第9話 面談
軽く一礼しながら、部屋に入るとソファに座っていた老人が立ち上がった。
「藤塚君、お久しぶりだね。新しい学校には慣れたかな……?」
ソファから立ち上がった老人……姫の宮グループ総帥『姫の宮源流』だ。
年配者にしては背は高く175センチはあろうか。白い神官服にローブを纏っている。
80歳を超えているみたいだが、公表されていない。
真っ白な髪は長く腰まであり、身体は細く、手には先端に大きな水晶が付いた165センチほどの樫の木で作られた杖を持っている。
終に差し出された手は、細身ながら皺が少なく綺麗だ。
両手で差し出された手を握ると、どこか冷たい感覚がする。
「はい。お陰様で少しずつですが慣れつつあります」
手を離しながら答えた。
終の返事を聞きながら、にこやかに頷いている。
「そうかそうか。それは良かった」
姫の宮はソファに座ると、対面側のソファに座るよう終を促した。
「すみません……では、失礼します」
ソファに座ると、執事が現れお茶を運んできた。
姫の宮が手を軽く上げると、執事は一例をしながら部屋から退去した。
「お友達は出来たかな?」
改めて終の方を向くと、柔らかい口調で話を続けた。
「まだ、友達とは呼べるまではちょっと……」
ふと鮎美の表情が浮かんでは消えた。
確かに、彼女くらいか……自分に話しかけてきているのは。
後は彼女の友達が数人くらいか。
「まぁ、まだまだ時間はたっぷりとある。焦らないでいきなさい」
人生の先輩らしく、微笑みながら終の答えにアドバイスをした。
「はい。頑張ります……」
「頑張りすぎると、せっかくの友達に逃げられてしまうぞ? はははっ」
機嫌が良いのか終始、笑顔の表情だった。
「君みたいに、不幸でも頑張っている子に手を差し伸べる……それが我々、大人がやらなくてはいけない事だからのぉ」
まるで孫に話しかけるような雰囲気だが、その瞳には自分がどう映っているのだろうか。
言葉通りなのだろうか。
それとも、別の何かを見ようとしているのだろうか。
和やかに学校生活等の話をしていると、そろそろ本題に……と言わんばかりの表情になっていった。
「ところで……」
姫の宮の表情から笑顔が消えた。
「藤塚君は、どうやって術を使えるようになったのかな」
この老人は回りくどい事はしない。
いきなり核心をついた質問をぶつけた。
「小学生……いや、幼少期の時に誰かに師事していたのかね?」
本来、世界中広しと言えども、術師が術を覚えるのには「術師の元で術を会得する」か「長い時間をかけて、独自で術を取得する」しかない。
ヨーロッパなどでは、適性のある子供の為に魔術師学院と言った魔術師専用の学校がある。
そこで自分の適性を見極め、それぞれの術式を学ぶと言った事を行っている。
近くに住む子も居れば、学校の寮から通っている子も居る。
アカデミーが世界中の術式を網羅しているとはいえ、やはり「術師の元で術を会得する」形式である。
新しい術が産まれたり古い術が廃れないように、アカデミーが保存の為に世界中で活動していると言われている。
そして、このアカデミーを統括しているのが欧州魔術師ギルドである。
本来、『魔術師』と言う言葉は、正式には欧州魔術師ギルドの会員でなければ名乗ることが出来ない。
だから、我々は昔ながらの「異能者」と呼ばれている。
欧州魔術師ギルドや魔術師学院の影響を受けていない国の中で異能者よりも魔術師と名乗る者も増えている。
言語だけなら、両者共に黙認をしているのだろう。
魔術師と名乗ることで過大に見られるのだろうか、日本国内における魔術師の依頼達成率は低い。
自業自得と言えば、それまでなのだが……
しかし、この日本国内でも欧州魔術師ギルド支部が小規模ながら設立されると言う。
そうなれば、これまで日本で活動していた異能者達の行動が制限をされるかもしれない。
異能者の中には欧州魔術師ギルドに協力している者が居れば、反発している者もいる……
もしかすれば、その反発者が行動を起こすかもしれない。
わざわざ、自分達が手を汚す必要もないだろう。
少しだけ手を差し伸べるだけでいい。
姫の宮はじっと終を見ていた。
この子は、あまりにも不自然な部分が多すぎる。
この年代で式神や術を行使できるのは、よほどの少年期から修業を受けていなければいけない。
事実、彼以外で術を行使できる子はみんな、幼少期から両親等に訓練を受けてきたという。
他にも、<忘却>の術を使用されている場合もある。
過去にあった行動を術によって忘れさせてしまうという内容のものだ。
