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だから私は!!  作者: 海蛇
第一章.グラフチヌスの揺り籠編
10/62

#10.ちいさいままでいいや


「おっぱいを、大きくしてくれ!!」


 余りの事に困惑し、唖然としていたローレンシアに、追い打ちとばかりにおっぱいである。


「いやいや待って、ちょっと待って!?」


 このままの勢いでは延々おっぱいおっぱい連呼されそうなので、ローレンシアは手を前に、「一旦落ち着こ?」とセシリアをなだめようとする。

だが、当のセシリアは「私は冷静だ」と、冷静じゃない人間がよく言うセリフを吐く始末。

最早これはどうにもならないと、他の仲間達を見るも、彼らもまた、困惑の表情を浮かべていた。


「おっぱいを、大きくしたいというのは解ったわ? でもよぉく考えてみて? ほんとにそれでいいの? 夢とか願望とか、欲望が元になってれば何でも叶うのよ?」

「是非もない! 私はずっと巨乳に憧れていたんだ!!」


 マジモンの夢であった。

それ以外にないと言わんばかりの憧れであった。

ローレンシアは途方に暮れた。


「……いや、確かにそれはその、そういう夢なのは解ったけどよ、こういう場で言う事か? それ?」


 幸いというか、ツッコミ気質の斥候が呆れたようにツッコミを入れてくれたので、ローレンシアは「よかった、このPTにもまともな人がいたわ」と安堵した。

シェルビーの知らず知らずのうちにローレンシアの好感度が上がっていた。


「当たり前だ」


 だが、シェルビーのツッコミが面白くないのか、セシリアはムッとした顔になりながら仲間たちの方を向き直る。


「私はな、子供の頃お嫁さんになりたかったんだ」


 とても可愛らしい夢だった。


「あれは……親戚の姉様の結婚式だった。幼少の頃、純白のシルクウェディングを見て、私は……花嫁に憧れたんだ」

「その気持ちは解りますわ。花嫁に憧れるのは、私も同じですもの」

「それはまあ解るんだけどぉ」


 同じ女性という所で、シャーリンドンもローレンシアもそれには同意する。

だが、セシリアは「そうじゃないんだ」と、二人の胸元を見て首を振る。

種族こそ違えど、同じように不思議そうに首を傾げる二人。

二人とも豊満であった。


「私は、いつか大人になったら、姉様のようになれるのだと信じていたのだ……だが、現実はそうはいかなかったんだ」

「……と申しますと?」

「嫁の貰い手が、つかなかった……!」


 その場に崩れ落ちるセシリア。

シェルビーと名無しには今一深刻さが伝わらなかったが、シャーリンドンとローレンシアは「うわあ」と、途端にどう声を掛けたらいいか解らなくなってしまっていた。


「いや、今からでも遅くないだろ、別に?」


 そしてシェルビーはこんな時にばかりデリカシーのない男であった。

シャーリンドンが止める間もなく、そんな事をのたまってしまったのだ。


「――そんなはずあるか! 今まで私がどれだけの回数婚約話をお断りされたと思ってるんだ! 30回だぞ!? 30回も相手の男性から断られたんだぞ!?」


 くわ、と、シェルビーの何気ない一言にセシリアが猛然と抗議する。

怒りよりも哀しみの、そして何より虚しさの混じった、今まで見たことも無い苦悩に満ちた顔だった。

あまりの形相に、シェルビーも「なんか、ごめん」と素直に謝罪するほどに。

セシリアは、可哀想な事になっていたのだ。


「……いつかは大人の女性のように、胸が豊かになるのだと思っていた。姉様がそうだったから。妹もそうだったし……けれど、私はどうにも、胸が育たない体質だったらしい」

「そ、そういう方もいらっしゃると思いますわ。でも、セシリアさんはお綺麗ですし……」

「ああ、妹もいつもそう言って慰めてくれたな。年の離れた妹だ。そして妹は、よくモテるんだ……」

「そ、それはまた……」


 なんとか思いついた慰めの言葉も、今のセシリアには響かない。

シャーリンドンは途方に暮れた。


「あまりに胸が育たないものだから、『そうだ筋肉を付ければ大きく見えるはず』と、まだ存命だった父に頼んで稽古をつけてもらっていたんだ」

「いやそれは方向おかしいでしょ」

「まだ10代半ばだった私には必要な事だったんだ! せめて見た目だけでも大きくなりたかったんだ!」

「ご、ごめんなさい。そうよね、必要な事よね」


 ローレンシアもまた、途方に暮れた。


「そして……私はそういった方向には才能があったらしく、騎士にまでなってしまった」

「……セシリアさま」

「まあ騎士になったことでますます貰い手がつかなくなったんだがな! はははは!!!」

「なんておいたわしい……」


 普段表情の薄い名無しが、余りの事にほろりと涙を流す、そんな痛々しさが今のセシリアにはあった。


「解るだろう? 男勝りで、女らしい部分なんて料理ができるくらいしかない、胸が大胸筋で構成されているような女だ。綺麗と言ったって、それは彫刻品とか芸術品的な意味での美しさだ。決して、可愛い女としての評価じゃない」

