第11話 混沌の世界へようこそ
「はぁ、はぁ、はぁ……くっ!」
夜も寝静まった午前2時……
所々につくビルの明かりを避けるように、一人の男が走っていた。
息も絶え絶えに、何かに怯えるように走っていた。
ビルの陰に隠れるように、隙間に潜り込む。
「しくじった。まさか同業者が複数いるとはな……」
トラップ魔法といい、召喚魔法といい、相手は相当な術者に違いない。
男は、予め仕込んでおいた回復魔法の札を傷口に貼ると、傷口が消えるように治癒していった。
(この回復魔法の札も、あと3枚か……)
せっかく手に入れた、このデータを必ずお届けせねば……
まだ、追手の気配はない。
このまま逃げおおせれるか……?
男の脳裏に、かすかに希望が見え始めた時……
パスッ! バスッ!!
いきなり足元に2発の銃弾が撃ち込まれた。
しまった! ……異能者だけではなかったのか?
サイレンサーを取り付けた銃を構えている男が2人と、ライフル銃を持った男が指示を出している。
これはとんだ失態だ……2人の異能者ばかりに気を取られてしまって、他の者が居る事を失念していた。
「いたぞっ! こっちだ!!」
そう叫ぶ声が近づいてくる。
いくら傷口が塞がれても、痛みは残っている。
痛みが残る右足と左肩をかばいながら、一刻も早くこの場を離れるために移動しようとすると……
一瞬にして、周囲の景色がセピア調の色になり、見えない壁が行く先を阻むように進めなくなった。
(戦闘結界かっ!!)
戦闘の余波を外部に及ぼさない為の結界。術の使用者がKOされたり殺害されない限り、外部に如何なる影響も出ないのだ。
その結界が張られたという事は……
「俺は誘導されてここまで来たって……ことなのかっ!」
悔しがる男の先に、5人の集団が姿を現した。
「そのとぉりでぇーす!」
銃を構えたまま、一人の男が叫んだ。
「なんてこった……全員が異能者だったなんて」
絶望しかなかった。人数的にも圧倒的に、敵の方が多い。
「しかも、俺もこんな傷じゃぁろくに術が使えねぇ……ときたか」
明らかにここへ誘導されたのだ。
「日本の術士って、こんなによわっちぃいのかよぉ~」
背の高い、杖を持った異能者が言った。
「これって、弱い者いじめになるんじゃないぃ~?」
もう一人の異能者が、フードを少し上げるようにしながら、男の方を見た。
灰色の前髪を見せながら、その奥の青い瞳が鋭く光っている。
「くそぉ……光の精霊たちよっ!」
男の両手に光が集まりだし、眩しい光の集まりを圧縮し始めた。
光の圧縮が臨界点を迎えると、男はその光を追っ手にむかって投げつけた。
「やった……か」
光が男たちの目の前で爆発すると、この状況から抜け出そうと立ち上がった……
「逃がすわけないだろ……?」
ふいに声が目の前で聞こえた次の瞬間、右足の太ももに鈍い痛みが走った。
ドスッ!!
男の右の太ももにナイフが突き刺さっていた。
「え……? ぎゃぁぁぁぁぁ!」
理解不能の状態から、一気に痛みと苦痛が男を襲ってきた。
しかも、ご丁寧に麻痺毒まで塗り込んでいるのか、全身に痺れが襲ってきて、術を唱えることも出来ない。
「き、貴様らぁ……っ!」
身動きも出来なくなった男のそばに、5人が取り囲むように立っている。
「これ、どうする~?」
「まずぅ……ちょいとお話を聞いてみないぃ~?」
コートを着た男ががしゃがみ込むと、男に問いかけた。
「最初はよかったんだけどねぇ……盗む時間をもっと短くしなくちゃ。異能者でしょぉ~?」
そう言いながら、無傷の左足の甲にナイフを突き刺した。
ドスッ!
「ぐ、むぐぅぅぅぅ!!!」
今度は左足から痛みが来た。
もう、男の感覚は麻痺してしまっているのだろう。
左足を突き刺しても、痛みによる苦痛の悶絶の表情をしているだけだ。
「へぇ、こいつ涙を流してるぜ?」
もう一人が男の顔を覗き込んだ。
「あ、そうだ。俺達の顔を覚えられちゃ困るよね?」
覗き込みながら、にこやかにほほ笑んだ。
異能者のナイフが、苦痛に歪んでいる男の両目を切り裂いた。
スパァーン!!
