#11.いもうとはへん
「――ふぅ、なんとか無事、戻ってこれたな」
「ああ、パーティーメンバー四名。入った時より一人増えたが、生きて還れてよかったぜ」
セレニアに帰還。
一度通った道を戻るのはそれほど難しくもなく、後発で入ったPTも他にはいなかった事から、足を止めることなく戻り続け、PTは無事、拠点となっていた街へと戻ることに成功した。
「うぅ……沢山歩きましたわ。四日間歩き通しはきつかったですわ……」
「シャーリンドン、運動不足」
未だ冒険者としては鍛え上げられていないシャーリンドンは、くったりとした顔で街の入り口傍のベンチに座り込んでしまう。
呆れた顔で見る名無し。
けれど、無事、戻ってこられたという安心感が、四人にはあった。
「とりあえず、清算してPTを解除しようか」
「じゃあ、ボクはいつものお店に行く」
「任せるわ。俺は……俺もくたびれたから、ちょっと座るわ」
「すぐ戻る。待ってて」
道中の財宝は全て名無しが背負っている。
そのまま慣れた様子で歩いていき、路地裏へと入っていった。
それを見守りながら……セシリアを見るシェルビー。
「……? どうかしたか?」
「いや、ついていかなくていいのかなって」
てっきり清算を言い出したセシリアもついていくのかと思ったが、セシリアも一緒になってベンチ前でぼーっとしていたのだ。
セラニアは見た目清潔感溢れる、王都にも近い都会ではあるが、流石に路地裏など、人目に触れにくい道には無頼漢や詐欺師などもうろつく危険地帯も少なからずある。
少女一人で歩かせるには、ちょっと怖い道であった。
だが、セシリアは「いいんだ」と、手を振る。
「あの子にはあの子の道があるからな」
「ほんとかよ? 大丈夫かねえ?」
ちょっと不安になったが、一番付き合いの長いセシリアが問題ないと言っているので、彼もそれ以上は気にしないようにした。
こういった場合、一番気になるのは清算時に清算担当者が商人からいいように足元を見られたり、逆に清算担当者が儲けのいくらかを懐にしまいこんだりする事の方が問題だが、それに関しては彼は、全く警戒もしていなかった。
「――それにしても、お前さんが呪いだか加護の代償だかを受けてるかもしれないと聞いた時は、ちょいと驚かされたぜ」
清算待ちの間、所在なく座っているのもなんだから、と、シェルビーが別の話題を出す。
サキュバス・ローレンシアとの顛末の話である。
「ああ。あくまで可能性の話だがな。私は騎士の家系だと話しただろう? 過去にその手の討伐話が無かった訳ではないんだ」
「なるほどね。神の魔物とやらについて詳しいのも、実際戦ったご先祖様がいたかもしれないから、って事か」
「そういう事だな。私も、過去についてはそこまで深くは調べていないからな。一度屋敷に戻った方がいいと思ったんだ」
PTが街に戻ることになったのも、セシリアが、ローレンシアではどうにもならない呪いか加護を受けているかもしれないから、という可能性に気づいたからである。
そしてそれを調べるためでもあった。
踏破したのもあったし、区切り目として、戻るには都合がよかったのだ。
「……それさえ解除されれば、セシリアさんの夢は、叶いますの?」
幾分顔色のよくなったシャーリンドンが会話に混ざってくる。
セシリアも大分落ち着いたのか、今はもう冷静に「ああ」と頷き、その希望に笑っていた。
自信にあふれるいつもの彼女の顔であった。
だからか、シャーリンドンも、シェルビーも安堵した。
「それなら、よかったですわ」
「ああ、叶うといいな、いつかは」
彼女の願いを聞いた仲である。
今更それをどうこういうつもりもないが、叶うならそれに越したことはなかった。
だから、前向きに捉えることにしたのだ。
「勿論、報告の為に一度登城しなくてはいけないから、清算後一日休んだらそのまま王都に向かうが……二人はこれからどうする? PTは解除してしまうから、外れたいようなら外れてもいいが」
「外れたいようなら、なあ?」
「私は、一度自分の家に帰って……でも、結局お家の再興が望めなければ、それまではお金が必要ですから……」
解散の意を聞かれ、何か言いたげなシェルビーと、眉を下げながらもそれを望まなさそうなシャーリンドン。
セシリアはそれを見て「そうか」と小さく頷いた。
満足げだった。
