第6話 憎悪と野望
「ほうほう、そのような動きがそちらで……」
豪華な執務室の様な部屋で、一人の老人が呟いていた。
「左様でございます。一度、ご老公様のお耳に入れておいた方が良いかと思いまして……」
TV電話の向こう側で、スーツを着た中年の男性が、汗を拭きながら答えていた。
「それで欧州ギルドに依頼してみたところ、好印象を得たと……」
ごもっともで……と言わんばかりに、モニター越しに頭を下げている。
「その結果、『欧州魔術師ギルド現委員長』ノルド・リーフガルド=各務が来日される訳ですか」
冷静を保っているように見える……が、口調からは、怒りが見え隠れしている。
「はい。何やら、日本支部設立にあたって、関連省庁との会談をすると聞いております」
資料を見ながら、男性が話を続けた。
「お手元に届いております、資料をご覧ください」
老人は、黙って資料に目を通した。
会見するのは、警視庁長官、国家公安委員会、宮内庁長官、内閣府、各大臣……中々の会見内容だ。
あの老人に、ここまで体力があるのかと思うと嫉妬さえ覚える。
「ほう……欧州ギルドの連中が国内で魔法を使用する事も、私たちと同じ扱いとする訳ですね……」
制約なしで行動されると、支障になりかねない。
全く、今の政府は何を考えているのだろうか……
「それを中止にする事は……」
思わず、本音が出てしまった。
「もう難しいと思われます。政府内の臨時委員会で決定したところで……」
そうだろうな……と、老人は思った。
こちらから呼んでおいて、ドタキャンは国家の威信にかかわってしまう。
それに、ここで何らかの妨害をしても無意味だろう……なにせ、相手は大魔術師。
小手先の妨害なら、いとも簡単に解決してしまうだろう。
こちらには何の得にもならない……むしろ、政府が余計に頼りかねない。
「なら、大橋君に言いなさい」
老人の声に、力符が入る。
「出来るだけ、今回の交渉内容を骨抜きにする事……いいですね」
モニター越しの男性が深々と一礼をすると、モニター画面が消えた。
ふぅ……
老人がため息をついた。
確か、委員会の議長は、大橋衆議院議員だったか……
以前なら、国内で起こる“穢れ”によるトラブルは、我々に依頼してきたはずだ。
そんな彼が何故、欧州なぞに頼ろうとするのか。
欧州だけではない。
最近は台湾系の華僑の動きが活発化している。
彼らも、仕事においては面倒な相手である。
日本で起こった、今までにない大問題……成田に降り注いだ12年前の“丙清の大災禍”。
この儂も一員として参加していた。
当時は、日本国内でも有数の異能者として実力には自信があった。
数々の穢れや瘴気を払いつつ、鍛錬も怠ることは無かった。
日本政府が認めなくとも、儂らの働きは、きっと誰かの為になるはずだ……
そう信じ、最初は国内の異能者達の奮闘で、初戦は対等に戦う事が出来た。
しかし、ある時を境に、今までの戦闘が嘘のように苦戦する場面が増えていった。
下級魔族と侮っていた魔族に、味方が押され始めたのだ。
そこに欧州魔術師ギルドの魔術師達が参戦してきた。
自分達が苦戦していた魔物に対して、次々と勝利を収めていく彼等。
時間が経つにつれて、魔術師達の疲労感が増していき、回復術師の術が追い付かなくなっていった。
どうやら、魔族も強大化してるとの事……
「自分達も魔族に戦える戦力であるっ!」
……儂も、たまらずそう訴えた。
が、その返答は無残にも後方支援。
任されたのは欧州組が取りこぼした小物ばかり。
主な主戦は、相変わらず欧州組の魔術師ばかりが戦っておった。
「ここは日本……なのにっ!」
儂は憎しみを込めて、先方で戦っている欧州組を見つめていた。
そんな彼は知る由がなかった。
前線では半数以上の魔術師が力尽き、そして、「黒い扉」に飲み込まれ行く者が居る事を……
魔族たちも、先兵から中将魔族、そして、大魔族……魔神が出現している事実を。
日本の異能者が前線に出ても、何の役にも立たないだろう。
むしろ、もっと膨大な数の死者数になってたかもしれない。
だが、そんな事実も彼の前では、何の答えの理由にもならなかった。
もしかすると、憎悪が魔族たちに味方してたかもしれない。
そこまで、憎悪で真実が見えてないのである……それは、今でも変わらない。
老人がふぅ……と、ため息をつくと、そばにあった水を一杯、飲み干した。
丙清の大災禍後、儂らに来た仕事は、ライバル会社の妨害や極秘資料の入手と言った魔族とは関係のない仕事ばかりだった。
高確率で成功するとの噂がたつと、異能者の所には、裏稼業的な依頼が続々と舞い込んでくる。
暗殺や選挙妨害、もみ消したい事件の後始末、ライバル会社の妨害や極秘資料の入手、データ破壊……
あまりにも多種多様すぎて、説明が追い付かないくらいだ。
異能者が術を行使する行為は、法律が追いつかない状態で無法状態なのだ。
なにせ、証拠が残らない。
奇跡的に誰が行ったかが判っても、誰もその行為を証明できない。
そのせいか、異能者の囲い込みは宗教団体だけではなく、暴力団や富豪、色々な行為を商いとする企業まで様々である。
某国では、国家ぐるみで異能者達による仮想通貨の強奪が行われているという噂があるくらいだ。
こんなに美味しい職業が他にあるだろうか……
今となっては、このような仕事が大部分を占めている。
穢れなどは依頼があるが……魔族関係となると、華僑の奴らが依頼を奪ってしまうのだ。
まるで、儂らより力が強いと誇示しているかのように。
それなのに、欧州魔術師ギルド如きに管理されるのは、不本意を通り超えて怒りと憎悪しか浮かばない。
外様に邪魔されるくらいなら、排除した方がいいだろう。
それには、もっと多くの異能者を集めなければいけない。
巷では、異能者を殺害するために異能者を雇い入れている情報も入って来る。
確かに、ここ数週間の仕事で、帰って来ない異能者もちらほらと出てくるようになった。
捜査結果では、無残に惨殺されて発見されるパターンが多い。
勧誘職員も増員して、異能者としての潜在能力がある人を集めなければ……
しかし「あの計画」がもうすぐ動き出す。
今は急ぐ時ではない……
ノックをすると、男子職員が入ってきた。
老人に対して一礼をすると、何やらレポート結果の様な書類を手渡した。
どうやら人物リストみたいだ。
30名程の名前と顔写真、プロフィールが記載されている。
これが軌道に乗れば、数年後には全国で展開出来、いかにギルドでも手は出せないだろう。
全ては、これからだ……
『第一期 術者養成課程入学候補者リスト』
全ての希望と野望が……今、始まる。
この作品は、基本的に火曜、金曜にアップしていきます。よろしくお願いします♪
次回は、8月30日0時にアップ予定です。
乞うご期待ください