「な、何もそこまで自分を貶めなくてもいいんじゃねえかな……?」

「だから私は!! 胸が欲しいと思っていたんだ!! 大きな胸が!! シャーリンドンのような豊かな胸が!!」

「えぇっ!? そこで私ですの!?」

「ああそうだ、君が……君が私をシイタケから救い出し、シェルビーをも救ったあの尊い光景を見て……ずっとしまいこんでいた夢が、憧れが、表に出てきてしまったんだ」

「セシリアさま……」


 最早仲間達ですら止めることも叶わず。

涙を流しながら熱弁するセシリアを前に、各々異なる表情で「これどうにかして?」と、ローレンシアの方を向き直っていた。

押し付けられたローレンシアは「ええぇ」と困惑を隠せない。

だが、言い出しっぺは自分である以上、これで逃げるのは無責任すぎるとも思えて。

何より、これだけ心から願っているなら、それは間違いなく願いに違いないのだからと、深いため息をつきながら「解ったわよ」と受け入れる。


「もっと壮大な願望でよかったんだけどなあ。その様子だと、幸せな結婚をさせてあげる、とかでも満足はしなさそうだしぃ……?」

「ああ、恐らくできないだろうな。どんな素敵な相手と結婚できようが、今の私の胸では『どうせいつか捨てられてしまうに違いない』と不安を抱えながら生きることになるはずだ」

