0-3-16 落ちるダンジョン
二十階層の扉を潜るとそこには黒騎士さんの予想通り藍海松茶色の蛙――唄う岩蛙がそこにいました。聞いた特徴は硬い身体に長い前足というか腕、そして大音響による波動にも似た音波による攻撃。弱い部分は柔らかな顔面や地を這う腹部のみ、だけどその顔面は普段は腕で覆われている為発声する際を狙うしかありません。
お尻を向けて顔も腕で覆っているであろう蛙は、此方に気づいてはいないと思われます。ロポポラと違って動く気配は全くありませんね。あのサボテンが次出てきたら即座に焼き尽くしましょう。
「黒騎士さんは敵が分かるんですか?」
「ここの二十階層はアレが殆どだという報告があったからな。それに魔物が分かるなら黒竜の時に警告していた」
「なるほど」
さてどうしたものでしょうか。
七騎士がわざわざ硬いと評するその外皮は恐らく黒竜よりも硬いと見て間違いないでしょう。正面に立ってはその音波にやられ、下手をすれば腕の薙ぎ払いで骨折あるいは絶命なんて事も充分にあると見て良いでしょう。
幸い、相手は動く気配がロポポラと違ってないので注意しながら作戦会議をする事にしました。
「四季が腕を縛って、俺が斬る……言ってはみたが、少し難しいだろうな」
「相手が手を広げないと、私の練度ではそういうのはまだ難しいですね」
私の漆黒の鎖は便利だが、そこまで万能な物でもない。相手の身体を思うがままに出来るのはもう少し鍛えなくてはならないだろうし、魔物相手の実践経験が必要となるでしょう。
「それなら腕を広げたら私が『魔力の杭』で固定しましょうか? 四季さんには全身を固定してもらって。そうすれば齋藤さんも一撃が入れ易いと思いますし」
「それなら一撃で決めてもらわないといけませんね。私の力でどれくらい抑えられるか、濃松さんの魔術がどれだけ持続するか分からないので」
「なら少し溜めがいるな。それなら斬れる部位は切断できるだろうしな」
齋藤くんの必殺技とも呼べる技は一度見せてもらいましたが、確かに溜めが要る技でしたね。放てば決定打になるソレに頼るのは良い案だと思います。それに、技を放っても齋藤くんは行動不能にならない点が良いところです。
この三人の中で誰が唄う岩蛙に有効打を与えられるかと言えば、斬撃の齋藤くんでしょう。私の新たな武器、繊維を剣に見立てる技はまだ実戦で試すにはリスクが大きすぎます。
「なら、とりあえずひっくり返せないか試してくれないか? 四季の力でひっくり返せれば、直ぐに終わりそうだ」
「……無理だと思いますが、やってみましょう」
唄う岩蛙の身長は目測二メートル。岩がその名の通りなら身体強化した私では動きを止めるのが関の山ですが、やらない損よりやる損ですね。
蛙に鎖を巻き付ける。その時点で気付いたのか蛙が此方に振り向くが、その力は余りにも強大。
ただ動いたのではなく、身体に着いた何かを振り払う為の動作は予想の何倍も強く、激しい。鎖が千切れる事は無いと思いますが、私の身体がもっていかれそうです。
「ぐぅうう!」
思わず唸り声が漏れてしまうほどです。
下手をすると黒竜よりも縛るのが難しい相手かもしれませんが、それは最初に気付かれていた場合の話。もう鎖は全身に巻き付いている。後は力に身を任せて、必要な時に蛙の動きを阻害すればいい。
と、思ったのですが。
「ぁああああ!!」
突進に引き摺られ思わず声が出てしまいます。この蛙、何故か得意の大音声は使わないみたいです。
腕を振るう事はなく、隙間から見ているのか濃松さんや齋藤くんを狙って突進しかしません。齋藤くんは刀に風を集めているから無駄な一撃ははなてません。濃松さんは『魔力の矢』で牽制していますが、岩の肌に弾かれています。
両手を開いて声を上げてくれればケリが着くというのに。
蛙との一騎打ちとも言えるこの状態。
私の鎖から逃れたいのか蛙は全身を捻りながら暴れ回ろうとする。
その動きを止めようとする度に私からは苦悶の音が漏れ出る。早くお得意の大音声を出して欲しいのに、こんな相手に手間取る自分が情け無い。
情けなくて、服の繊維を鎖に伸ばす。勿論さっき見せたギリギリの服装だが、鎖には充分な量が行き渡る。そこから蛙を侵食する様に繊維を伸ばしていき、蛙の動きを二重に封じる。
