希望
お読み頂きありがとうございます。暇つぶしにして頂ければ嬉しいです。
ミルフィアの学院生活は穏やかに過ぎていった。
店舗がオープンする日には朝が明けきらぬうちに目が覚めてしまい、どうしていいのかわからくなってしまったので、自分で着れるワンピースに着替え庭を散歩することにした。
歩いているとリオがそっとやって来た。
「お嬢様、おはようございます。眠れませんでしたか?」
「おはようリオ、そうなの興奮しているのかしら。落ち着かないといけないのに」
「後で気持ちが落ち着くハーブティーをお持ちします」
「ありがとう。昨日も見て確認をしたのにドキドキするのよ」
「お嬢様の夢が叶う日ですから今日くらい思うように過ごされればいいと思います」
「そうよね、みんなに協力してもらってありがたいと思っているの。リオにも感謝しているのよ、時計屋さんを紹介してくれて、そこからのハンスさんでしょ、いいきっかけを作ってくれてありがとう」
「お嬢様に拾って頂いたことがすべての始まりです。そんな大したことはしていません」
「リオが優秀だから目をつけたの。どちらにも良い結果が出て良かったわ」
「ありがとうございます。そろそろお部屋に戻りましょう、旦那様達が朝食を楽しみにしていらっしゃいましたよ」
オープンの前日から準備はしてある。侯爵家の騎士に泊まりを頼んでおいた。
ロハンが泊まってもいいと言ったが、
「お兄様が屋敷にいらっしゃらないなんて嫌です」とごねたので「そうか?」といつものごとく甘々な顔で納得した兄だった。
オープンはすっかり綺麗になった店舗を祝福するように、花壇が作られ色々な花の寄せ植えが店を彩っていた。
中にも大きな花のオブジェが飾られ開店を祝っていた。
一番に目を引いたのがやはりショーケースの中のアクセサリーの数々だった。小さくてかわいいのだが、それぞれが個性を主張している。
ショーケースを横並びにして時計コーナーも作った。
女性用の小さめの物と男性用のサイズを作ったのだ。
宝石の付いた時計は父が配っていたこともあり、なかなかの反響があったので自信はあった。でもそれがどこまで受け入れられるのかはこれからだと思うミルフィアだった。
初日の販売は好調だった。若い貴族の令嬢や侍女、裕福そうな庶民の若者がほとんどだった。
アクセサリーはスイとメイのメイド二人、顔を出せるときにはミルフィアも入ることにした。時計担当はリオと騎士団から今だけ借りたイクスというあたりの柔らかそうな若者にした。騎士を目指して頑張ってくれているのに、志を曲げさせては申しわけがない、少しの間だけだとイクスに言い訳をした。前日に宿直を頼んだ騎士だった。
イクスは
「お嬢様のお役に立てて幸せですよ」
と言ってくれたが、何処かの商人の次男あたりを引き抜きたいと思っている。
アーサー様がお客として来て下さった。
「いらっしゃいませ。アーサー様。おいで頂けて感激ですわ」
「君の大切な日に来ないなんてありえない。これは僕からのお祝いだ」
と大きな花束を差し出した。
「素敵なお花をありがとうございます。どうぞゆっくりご覧くださいませ」
アーサー様が入って来たとたん、店の雰囲気がざわざわとし始め
クリンガム公爵令息様よ、どうしましょう、こんなに近くでお見かけできるなんて光栄すぎますわ。
という声が大半を占めるようになってしまったので、急いで応接室に案内することになった。
応接室は一階の奥に商談のためのスペースとして作っていたものだった。
花束をリオに渡し、花瓶に飾ってもらいお茶を頼んだ。
「大騒ぎになり申し訳ございません、こちらに何点かお持ちいたしましょうか?あっアーサー様ならこんなところでなくてもいいですわよね。失礼いたしました」
