望まぬ出会い
読んでいただきありがとうございます。お楽しみいただけたらと思います。
ミルフィアが一人で廊下を歩いている時、一人の女子生徒が重い本を運んでいるのに出くわした。よく前が見えていないらしくゆっくりと進んで来る。
危ないと思ったミルフィアは端に避けた。それなのに横を通ったと思った瞬間、本が崩れ落ちたのだ。一冊が足に当たり思わずしゃがみこんでしまった。周りにいた生徒が駆けつけ、一人の男子生徒が失礼します、と言いながら横抱きにしてミルフィアを医務室に運んでくれた。
医務室の医者は直ぐに診てくれ、打ち身だろうと診断をし湿布を貼ってくれた。ミルフィアが運んでくれた男子学生にお礼を言おうと顔を上げると、サライが心配そうに立っていたのだった。
どうして貴方なのかしら、神様別の人でお願いしますと心の中で文句を言った。
「助けて頂きありがとうございます。このお礼は後ほどさせて頂きます」
「当たり前の事をしたまでです。お礼なんていりません。僕のことを覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「はい、サライ様ですわよね。昔は失礼をいたしました」
「お気になさらないで下さい、僕が子供だったせいですので」
話をしているとロハンが大慌てで駆けつけてきた。
「ミルフィア、大丈夫?こんな足になって、今日はもう屋敷に帰ろう」
「お兄様、サライ様がここまで連れてきてくださったの。たまたま近くにいらっしゃったみたい」
「そうだったのか、ありがとう。妹がお世話になった。このお礼は必ずさせていただくよ。じゃあ帰ろうか?」
「打ち身なので大丈夫かと思いますが、痛くて靴が履けませんのでお兄様の言う通りにしますわ」
「そうだぞ、さあ抱っこするからね、しっかり首に掴まって」
「では先生、サライ様ごきげんよう」
久しぶりに妹を抱き上げたロハンは危なげなく馬車まで歩いて行った。途中で本を倒した女子生徒を許さないと言っていたので
「お兄様、わざとではないと思いますので注意だけでお願いします。何という方なのかも知りませんし」
「ミランダ子爵令嬢というそうだ。子爵家の庶子らしい。全く礼儀がなってないよ。直ぐに謝りにも来ない」
ミルフィアはこの恐ろしい偶然に戰慄を覚えた。
「震えているじゃないか、熱が出るかもしれない」
「お兄様詳しいことは馬車の中でお話しします」
もしも口の動きでも見られていたら大変なのでそう言うことしか出来なかった。
「なるほどわかった。大丈夫だ。絶対に守ってやるから心配するな」
兄の言葉に安心してふうっと息を吐いたのだった。
「そういえばダリアはどうして側にいなかった?」
「ちょうど先生に呼ばれていたのです」
「ちょうどね」
何か考えているようなロハンだった。
慌てて後を追って帰って来たダリアが「お嬢様をお守りできず申しわけありませんでした」と青い顔をして謝ってきたので、「いない時に起きたことだから気にしないで」と優しく声をかけた。
足の腫れは数日経ってようやく引いてきた。その間にサライがお見舞いに来たいと言ったそうだが、断ってくれたと聞き安心した。
ミランダ子爵令嬢からもお詫びの手紙と花が届けられたようだったが、ロハンが処分したようだ。
兄が
「ミルフィアは何も心配しなくていいんだよ」
と言って笑ってくれたので心が穏やかになった。お兄様の一言は何よりの薬だ。
休んでいる間に最初のネックレスができたようで部屋までリオが届けてくれた。
繊細なチェーンの先に金で作られた細工がしてあり中にピンクダイヤが何面も削られてキラキラと輝いていた。ダイヤモンドの小粒が自分を主張するように輝いていた。
「まあ、素敵。リオはどう思う?」
「私は男ですので素敵かどうかはわかりませんが、綺麗だと思います」
「綺麗よね、ハンスさんは帰ったの?」