「――なら、二人とは新しく契約を結ぼう。二人をPTメンバーとして、引き続き雇いたい」
「ま、前金って言うならな」
「もちろん前金だ。金額は前より出そうじゃないか」
「わ、私もですの? 皆さんと一緒にいていいんですの?」
「もちろんだ。君のおかげでシイタケから解放されたしな。いてくれた方が助かる」
手を二人の前に差し出し、「どうだ?」と二人の顔を見る。
「――しょうがねえなあ。しばらくは酒に困らないから働かなくてもいいかと思ったが、ちょいと休んだら働くってのも悪くはねえし」
「ありがとうございます! セシリアさんやポーターちゃんと離れずにいられるのは嬉しいですわっ」
二人ともその手を取り、PTの存続が決定された。
セシリアもまた「よろしく」と嬉しそうに笑った。
「売り上げ、確保してきた」
ほどなく、名無しが路地裏から戻ってくる。
その隣に、いかついモヒカンの兄貴達を引き連れて。
「ああ、おかえり」
「へへへ、ここまでついてくりゃ十分だなぁ?」
「おうっ! 騎士の姐さんだ! なら一安心だな」
「おくってくれてありがと。しょーかいちょーのお姉さんによろしく」
「へへへ! じゃあな! チビ助!!」
「またウチの商会をよろしく頼むぜ! お嬢ちゃん!!」
名無しからお礼を言われ、手をぶんぶん振りながら路地裏に去っていくモヒカン達は、大変厳めしくコワモテだったが、優しかった。
「……なんか、強そうなお友達だな?」
「いつもの店のお姉さんが、帰り道につけてくれる。いらないって言ってもつけてくる」
「路地裏は危ないからだろ……いや、でも大丈夫ならいいんだけどさ」
相手方からも心配されているのだろうと思いながらも、その手に持った金貨袋は中々のサイズだった。
なるほど、これは心配されるだけの量だな、と、シェルビーは納得する。
子供がこんな額持ち歩くのは、大人からしたら怖くて仕方ないだろう、と。
「それより、清算、終わった。わけるよ」
「ああ、いつも通り清算の手間賃分は抜いてな」
「うん。じゃあシェルビー、はい」
「おう」
「シャーリンドンも」
「ありがとうございます……わあ♪ こんなに沢山……」
「セシリア様も」
「うむ。ま、これだけあればしばらくの活動費には十分だな」
それぞれが名無しから分配されたお金を受け取り……そして、受け取った額の中から、セシリアが更に三人に渡していく。
「う……? シェルビーとシャーリンドンも、さいけいやく?」
「ああ、そうだ」
「ポーターちゃんは自動契約か。年季入ってるねえ」
「まだ一緒に居られて嬉しいですわ!」
冒険の対価。
しばらくは遊んで暮らせそうな額に、更に契約金前払い分追加で、シェルビーもシャーリンドンも旅の疲れがいくらか薄れたようだった。
「そっか……よろしく」
「ああ、よろしくな」
「よろしくお願いしますわ!」
幾分嬉しそうな顔になる名無しに、二人もまた、嬉しそうに笑っていた。
清算を終えた後は、そのままいったん解散、という流れになりかけていたが。
セシリアから「どうせなら二人とも私のところに来るか?」と誘われ、シェルビーとシャーリンドンは顔を見合わせた後「それなら」と、お誘いに乗ることにした。
名無しはというと、「ボクはすることがあるから」と、その街のポーターギルドに戻っていった。
「実は、私の屋敷も、この街にあってな」
「へえ、シャーリンドンと同じ街だったとはねえ」
「私も知りませんでしたわ。もしかして、どこかのタイミングでパーティーなどで会っていたのかもしれませんのね」
「どうだろうな。私は大人になるにつれ、その手のパーティーにはすっかり出なくなってしまったし……」
没落したとはいえ、貴族としての暮らしを語れるくらいには、シャーリンドンにとってそれは嫌な思い出ではないようだったが。
対してセシリアは、暗い思い出に直結するもののようで、見る見るうちにテンションが下がっていったので、シェルビーは「そんな事よりもさ」と、早々に話題を切り替えようとした。
「シャーリンドンはともかく、俺なんかが貴族様のお屋敷に入っても大丈夫なん? 門衛とかに『この薄汚い斥候野郎が!』とか言われて斬り捨てられねえ?」
「ははは、安心してほしい。君が犯罪者でなければそんな事はないさ」
「そうかよ。いや、犯罪はしてねえけどさ……前に貴族様でそういう人見たからなあ」
