いきなりっ!とある男のお葬式!?
見渡す限り人、人……そして、人。
こんなに大勢の前で、私は司会が出来るのだろうか。
逃げ出したい気分が半分、もう半分は……
『お父さんの希望としては質素な式を希望してたけど……』
私が提案した途端に、こんなになっちゃって……
司会をする羽目になった後悔と失敗しないかと言う不安……
そして、色んなものがゴチャゴチャになってミキサーにかけられて、悪臭漂い不気味な色をしたミックスジュースを差し出された気持ち。、
大規模な場での司会が苦手なのに……
なのに、今回の進行役を私に押し付けたのは、お母さん。
式が始まる前、お母さんから、
「貴女が周囲の意見に流された結果でしょ? それに……」
表情は笑っているが、瞳は相変わらずの真剣そのもの。
「いつか……本当に『黒い扉』が現れたときは、貴女が指揮をとるのよ?」
この言葉の真意を知る為には、もうしばらくの時間が必要なのだろうか……
今の私には「黒い扉」よりも、あの壇上の方が強敵に見える。
ハンカチで汗を拭き、メガネの位置をなおす。
意を決したように、みんなの視線が集まる中、壇上を目指し歩き始めた。
参列者の中には、欧州を含む各国の魔術師ギルド関係者はもとより、この国の大臣やその経験者、経済界からの参加者の姿もチラホラと見える。
壇上から見える光景に、さらに不安が増大する。
柚葉が壇上に立つと同時に、無数のフラッシュが輝く。
いよいよ始まりだ。
「本日は父の葬儀に、これだけの方々の……」
深くお辞儀をすると同時に、ピタッと言葉が止まった。
(ひぃ~。カンペがないぃ~!)
彼女が冷汗をかきながら、必死に次の言葉を思い出そうとしている。
ポケットの中にも、メモ帳の間にも挟まっていない。
幸いにも、頭を下げると客席からは壇上から彼女が見えない状態になる。
お辞儀をしたまま、周囲をキョロキョロと眺めた、
(誰か教えて~っ!? 助けて~っ!)
悲鳴に近い心の声が響く。
舞台の裏側では、慌てたスタッフが総出でカンペを作っている。
それを横目で見た柚葉は、感謝で苦笑いをするしかない。
<皆様のご参列に、父も大変、喜んでいると思います>
ボードを、スタッフの一人が持ち上げた。
そして、タイミングよくボード(カンペ)をめくっていく。
助け船が来たとばかりに頭を上げ、マイクを持ち直して進行を続けた。
「皆様のご参列に、おとう……父も大変、喜んでいると思います」
さらにチラリと横を見る。
スタッフの一人が、腕時計を指さしていた。
「では、お時間になりましたので……」
もう、汗でびっしょりだ。
早くシャワーを浴びて、湯船にゆっくりとつかりたい気分……ふぅ。
「に、日本魔術師ギルド代表であり」
あ、嚙んじゃった。
「父“藤塚終”の葬儀を始めたいと思います」
ふぅ、何とか挨拶が無事に終わった。
後は隅の方からの司会だから、台本を見ながらでも問題ないわね♪
「なお、喪主の藤塚鮎美は、体調不良の為に式は欠席いたします。母の替わりに式の進行を私、藤塚柚葉が務めさせていただきます」
キッと、無意識的にモニターを睨みつけた。
(あら私、柚葉ちゃんに睨まれたのかしら?)
モニター越しの柚葉の表情には、どこか緊張感と悲壮感が漂っている。
笑顔が引きつっているし……
モニター越しから伝わる殺気をさらりとかわすと、美味しそうな湯気をたてているお茶をすすった。
あぁ、やはりこのお茶は美味しい。
式が終わったら、みんなに出しましょう。
「天照さん、柚葉ちゃん、頑張ってね~♪」
モニター画面に向かって小さな旗を振っているのは、長髪の白い髪が美しい初老の女性。
勝者の余裕を醸し出しながら、少女みたいな表情でほほ笑えんでいる。
本来なら、妻である私がやるべきなんだけど……
まぁ、『じゃんけん』に負けた方が悪いわよね。
私は、体調が悪いと言って、ここモニタールームで観戦している。
慣れない司会を、柚葉ちゃんも頑張ってるし……
うんっ、私も全力で応援しよう!
モニター画面も、異常なし。
「鮎美、お茶菓子を置いておくぞ?」
「いつもありがとう、貴方」
テーブルの上においてくれたお茶菓子がおいしそう。
『老維新のパンダまん』と『聚楽の馬拉糕』
さすが私の旦那様。
ナイスチョイス!!
これで、お茶とお茶菓子のスタンバイもOK!!
モニターには、あいさつ後に続く、故人の思い出が映し出されていた。
どの話も、私にとっては懐かしい思い出……
あっ、お兄ちゃんだ!
何だか懐かしい気持ち……
最初こそ、年相応の姿でと思ったが
「やめやめっ!!」
やはり、この姿が落ち着く。
黒で統一されたロリータ服を着て、鏡の前でくるっと回って見せる。
誰から見ても15歳くらいにしか見えない少女……
玄さんと出会った時と、何も変わらない。
しかしその結果が……
受付で止められる天照。
「あら、お嬢ちゃん。迷子かしら?」
受付にいた受付嬢……意外と力が強く、私を見つけると、手招きというよりも、強引に受付案内所まで連れていかれた。
「今、館内放送でご両親を呼んであげますからね~♪」
「あ、あの……本当に大丈夫ですから」
私が拒否をしても、聞く耳持たずでマイクのスイッチを入れている。
このアマァ……迷子の連絡したくて、無視してんじゃねぇだろうなぁ……
マジでしばいたろうか……このブサ猫っ!!
「迷子のまいごの子猫ちゃ……失礼いたしました。迷子のお子様のお知らせをいたします」
自分に向けられた視線など気にせずに、イキイキとした表情でアナウンスを始めた。
「全身黒のロリータ服を着た『背がひくぅぅぅい』14~15歳の女の子が、館内入口の受付でご両親かご親族の方を探しております」
参列者の子供か孫と間違われ、迷子のお知らせを館内全体に放送されてしまった。
しかも、妙に背が低いことを強調してやがる。
「鮎美ちゃん、聞いて笑ってるなこれは…」
暫くすると携帯電話で連絡がきたのか、会場内まで案内された。
ムスッとした表情をしながら、壇上に飾られた花飾りを見ている。
そういえば、携帯の向こうで大笑いしている声が聞こえたっけ……
「あぁ…玄さん」
アヒル口をしながら、天井を見上げると、今でも鮮明に若かりし頃の玄草が蘇る。
「居なくなってから、随分と時間が過ぎたというのに」
ふと見ると、柚葉ちゃんがモニターとにらめっこをしながら、式の準備をしている。
「まだ転生した様子もないし……」
しかし、終君もよくこんな事できるわよね。
私には無理無理無理。
店を開けるために、ちゃんと戸籍もあるけど……
ふと、良からぬ思考が、天照の脳裏に浮かぶ。
こんな葬儀、ぶち壊しちゃおうかしら……
彼女の中に悪戯心が芽生えた時、小悪魔の微笑みを浮かべていた。