜ」
「むー……私は大丈夫ですのに」
「まあそう言ってやるなよ。朝とはいえ人が多いと物騒だしな。地元民でもそれは変わらんだろ?」
「……まあ」
それはそうですが、と、どこか納得いかない様子でしぶしぶ頷く。
そんなシャーリンドンに「やれやれ」とため息しながら、それでも二人、歩くのだ。
「そんなに遠くないんだろ? ま、セシリアもお前の事を気にかけてるって事だよ」
「そう受け取っておくことにしますわ。家に一度帰ったら、またセシリアさんのところにお邪魔するつもりですし」
「友達のところにいくんだろ? ま、たまにはそういうのもいいんじゃね」
職業柄、友人を作る気の余りないシェルビーはその辺りあまり気にしなかったが、シャーリンドンにはセシリアの妹という友人がいるのだから、街での過ごし方にも色々とあるのだ。
家への距離もそんなでも無いという話だし、シェルビー自身もすぐに済む話だからと気楽なつもりで請け負っていた。
「……シェルビーは、街でお友達とか、作りませんの?」
「仕事が終わったら別の街に行くのにか? 場合によっちゃ一日で別れる相手だぜ?」
「それでも、街々にお友達がいた方が、きっと楽しいですわ」
「お前の言う事も解るんだがなあ」
シェルビーからすれば、それはあくまでシャーリンドンの理想であって。
彼自身の理想とは違う生き方だった。
「街ごとに友達作るより、その街の美味い酒を飲める方が嬉しいからな」
「またお酒ですの……本当に、貴方という人は」
「またお説教かよ。ま、お前にも解るようになるさ、大人になればな」
「……子供ではありませんわ」
「子供みたいなもんさ」
むくれるシャーリンドンに「はいはい」と適当に流す。
普段はそんな風に見てもいないが、それくらいはシェルビーだって解っていた。
歩いていて、朝っぱらだというのに振り向いてまで自分たちの方を見る男がいるのも、シェルビーは気づいていた。
何せシャーリンドンは顔がいい。
童顔ではあるが、貴族の娘だからか気品みたいなのも感じるし、物腰は柔らかだし、スタイルなんかはその辺の劇団女優や踊り子でも見ないくらいだ。
普通に女としてこれをお出しされて、この娘に勝てる女なんてそうはいないだろうと、シェルビーは十分に理解していた。
(……ま、俺はいいや)
そんなシャーリンドンだが、冒険者としてはまだまだ危うい、素人が幾分マシになった程度の経験しかない仲間だった。
解らないなら解らないなりに自分の指示に従ってくれるので嫌ってはいないが、女として見るどころではない。
怖いのだ。何をしでかすか解らない。
そして何が原因で自分がその巻き添えを喰らうのかも解らない。
斥候としての彼は、素人以上初級者未満なこの娘を、警戒対象として見てしまっていた。
「……?」
見れば、今も人のよさそうな顔でゆるゆるな雰囲気を漂わせている。
隙だらけ過ぎて見ていて怖い。安心できない。
シェルビーにとってシャーリンドンという娘は、なんとも不安定な、冷や冷やする存在なのだ。
冒険者なんてさっさとやめて、街娘として誰ぞと結婚でもしてくれた方がよほど安心できるような、そんな。
「なんでもねえよ、行こうぜ」
「あ、はい。そこは右ですわ」
考え過ぎている自分に若干の嫌気を覚えながらも、「今はそんなの考えてる時じゃねえやな」と割り切り、シャーリンドンと歩く。
ただ隣を歩く分には、何一つ疵のない、かわいい奴なのだから、と。
「――着きましたわ。ここが私の家です!」
じゃじゃーん、とでも言いたげに見せてくるシャーリンドンの家は、一軒家ではあったがそれなりに年季の入った家屋だった。
アパートメントの方がまだ見栄えがいいんじゃないかと思えたが、手入れはきちんとされているのか、小さな庭は草が生え放題になっている様子もないし、花壇には小さな花がいくつも咲いていた。
(悪い家じゃねえな)
どこか遠い故郷の実家を思い出す、そんな小さな家。
この、煌びやかな乙女には不似合いにも思えるが、没落した元お嬢様が住まうなら、これくらいでも随分まともだった。
「あら……これはお嬢様……」
そして、がちゃり、玄関口のドアが開き、中から壮齢の女性が現れ。
シャーリンドンを見て嬉しそうに笑いかけ、そしてシェルビーを見て「まあ!」と一層驚いた様子で口元を抑えた。
「――お嬢様が、男を連れてきましたわ」
「ちがっ、違いますわ!!」
そしてシェルビーはまたしても、面倒ごとの気配を感じたのであった。