第10話 模擬戦
終の心はどんよりとしていた。
テレビドラマや漫画の世界では、屋上は語り合うシーンが多かったっけな。
後は……そうそう、喧嘩する時は、決まって人気のない場所だよなぁ。体育館裏とか……
そういえば、悠斗の件も学校の屋上だったよな。
違うところは、屋上の四隅で異能者が結界を張っている。
余程、能力を測りたいのだろう、測定を行う異能者も彼らのそばに居た。
終と岩倉誠二が入った後に、姫の宮も続いて屋上に入る。
その場に居た全員が、姫の宮に向かって深くお辞儀をしていた。
「皆の者、よろしく頼むぞ」
「ははっ! ご老公様の命のままに」
そう言って、それぞれの者が持ち場につく。
「さぁっ、藤塚君。思い切りかかってきなさいっ!!」
岩倉が両手を広げて、終にかかってこいと言わんばかりのポーズだ。
(ふぅ……対魔術防御魔法と身代わりの呪符を持っているのか……)
『ごめんね、今回はやられ役で……』
そう言いながら、終は式神の召喚の準備を始める。
式神は……今回は、速度戦になりそうな気がする。
岩倉誠二と言ったな……自分のは、こんなもんか……
“我の名において命ずる。我に従いし者よ……”
終が差し出した護符が浮かび上がり、符の前に五芒星が浮かび上がった。
“その命持って 我の前に現れよっ!”
護符が光り、その後符を包み込むように五芒星から一体の騎馬武者がその姿を現した。
薙刀を持ち、全身が灰色をしており、人馬共に立派な鎧を付けている。
「おおっ……!」
姫の宮が思わず驚嘆した。
「素晴らしい……なんと素晴らしい騎馬武者だ……」
姫の宮が驚くのも無理はなかった。
どことなく高貴な雰囲気があり、その姿は薄暗く見えにくいが普段見る式神とはどこか違っていた。
「いけっ! 目の前のモノを打ち倒せっ!」
終が命ずる。
騎馬武者は『御意』と言わんばかりに頭を下げると、立ちはだかる岩倉に向かって馬を走らせた。
「中学生のレベルではないな……先にご老公から説明は聞いていたが……」
岩倉が自分に向かってくる騎馬武者を見極めるように見つめた。
いやいはや、これは一般の異能者が放つ式神に匹敵するだろう。
事前に説明がなければ、力を見誤って負けてたかもしれない。
しかし、こちらも姫の宮の異能者達を束ねる者としてのプライドがある。
「悪いな、藤塚君。本気を出させてもらおう……」
ニヤリと微笑むと岩倉が術を唱え始めた。
“「大地の精霊達に命ずる、迫りくる命なき者を捉えよ!
(Gabh an saol neamhbhásúil a ordaíonn biotáille an domhain!)、結界捕縛っ!」”
目の前の地面が盛り上がると、網状組織をした地面があらゆる方向から騎馬武者を掴もうとしている。
騎馬武者は緩急をつけながら華麗に馬を操ると、相手の術が広範囲に広がる前に範囲外に回避していた。
間一髪のところで避けると、騎馬武者は更にスピードを加速させた。
「さすがだな……っ!! あの捕縛を避けるとはなっ!」
岩倉も、この対戦の様子に満足のようだ。
それもそのはず。
今までこの捕縛から逃れた式神は数少ない。
それ程まで自信のあった術を回避されたのだ。
「これならどうだっ!」
“「大地の精霊達よ、迫りくるものの大地を揺らし動きを阻めっ!
(Biotáille an Domhain, cuireann an Domhan atá ag druidim leis an Domhan agus cuireann sé bac ar an ngluaiseacht)、地震動!”
今度は、地面が地震のように揺れ、馬の操作を揺れが邪魔をする。
そこに“結界呪縛”を唱え、魔法の二重詠唱を行った。
騎馬武者に地面の揺れと上部からの捕縛の襲いかかる。
岩倉の必殺の魔術だ。
今まで、これで仕留め損ねた相手は居ない……が、
煙の向こうに、自分を仕留めようと騎馬武者が構えている。
「二重詠唱まで避けるかぁ~っ!」
岩倉は叫んだ。
鬼の面のような雰囲気を出しながら、岩倉は叫んだ。
何という技術だ。
あの少年、一体どんな式神を操っているのか理解不能だ。
こうなったら、あの騎馬武者の足を止めるのが先決だ。
“「風の精霊達よ、迫りくるモノを打ち砕けっ!
