#13.ろりこんってなに……?
翌朝、セシリアらは門前で待っていた名無しと共に、また四人で街道を歩いていた。
街の南の街道はダンジョンへと続く道。
北の街道は王城へと続く道である。
今回は、北の街道であった。
「はぁ……疲れは劇的に取れたが、なんか、一生分叫んだ気がするぜぇ……」
「だ、大丈夫ですのシェルビー?」
「シェルビーかくかく」
一歩先を行くセシリアの後につき、げっそりとした顔で俯くシェルビー。
その肌は表情とは裏腹につやつやとした輝きまではなっていた。
「あの爺さんなんなん……? いや、確かに回復効果すげえけど。旅の疲れ取れただけじゃなく指先まで滅茶苦茶調子よくなったんだけどさ」
「はっはっはっ、爺のマッサージは三国一だからな」
「爺はガチ」
「マジで意味分かんねえ」
名無しともども胸を張るセシリアから視線を逸らし、シャーリンドンへを見る。
「……」
「な、なんですの?」
「いや、小奇麗な格好すると、ほんと貴族のお嬢様って感じなのな、お前」
「当たり前ですわっ、私は元々高貴な血の出で……」
「いやそれは知ってるけどな?」
むーっと膨れ顔になるシャーリンドンに、シェルビーはどう答えたものか頬をぽりぽり。
すぐに「やっぱいいや」とそっぽを向いてしまう。
「……? ??」
「シャーリンドン、かわいくなった」
「あらあら、ありがとうございますわポーターちゃん♪」
「ボクじゃない」
「えっ? えぇ?」
何を言いたいのか解らない名無しに、シャーリンドンはさらに混乱する。
「それはそうと」
そしてセシリアは、そんなやりとりを見て「ふっ」と小さく笑いながら、話を進める。
「今回、登城する際に注意しなくてはいけない事がある」
「ああ、前に聞いた気もするが、その時はシャーリンドン、いなかったもんな?」
「うむ。だから一応言っておこうと思うんだ」
前回シェルビーが登城したのは、冒険を開始する前、セシリアに連れられて三人で登城した時の事である。
その際に既に注意として聞かされていたので、シェルビーは「またあれをやるのか」と確認し、やはりそうなのだと納得する。
「注意、と申しますと?」
「シャーリンドンは登城したことはあるか?」
「いいえ。私は一度も……もしかしたら幼いころにあったかもしれませんが、記憶にはございませんわ」
「ふむ。ならやはり言っておいた方がいいだろう」
ぴた、と足を止め、後ろの三人に向け振り向く。
三人もまた、セシリアに合わせ足を止めた。
「――我が国の王子は、ロリコンの変態なんだ」
「えぇぇっ!?」
「あー、やっぱ驚くよな、それ」
「う……?」
自国の王子の悲惨すぎる評判であった。
素直に驚くシャーリンドンもだが、シェルビーもうんうん頷き、その反応に対しては理解を示していた。
「あ、あの? セシリアさん……? あ、冗談とか――」
「冗談などではないぞ。実際この子が愛を囁かれたからな」
「えっ、マジで? その話は聞いてなかった。前の時は注意だけだったし……」
「だ、大丈夫でしたの? その、何か怖い思いとか――」
「もんだいない。前に『我が愛しの君』って呼ばれただけ」
「その呼び名王子からのだったのですか!?」
「疑いようもなくロリコン野郎じゃねえか!」
うわ引くわぁ、とドン引きする常識人二人組。
セシリアもうんうん頷きながら「そんな訳だから」と腕を組む。
「王子の前に、この子をあまり立たせたくないんだ」
「なるほど、ポーターちゃんを守ってあげる必要があるんですのね」
「前の時は『そんな事俺に聞かせてどうするん?』って思ったけど、ようやく聞かされた理由が分かったぜ……そういう理由ならなあ」
三人そろって名無しに視線が向く。
本人は「う?」と不思議そうに首をかしげていたが、三人の表情はどこか、優しげであった。
「安心しろ、お前は私が命に代えても守る」
「変態野郎なんかの好きにはさせねえからな」