「そんな事はないよ、ロハンがしていた時計が見たいんだ。ちょっと見せてと言ったら、ミルフィアが考えた物なので駄目だと言われてね、オープンしたら買ってやると思っていたんだよ」
その光景が目に浮かび笑ってしまいそうになるのを我慢した。
「兄が失礼なことばかり申しましてお許し下さい」
「いいんだ、そんな事を言って遊べるのはロハンしかいないからね」
「お嬢様、お茶といくつか品物を持ってまいりました」
気が利くリオが入ってきた。アーサー様は懐中時計の中で一つを選び買ってくれた。自分用にするそうだ。
「忙しそうだから今日は失礼するね。また学院で会おう」
と爽やかに帰って行ったのだった。
目の回るような二週間が過ぎ(ミルフィアが顔を出せたのは学院が休みのときだけなので、従業員が忙しかった)ようやく平常運転になったという報告をリオから受けた。
その間は侯爵家から昼食の差し入れが毎日あり、助かったと言っていたので、これからも毎日届けさせるわ、と言うとお弁当を持っていきますとメイドから返事があった。確かに効率的だ。
一月後、売上の集計が出た。かなりの利益があったので頑張ってくれた四人にボーナスを出した。
ますますやる気が出ますと嬉しそうに言ってくれたので満足だ。
アーサー様は兄と一緒にランチタイムに顔を見せるようになった。騒がれてはいけないので公爵家用の特別室に案内された。
王家用もあるらしい。侯爵家も作ろうと思えば作れるよとお兄様に言われて驚いてしまった。
私達が在籍している三年間だけでも作るかと言われ思わず考えてしまったわたくしは悪くないと思いたい。お兄様ったら悪魔の囁きだわ。そうすれば遠慮なくくつろげるんですもの。嫌な人に邪魔もされない。わたくしは大きく頷いていた。
「ここも忘れないでくれる?」
アーサー様がそう言って微笑んだ。三人の時はどちらにするかその都度決め、兄妹だけのときは侯爵家用にすることが決まった。
アーサー様とお兄様とのランチタイムはとても楽しかった。お二人のやり取りを見ているだけで笑いがこみ上げてくる。
わたくしはある日気がついた。こんなに素敵なアーサー様の婚約者って一体誰なのだろう?うっかりもいいところだ。その方にとても失礼なことをしていたのではないかと今更ながらに思いを馳せたのだ。
お兄様のところへ急いで行きその事をお尋ねした。お兄様は
「アーサーに婚約者はいないよ。女嫌いなんだ。小さな時から襲われかけたことが何度もあるそうだ。地位とあの顔だからね」
「それはお気の毒ですわね。お兄様もかなりおモテになるでしょう?」
「それは否定しないけど、僕の周りには襲ってくるなんて命知らずがいなかっただけなんだ」
「それはどういう事なのでしょう」
「ミルフィアは知らなくていいよ」
兄の笑顔に聞いてはいけないと察した良い子のミルフィアだった。
「アーサー様に婚約者がいらっしゃらなくて良かったですわ」
ロハンの目が少し上がった気がした。
「それはどういう意味?」
「だってお兄様、婚約者様がいらっしゃるのに平気でランチをご一緒していたとなると大変なことですもの。いくら三人だといってもご気分を悪くされるに違いないわと今頃気が付きましたの」
「それで焦って僕のところへ来たんだね。この兄がそんな失態を犯すと思ったの?」
「落ち着いたらそんな事はないと思いますけど、焦ってしまいました。ごめんなさい」
「やっぱりミルフィアは、良い子だ」
一瞬アーサーを慕っているのかと疑ったロハンは胸を撫で下ろしたが、アーサーは公爵家の次男だ。つまりスペアとして存在していないといけない存在。伯爵くらいにして側に置くのだろう。アーサーと婚約すればサライの線は消える。いい考えなのではないかとロハンは思いを巡らせた。
誤字脱字報告ありがとうございます。感謝しております。
恋愛場面はもう少しかかります。お付き合い下さると嬉しいです。