第七話 対峙
「どういう状況ーー!?」
アンジェリーヌが思わず声を上げる。
開けた所に出たーー、と思ったのは誤りで、そこは魔法により森の木々が根こそぎ消滅して、鉢状になっている。魔法により、削られたのだ。
先行したアルベルトとポテトが少し離れたとこにいる人影を遠巻きにしていた。
アンジェリーヌが確認すると、大柄の魔獣が倒れており近くには黒装束の男が立っている。ーーそして、もう一人。
黒装束の男と対峙するように、ワンピースを着た少女が立っていた。少女は両腕を広げ、魔獣を庇っているようにも見える。少女は酷く場違いな軽装だ。
「もうこれ以上の攻撃は必要ないでしょう……」
少女が黒装束の男に向かって呼びかける。
アンジェリーヌは少女の顔を知っていた。アルベルトの妹である、アラムだ。
「ーー」
対する男は、無言。
黒色の頭巾と布で顔を覆い、顔が見えない。両手をダラリと下げた体勢で、独特な雰囲気だ。特筆すべきは首元に巻いたスカーフだろうか、ショッキングオレンジで、これみよがしに風にたなびいている。
アンジェリーヌは男を見て『アメリカン忍者』を連想した。ご丁寧に背中の長い刀がわざとらしい……。
アンジェリーヌはアルベルト、ポテトの後方へ移動する。
「あそこに倒れているのは、A級の魔獣『デーモンオーガ』だ。ロイス帝国が討伐の依頼を出しているらしい。それをあの黒い男、『シデン』が討伐した」
ポテトがアンジェリーヌたちに早口で説明する。
「討伐した? アラム殿下は、なにを庇ってるの!?」
「あっちに、デーモンオーガの幼体がいる」
腑に落ちないアンジェリーヌに、ポテトが倒れているデーモンオーガを指差す。
確かに、小さく震える魔獣がいた。
「!!」
アラムは魔獣の幼体を庇っているのか、とアンジェリーヌは驚愕する。
相手のシデンは、強そうだ。A級の魔物を討伐するのだ、少なくともシデンはA級の実力者であろう。
アルベルトや護衛もなにかあれば飛び出せる距離であったが、刺激しないように成り行きを見守っている。
「……確かに、魔獣の幼体については依頼外だ。攻撃する必要はない。しかし、それも魔獣だ。放置すれば人間を襲うが?」
シデンが顎をしゃくる。
ひび割れた声で、年齢不詳だ。
「……」
アンジェリーヌが魔獣の幼体に目を向けると、その瞳に憎悪があるのがわかった。
親を殺されたという怒りか。デーモンオーガは、魔獣ではあるが知能が高い。親を討伐されれば、人間を積極的に襲う魔獣に成長するーー。
「……私が、面倒をみます。それならば、良いでしょう」
「ふむ……?」
アラムが言うと、シデンは首を傾げた。
アンジェリーヌの目の前で、二人の会話が進む。アンジェリーヌは理解が追いつかない。アラムは、幼体と言えど魔獣を庇う。普通の王族では考えられない。
「……」
そんなシデンにあっさりと背を向け、アラムは魔物の幼体を抱き上げた。
「……!?」
アンジェリーヌは驚愕した。
デーモンオーガの子供は、五歳児くらいの大きさで小柄なアラムが抱えるのは大変そうだ。
しかも、暴れた。
更には、アラムの頸部に噛みついた。
「……!」
慌てるアンジェリーヌたち。
デーモンオーガは牛頭の鬼であり、牙は鋭い。幼体と言えど、牙はある。
ーーアラムは動じない。
するとアラムから魔力が流れ出て、デーモンオーガの幼体を包み込んだ。デーモンオーガの幼体が一層激しく動くが、しばらくすると静かになった。
そして、自分が噛みついたアラムの頸部の傷を一舐めするーー。
やがて、デーモンオーガの子供はガクッと力が抜けて項垂れた。
「幼体とはいえ、デーモンオーガを屈服させた……?」
シデンがひび割れた声を出す。
「これで、良いでしょう。この子は、連れて帰ります」
アラムは、シデンを睨み付ける。
アンジェリーヌには状況が呑み込めなかったが、アラムがデーモンオーガの幼体を落ち着かせたのはわかった。
(もしかして、アラム殿下は魔物使い!? しかもA級の魔獣を使役できる?)
「カカカ……」
シデンから、笑い声が漏れた。
シデンの顔は布で覆われているのに、シデンの顔が笑みの形になったのがわかった。
アンジェリーヌは、シデンから不穏な空気を感じた。
「その娘は危険だ」
シデンが短く呟き、シデンからの圧力が増す。
「ーーッ!」
アンジェリーヌは圧力を感じ取り、緊張する。
同時に、アンジェリーヌの頭には【魔眼の魔女】や【偽魔王】という言葉が思い浮かんでいた。
【魔眼の魔女】も【偽魔王】もA級以上の魔物を使役する、過去に実在した魔物使いの女性だ。彼女らは人間を憎んで攻撃し、非業の死を遂げている。
シデンは、アラムをそれになぞらえたのかーー。
ひりつくような緊張が高まるかと思いきや、
「アラム殿下、失礼を」
と軽い口調で場の空気が壊される。
一同が固唾を呑んで立ちすくむ中、ポテトが動いた。
アラムの頚部に何かを当て、布を巻き付ける。傷は深くなさそうだが、血止めは必要だ。
ポテトはその場の空気を無視し、手当を続けた。
「さて、シデンさん。俺たちは帰りますね」
ポテトがアラムの手を引く。
「……待て。その娘は何者だ?」
シデンが思案する仕草を見せた。
ポテトが身構え、護身用の小剣に手をかける。
「親友の妹だ。なにかするつもりなら、相手になる。……数分くらい、時間を稼ぐか」
「俺も付き合おう」
アインホルンもポテトの横に並び、虚空から業物そうな剣を取り出した。
空間魔術というやつだ。
数分――。
それだけの時間が経てば、アルベルトの護衛が他にも到着するであろう。その間だけ、凌げば良い。
アルベルトも懐に手を差し込み、身構えている。なにか、身を守る手段があるのだろう。
(大丈夫なの!?)
アンジェリーヌも身を固くするが、
「カカカ……」
と笑い声を残してシデンは消えた。
「今日は退散する。その娘が道を踏み外さぬことを願う……」
という、シデンのひび割れた声が、余韻として耳に残った。
すり鉢状になった場に、埃っぽい一陣の風が吹き抜ける……。