「も、もし王子が何か変な事をするようなら、きっと守りますからねっ」
名無しの身の安全を守る方向で、PTの結束が固まった瞬間だった。
かくして王城にたどり着き、つつがなく城内に入り。
そうして侍従により、謁見が許される時間まで待機するように申しつけられ、三人は指定された中庭の庭園に向かう事になったのだが。
「――セシリア殿っ、セシリア殿ではありませんかっ!?」
中庭に入った直後、そこに用意されたティーテーブルに掛けていた青年がセシリアに気付き、立ち上がり駆けよってきた。
「これはこれは……お久しぶりにございます。ライエル殿下」
「ああっ、ダンジョンへと向かったと聞き心配していたが、何事も無さそうで何よりです!」
見ればかなりの美形で、この辺りでは王族にしか見られない青髪は、その繊細な面立ちをより引き立て、美しく感じさせる。
年頃ではあるのだろうが、後ろに控える武人のごとき侍従と比べると目に見えて線が細く、戦よりは政に向いていそうな辺りも、その繊細さを引き立てていると言えよう。
(この方がライエル殿下……)
(ああ、この人が……)
一方で、セシリアの後ろに立つシェルビーとシャーリンドンは、王子を見てごくり、息を呑んだ。
(この方が、ロリコンの変態……こんなにお美しい顔立ちの方ですのに)
(こんだけ顔がよけりゃ女に困る事だってないだろうに、よりにもよってロリコンなのか……もったいねえ)
同時に深いため息もついた。
「この方たちがPTの仲間ですか。おや、そちらの子は前に――」
「う?」
「あ、ああっ、はじめまして王子様っ、お……私はシェルビーっていうつまんねえ斥候でして!」
「お初にお目にかかりますわっ、わたくし、シャーリンドンと申しますっ」
王子の視線が名無しに向いたのに気付き、慌てて前に立つ二人がガードに走る。
王子は「?」と不思議そうに首をかしげるが……すぐに視線をセシリアへと向けた。
ひとまずは安堵する二人。
「セシリア殿。こちらにいらしたという事は、陛下に謁見するおつもりでしょうが……何か、変わった発見などはされましたか?」
「失礼ながら、我が主は陛下でありますれば……その陛下を差し置いて、他の方に先に報告するのは、いかにライエル殿下と言えど……」
「あっ、いえ、無理にとは言いません。それより……その、お怪我など、されてなければ」
「見ての通り、無傷で済んでいます。こちらのシェルビーのおかげで」
数ある罠の中には、セシリアをして即死を覚悟させるような凶悪なものもいくらかはあった。
そういったものを片っ端から看破し、解除したシェルビーの貢献は、間違いなく称えられるべきものであろう。
シェルビーも平時ならそれを照れくさそうに喜ぶだろうが……今は少しばかり間が悪かった。
「……ほう、シェルビー殿、が」
「あ、いや、お、私なんて大したことは……ははは」
セシリアに誘導されるまま王子の視線がシェルビーに向く。
それまでのセシリアに向けられた尊敬の籠ったものが、急に、下賤な者を見る様な鋭さを伴っていることに、向けられた当人は気づき、謙遜するが。
「謙遜することはない。私の眼に狂いはなかった。お前がいてくれたおかげで私達は全員無事に戻れたんだ。頼りになる男だよ、お前は」
「ばっ、おまっ、このタイミングで――」
「そうですか、頼りになる……ふぅん……」
なぜ自分がそんな視線を向けられているのか解らないシェルビーだったが、それでもセシリアに持ち上げられるのはタイミング的にまずいと感じ始めていた。
そしてその通りに、王子の機嫌はどんどん悪くなってゆく。
「……斬首してしまうか」
「どうかなさいましたか殿下?」
「いえなんでも……ダンス。ダンスをしたいなあと思いまして」
ぼそり呟いた言葉はその場の誰にもよく聞こえなかったが、セシリアに問われるとまたにこり、愛想のいい面持ちに戻り、後ろに立つ護衛の手を引き突然踊り始める。