「それは流石に片手落ち過ぎる……いいわよ、大きくしてあげる。それくらい余裕だし。過去にはそういう事願った人も居なかった訳じゃないしねえ?」


 だが、ここまで切実に訴えかけてくる娘も珍しいくらいには、今のセシリアは全力でそれを願っていた。


「そんじゃ、いくわよ、覚悟はいい?」

「……ああ、頼む。やってくれ!!」


 胸の前でハートの形を作り、ローレンシアはぐぐ、と指先に力を込めてゆく。

セシリアもごくり、息を呑み。

周りの仲間達も、固唾を飲んでそれを見守った。


『おっぱい大きくなーれっ♪ おっぱいビーム!!』


「何その気の抜ける魔法!?」

「そんなので胸が大きくなりますの!?」


 黙っていられないツッコミ役達であった。

だが、そのツッコミとは裏腹に、ばちこんウィンクしながら放たれた桃色光線は、目の前に立つセシリアにビビビと直撃する。


「おおおおお……!?」

「セシリアさま、大丈夫?」

「だ、大丈夫だ・・・・・何だコレは、何か、胸の方がむずむずするような」

「ふふん、遥か昔にも居たからねえ。『お尻ばかり大きくなって辛いからおっぱいも大きくして』って願った子が。勿論おっぱいだけじゃなくお尻も大きくできるけどね?」


 これでひとまず解決、と、いい仕事したかのように額の汗をぬぐう仕草を取るローレンシア。

むずがゆい感覚を覚え、胸元に手を当てるセシリア。

とりあえず問題は起きないようで、見守っていた仲間達も安心はしたが。


「どう? これで瞬く間に貴方も巨乳ガールに――」

「――ない」

「うーん?」

「ならないぞ! 大きくならない!! どういう事だコレは!?」


 セシリアの胸は、全く育っていなかった。

男より立派な大胸筋が鎧越しに震えるだけである。


「え? 成長しない? こう、ぐーんと、一気に大きくなる感覚、しない?」

「しないぞ!? 全然ぐーんと来ないぞ!? 私に何が起きてる!?」

「何も起きてないんじゃねえかなあ」

「失敗……ですか?」

「やっぱりこいつ敵」

「そんなぁ!?」


 びっくりするほど何も起きていなかった。


「お、おかしいわねえ? しばらくやってないから失敗した? えーいっ、今度こそ、おっぱいビーム!!」

「……変わらないが?」

「おっぱいビーム! おっぱいビーム!!」

「変わらないぞ?」

「うぅっ、変わってよ、変わってよぉ、おっぱいビーム……!」

「……」


 連射するも効果は全くなかった。

膝から崩れ落ちるローレンシア。

その背中はふるふると小刻みに揺れていた。


「恥ずかしい……これ連呼するの結構恥ずかしいのよ? なのに何の効果も無いとか酷くない……?」

「いや、私の方が泣きたい気持ちなんだが?」

「とりあえず、効果がない相手もいる魔法なんですか? その、失敗することもあるみたいな……?」

「そんなはずないじゃない。おっぱいは性別に関係なくついてるでしょ? 男にだって効果があるはずよ。てやーっ」

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

「シェルビーがやられた」


 不意打ち気味にシェルビーに向けビームを放つローレンシア。

意外と速かったために回避に移れず、シェルビーはピンク色に包まれた。


「う、うぐ……なんだ、これは……? うおおおっ、なんか、なんか胸がむずがゆ……なんだこりゃぁっ!?」

「シェ、シェルビーの胸が……」

「きょぬーになってる……」


 それまで痩せてはいたものの一応筋肉らしいものがついていたシェルビーの胸が、女性のごときぽよんぽよんの脂肪の塊に満ちていた。


「ほら、男にも効果あるし……びーむっ」

「うああああ」

「ポーターちゃん!?」

「うわ……ボクにもおっぱいが……」


 更に不意打ちで名無しにまでビームが浴びせられ、シェルビー同様の巨乳になってしまっていた。


「えっ、次は、(わたくし)ですの……?」

「あっ、このビームHカップ以上の子には効果ないから」

「さりげなく人の胸のカップサイズ言わないでもらえますかっ!?」


 元からある者にはダメージになる仕様だった。


「シェルビー……? 今、どんな気分だ?」


 絶望に染まり、暗い表情のセシリアが、シェルビーを見た。


「なんつーか……すげえ、歩きにくい」


 いつもまっすぐ背筋を伸ばしていたシェルビーだが、今はやや前傾姿勢。

それもしんどそうな表情をしていた。


「わっ、と、と……」

「大丈夫ですか? ポーターちゃん」

「なんだか、まっすぐ立ってるの、たいへん」


 バランス感覚が明らかにズレてしまっていた。

それはシェルビーも感じていたようで「それな」と苦笑いする。


「マジかよ、おっぱいついてるだけでこんなに大変なのか……女って大変なんだな」

「きょぬーだとたいへんそう」


 身に染みて豊かな女性の辛さを知った二人であった。


(ていうか、こいつはこんな重し二つもつけてるから、いつもどんくさいのか……?)

(せおうならともかく、前にかかえてだとまともにたてない……)

「……? ……? 二人とも、どうしましたの? 私の方を見て?」

「いや、なんでも。いつもごめんなあ」

「シャーリンドン、えらい」

「えっ? えっ?」


 シャーリンドンの株がひそかに上がっていた。



「ほら見なさい? やっぱりちゃんと効果あるじゃない」


 ぱちり、指を鳴らし、シェルビーと名無しの胸は元に戻るが。

改めてセシリアの方を向き直り、ローレンシアは自信を取り戻していた。


「……では、なんで私には効果がないんだ? あっ、大胸筋でHカップ認定されてるとかか……?」

「そんなはずないじゃない……ちゃんと筋肉の上におっぱいがつくようになってるはずよ。でも、効果が見られないとしたら……」

「したら?」

「考えられるのは、私の願いをかなえる力よりも強い呪いとかを、貴方か、その一族が受けてる、とかかしらね?」


 人差し指を立てながらに、片目をつむって「違うかもしれないけど」と、幾分余裕を取り戻した様子で語るローレンシア。

セシリアは……難しそうな表情で、思案を巡らせた。


「おっぱいだけ成長しないピンポイントな呪いとか、そんなもんあるのか?」

「そんなのあるはずない……と言いたいけど、実際問題私の願いをかなえる力って本物だからね? 実際貴方達のおっぱいは大きくなったでしょ?」

「うーん、まあ、確かになあ」

「おおきくなってた」


 どれだけ否定しようにも、シェルビーと名無しの胸は大きく豊かになっていたのだ。

実物として自分の胸という形で存在していたそれ(・・)を、二人は否定することはできなかった。


「それで無理ってなると、それを上回る何かが存在してるとしか思えないのよ。勿論呪いじゃなくてもいいわ。真逆で、加護とか」

「か、加護で胸が小さくなってしまいますの!?」

「何か代償を必要とする加護ならないとも言い切れないわ。『すごく高性能な加護を付与する代償に性的な魅力の一切を失う』とか、そういうのは見たことあるし」

「すげえ悲惨な事になりそうだな……その、見た目的なもので」


 だが、セシリアはそこまで悲惨ではなかった。

少なくとも外見上、麗しい女騎士である。

胸だけが絶望的にマッシブだが、美貌に関してはその場にいる全員、ローレンシアもが美しいと認めていた。


「神の加護って、人の身にはあまりにも強すぎる効果だと、それによって存在を維持できなくなってしまったりするのよ。だから、代償として何かを失う事で、人間としての存在レベルを保てるようにバランスを取るの。だからそんな事が起きるんだけど……」

「生憎と、私自身はそのような加護を受けた覚えはないな」

「でしょうね……貴方の家が神殿騎士(パラディン)の家系とかで、ご先祖様が規格外の奇跡を起こすために仕えている神と何かしら契約をしていてーとかじゃない限りそうそうないと思うわ」


 でも流石に違うでしょー、と、曖昧な笑みを見せる。

しかし、当のセシリアはというと、思案顔のまま固まっている。

よほどショックだったのか、と、仲間達は心配したが。

やがて顔をあげ「いや」と、反応を見せる。


「もしかしたら、その可能性はあるかもしれないな」


 そうして聞かせた『可能性』の話に、仲間達は、そしてローレンシアは、絶句した。

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