(Biotáille ghaoithe, brúigh na rudaí atá ag druidim le chéile!)、風牙の矢!」”
岩倉が詠唱した風の魔術が、無数の矢となって騎馬武者に襲いかかった。
「ここ……は、力比べだね」
『御意』
騎馬武者は薙刀を構えると……物凄い速さで薙刀を回し始めた。
回転する薙刀に当たり弾き返されたり、風圧で軌道が逸れる矢が続出した。
しかし、その防御すらすり抜けてくる矢もあり騎馬武者も無傷とはいかなかった。
「中々、しぶとい騎馬武者だね。あれだけの矢を跳ね返すとはな……」
本来なら、そろそろ相手の式神を操る力が低下してきてもよい頃だ。
だが、飛んでくる矢も無限に襲ってくるわけでもない。
術のせいか、一瞬だけ矢の猛攻が緩む。
「今だっ! 斬撃波っ!!」
終が一瞬のタイミングを逃さず騎馬武者に命じる。
次の瞬間、騎馬武者は岩倉に向かって薙刀から生じた斬撃波をぶつけた。
「ぐっ……」
騎馬武者から発せられた渾身の一撃を食らうと、防御のために一歩後退する。
「これまでっ!!」
両社の戦いを見ていた姫の宮が、声高らかに終わりを宣言した。
よもや、あの『岩倉誠二 姫の宮魔術組合上級術師』に立ち向かえる子だとは思わなかった。
姫の宮は感じた。
(あの子は、実戦を繰り返すことで強くなる子だ……!)
自分は、なんという高価な原石を手に入れたのだろう。
欧州魔術師ギルドとは言え、こんな逸材はそうそう居ないだろう。
両者共に歩み寄ってる姿を見ながら、姫の宮は自分の野望に向けてまた一つ駒を手に入れた……そう思った。
「強いな藤塚君。あの捕縛から逃れた式神はそうそうないぞ?」
模擬戦が終わると、岩倉が終に歩み寄った。
「いえ、あれは僕の負けです……」
少しうつむき加減で終が答えた。
「そんなこと言われたら、なんて答えたらいいかわからなくなるじゃないか。あっははは」
終の右肩に左手を添えると、去り際に言った。
「学業が終わったら、本格的に修行を始めたら良い。何なら、俺が鍛えてやるよ」
そう言いながら岩倉は終と別れた。
「ありがとうございました」
一礼をする終。
疲労した体力を回復師に回復してもいながら、改めて姫の宮と岩倉を見た。
何やら会話しているようだが、今は関係無い。
岩倉は、姫の宮に今までの結果報告をしていた。
「……と言う行動でした。確かに、一般の異能者と互角に戦えるでしょう。その為の戦術や体力、魔力も全て平均値以上です」
更に、岩倉が終を讃えていた。
「いやぁ、とんだ中学生ですよ。あれでまだ14歳だなんて……」
「ほう、今すぐにでも依頼できるレベルなのかな?」
姫の宮がつぶやいた。
岩倉が頷く。
「確か、この夏に福島県でのイベント活動があるが、欧州魔術師ギルドが監視するかもしれないと言っておったのぉ……」
「それは困りますな……今はまだ、真実を知られる訳にはいけません」
丁度いい。
監視レベルなら、欧州魔術師ギルドもそれほど強力な魔術師を派遣してこないだろう。
あの子のデビューにはちょうどいい相手かもしれない。
死んだらそれまでだったと言う事。
「……あの子を使ってみよう。誰かに監視の命令を出しておきなさい……」
そう言いながら、姫の宮は誠二に出て行けとジェスチャーをした。
「御意」
岩倉誠二がエレベータを出ると、深くお辞儀をした。
お辞儀をしたまま微動だにせず扉が閉まるのを見送った。
この作品は、基本的に火曜、金曜にアップしていきます。よろしくお願いします♪
次回は、9月13日0時にアップ予定です。
乞うご期待ください