不安と前進
お読みくださりありがとうございます。
この回もお楽しみいただけたらと思います。ひまつぶしになると嬉しいです。
ミルフィアはもちろん、この話を断って貰うことにした。理由は小説の未来に近くなっているからである。とても怖い。
小説の通りではないが、見合いをしてしまった。
向こうが望んだ形とはいえこのまま進めて、冤罪で婚約破棄されればバッドエンドまっしぐらな気がしてきた。
悪い噂だけで令嬢など立場が危うくなる。そんな危険は冒したくない。ミルフィアは穏やかな生活を何より望んでいた。
それなのに何を考えているのか、サライから手紙と花束が届いた。
この間のお礼と、婚約はできなかったけれど手紙のやり取りをさせて頂きたいという内容だった。
ミルフィアは困ってしまい母に相談した。
「一度はお返事を書かないといけないけれど、きちんと困りますと書いておけば大丈夫じゃないかしら」
「そうします、お母様」
ため息をつきながら母のそばから離れた。母に言われた通りに返事を書いて送った。
前世のことはぼんやりとしか思い出せなくなってきている。五歳のときに思い出したことが全てだった。自分が死んだから転生したのか、子供だったのか大人だったのかさえわからない。
あのノートが前世に繋がる全てだった。
小説の中のミルフィアは悪役令嬢と呼ばれ、嘲られてどんな気持ちで人生を送ったのだろう。初恋の人に裏切られ否定されて、傷ついた心を癒やすために最後は修道院で暮らしたはずだ。
私はそんなことにはならない、この世界を楽しんでみせる。
改めて自分に誓った。
貴族の務めとしての孤児院への訪問も自分ひとりで行けるようになっていた。もちろん侍女と護衛が一緒だ。初めて母親と訪問したときにはお土産のクッキーを随分喜んでもらい嬉しかった。
一緒に座って本を読んであげるととても喜ばれたので、次の訪問には自分たちの読まなくなった本を持って行った。
使われない木の板を小さく切ってもらい、端っこを危なくないようにしてもらって字を書きそれを繋げて単語にして覚えるということをした。
これは父に頼んだのでモーガン家の開発だということにした。お金が他領から入るようになり、それを孤児院に回すことになった。
識字率が上がってきたモーガン領はきちんとした仕事に就ける人が増え、浮浪者がいなくなった。清潔な領地になり人が増えた。
侯爵はこの結果を重く考え無料の学校を庶民のために作ることにした。
孤児院に行った時に物覚えが凄くいい八歳の男の子リオをミルフィアはスカウトした。
屋敷に連れて帰り身なりを整えたら侍従見習いとして自分の側に置くつもりだった。リオは服装を替えると貴族かと思うような整った顔立ちの綺麗な少年だった。
教育のしがいのありそうな女の子も二人連れて帰った。いずれメイドとしてミルフィアに仕えて貰うつもりでいた。メイド長に言って教育をしてもらうことになった。
リオは思った通り呑み込みが早く、見様見真似でも侍従としてやっていけることがわかった。
護衛としても役に立つようにモーガン家の騎士団に訓練を頼んだ。
団長はいつまで付いて来られるかだと笑っていたが、リオは根性で食らいついていた。見つけてもらった恩を返すのにちょうどいいと思ったらしい。
ミルフィアは十三歳になっていた。いよいよ貴族学院に入学する年になった。これから三年間通学する。ここを乗り切れば物語は終わりを告げミルフィアは解放される。そう思うと力が入った。
制服は上着が白でジャケットタイプ、襟に紺色のラインが入っている。下に着るシャツは水色でネクタイかリボンは好みになっていた。女子生徒は紺色のプリーツスカートで男子はパンツが指定されていた。
三歳上の兄は貴族学院の高等科に在籍している。未だにシスコンを発揮しており、妹が一番は変わっていない。
今朝も一緒に登校しようと待ち構えていた。
「お兄様が一緒だと心強いですわ」
「ミルフィアは今日も可愛いね。制服とても似合っているよ」
と蕩けた顔で言うので
「お兄様も格好いいです」
と褒め返しておいた。事実なのだからどうしようもない。
お兄様は次期侯爵で容姿端麗、釣り書は降るほど届いている。学院でも人気は凄いと思う。
何かあればお兄様に言えば何とかしてくださる、自分でも跳ね返せるとは思うけど。
身分の高い方といえば公爵家か王家だ。確か公爵家の方が在籍しておられたはずだ。お兄様より学年が二つ上だったはず、御令息だったと思う。お顔は小さい時に連れて行かれたお茶会で遠くでお見かけした程度だから覚えていない。
