第23話 ほんのひと時の休憩時間
討伐隊との戦闘後、玄草と天照と別れた終は、一人帰る前に真っ暗な只見子ダムが見渡せる只見展示場にいた。
まだ朝が早く、誰も駐車場に居ないのは当たり前か。
「また、助けられてしまったな……」
真っ黒な湖面をみながら、まだまだ自分の力不足さを痛感していた。
もし、彼らが来なかったら勝てただろうか。
上空を見上げた。
うっすらと日差しが山のすそ野を照らしているが、夜空には満点の星々が太陽の光に負けじと輝いていた。
「彼等みたいな人物が、陽の性格なんだろうなぁ……」
なら自分は……?
そう考えた終は、頭を軽く振りながら苦笑いしている。
少なくとも、自分は陽の人格じゃない。
「そろそろ帰ろうかな。みんなが起きはじめても不思議じゃないしな」
そう言いながら、今度は宿泊会場まで転移した。
会場の朝は早い。
朝ご飯(と言っても、近くの食堂が配達する弁当だが)を食べた後は、開催最終日の設営準備とスタッフ一同での打ち合わせを行っている。
仁志達、施設の子供達も準備に大忙しである。
「終ーっ! って、あいつは別行動だっけ。帰ってきたのも、朝方みたいだったしな……」
仁志は設営準備後は午後から少し時間が空く。
だから、事前に予約してあった有名なマトンケバブを買いに誘うつもりだった。
「まっ、また後で誘えばいいか」
そう言いながら、少しの休憩時間をのんびりと過ごしていた。
主催:(財)姫の宮財団、私立清徳学園準備委員会
後援:神奈川県教育委員会、横浜市教育委員会、福島県教育委員会
「私立清徳学園学校開設に関するご案内とお知らせ」
会場:只見振興センター
時間:10:00~15:00
対象者:小、中学生(小学生の参加者は、保護者同伴でお願いいたします)
参加者にはプレゼントあり。
只見町は福島県の最西端に位置する 人口も4千人位の山に囲まれた自然あふれる町だ。
冬は豪雪地帯となり、10月~5月まで降雪があり、5月下旬まで積雪が残ることもある。
そんな只見町で、数少ないスーパーで見かけた張り紙だ。
やはりプレゼント効果もあったのだろうか予想以上の参加人数だ。
簡単な体験学習や新設校としての情報公開、説明会などが行われていた。
学校が遠距離だからだろうか、寮に関する質問等が非常に多く出されていた。
「やはり、地方都市となると適合者も激減してしまいますね」
関係職員が、ため息をつきながら話していた。
「仕方ないだろう。そう簡単に見つかるもんじゃないしな」
冷たい缶コーヒーを一口飲みながら、ぶつくさと言っている。
「異能者育成を教育の主体にするなんざ前代未聞の事だしな。総帥も焦っていらっしゃるのだろう」
気温も高く、夏の日差しが眩しいせいか汗も止まらない。
「しかし、なんで只見なんだ……? 東北を回るとしても、福島県なら会津若松や郡山、いわきでもいいんじゃないか?」
周りが山で囲まれている場所に馴染めない職員が苦情を言っている。
確かにいわきや郡山、譲って会津若松の方がもっと人口が多いだろうし、適合者ももっといるかもしれない。
「早く横浜に帰りたいですよ」
泣きそうな表情で訴えてる職員もいた。
「しかし、全ての行動は総帥をはじめとした上層部が決める事だからな……仕方ない」
そう慰める職員も本音は同じ考えであった。
外出禁止の上に飲酒まで禁止されており、今回のイベントは不満だらけだ。
「唯一、食事がうまいだけが取り柄だな……」
肩を落とす職員の背中を叩きながら、精一杯の励ましと慰めしかなかった。
「さっ、休みも終わりだ。行こうか。この苦行も今日で終わりだ」
一人の職員の掛け声に、みんな生気を失った返事で返すのが精一杯の返事だった。
「ん……そろそろ、起きないとな」
昨日は夜中の戦闘だったせいか、時計の針が11時過ぎを指していた。
こんなに眠ったのは、ここに来て初めてだった。
着替えをして、外を見ていると家族連れの学生が十数組来ているのが見えた。
「意外と人が多いみたいだな……」
そう思いながら自販機からコーヒーを取り出すと、外から声が聞こえた。