切った瞬間、赤い血が飛び散った。
異能者の顔にも男の血がかかると、ニヤリと笑った。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!! 目、目がぁ~っ!!」
両手を目に当てて、転がっている。
痛みで転がり、暴れる男を足で押さえつけると、怒鳴るように言い放った。
「お前はどこの組織のもんだっ!! 言ったら、これ以上苦しまないで殺してやるぞっ!」
リーダー格のライフル銃を持った男が、笑いながら言葉を続けた。
「そうそう、お前がもっていた治癒の札は俺達が持っているからな」
楽しそうに札を3枚、ひらひらさせながら男を踏みつけている。
「はは、異能者だろう。自分で調べてみろよ……」
男は最後の見栄をはって答えた。
本来なら、恐怖と痛みで混乱していても不思議じゃない。
それでも抵抗する意思をみせていた。
「このっ! 火の精霊よ……この者の両手足を燃やし尽くせ!」
火の精霊らしき小さな火の玉が現れると、傷だらけの男の両手足に触れるように張り付いた。
「ぐぅぅぅぐぅぉぉぉぉぉ!! 殺すなら殺せぇ!!」
男の両手足が一気に燃え出す。
「言っただろ……? 素直に答えたら殺してやるってなっ!」
突然、集団の中に風が吹いた。
その次の瞬間……消えないはずの炎が消えた。
炎の精霊が命令を行使出来なくなったのだ。、
「…………っ!?」
足元に浮かんだ魔法陣の中へ沈むように気絶しかけている男が飲み込まれていく。
あまりにも状況が理解できなかったのか、ただ男が沈んでいくのを見守るしかなかった。
「な、何だこれはっ!」
異能者の一人が驚きの声を上げた。
「うひょぉぉ、あの男はぁこんなの隠し持ってたのぉ~?」
忽然と消え去った男を探そうとしたが、何かに邪魔されているのか追跡が出来なかった。
混乱する男達に、また幼い感じの声が男たちの脳内に響いた。
「じゃぁ……おじさん達はどこの所属……なのかな?」
ここは、戦闘結界の中だ。
一般人が紛れ込める筈がない……という事は。
「異能者かっ……!!」
男達が詠唱の準備をとる。
「俺達の戦闘結界にぃ、迷い込んだおバカさんがいるんだぁ~?」
フィィィン……ッ
何かが戦闘結界内に侵入したようだ。
先ほどの幼い声の主なのだろう、155cm位のローブを被った少年が立っていた。
「必要な物は返してもらった。後は遊んでいいよ」
終が何やら詠唱を始めた。
「ぼくぅ……こんなところに居て、おいたしちゃうぞ~?」
笑いながら詠唱の準備で構えていると、彼らの戦闘結界よりも一回り大きい戦闘結界が張り巡らされた。
「味方じゃねぇ……敵だっ!!」
ライフルを構えたリーダーが、少年の方向に向けて銃を乱射した。
“火の精霊達よ、周囲を焼き尽くせ!、
(Spiorad na Dóiteáin, an timpeallacht a dhó)、火炎弾!”
異能者達も少年に向かって火の精霊たちによる火炎の玉を連続で打ち込んだ。
辺り一面、火の海と化した。
先程の銃撃や火の精霊の攻撃も効いていないのか、焦げたり弾が当たった痕が無かった。
全くの無傷……男達は恐怖した。
さらに攻撃を加えるが、それを避けるそぶりも見せず、静かに後方から来る物体に声をかけていた。
「うん、後はよろしくね」
終がそう言うと周囲が燃え盛る中、一騎の騎馬武者が現れた。
「式神かっ!!」
銃を構え引き金を引く瞬間……しかし、脳の伝達が指の先に伝わることは無かった。
薙刀から発せられた風圧が、リーダーの男の両手を通過すると同時に、血しぶきが上がる!
ぶしゅうう……!
切り裂かれた両腕から血が洪水のように吹き出し、筋肉の筋がでたらめの方向に動いているのが見える。
まるでスローモーションを見てるかの様に、両腕が離れていく。
ぼとっ……!
ライフル銃を構えていた男の両手が、銃を持ったまま血にまみれた肉の塊となって地面に転がった。
転がった瞬間、切り落とされた両手が硬直痙攣したのか、トリガーにかけていた指が引き金を引いた。
ガガガガガガガ……ッ!!!!
