番外編1話 初依頼
今日は土曜日、学校もなく寮の図書館で本を読んでいた。
各務さん達も今日は静かだ。
こんな日は、のんびりするに限る……が、そうもいきそうにない雰囲気が漂っている。
「藤塚君、少しいいかな?」
ふいに室外から、ローブを着た男に呼ばれた。
「何ですか、岩倉さん」
岩倉誠二……姫の宮グループの活動の一角で異能者の救済活動を行っているが、異能者を束ねるリーダーでもあった。
姫の宮グループの裏の実働隊の指揮もしている。
小さな応接室に通された終は、岩倉が勧めるようにソファに座った。
「藤塚君は、何かお好みの飲み物はあるかね? コーヒーや紅茶、ジュースとか何でもいいぞ」
相変わらずの豪快さである。
彼の笑顔を見ていると、何故か自信がつきそうだ。
「じゃぁ、紅茶でお願いいたします」
「遠慮しなくていいからな? ついでに何か軽く食べるか」
そう言って、岩倉が電話した数分後……
「さぁ、藤塚君。遠慮なくやってくれ」
両手を広げて、いつもの笑顔で笑っている。
いれたてのコーヒーに紅茶が入ったソーサー
ハムや卵、サラダが入ったサンドイッチに葡萄等の果物もあった。
「じゃぁ、遠慮なくいただきます……」
そう言って、終は居れたての紅茶を一口飲んだ。
「……美味しいですね。これ」
お世辞でもなく、本当に美味しかった。
いれた人が相当慣れた人なのだろう。
「だろ? 本当に美味しいから、遠慮するな!」
ガハハハッと笑うと、コーヒーを飲みながら、サンドイッチを一つ食べていた。
この岩倉って人、すごい食欲だ。
もうサンドイッチを3人前を食べている。
「腹が減っては戦は出来んからなぁ……」
満足したのか、岩倉は最後の一切を口に入れると、満足げにコーヒーをすすっている。
「岩倉さん、自分を呼び留めるなんて、何かあったんですか?」
終がサンドイッチをひとくち食べる。
卵とレタスがよく合っている。
「相変わらずだなぁ~。藤塚君は」
岩倉は頭をかきながら笑っている。
「いやね、藤塚君にお願いがあって来たんだ。今日、これからの予定は?」
「これからは……何もないですね」
サンドイッチを食べ終わると、予定がない事を答えた。
「それは良かった。実は……」
急に岩倉の表情が硬くなる。
声も少し、小さくなった。周囲に聞かれたくないのだろう……
「藤塚終君、君のその力を貸して欲しい。ダメならダメでいい……君はまだ幼いからね」
自分に白羽の矢が飛んでくるって……
「よほど、人手不足なんですか?」
岩倉が苦笑いしながら言った。
「お恥ずかしい話だが、全くその通りだ。ある人物を助け出してもらいたい」
真剣な眼差しで、終を見ている。
「これはお遊びではないからね。もしかしたら痛い思いをするかもしれない……」
さらに岩倉は続けた。
「命を落とすかもしれない……とても危険な依頼だからね」
岩倉がコーヒーを一口飲む。
「勿論、こちらも君のバックアップは全力で行う。これは俺が保証する」
岩倉の目を見た。
真剣そのもので、全くの嘘偽りもないまっすぐな目をしている。
この本気の目を断る理由が見つからなかった。
こんな自分を信用してくれるのか……少し、終は嬉しい気分にもなっていた。
今まで、自分を信用してくれる人物はほとんど皆無だった。
ここまで言われて、断れないし。
「判りました。自分でできる範囲でしか出来ませんが、よろしくお願いします」
岩倉の表情が、パアァっと明るくなった。
「そうかっ!! やってくれるか!」
子供みたいに喜び勇んでいる。
「じゃぁ、今日の夕方の6時にここに来てくれ。いいな、夕方6時だぞ?」
それから数時間後……
ついに、その時間がやって来た。
この部屋には岩倉と、何かを探している異能者が2人いる。
「駄目です、まだ彼を見つけることが出来ません……」
焦る異能者が、川崎を中心に探索している。
「おぉ、よく来てくれた。紹介しよう、彼が藤塚終君だ」
終が頭を下げる。
「よくいらして下さいました。以前、模擬戦の時にお会いして以来ですね」
一人の異能者がにこやかに手を差し伸べてきた。
