第5話 よろしくねっ!
「……ん、悠斗君たち……?」
鮎美が心配になって、屋上へ続く階段を上っていると、上から悠斗達が、切り傷だらけで止血もせずに階段を駆け下りている。
「やべぇよ、あいつ」
「なんだ、あの化け物……あんな奴が居るなんて!」
口々に恐怖心を吐き出していた。
逃げたい一心からか、鮎美とすれ違ったことさえ気が付かない。
「ん~?」
鮎美が悠斗達が話している内容が判らないままに、人差し指を口元に当てて、少し考え込んでいる。
けど、今は藤塚君の方が心配だ……
『何事もなければいいけど……』
彼女の心配は、彼の姿を見て、安堵に変わっていった。
金属バット、バール、鉄の棒……
終の周囲に、色々な物が転がっている。
どうやら、彼自身には怪我はないようだ。
「藤塚君……大丈夫?」
鮎美の声に答えるかの様に、静かな声で答えた。
「ああ、各務さんか……心配してくれたの?」
ホッとした……鮎美は、終の無事な姿を見て、ホッと安堵の笑みを浮かべた。
「だって、ビックリしたよ?」
終が悠斗達と屋上へと向かう姿を、対面の棟のガラス越しに見ていたのだ。
「悠斗君達が呼び出した時も、藤塚君、怖い顔をしてたから……」
僕は、そんなに怖い顔をしていたのか。
いつから、そんなに怖い顔をしていたのだろうか。
確かに、彼ら……悠斗達の行動には、怒りを覚えるものだ。
「黒い霧のようなモノ……”穢れ”が、彼らを包み込んでいたからね」
自分の欲望に忠実で、他の人の迷惑など何も考えていない。
だから“穢れ”に取り込まれたのだろう。
「黒い霧……?穢れ……?私には、全然見えなかったけど……」
鮎美はキョトンとしながら、一生懸命に理解しようと頑張っている。
そういえば……もしかして……
ふんふん、なるほど……
声にならない声で、鮎美がぶつぶつ言っている。
「もしかして藤塚君って、お兄ちゃんみたいに、見えない物が見えちゃうのかな~」
理解したようなしてないような……
そういえば、時々、黒い霧がどうのこうの話をしていたような気がする。
隣の空き店舗に“黒い霧”が見えたからと言って、お兄ちゃんが封印の術を行使していたのを思い出した。
「各務さんの……お兄さんが?」
ビックリした。
まさか、こんなそばに、同じ異能者が居るなんて思わなかったからだ。
「うんうん、お兄ちゃんは異能者……魔術師だからね」
魔術師……異能者よりも、上のクラスだろうか。
国内では初めて聞くが……
しかし、異能者だと色々と不具合とか起きないのだろうか。
「隠したりしてないんだ……」
ポロリと出てしまった。
自分は、出来れば隠したいと思う方だ……
「そうだよっ!隠したって仕方ないもん」
鮎美が思い切り、その言葉を否定した。
「隠すことは、みんなの事を拒否するみたいで嫌なんだもんっ!」
今度は怒った表情……各務さんは、表情が豊かなんだ。
しかも、裏表がないから素直に表現できるんだろうな。
「もう、この世にはいないけど……」
少し寂しそうな雰囲気をしながら空を見上げた。
「私のお父さんやお母さんも、魔術師だったの」
泣きそうになる気分を、元気に笑う事で吹き飛ばしている。
「それに、お祖母ちゃんも……私の家族はみんな異能者なの」
テヘっと、軽く舌を出した。
「あ、私とお祖父ちゃんだけ違うけどね」
「各務さんは……強いね」
終はそう思った。
自分は、内に籠ることで全ての事から逃げようとしていた。
「えへへ……そうかな」
照れたように頭をかく姿が、あまりにも滑稽だったから、思わす笑ってしまった。
「そこっ!笑う場面じゃないでしょっ!」
照れ笑いする姿を見て、何故か自分までも気分が楽になっていくような気がした。
「……僕のことは知ってる……んだろ?」
「うん、知ってるよ?」
彼女は知ってる事全てを話し始めた。
小学校5年生の時、山口県で壇ノ浦を航行していた遊覧船から転落して……
4日後に、無事に助け出された事。
助かった事で、色々と噂が今も立っている事。
その後は、どこかに隠れていた事……
鮎美が話したことは、全て報道された内容としては合ってる。
あの出来事を除いてだが……
「それがどうしたの?」
鮎美が不思議そうに、終を見つめた。
「どうして、さっきの子達みたいに、出来事を聞き出そうとしなかったの?」
質問内容にビックリしたようだ。
「えっ?」
終も不思議そうに、鮎美の顔を見た。
「ん~~っとぉ……」
鮎美は迷ってしまった……
あまり深く考えた事がなかったからだ。
腕を組み、頭を振る仕草をしながら、一生懸命に考えてみた。
「だって……」
答えは出ない……何故なら、彼女にとって過去に何があっても関係ないからだ。
ニコッと笑うと、組んだ両手を腰に当てた。
「だって、過去に何があっても、藤塚君でしょ?」
あまりにも、アバウトすぎる回答すぎて……
彼女が何を考えているか、全く理解できない。
「あ……あぁ」
終は意味がわからないといった感じで答えた。
「私が仲良くしたいのは、今の藤塚君でぇ……」
人差し指を指揮棒みたいに振りながら、鮎美の独り言は続く。
「だから、今までの出来事を……ぜーんぶひっくるめて、藤塚君としようっ……うんっ!」
困惑中の終などお構いなしに、何やら彼女の中で結論が出たようだ。
「改めてよろしくね!藤塚君!」
鮎美が右手を差し出した。
まだ、困惑している。
差し出された右手を握手することも、拒否することもできない自分。
怖い……まだ、少しだけ恐怖心がある。
迷っている最中、鮎美の方を見た。
時間がどれだけ流れようと、鮎美は差し出した手を戻す事をしなかった。
彼女の笑顔に、少しだけ耐えている表情が浮かんでいる。
鮎美を見ている終の表情が少し……ふと緩んだ。
”彼女の笑顔が暖かい”
恐る恐る右手を差し出そうと……
その瞬間、獲物を狙った猛禽類のごとく、鮎美がすかさず終の右手を握りしめた。
「えへへ、やっと差し出してくれた。もう待ちくたびれちゃうところだよ~」
握手した手を、大きく振りかぶっている。
「ふんっ!じゃぁ、これでもう、よそよそしい雰囲気は無しでねっ!」
もうすべて満足したのだろう。
鮎美が手を離すと帰宅の途に就くため、屋上の扉まで走っていった。
扉の前で振り返ると、飛び切りの笑顔で、こちらに向かって手を振っている。
「また明日ね、藤塚君!!」
そして、元気な声を響かせながら鮎美が家路についた。
改めて屋上に一人になって……吹く風が、以前とは違って、心地よく感じる。
始めて明日と言う日が来るのを、嬉しく感じた。
そして、屋上にいた終の姿が……風にさらわれるかのように、静かに消えていった。
この作品は、基本的に火曜、金曜にアップしていきます。よろしくお願いします♪
次回は、8月26日0時にアップ予定です。
乞うご期待ください




