#14.いちにちじょーしゅけん
謁見の間。
それはその国の、最も豪華絢爛で、権威が表に出る場である。
「ほほ、良く戻ったのうセシリアと、その仲間達よ」
御多分に漏れずキラキラとした黄金の玉座に、真っ赤な絨毯が敷かれていて。
幾人もの兵隊が控える中、正面中心の玉座には、人のよさそうな老爺が掛けていた。
この国の国王である。
「はっ……お久しぶりにございます。陛下。お日頃もよく――」
「うむうむ。よい。仲間達も一緒であろう? ほれほれこっちにこい」
先頭に立つセシリアが、騎士らしく作法に則った礼儀を見せようとするも、「はよ、はよこい」と、王自らに手招きされ、すぐに「解りました」と他の仲間達に目くばせした。
「――ああ、ポーターちゃんはワシの傍に来るのじゃ」
そして、前に出たセシリア達に更に一言。
言われるまま、名無しが王様の前に立つ。
「おうさま」
「おーおー、元気じゃったかポーターちゃん! 久しいのう、元気にやっとったか? うん?」
「ちょーげんきだった。セシリア様のにもつ、めちゃ運んだ」
「ほほほ、そうなのか、偉いのう! ほんにポーターちゃんは偉いのう!」
どれ、と、傍に控えていた法衣の壮年を手で呼び寄せる。
「褒美に、街一つくれてやろうか」
「いやそいつに甘過ぎねえっ!? 孫かよっ!」
「相変わらずやかましい男じゃのう。シェルビー」
「う……しまった、またしても……」
「……相変わらずって、シェルビー、貴方まさか……」
ついうっかりで王様に突っ込んでしまうシェルビー。
王もまた、小さく息をつきながら視線を向ける。
シャーリンドンも疑惑の視線を向ける中、セシリアは「ははは」と笑いだすのだ。
「陛下は名無しを可愛がってるからな。前に連れてきた時もシェルビーは突っ込んでしまったんだ」
「あの時は、うっかりで周りの兵隊達に囲まれて斬首されかけたぜ……」
「まあ……どこに行っても斬首されそうになりますのね、貴方って」
「なあに、ただの王宮ジョークじゃよ」
「笑えねえのは冗談にならねえですって!?」
とはいえツッコミ体質は簡単には変えられなかった。
突っ込めるなら王様相手でも突っ込んでしまうのがシェルビーという男であった。
「うぅ、なんで俺こんなキャラになっちゃったんだろう……」
「いえ、貴方っていつもそんな感じだったような……」
「マジで!? 寡黙な斥候の兄貴って感じじゃなかったか!?」
「いえ、あんまり……」
「どこにいってもツッコミ担当?」
「どうもそんな感じらしいな。シェルビーらしい!」
ははは、と笑いだすセシリア。
ポーターも王様も一緒になって笑いだすから困る。
「「ははははははは!!!」」
そして周りの兵隊までもが一斉に笑い出すのだ。
城が揺れる笑いだった。
「そこ、笑いどころなん……?」
「いやまあ、場を和ませる的な?」
「笑いも時には必要なんじゃよ? いつも真面目な事ばかりしておるとな、ボケやすくなっていかん」
年配と言える国王が言うと嫌な説得力があって、シェルビーは「そうっすか」と、それ以上突っ込む気にはなれなかった。
嫌な方向にリアリティがありすぎると、笑いにもできないのだ。
「――ま、冗談はともかくとして」
場は和んだ。
シェルビーやシャーリンドンの緊張感は確かに薄れた。
けれど、王の醸し出す雰囲気は、この時からがらりと、全く異なるものとなっていた。
「セシリアよ。こうして戻ったという事は、ダンジョンの探索任務、無事終えたという事かの?」
「仰せの通りでございます、陛下。件の『グラフチネスの揺り籠』は、願いの叶えられるダンジョンでした」
「ほう、当たりのダンジョンであったか」
厳格なる王。
そんな雰囲気を漂わせ始めていた支配者に、シェルビーもシャーリンドンも黙りこくり、下を向いてセシリアの報告を聞いていたが。
王は感心したように頷き、そして周りの兵らも「おお」と、驚きの声をあげる。
「……して、願いは叶えられたのか? セシリアよ」
「いいえ。私は。他の者も、叶えられるような願いはなく」
「ふむ……条件か何かが問題になるのかの。ポーターちゃんはどうしたんじゃ? 城主になりたかったのだろう?」
「あんな奴に願いを叶えられたら碌なことにならない。夢が穢れる」
「なるほどなるほど……」
相変わらず神の魔物・ローレンシアに対しては敵視する姿勢を変えないのか、名無しは首を振りながら国王を見つめていた。
そんな名無しの様子に、国王はしきりに頷いて見せ……そして、またセシリアらを見る。
「……『神の魔物』か。何が居た?」
「サキュバスが。目的は本人が言っていた通り、『訪れたものの性欲と夢をかなえる事による欲望』かと」
「それだけ聞くと、そこまで問題のある様な奴に思えんのう。神の魔物である故、あんまり放置するのもアレじゃが……」