(そうか、模擬戦の時に計測班に居た人か……)
終の記憶の中で、その人物の顔が一致した。
「よろしくお願いします」
そう言いながら、現在の状況を聞いた。
岩倉が険しい顔つきで話始めた。
「とある依頼をした男が、未だに合流地点に現れなくてね……目下、行方不明中だ」
岩倉から写真を受け取った。
「この写真の男性を見つけ出して欲しい」
短髪で40代、やはり姫の宮グループに所属している異能者だという。
異能者に次々と指示を出しながら、岩倉が詳細を話し始めた。
「つまりその不明者を探し出せばいいの?」
「そうだ。本来なら失敗するはずがないが……もしかしたら、相手の異能者に追跡を食らってるのかもしれない」
岩倉の説明を聞きながら、出発の準備をしていた。
先程からある一点が気になって仕方がなかった。
「うまく説明できないけど……まがまがしい雰囲気を感じる場所があります」
そこは、異能者達が探索している場所から東へ600m、雑居ビル群がある場所だ。
「岩倉さん、そこから捜索してもいいですか?」
そう言われた岩倉が、終に向かって終の頭の上に優しく手を置いた。
「藤塚君、無理はしちゃいけないぞ……あくまでも確認だけだからな」
岩倉が更に言った。
「確認出来たら、すぐに戻って来るんだ。対処はこちらでやる」
終が頷いた。
「じゃぁ、行ってきます。岩倉さん」
自分の探査能力をフルに発揮し、雑居ビル群の手前50mの所に転移してみることにした。
そこしかない……間違ったら、また探せばいい。
“「我が望む場所へ飛べ……空間転移!
(Eitilt go dtí an áit a theastaíonn uait ... metastases spáis)」”
終が消えた後、岩倉は少し迷っていた。
やはり依頼をしない方が良かったんじゃないか。
自分が行けば良かったんじゃないか……彼は、まだまだ中学生。
「無事に帰ってきてくれ……」
岩倉は祈るように、救援隊の編成を急がせた。
全てが寝静まった街の夜、とある雑居ビルの屋上に転移すると、終は確認のためにこのビルの一番高いところに移動した。
この周辺に異変を感じだが……周囲は一面の闇。
終の横には、騎馬に乗った女武者が薙刀を持って出撃の指示を待っていた。
以前、模擬戦の時に召喚した騎馬武者よりも、より人間に近い雰囲気とオーラを醸し出していた。
「お久しぶりです、主」
女武者が微笑みながら終わるに向かって言った。
「前回はすまなかったな……中途半端なお前を形成して」
「いえ、気になさらず。我は主の忠実なしもべ……いかようにもお使いください」
そう言いながら、出撃の時を待った。
終が手を地面に当てると、魔法を詠唱し始めた。
“魔力感知っ!
(Ciall draíochta !)”
今までの暗闇の視界が一転、目の前に戦闘結界の淡い光が周囲を囲んでいる。
「もしかしたら、この戦闘結界の中に……」
更によく観察してみると……
「いたっ!」
やはり、周囲を異能者に囲まれている。
もう一刻の猶予もない。
まずは、あの男を何とかしなければいけない。
あのままだと、なぶり殺しにされるのを待つだけだろう。
終は手を掲げると、魔法を唱え始めた。
“「あの者を、元居た場所へと飛び立て……空間転移
(Eitilt go dtí an t -áit a bhí ann roimhe seo go dtí an t -áit a bhí ann roimhe seo ... Metastases Spáis)」”
遠距離ではあったが、今回は時間が優先される。
どうやら、術は成功したようだ。
男の姿が見えなくなったのと同時に、囲んでいた男たちが騒ぎだしている。
巴も、これで自由に戦えはずだ。
終が巴に出陣の時を告げる。
「行こうか、巴……」
「御意っ!」
終と巴が、初めての殺伐とした場所へと舞い降りた。
この作品は、基本的に火曜、金曜にアップしていきます。よろしくお願いします♪
次回は、9月16日0時にアップ予定です。
乞うご期待ください