あの夏をくれた貴方に贈る
そんなものはない
夏の日。入道雲が夏の空を彩る。私は変わってしまったけど、あの頃の私が好きだった夏は、今でも変わらない。
病室の窓から眺める空模様。耐えず変わり続ける空に、私が退屈することはなかった。
もう半年もすれば、私も雲と同じところに行けるのだろうか。
生きる事が嫌いな訳じゃない。ただ死にたい訳でもない。
あの頃の私なら流れゆく雲をどこまでも、どこまでも追って行っただろう。
人生を諦めて、大人になったふりをして、ただ雲を眺めている。
そんなつまらない筈の人生の最後に、あなたは光をくれた。
19の夏。私は病気にかかった。それは、どんなに手を尽くそうと、治ることはない。
いつか死ぬだろうと思っていた私だったが、こんなにすぐだとは思わなかった。
悲しいなんて感情は、私にはなく、ただ苛立ちと絶望だけが私を襲った。
「なんで私が?世の中にはもっと腐った連中がいるのに、なぜ普通に生きている私がこんな目に合わなきゃならない?」
数日経ち、苛立ちが諦めに変わった。
無理やり大人にされた様な私は病室の窓から空を眺めていた。
ある日、病室の窓を天使が叩いた。
「あの夏に戻ろう」
自分は今、死んだのだろうか。
目の前にいる天使は私を迎えに来たのだろうか。
考えが錯綜し、どうしようとただ考えるだけの頭に相反し、ひとりでに口が動いた。
「連れて行ってくれ」
それは私の本心なのか、それとも反射的に出た言葉なのか、私にはわからない。
人生を諦めたフリをしていた私も、まだ終わるのが嫌で、心のどこかで願っていたのかもしれない。
突然現れた天使は、私の手を引き、病室の窓から連れ出してくれた。
その天使の手は、暖かくて、包み込んでくれるようで、私の心を落ち着かせてくれた。
夏の空を駆ける2人。邪魔するものがどこにいるだろうか。
いつの間にか私は、子供の頃幼馴染の女の子と遊んでいた神社に着いていた。
そこには、小さな私がいた。
でも小さな私には、今の私は見えていなかった。
私は今あの頃の夏にいる。
見えないのは当たり前か。私が失ったあの夏を天使が最後に与えてくれたのだろうか。
私は空へ登った。天使は私を連れて行ってくれたのだ。
苦しむ事はなく、ただ眠るように私は
そんなものはない