「はい。ですが今のところは無害に近いかと。少なくとも私達に対し、敵意は向けませんでした」
セシリア視点で見れば、殺せば殺せた相手ではあった。
けれど、自分の願いを一度は叶えようとして、けれど叶えられず、落ち込んでいた姿を見て、そして、その上で自分の知る限りの情報を与えてくれたりと、少なくともすぐさま敵に回る様な存在のようには思えなかった。
「みすみす討伐するよりは、放置して冒険者たちの貯えにした方がよい、という事かのう?」
「難易度的には決して楽なものではありませんから、一概には言えませんが……しいたけも存在し、私とそこのシェルビーが呪いにかけられましたし」
「なんと、しいたけが!?」
「なんと恐ろしい……よく無事に戻れたものだ」
周りの兵たちが口々に驚きの声をあげる。
そうしてそれを、王が手をあげ制する。また、静まり返った。
「ほほ、その割にはぴんぴんしておる」
「後から加わったこの……シャーリンドンが、私達を救ってくれました」
「あ、あの、お初にお目にかかりますわ、陛下……」
セシリアから紹介され、おずおずと声をあげるシャーリンドン。
けれど視線はまだ下を向いたままで、顔を見ようともしない。
いいや、できないのだ。
「……よい。顔をあげてよいぞ。シャーリンドン」
「あ、はいっ……それでは」
「そっちのシェルビーは単にワシの顔を見るのが怖くて下を向いてるだけじゃろうが、お前はそうではないようだな? 貴族の礼儀をよく弁えておる」
「彼女は、没落こそすれ貴族の出のものです。妹とも友人だったようで」
「そうなのか。いや、世間は狭いものじゃのう。ま、どこの出かは聞く気はない。没落したものは、没落するなりの理由があるんだろうからのう?」
「う……はい。その通りでございます、陛下」
このような場だからこそ、そんな事は言うべきではない。
言外にそのような意味合いが含まれているように感じて、シャーリンドンはまた、視線を下に落とした。
「――ま、結果的に我が騎士団の有望なる副団長が無事帰還できた。そうして、探索の成果も上がった。あのダンジョンの内実も明らかになった。報告内容としては、十分じゃな」
一旦下がった壮年の男にまた手をあげて呼び出し、膝をつきながらに「褒美をここへ」と告げる。
「……こほん。騎士団副団長セシリア卿及びその仲間達よ。陛下より、金と褒美一品を遣わす」
ぱち、と法衣の男が手を叩くと、それに合わせ、奥の方から従者らが現れ、人数分の宝箱を置いていった。
「陛下からの格別の計らいである。遠慮なく受け取るといい」
「ありがとうございます。陛下」
「あ、ありがとうございます」
「ありがたく頂戴いたしますわ」
「ありがと、王様」
述べる感謝は立場により様々だが、開けられた宝箱の中身は、どれも輝かしいものであった。
「これだけあれば、しばらくは飲み代に困らんなあ……いやあ、ツケのない生活ができるのはいいなあ」
「私も……これなら、婆やに苦労させずに済みそうですわ。でも、後からきた私がこんなにもらってしまっても……」
「気にすることはない。ダンジョンというのはそのような場で、PTというのはそのようなものだろう?」
「陛下の仰る通りだ。貰っておくんだ、シャーリンドン」
「はい……ありがとうございます」
慎み深いシャーリンドンは一瞬迷ってしまったが、王とセシリアの言葉で安堵したように、その報酬を受け取る。
「……さて、一番の貢献者は当然ポーターちゃんだと思うが」
「異論はありません。沢山の荷物を持ってくれましたから」
「罠の解除は俺が一番頑張ったけど、ま、荷物持ちは重要だもんなあ」
「あの、私もそこは特には……」
話の流れが急に変わった感じがして、シャーリンドンは首をかしげていたのだが。
隣のシェルビーの「うわあきたよ」という小さな独り言が聞こえて、なんとなく嫌な感がしたのだ。
「ポーターちゃん! 何が褒美で欲しい!?」
「おしろ! じょーしゅになりたい!」
「はっはっはっ、よし! ならばポーターちゃんは、今日からこの城の城主じゃ!!」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
突然の決定に、シャーリンドンは思わず大声をあげてしまったが。
兵たちの「おめでとー」「がんばってくれー」「新王様ばんざーい」という喝采の声に掻き消されてしまった。
「ボク、超がんばる」
ふんすふんすと鼻息荒く何度も頷く名無し。
セシリアは兵たちと一緒になって「おめでとう」と素直に祝福し。
そうしてシェルビーは「うわやっぱこうなったよ」と、深いため息をついていた。
そんな、謁見の間での出来事であった。