いずれデビュタントで社交界に顔見せが終われば、何処かで知ることもあるかもしれないけれど、今は関係が無い。
友人関係には気をつけなくてはいけない、誰が本当の友達なのか見極めないと。これは良く考えて決めないと後々大変なことになる。多分相性のいい方がいると思いたい。
侯爵令嬢であるミルフィアの知らないお友達が勝手に動いて、ターゲットを虐めたりするかもしれない。頼んでもいないのに。
これは想定内だったのでクラスにメイドのダリアを生徒として連れてきている。ダリアはメイド長の娘で十五歳だが年齢を偽って同じクラスに入ってもらった。小さな時から教育を受けているのでどうにか授業についていけている。ミルフィアが心を許せる相手だった。
小説の中でサライの相手はミランダという子爵令嬢だった。
勝手にやって下さいという感じだわ、巻き込まれたくはない。
近づかないでおこう。
入学式が終わり、クラス割が掲示板に貼り出された。ミルフィアはAクラス、成績順にA B C Dである。
クラスに入ると若い穏やかそうな教師が
「今日から君たちの担任のロイズという。宜しく。では皆自己紹介をしてくれ」
と言って生徒の顔を見回した。
生徒の殆どが伯爵家以上の高位貴族だった。落ちついた感じのクラスだとミルフィアは思った。
ダリアは子爵家の令嬢なので在籍していても問題はない。裏でお父様が力を使ったみたい。メイド長の代で家が傾き遠縁の我が家で働き始めたのだ。多分そういう理由で令息や令嬢に付いてきている者がいると推測している。
学校の説明が終わる頃にお兄様が迎えに来て一緒に帰ることになった。ダリアも一緒だ。
お兄様付きの侍従は先に帰ったらしい。
馬車の中で
「疲れただろう、帰ったらお茶にしよう」
「そうですわね、お兄様とのお茶楽しみです。この頃お忙しくしておられてお食事もご一緒できていませんので、寂しかったですわ」
「領地経営で勉強しないといけないことがあってね。でもこれからはミルフィアのために時間を使うよ」
「無理はしないで下さいませ、心配になりますわ」
「大丈夫だよ、ミルフィアとの時間のために頑張っていたのだから」
制服を着替えてから場所を変えサロンに移り、ゆっくりお茶を楽しむことにした。
「そうだ、ミルフィア過去の授業の大事なところとか試験に出た問題を残してあるんだ、いるかい?頭が良いから必要ないかもしれないと思ったんだけど一応ね」
「もちろん頂きたいです。お兄様がわたくしのためにとっておいてくださった物ですもの、とても嬉しいです。ダリアにも見せていいですか?」
「良いよ、同じクラスをキープしてもらわないとね」
「ありがとうございます。お兄様大好き」
「相変わらずの可愛さだね。お嫁になんていかずにずっと屋敷にいて欲しい」
でれでれとした顔でロハンが言った。
「それはできませんわ、お兄様の縁談の邪魔になりますもの。小姑のいるところに嫁いで来る方などいらっしゃいませんでしょう」
「ミルフィアのことを邪魔にするような女性とは結婚しないよ」
拗ねたように兄が言うので可笑しくなってしまった。この兄は頼りになるのに可愛いところがある。絶対に幸せになって頂かねばと思うのだった。
「わたくしやりたいことがありますの」
「資産を増やすことかい?今でも沢山になっただろう?」
「いくらあっても困ることはありませんわ。ないとは思いますけど我が家がピンチに陥ることも考えておかなくてはいけないと思いますの」
「それは予知夢で見たのかい?」
「そうではありませんけど、家族には笑顔で暮らしてもらいたいと思っているのです」
「それはそうだね、でもミルフィアの資産を当てにするつもりはないよ」
「わたくしの目を使って商会を作りましょう。お兄様が代表になってくださいませ。まずは絵画ではどうでしょうか?幸い画商の方が出入りしておられるでしょう、新人の方の絵をいくつか買って売ってみるのです。商会を作るには大人の力が必要なので専門の方はお父様に紹介して頂きましょう」
「相変わらず発想が凄いよ、尊敬する。ミルフィアは天才だよ」
「それが成功したらわたくしは小さな宝石の欠片を使ったアクセサリーを作りたいと思っております。
普段使いにしていただくのが狙いです。女性は可愛いものが好きですから。貴族から富裕層の庶民の方に買っていただけるのではないかと思っていますの。もちろん代表はお兄様です。わたくしでは子供すぎますので」
「ますます凄いな、妹は。お父様に相談しなくてはいけないね」
誤字脱字報告ありがとうございます。大変助かっています。感謝しかありません明日も投稿します。読んでやって下さると嬉しいです。