「四季!」
「だい、じょうぶです!」
突進しようとする蛙を『身体強化』を強めて強引に押し留める。彼奴はこごまでが攻略の予定です。それに私の魔力は夜黒くんから貰った分を含めて大幅に増えている。乱入のないダンジョンという環境、この程度の魔力消費は痛くも痒くもありません。
幾度かその場で踏ん張るり、遂にその時は訪れました。
「『強い魔力の杭』!」
唄う岩蛙の両手が広がったタイミングで濃松さんがその手のひらに魔力の杭を打ち立て、両手を塞ぎましたが、貫通しなかったのか蛙は両手を荒々しく振って苦痛の声を漏らすだけでした。
ですが、隙としては余りにも充分なもの。大音声も、今や泣き喚くただの子供のソレ。
「齋藤くん!」
「齋藤さん!」
奇しくも私と濃松さんの声が重なります。
ここしかないと彼も分かっているのか、蛙の前に素早く移動し、真上に刀を掲げる。
「狂騒の嵐刃!!」
大地すら抉るその一撃は上体を反らした蛙の事を斬り裂く。
遅れて血が飛び散って、蛙からは悲鳴が聞こえる。
蛙はそのまま風に押されて仰向けになると、声をうしなってダンジョンへと還元されていきました。
多少時間はかかりましたが、これで今日の分は終わりです。鎖を戻して降る階段の方へと移動しようとした時、足下の床が落とし穴みたいに無くなる。
「――ッ! フユミ!」
黒騎士さんが急いで駆けつけますが、私の身体は地面に呑まれ、穴も口を閉じてしまいました。黒騎士さんにも予測出来なかった事態、何があるのか分かりませんが、『復讐者』が関係しているなら好都合です。この力を知れれば、戦いの幅が広がりますからね。
繊維の扱い方も分かれば幸いですが、『復讐者』に身を窶した存在が丁寧に力の扱い方を教えてくれるとは思えませんが、見て盗むくらいはやってやろうと思います。
少し魔力量が減っていますが、誤差の範囲内ですね。
かなりの距離を落下すると、突如身体が柔らかい何かに包まれる様にして落下速度が減速しました。衣服が減っていて、ふと視界の端を見ると翼の様なモノが生えていた。これも繊維の力なのでしょうか。
落下死なんて事も少しは考え始めて、念のため繊維を身体に再び纏わせたので有難い措置です。
落下しながら空間を見ると、某夢の国が何個か入りそうな、そしてとても天井が高い部屋に入ったのだと認識出来ました。
硬質な石材で出来た地面に降り立つ。
「ここは……?」
何も無く、誰も居ない空間。
私の声は響く事もなくただこの広大な空間に吸い込まれていきました。
すると正面に、煙が集まる様にしてし黒い外套を纏った存在が現れる。何処か夜黒くんに似た雰囲気を持っているけれど、コレは夜黒くんなんかじゃあない。
「待ち侘びたぞ、『復讐者』」
その人は「無機質な杖」と呟くと石材の床から三十センチ程の杖を精製して、手に持つと、私に向けてくる。
「私は魔法使いメルリヌス。ヤクロに魔法を教えた存在と言えば、君は少しは興味が湧いてくれるだろうか」
魔法……魔術を超えた、黒の魔人が用いると言われる技術。
知らない筈がない。
だってそれは、夜黒くんを殺した技だろうから。
「ある特殊な条件で君はこの異空間に呼ばれる様に設定されていた。君は『復讐者』の力を、今より活用できる様にしなくてはならない。期間は、君達がこのダンジョンを攻略するまで。今日、もう眠るなら凡そ二日と云った所だろうか」
幸いというか、魔力を活動のエネルギーに変換する方法は体術訓練で身に付けている。私の残りの魔力量を考えれば、今から動き続けてもギリギリ足りる想定ではある。
ならば寝ている暇なんかない。魔法を使える存在は、黒の魔人しかいない。少しでも触れておけばある程度の対策は取れる筈。
「今からやらさせて貰います」
「そうか、ならば私を越えて見せろ! 『復讐者』、お前の挑む相手は私より遥かな高みに位置する存在だ。奴を倒したいと言うなら、夜黒に関係するお前なら、乗り越えられるだろう。見せてみろ、人間の可能性を!」
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