#1.まーまんはまずかった
「こうして、様々な思惑により、奪い合うように様々な者達が、この洞穴に挑むように――」
「そこまでにしておいてくれ。そろそろ出番だからな」
この洞穴――今ではダンジョンと呼ばれているもの――のパンフレットを片手に、説明書きを呼んでいた斥候の男が、女騎士に止められる。
あまりに順調に進みすぎて仕事も無く、退屈していたからと彼は最初に渡されたパンフレットを朗読していたのだが「ここからはそうもいかないらしい」と認識し、「わーったよ」とぶっきらぼうに応え、パンフレットをズボンのポケットに乱暴に突っ込んだ。
「シェルビー、この辺りからちょー危険区域」
女騎士とは別に、巨大なリュックを背負う荷物持ちの少女が足を止め、男――シェルビーに声をかけながら前方に向け指さした。
指さされた方向を見て、シェルビーは「ふむふむ」と顎に手をやる。
「確かにいくつか見えるな。フットトラップとセンサートラップの合わせ技か」
「見えるのか。やっぱり探索系は重要だな」
「前はセシリア様、気づきもせずに踏み抜いたしね」
ぱっと見ただけで罠を看破するシェルビー。
それを見て「おお」と手をぱちぱち叩くお気楽な赤髪の女騎士・セシリア。
そして銀髪のポーターの少女は、ジト目でぽつりと皮肉っていた。
「ま、私は無傷だったがな」
「マジかよ、手前のとか、普通の奴が踏み抜いたら十分も経たずに足が腐りだす奴だぜ?」
「セシリア様自動回復持ちだし。化け物だし」
「私は気にならないんだが、この子を巻き添えにする訳にもいかんし、変な罠を発動させたまま放置して、後から探索する人たちに迷惑が掛かってもいけないからな」
からからと笑うセシリアに、シェルビーは驚愕……というよりも呆れてしまっていた。
少女はといえば……それ以上は何も思う事はないのか、ジト目なままである。
「大体さー、普通は魔法使いとか治癒術士とか、そういう解りやすく援護役できる奴がいるもんだろー? 斥候の俺はともかく、脳筋女騎士と一切戦わないポーターとか、構成無茶苦茶すぎんよー」
今回探索に入ったこのPTは、前衛のセシリア、補助兼トラップ担当のシェルビー、そして荷物持ちの少女の三人で構成されている。
構成だけなら明らかに不足した戦力だが、ここまで一切手間取ったことはない。
……どころか、大概の魔物は女騎士が一撃で仕留めていた。
「セシリア様に必要なのはボクだけだから」
「私には回復アイテムがあればそれでいいからな」
その辺全く気にしない二人であった。
あらゆる意味で異色な二人。
たまたま雇われただけのシェルビーは「なんでこんなのに拾われたんだぁ?」と、早くも疲れたような顔になっていた。
「……ま、前金受け取っちまったし、やることはやるけどさぁ」
ぶつぶつ文句を言いながらも、前に進みトラップを解除してゆく。
慣れたもので、一歩、また一歩進む度、些細な動作で簡単にトラップの仕組みを先読みし、指先だけで解除してゆく。
起動の発端になるバネや穴には、妨害用の木の杭を捻じ込んだり挟み込んだりして、無力化にも余念がない。
「ほれ、とりあえず十五のトラップを解除だ」
「おー」
「はやい」
十分もかからず、少女曰く『デッドゾーン』だった区画の全てのトラップは解除され、安全地帯となった。
今度はセシリアだけでなく少女も手をぱちぱち鳴らし、その早業に感心の声を上げる。
「大したものだな。やはり探索系は大事だな」
「そだね」
「ま、俺にかかりゃこんなもん、な」
ベテラン風を吹かせ、ちょいといい気分になったシェルビー。
そのまま数歩歩き……やがて、ぴた、と足を止める。
「何かいるな」
「おや、先客が?」
「どうだろうな……足音は『ぴちゃぴちゃ』だぜ? あんたら、足をぴちゃぴちゃ鳴らす知り合いに心当たりが?」
「そんなのいる訳ない」
「魚人なら」
「あちゃー心当たりあっちゃったかー」
手をぶんぶん振るセシリアに対し、少女は心当たりがあるのかぽそり呟く。
だが、魚人は人間の敵である。
シェルビーは途方に暮れた。
そして「何真面目に考えてるんだ俺は」と思い直し、素直にセシリアの元に戻る。
「ま、戦闘は専門家に任せるぜ。頑張れ騎士様!」
「ふっ、魚人なら任せておけ。今夜はマーマンの丸焼きだ!!」
「食わねえよ!!」
「あれ不味いんだよなぁ」
「食ったのかよ!?」
シェルビーは早くも「俺もしかしてツッコミ役に収まってる?」と自分の役目を理解し始めた。
その後、夕食にはマーマンの丸焼きとマーマンの蒸し焼きとマーマンの姿焼きが並ぶことになった。