第2話 今までの自分と、今の自分と……(改〕
『しかし、普通の学校生活を送るなんて、何年振りだろ……』
横で行われているたわいもない会話を聞きながら、新鮮味というより、違和感すら覚えてきそうだ。
自分が教室に居て、こうしてクラスメイトと一緒に次の授業を待つ……
当たり前の行動を、いかに出来ていなかったかが判る。
ふと、今までの事を思い出していた。
遊覧船転落事故から4日後、操業中の漁船に見つかり無事に帰る事が出来た。
死者が出なかった事が喜ばしいはずなのに……
一部の新聞やマスコミの報道で『普通じゃない小学生』と報道された事で……全てが変わった。
最終的に、故郷の施設からここに転校せざるをえなかったのも、SNS等で名前や住所が知れ渡ってしまったから。
“普通じゃない”
子供には、たまらなく好奇心をそそる台詞。
学校ではまるで異能者のような目で見られ、「あれやってみて」「これやってみて」なんて言われたり、無理難題で理解不能な要求もあった。
生活も変わってしまった。
登下校中の施設の子達や出入りしている業者、ここの施設職員にも、色々と質問をしたりして、少しでも情報を得ようとしている。
施設内への、不法侵入者も増えた。
最初こそ、僕を護るために、職員も一生懸命に応対していた。
しかし、施設職員の方も、段々と疲労困憊していき、今回の件について悪口や非難や批判の声(と言っても、SNS内だが)も出始めてきた。
それでも収まることを知らず、まるで見世物小屋に居るはずの珍獣を探すかのように、施設の周囲を徘徊するマスコミや個人撮影者達。
「……君も、ここの子だから……大変、言いにくい事ではあるが……」
施設長が言葉を濁しながら呟いた。
「これ以上……その、君が居ると、他の子の生活にも影響が出てしまう……」
ああ、なるほど。
ここでは、手に負えなくなったんだ。
そう思うと、何だか吹っ切れたような気分になる。
申し訳なさそうに、施設長が言葉をつづけた。
「だから、別な施設に引っ越してもらえないだろうか」
しかし言葉では簡単な事も、いざ、実際の行動に移した場合、そう簡単に見つかれはずもなく……
数日後、みんなが寝静まった夜中、自室から「さらに奥に作られていた“宿泊部屋”」に移った。
幸いに、風呂場(シャワー室)とトイレが室内についてる部屋だった。
僕自身、次が見つかるまでは身を隠し、学校も行かなくなった。
カーテンを閉めきり、一筋の光も入らないような真っ暗で何もない部屋の中で独り……居た。
手元にあるのは、簡単な生活用品、連絡等に使用するタブレット、いつからか持っていた呪符と、事故以来ずっと自分の中にあるモノだけ……
今まで使用していた生活用品や荷物は、引っ越しと称して遠方まで運び廃棄した。
不登校の日々が続き、2回目の桜の季節がやって来ようとしている。
今年は、いよいよ小学校卒業……そして、中学入学。
だが、式に出席はしなかった。
式だけじゃない、そもそも学校に行くどころか、部屋から出たことがない。
食事は、定期的に運ばれてくる配膳。
自分はもう、ここには居ない。
外にいるマスコミや部外者には、そう発表している。
引っ越しを言い渡されてから2年がたち……
学校へ行っていれば、中学校1年の夏になる頃、姫の宮グループが身元引受人となった。
ここしか受け入れ先が無かったと言うのが、本当のところ。
身元引受人となった児童養護施設団体は、徹底した情報管理が行われており、一切の取材や撮影等を禁止していると言う。
それを裏付けるかのように、不思議な現象も起きていた。
「ここなら、見つからないだろう……」
フリー記者が、遠くに見える施設を望遠レンズで撮影しようとした瞬間……
ポンポンと、肩を叩かれたのだ。
いつから監視されていたのだろうか……
人形のような眼をした関係職員が、取材及び入館許可の有無を問いただし始めた。
その職員は、地上で出くわすならいざ知らず、ヘリで上空から取材しようとした取材班の元にもやって来たという。
「撮影許可がなければ、退去をお願いいたします……」
そして、その職員の発する無機質な言葉に誰も逆らえなかった。
「……はい。わかりました……」
抗議しようとしても、職員の命令が絶対であるかのように、その場から立ち去ってしまうのである。
それが繰り返されていくうちに、興味を失ったり、上司から違う取材指示が出て、撮影自体が出来なくなったりした。
そうして、繰り返すうちに日々が過ぎ……
終の居る施設周辺では、記者も個人撮影者達も、その姿を見なくなった。
「さっ……藤塚君。これで君は、安心して学業に戻れるからね……」
机の上には、新しい学校のパンフレットと制服が並んでいる。
その向こうには、白髪でストレートの長髪、白いひげをたくわえ、先に水晶が付いている杖を持ちながら笑顔を浮かべている老人がいた。
「……ありがとうございます」
笑顔の向こうには、何があるのか……終は礼をしながら、そう思った。
「そういえばぁ~、藤塚君って横浜って初めて?」
上半身をグルんと横に向けると、いきなりの質問を鮎美が振ってきた。
「う……うん。一度も、外に出たことがなかったからね」
ぼんやりと外を眺めていたから、急な質問にビックリした。
『確かに、姫の宮の施設に来ても、ほとんど外出してなかったけ……』
外出どころか、部屋から出た回数も片手で事足りてしまう。
施設と学校間は、普段なら送迎バスに乗って移動している。
「そかそか……うんうん、それは人生勿体ない!」
鮎美が何やらうなずいたりしていると
「うんっ!今度、美味しいお店とか案内するから、ついてきてね!」
と言って、ニッコリと微笑んだ。
周りのみんなも、いきなりの発言に頭の中がクエスチョンマークだらけだ。
「だから、みんなで一緒に美味しい物を食べに行こうっ!」
周囲に居たみんなも、ノリで『おーっ!!』と言っている。
呆気に取られた終の肩を、鮎美がうんうんと頷きながらポンポンと叩く。
「またねっ!」
そう言って、またみんなの輪に戻っていった。
呆気に取られながらも、ハッキリと解るのが、他の周囲と違って彼女の周囲には穢れが見えない。
余程、裏表がはっきりしていているのだろう。
ここまで自分に対しても、ハッキリと言ってくる子は居なかった。
彼女の周囲の雰囲気が明るく見える。
ここだけ、何か別の空間を醸し出している感じだ。
「そういえば、午後は何だっけ?」
健君がなほちゃんに聞いた。
「ん~?」
おいおい……マジで忘れたのか?
真剣に考える姿に、少しの不安を覚えた。
その瞬間……
「くぉらぁ!!俺の授業を忘れるんじゃないっ!!」
恰幅のいい男性教師が、文句を言いながら入ってきた。
「でたっ!地獄耳せんせいっ!」
この教師は聴力が良く、小声も聞こえるらしい。
これで国語の先生だから……
クラスに散らばっていた生徒が、慌てて自分の席に戻っていった。
この作品は、基本的に火曜、金曜にアップしていきます。よろしくお願いします♪
次回は、8月16日0時にアップ予定です。
乞うご期待ください