屈強な護衛の男は困惑のまま頬を赤く染め、「えっ、えっ?」と恥ずかしそうに王子にリードされていた。
「ははは、殿下は場を和ませるのがお上手ですね」
「ありがとうございます! セシリア殿もいかがですか!?」
「生憎と私は社交の場には立ったことがありませんので。組み手ならば喜んでお相手しますが」
「是非にでも!」
「でしたら陛下へのご報告を終えましたら……おっと、どうやら時間のようですね」
本当なら卓についてお茶の一杯の飲んでいるうちに呼ばれるのが常なのだろうが、結局座る事もないまま先ほどの侍従が現れ、「順番になりましたので」とお呼びがかかった。
「では、これにて失礼いたします」
「ええ、また後ほど!」
ハイテンションなままの王子をそのままに、セシリアは会釈し、そのままその場を去った。
「――ああ、セシリア殿、相変わらずあの健康的な様、自信に満ちた話し方、たまらないなあ!」
セシリア達が去っていったあとも、王子はそのまま去っていった方を見ながら、一人身もだえていた。
「抱きしめられたい! あの力強い腕で、ダンスをリードされたい! いや、そこは流石に僕がリードしないといけないか……?」
この男、セシリア大好き勢(後ほどたくさん出てくる)であった。
「それにしても、あのPTメンバーの男……あいつは無視できないな。少し素性を探らせるか……」
万一にも何かがあってはならないと考え、王子は、控えていた侍従に一言二言利かせ……侍従は音もなく姿を消した。
「ああ、我が愛しの君セシリア殿……どうか、僕の想いに早く気づいてください……!!!」
誰も居なくなった中庭の中、王子は一人、思いの丈を口にしていた。
想い人から誤解されているとも知らずに。
「――やはり、色目を使っていたように思える」
「ああ、なんか変な踊り踊って気を惹こうとしてた感はあるな」
「ポーターちゃんにも優しげに笑いかけようとしていましたものね……」
そして、誤解したまま、セシリアらは謁見の間へと向かっていた。
従者が案内を申し出たが、既に幾度も行っているセシリアは「案内は不要」とし、そのまま途中で別れたのだ。
結果、いつもの四人で謁見の間への廊下を歩いていた。
「そして、視線を妨げたからか、シェルビーはかなり睨まれてたな」
「確かに、人も殺しそうなくらいに怖い目で見てましたわ……私、何か起こるんじゃってドキドキしてしまいました」
「うげっ、やっぱそうなのか? 大丈夫か? 俺、ある日突然斬首とかされねえ?」
「そんな事はさせないさ。お前は私の大事なPTメンバーだ。安心しろ」
誤解の末ではあるが、ある意味では当たっていて、そしてそんな時のセシリアは、とても心強かった。
「ま、これから謁見する陛下は気さくな方だから安心していい」
「やさしいおじいちゃん」
「二人がそう言うなら安心だな……シャーリンドン?」
「あ、いえ、私、ちょっと緊張してしまいまして……もしお家が再興されたりとかしたら、なんて……」
「気が早い奴だねえ。ま、お前らしいっていうか」
かちこちになっているシャーリンドンを見て、シェルビーはそれまでの不安をどこへやら、いつもの皮肉じみた顔になっていた。
笑い飛ばせたのだ。いつもの流れのおかげで。
「そ、そうですか? そうですわねっ、うふふ」
「ま、深く気にすることはないさ」
回廊と謁見の間を隔する巨大な扉の前に立ち、ぴた、とセシリアが止まり。
また全員、足を止めた。
扉の左右には、それぞれを守る屈強な衛兵が控える。
「――それじゃ、陛下と謁見する。注意すべき点は一つだけだ」
振り返り、にこり、微笑みながら、人差し指を立て。
「陛下の機嫌を損ねるな。それじゃ、行くぞ!」
このメンバーなら大丈夫だろうと笑いながら、セシリアは扉の前に立つ衛兵らに目くばせをし、そして――
「セシリア殿が参りました! 扉を開きます!!」
ぎぃ、という重苦しい音と共に、謁見の間への扉が開かれた。