地面で、ライフル銃が敵味方関係なく四方八方に向けて銃を乱射した。
「うぎゃぁぁぁぁぁ! お、俺の、俺の両手が……!!」
騎馬武者の口元がニヤリと笑う。
「……いざ、参る!」
鎧を付けた馬に乗って、鎧武者が勢いよく掛け声をあげた。
透き通るような柔らかい声……間違いなく女性の声だ。
彼女の視線の先には銃を構えた者が2人、その後ろには、魔法陣を描きながら詠唱している人物が2人。
「ふっ……」
赤い口紅をつけた口元がフッとゆるむ。
彼女が男達のそばを駆け抜けたのは、ほんの一瞬……
彼らの頬をそよ風が頬を撫でるように吹き抜けた直後……それは起こった。
通り過ぎる瞬間に、薙刀を撫でるかの如く振り下ろす。
そよ風の後の竜巻に切り裂かれるように、巻き込んだ全てを切り刻んでゆく。
術の詠唱よりも、銃の引き金を引く瞬間よりも早く……まるで、風のように走りすぎてゆく。
「ぎゃぁ!!」
「な……何があっ……ぐふっ!」
「聖なる風の精霊たちよ!その力をもっ……ぐはっ!!」
「うわぁ!!」
通り過ぎた後に残るのは、相手の悲鳴と大量の血。
「このまま……やられっぱなしって無しじゃないぃ?」
異能者が杖を頼りに身体を起こした。
詠唱を唱えようとした瞬間、目の前に騎馬武者が現れた。
「ひぃぃ!」
あまりの恐怖で顔が引きつった。
詠唱を行おうとしても、術が不完全なのか発動しない。
焦る異能者を騎馬武者が見下ろす。
馬上で操るには大き過ぎる薙刀、容姿端麗な顔つきと長い黒髪……そして、鎧についた、三つ巴の紋様。
と……巴御前……
何故、この丙清という時代に……
術者の意識は、ここで途切れた。
巴が薙刀を振り落とすと、異能者を切り裂いた。
この者達が張った戦闘結界が消滅していく……
地面に屍のごとく転がっている者達の首を切り落とすのは簡単だ。
「ふん……運が良かったな。お前達……」
しかし、この者達の命を奪う命令は受けていない。
「これで終わりか……」
終が姿を見せると、巴は下馬し片膝をついた。
「ごめんね、こんな仕事をさせちゃって……」
優しさと労いがこもった台詞と雰囲気が、巴には心地よく感じる。
「いえ……私達は既に、この世から消え去った者」
この身は遥か昔に朽ち果て、心も魂も既に枯れている。
少し頭を上げると無表情で答えた。
「如何なる事があろうと、我らは主に従うのみ……」
まるで、自分に言い聞かせるかのように呟いた。
「この者達を、処分しなくてよいのですか……?」
「うん、この人たちは、もう用済みだしね」
瀕死の状態の術者達の前で手を広げると、その掌が淡く光出し……彼らのいる地面に魔法陣が浮かび上がった。
“「この者達を、元居た場所へと飛び立て……空間転移
(Eitilt go dtí iar -áit na ndaoine seo……Metastáis spásúla)」”
終の声に反応するかの様に、地面に描かれた魔法陣に倒れた人達が飲み込まれていく。
そして、最後の一人が地面に飲み込まれると、魔法陣が消えた。
消え去った術師達を見守るように、終は言った。
「自分がする事は、人を殺す事じゃないしね……」
巴は深々と頭を下げると、寂しそうな表情をしている小さな主を見つめていた。
「……御意。仰せの通りでございます……」
そう言って、優しく美しい微笑みを浮かべると、巴の姿が光に包まれ……その光が小さくなり、やがて消えていった。
さっきまで巴の居た場所には、一枚の呪符がヒラリと地面に優しく落ちていく。
「ありがとう……巴、御前……」
呪符に感謝の言葉を述べると、大切そうに手に取った。
「あ、相手の事を聞き忘れちゃった……」
ポケットにしまい込むと、思いだしたようにポンと手を叩いた。
戦闘結界が解除された瞬間、空間が元に戻るとポケットの中のスマホに一本のメッセージが届いた。
<負傷者、無事に救出。怪我は深いが、命には異常なし。>
<初めての任務、ごくろうさまでした。>
そか、さっきのおじさんは助かったか。
良かった……
この作品は、基本的に火曜、金曜にアップしていきます。よろしくお願いします♪
次回は、番外編として、本日12時にアップ予定です。
乞うご期待ください