師事を誰から受けたかによって、ある程度の所属等が判明する。
それを防止することが出来るのだ。
しかし、無理な記憶操作を行う事によって「ひずみ」と呼ばれる記憶の狭間に揺らぎが発生するという。
その「ひずみ」がある場合、この子は他の組織から送られてきたスパイや工作員の可能性がある。
子供や大人等関係がない。
あらゆるものが、そういった可能性があるのだ。
「……すみません。それに関しては、全く覚えてないんです」
申し訳なさそうに、終が頭を下げた。
正直、誰かに師事した記憶もなく、教わると言う事を考えた事もなかった。
護符や式神は、物心がついた頃から簡単な事なら行使できた。
最初から持ってた自己防衛本能に等しい。
終の意識下無意識下共に、記憶操作した場合に現れる記憶の中の「ひずみ」が見当たらなかった。
これで、他の処からのスパイや工作員と言った線が消えた。
(本当に誰にも師事していなかったのか……)
姫の宮も、それ以上追及する気もないようだ。
「うむ。そうか……異能者としての能力が、中学生レベルを超えててな。こんな事は初めての事じゃ」
感心するように、姫の宮が言った。
「前の施設によれば、ご両親もいないそうだが……」
そう。
終の両親に関しては、全くの不明だった。
それまでいた施設からの報告書にも、両親に関する項目は白紙だった。
赤子の時に、施設入り口の前に放置されていたのだ。
病院で検査した後、施設で引き取られたと記入されている。
「本当に不幸な過去を乗り越えて、ここまでこれた事は立派な事だと思うぞ」
姫の宮にとっても、こんな逸材をただ同然で手に入れれたのだ。
いくらでも彼を褒めたたえてあげよう。
「現在は、術に関してはどのくらいのことが出来るのかな…?」
まるで値踏みをするかのような視線を投げかけている。
「ご期待に応えれるかどうか判りませんが……式神を一体呼び出す事と、基本的な護符の行使しか出来ません」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「現時点で、そこまで行使できれば十分じゃよ。しかし、藤塚君は凄い潜在能力をお持ちだな」
ほぅ……式神が一体とは。
どんな式神を出すのか……式神の能力は、術者の魔術に比例する。
術者の力が強ければ強いほど複数体の式神を行使でき、その式神の力は強くなる。
殆どの式神使いは、武士や騎馬武者と言ったモノで戦闘を行い、蝶や鳥といった動物で伝達や監視を行っている。
珍しい場合、熊や狼といった戦闘に向いた動物を召喚する者もいた。
姫の宮自身も3体の同時召喚が限界で、4体以上など聞いたことも見たこともない。
しかも、式神を行使している間はそちらに集中しなければならず、他の行動が何も出来なくなるの為に誰かに守ってもらう必要がある。
それほど式神を扱うのが難しいのだ。
「式神を儂にも見せてもらえぬかのぉ……必要なら、相手も用意するぞ?」
「そんな、自分ごときの能力、お見せするほどのものではありません」
「ほーっほほほ。えらく謙遜な答えじゃの」
姫の宮が笑った。
この様子だと、しっかりとした教育と修行次第では、儂の重要な手駒に育てることが出来る。
笑っている姫の宮の瞳の奥では、和やかな雰囲気とは全く違った心情を映し出していた。
姫の宮が手を挙げると、紫色のローブをまとった男性が入ってきた。
この老人の配下の異能者なのだろう。
背は高く、がっちりとした体格をしている。
樫の木から出来た杖を持ち、人柄がよさそうな笑顔をみせている。
「はじめまして、藤塚君。私はご老公の元で働かせてもらっている岩倉誠二と言う者だ」
笑顔を絶やさないで差し出された手は、魔力が纏っていた。
(これで僕の魔力をみるつもりか……)
終も差し出された手を両手で握った。
予想通り、微弱な魔力が流れ込んできた。
「ふむ……確かに、普通の中学生よりは魔力がありそうだね」
岩倉誠二と名乗った男性は、手を離すと何かを見極めるように答えた。
「君も将来、ご老公の元で修行を積めば俺よりも下だが、いい異能者になれるぞ」
岩倉が豪快に笑いながら、終の肩を叩いた。
「屋上に封印結界を張ってある。なに、力試しだと思ってぶつかってきなさい!」
そう言いながら、終の手を引っ張るように連れ出してた。
やれやれ……本当に、こういった人達ってどうして屋上が好きなのかな。
この作品は、基本的に火曜、金曜にアップしていきます。よろしくお願いします♪
次回は、9月9日0時にアップ予定です。
乞うご期待ください