「いえ、お嬢様の感想をお聞きしたいと言っていたのでまだいると思います」
「お会いできないけど、気に入りました、素敵ですのでこのまま他の作品も作ってくださいとお伝えして。それからお兄様にもお見せしたいので、学院から帰られたら来ていただくようにお願いしてくれるかしら」
「かしこまりました」
暫くしてお茶を持ってきたリオとロハンが一緒に部屋に入ってきた。
「アクセサリーの第一号が出来たらしいね。見せてくれる?」
「こちらですわ、いかがでしょう?年頃の男性が恋人に贈ったりできますか?」
「いいと思うよ、手軽な感じで買える値段設定にするんだろう?」
「そのつもりです。後はたくさん作って頂いて、お店を出す場所を確保しないといけないのですが。それに帳簿をつけないといけませんし、販売してくれる人も必要です」
「店舗は目をつけているところがあるんだ。帳簿は簡単だから教えるよ。販売の女の子は孤児院から来た子がいただろう?メイド長が仕込んでいたから使えるようになっているだろう。まとめ役はベテランのメイドがいいかもしれない」
「お兄様、素敵ですわ。何でもあっという間に片付きそうな気がしてきました」
「気に病むことはないよ、名前だけの代表だけど頼ってくれていいんだから」
「お兄様はとても頼りになります。名前だけの代表になってくださいと言ったのを、怒ってらっしゃっらなかったのですか?」
「怒ってなんかいないよ。いずれこの家は僕が継ぐじゃないか。ミルフィアには何か持っていて欲しいんだ、たとえ何処かに嫁ぐにしても自分の財産は大事だから」
「ありがとうございます、嬉しいです」
「ミルフィアの幸せが僕の幸せだからね」
安定の兄の返しに笑顔が溢れるミルフィアだった。
足が治って外に出かけられるようになると。早速店舗をロハンとともに見に行った。大通りにあるのだがよく見ないと見落としてしまうような外観の、少し古い建物だった。
「ここを改装するんだよ、どうかな?」
「外は色を塗り替えるだけでかなり良くなりますわね。中に入ってみてもいいのですか?」
「いいよ、気に入ったら買い取る約束になっている」
「わたくしのお金でも買えそうですか?」
「父上が買いたがっていた。この頃甘やかしてないからと言っておられた」
「まあ、お父様ったら仕方がない方ですね」
「そうだぞ、家は皆でお前を甘やかしたいんだ」
「性格の悪い娘になりますよ」
「それはないな、人のことを思いやれる子が悪い方へ行くはずがない」
「それだけ信用されれば歪まないですわ」
「さあどうぞ入ってごらん」
中はがらんとして壁も薄汚れた感じだった。後ろの方に小さなキッチンが付いていた。二階が事務所で三階が居住用と言ったところだろうか。
「お兄様、居住用の三階に二部屋欲しいですわ。二階にも一部屋欲しいです。小さいとはいえ宝石を扱っていくので用心棒を兼ねた宿直がいた方がいいと思いますの」
「それはそうだな。交代で信用の出来る者に泊まってもらえば安心だ」
「外壁は高級感のある深いグリーン系がいいです、内側はクリーム色で、中のリフォームは玄関入ってすぐがショーケースで棚があった方がいいかもしれません。お客様の目に届くように。今度雑貨屋さんに連れて行って下さい、参考に出来ることがあるかもしれません」
「落ち着いて、ミルフィア。すぐにでも連れて行ってあげるけど。珍しいね、興奮して」
「ごめんなさい、はしたなかったです。ずっと考えていたことが実現しそうで嬉しくて」
「いいんだよ、気持ちはわかるから。小さな時から遊びもせず勉強ばかりだったから仕方がないよ」
「自分が望んだことでしたので後悔はしていないのです。でもこれが大きな玩具なら慎重にやります」
「大丈夫だよ、モーガン家がついている。必ず成功するさ」
兄の笑顔に救われたミルフィアだった。
誤字報告ありがとうございます。大変助かっています。引き続きお楽しみいただけたらと思っています。