「おーい、終っ! 昼飯を買いに行こうぜーっ!」
仁志が手を振りながら大声で誘っていた。
周囲に居た来場者も何事かと仁志の方を見たり、クスクスと笑って通り過ぎていく女子学生の集団の姿があった。
あいつには、恥じらいというモノが欠けてんじゃないのか? と、思う位なある。
当の本人からしたら、それは考えすぎで終が考えすぎだとよく言われる。
「判ったから、ちょっと待っててくれ!」
珍しく、終も大声で仁志に返事をしていた。
さて行ってくるか。
着替えも終わり外出準備も完了すると、すぐに扉を開けて飛び出していった。
「こんなところにもコンビニが……ないっ! これがコンビニ……」
いつも見慣れたコンビニは一軒もなく、2階建ての1階で簡単なお菓子屋ジュースが売られているだけ。
さすがに仁志もビックリした。
「ここまで田舎なんて初めてだよ。俺……」
他にコンビニがないからだろうか、
何台もの車が止まっている。
「終、見て見ろよ。この車、横浜ナンバーだぜ? わざわざ横浜から何しに来てるんだろうなぁ」
山の麓にあるキャンプ場は北関東圏内でも人気があるキャンプ場らしい。
キャンプ場とかの客なのか、やはり北関東のナンバーが多い。
只見町では会津ナンバーよりも茨城県のナンバーを付けた車をけっこう見かけるが、さすがに自分達以外で横浜ナンバーは初めてだ。
その中でも蒼い色のランドクルーザーは結構目立った。
周りが白やシルバーが多いせいだろうか。
「この上でケバブを売ってるからそれを食いに来てるのかもな」
終は2階を見上げながら呟いた。
用事を済ませた後、ここでケバブを買って帰る事になっている。
「予約の電話入れた時、あまりの個数にビックリされたもんなぁ~」
仁志が思い出すように笑った。
(もしかしたら、各務さん達がここに来てると言ってたからあの車がそうかな?)
終は明朝の戦闘時に出会った、玄草と天照の事を思い出していた。
「まっ、いいか……」
微笑みながら、終は仁志と並んで市役所の方へと歩いて行った。
「さっき店屋、混んでまきゃいいけどなぁ」
仁志が車の台数に比べて1階のコンビニに人がいなかったのを知ってか不安そうに言った。
ここで待つとしたら、帰りの時間が遅くなりかねない。
「おっ、さっきより少なくなってる……ラッキー!」
停車していた蒼のランドクルーザーも、今から出ようとしていた。
すれ違いざま、中に乗っていた人までは見えなかったがすれ違う終と各務一家。
「どもーっ! 予約しておいた姫の宮です~♪」
仁志が元気に言った。
「元気いいね~。その向こうで何かやってるだろ? 東京からかい?」
そう言いながら、次々と袋にケバブを詰めていく。
「東京というより、神奈川からだよ! 横浜からなんだ」
仁志が元気に答えている。
「そっかぁ、がんばってるねぇ」
感心するように店員が言ってるが、ケバブを詰めている手は止まってない。
ここまでくると職人芸だ。
「全部で40個、おまたせ!」
仁志がお金を渡し、おつりと領収書をもらうと元気に手を振った。
その横で、終は頭を下げている。
「今日は付き合ってくれてありがとうな、終」
仁志が終に向かって礼を言った。
「今日だって、早朝に帰って来てただろ?」
申し訳なさそうに言った。
クスリと笑う終。
「大丈夫だよ。いい散歩にもなったし、さすがに40個は運ぶのに大変じゃないかと思ってね」
終の台詞に涙する仁志。
「そうなんだよぉ~! どうしようかと悩んでたんだよぉ~」
終の肩に器用に手を置いて、大泣きしていた。
「一人では大変そうだったからさ。それに、あんな大声で呼ばれたら行くしかないだろ?」
苦笑いしながら終が言った。
そう、あまりにも周囲の視線が集中して羞恥心が睡魔を凌駕してしまったのだ。
その台詞に仁志が笑った。
「だって、ああいったら気が付くし、付いてきてくれるだろ?」
「周囲も考えろよな」
二人が笑いあった。
こんな感じで、今日は何事もなく一日が過ぎていった。
復讐者達も今日は行動を移さないという事は……やはり、予定通りだろう。
終が呟いた。
「明日か……」