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白と黒の狭間で ~現冥境奇譚~  作者: 白杉裕樹
第一章
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第5話 よろしくねっ!

「……ん、悠斗君たち……?」




 鮎美が心配になって、屋上へ続く階段を上っていると、上から悠斗達が、切り傷だらけで止血もせずに階段を駆け下りている。

「やべぇよ、あいつ」

「なんだ、あの化け物……あんな奴が居るなんて!」

 口々に恐怖心を吐き出していた。

 逃げたい一心からか、鮎美とすれ違ったことさえ気が付かない。


「ん~?」

 鮎美が悠斗達が話している内容が判らないままに、人差し指を口元に当てて、少し考え込んでいる。

 けど、今は藤塚君の方が心配だ……


『何事もなければいいけど……』

 彼女の心配は、彼の姿を見て、安堵に変わっていった。



 金属バット、バール、鉄の棒……


 終の周囲に、色々な物が転がっている。

 どうやら、彼自身には怪我はないようだ。


「藤塚君……大丈夫?」

 鮎美の声に答えるかの様に、静かな声で答えた。

「ああ、各務さんか……心配してくれたの?」

 ホッとした……鮎美は、終の無事な姿を見て、ホッと安堵の笑みを浮かべた。

「だって、ビックリしたよ?」


 終が悠斗達と屋上へと向かう姿を、対面の棟のガラス越しに見ていたのだ。

「悠斗君達が呼び出した時も、藤塚君、怖い顔をしてたから……」


 僕は、そんなに怖い顔をしていたのか。

 いつから、そんなに怖い顔をしていたのだろうか。


 確かに、彼ら……悠斗達の行動には、怒りを覚えるものだ。

「黒い霧のようなモノ……”穢れ”が、彼らを包み込んでいたからね」

 自分の欲望に忠実で、他の人の迷惑など何も考えていない。

 だから“穢れ”に取り込まれたのだろう。


「黒い霧……?穢れ……?私には、全然見えなかったけど……」

 鮎美はキョトンとしながら、一生懸命に理解しようと頑張っている。


 そういえば……もしかして……

 ふんふん、なるほど……


 声にならない声で、鮎美がぶつぶつ言っている。

「もしかして藤塚君って、お兄ちゃんみたいに、見えない物が見えちゃうのかな~」

 理解したようなしてないような……

 そういえば、時々、黒い霧がどうのこうの話をしていたような気がする。

 隣の空き店舗に“黒い霧”が見えたからと言って、お兄ちゃんが封印の術を行使していたのを思い出した。


「各務さんの……お兄さんが?」

 ビックリした。

 まさか、こんなそばに、同じ異能者が居るなんて思わなかったからだ。


「うんうん、お兄ちゃんは異能者……魔術師だからね」

 魔術師……異能者よりも、上のクラスだろうか。

 国内では初めて聞くが……


 しかし、異能者だと色々と不具合とか起きないのだろうか。

「隠したりしてないんだ……」

 ポロリと出てしまった。

 自分は、出来れば隠したいと思う方だ……

「そうだよっ!隠したって仕方ないもん」

 鮎美が思い切り、その言葉を否定した。

「隠すことは、みんなの事を拒否するみたいで嫌なんだもんっ!」

 今度は怒った表情……各務さんは、表情が豊かなんだ。

 しかも、裏表がないから素直に表現できるんだろうな。


「もう、この世にはいないけど……」

 少し寂しそうな雰囲気をしながら空を見上げた。

「私のお父さんやお母さんも、魔術師だったの」


 泣きそうになる気分を、元気に笑う事で吹き飛ばしている。

「それに、お祖母ちゃんも……私の家族はみんな異能者なの」

 テヘっと、軽く舌を出した。

「あ、私とお祖父ちゃんだけ違うけどね」


「各務さんは……強いね」

 終はそう思った。

 自分は、内に籠ることで全ての事から逃げようとしていた。


「えへへ……そうかな」

 照れたように頭をかく姿が、あまりにも滑稽だったから、思わす笑ってしまった。

「そこっ!笑う場面じゃないでしょっ!」

 照れ笑いする姿を見て、何故か自分までも気分が楽になっていくような気がした。



「……僕のことは知ってる……んだろ?」

「うん、知ってるよ?」

 彼女は知ってる事全てを話し始めた。


 小学校5年生の時、山口県で壇ノ浦を航行していた遊覧船から転落して……

 4日後に、無事に助け出された事。

 助かった事で、色々と噂が今も立っている事。

 その後は、どこかに隠れていた事……

 鮎美が話したことは、全て報道された内容としては合ってる。

 あの出来事を除いてだが……


「それがどうしたの?」

 鮎美が不思議そうに、終を見つめた。


「どうして、さっきの子達みたいに、出来事を聞き出そうとしなかったの?」

 質問内容にビックリしたようだ。

「えっ?」

 終も不思議そうに、鮎美の顔を見た。

「ん~~っとぉ……」

 鮎美は迷ってしまった……

 あまり深く考えた事がなかったからだ。

 腕を組み、頭を振る仕草をしながら、一生懸命に考えてみた。

「だって……」

 答えは出ない……何故なら、彼女にとって過去に何があっても関係ないからだ。

 ニコッと笑うと、組んだ両手を腰に当てた。


「だって、過去に何があっても、藤塚君でしょ?」

 あまりにも、アバウトすぎる回答すぎて……

 彼女が何を考えているか、全く理解できない。


「あ……あぁ」

 終は意味がわからないといった感じで答えた。


「私が仲良くしたいのは、今の藤塚君でぇ……」

 人差し指を指揮棒みたいに振りながら、鮎美の独り言は続く。

「だから、今までの出来事を……ぜーんぶひっくるめて、藤塚君としようっ……うんっ!」

 困惑中の終などお構いなしに、何やら彼女の中で結論が出たようだ。


「改めてよろしくね!藤塚君!」

 鮎美が右手を差し出した。


 まだ、困惑している。

 差し出された右手を握手することも、拒否することもできない自分。


 怖い……まだ、少しだけ恐怖心がある。

 迷っている最中、鮎美の方を見た。


 時間がどれだけ流れようと、鮎美は差し出した手を戻す事をしなかった。

 彼女の笑顔に、少しだけ耐えている表情が浮かんでいる。


 鮎美を見ている終の表情が少し……ふと緩んだ。



”彼女の笑顔が暖かい”



 恐る恐る右手を差し出そうと……

 その瞬間、獲物を狙った猛禽類のごとく、鮎美がすかさず終の右手を握りしめた。


「えへへ、やっと差し出してくれた。もう待ちくたびれちゃうところだよ~」

 握手した手を、大きく振りかぶっている。


「ふんっ!じゃぁ、これでもう、よそよそしい雰囲気は無しでねっ!」

 もうすべて満足したのだろう。

 鮎美が手を離すと帰宅の途に就くため、屋上の扉まで走っていった。


 扉の前で振り返ると、飛び切りの笑顔で、こちらに向かって手を振っている。

「また明日ね、藤塚君!!」

 そして、元気な声を響かせながら鮎美が家路についた。



 改めて屋上に一人になって……吹く風が、以前とは違って、心地よく感じる。

 始めて明日と言う日が来るのを、嬉しく感じた。




 そして、屋上にいた終の姿が……風にさらわれるかのように、静かに消えていった。

この作品は、基本的に火曜、金曜にアップしていきます。よろしくお願いします♪


次回は、8月26日0時にアップ予定です。


乞うご期待ください

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