こわいこわい、とおどけた様子で身を震わせるシェルビーがどうにもおちゃらけて見えたからか、セシリアはふ、と、余裕を取り戻した。
「それに、私の家にはかつては剣を教えるための訓練場もあったんだ。門下生として町人や街の外の人間、冒険者などが入ってくることも少なからずあったからな」
「なるほど、だから気にしないっていう」
「そういう事だ……ああ、見えて来たぞ。あれが私の屋敷だ」
中心部から歩いて半時ほど。
会話をしながらだったのでそこまで長くは感じなかったが、見えてきた屋敷は中々に広大で、そして、長大な塀に囲まれていた。
「貴族と言っても、騎士の家系だからな。戦に備えた造りになっているらしい」
「あー、戦争やってた時代は、そういう備えの家もあるっていう話聞いたことあるわ」
「私の暮らしていた屋敷と比べると、大分造りが違うんですのね……でも、機能美? とかに優れてるように思えますわ」
塀は見えてきても、入り口には中々たどり着けない。
しばしまた歩き、そうして、門が見えてきた辺りで、門前に門衛だけでなく、若い娘が一人、立っているのが、三人からも確認できた。
「――お姉さま?」
そしてその娘が、セシリアの姿を確認し、慌てて走り出す。
「お姉さまっ、お姉さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
黄色い歓声だった。
憧れを秘めたような、喜びに満ちたような、大切なその人の顔を見られて嬉しいとばかりに、満面の笑みで以て、セシリアに向け駆けだしてきたのだ。
だが、その足取りはあまり早くなく、そして、思いのほか早く力尽きた。
「あ……っ」
「おっと……無理をするなアルテ」
「ごめんなさいお姉さま……お姉さまのお顔を見られて嬉しかったもので……つい、アルテは無理をしてしまいましたの」
肩で息をしながら、それでも嬉しそうな顔でセシリアの胸板に顔をこすりつける。
その様は仔猫のように愛らしかった。
「妹さんかい?」
「ああ。紹介しよう。私の妹の……アルテミシアだ」
「アルテ、ミシア、さん……?」
ひとしきり頭を撫でると、セシリアは一旦妹を引き離し、二人の方に向き直る。
何か思い出すように首をかしげるシャーリンドン、けれど、アルテミシアの視線はシェルビーに向いていた。
「――この薄汚い斥候の男は、斬首してもよろしいんですの?」
「お前の妹物騒じゃねえ!?」
「はははアルテ、貴族ジョークは無しにしてくれ。彼は私のPTの要とも言える男なんだ」
「……まあ、姉さまとはなさそうですから気にしませんが」
「あっ、やっぱりそうですわ。アルテさん!」
冗談にしても怖すぎると、シェルビーはその洒落にならない事を平然とのたまうアルテミシアに恐怖を抱くが、シャーリンドンはその流れを気にもせず、何事か思い出してぱあ、と明るい笑顔になった。
「えっ……あっ、貴方は……!」
「お久しぶりですわ! いつぞやのパーティーで会って以来、ですが……」
「シャーリィさん! ああ、良かった! お家が大変なことになってしまったと聞いて、私てっきり――」
アルテミシアの方もシャーリンドンを見て驚き、そして飛び上がってその手を握り締めた。
「その、冒険者になりましたの。お恥ずかしながら没落してしまいまして……今は、再興の為に、セシリアさんのPTに入ってますのよ」
「おお……なんてことなんですの。姉さまだけでなく、シャーリィさんまで冒険者をしていただなんて」
「お前シャーリィって呼ばれてたのか。長いからこれからはそう呼んでいい?」
「ええ、私は別に構いませ――」
「貴族の娘同士でつけあった呼び名は、町人の方が迂闊に呼んでいいものではありませんわ!」
「あっそうなんだ、ごめん……」
「えっ? あっ、そうでしたの? 私知りませんでしたわ……」
※この国にそんなルールはありません。
「積もる話もあるだろうが、一旦休みたいんだ。二人は客人として迎えたい。悪いがアルテ、話は後でいいかな?」
「そうですわね、私ったら……それでは、一旦失礼して、屋敷の者に宴と歓待の準備をさせますわ」
「ああ、頼んだよ――戻ってきた感じがするな」
セシリアとしては慣れたものなのか、さほど気にすることなく、先走りする妹の後姿を見やってゆっくりと歩き出した。
「――なんてことかしら。お姉さまとシャーリィさんの傍に男の影が……有害か無害か、きちんとこの私が見定めなくてはっ」