0-2-62 終幕
黒の魔人が構えた大剣はスルリとメンヒさんを貫く。だが血は流れない。精霊だからか、焦りは見られないから俺も動揺はしたが直ぐに気を取り直し、身体強化で右側から肉薄する。メンヒさんを斬る事に、そして素の力で黒鉄大剣を持てる故に黒の魔人は身体強化をしていない。
黒色の身体強化は魔力を使うが、その分強化倍率も高い。メルリヌスの軽い拳を弾くのに多くの魔力を使わされたのは良い勉強になった。
「我が身体も無なり」
「面倒な奴だ……ふむ、“魔法”でしか殺せないみたいだな」
左手の黒鉄大剣が地面に突き立てられ、壁が生じる。
殴り壊すのはほぼ不可能だ。触れた部分の魔力が剥がされる恐れがあり、簡単には手を出せない。黒鉄大剣の鍔に手を掛け更に押し込む。
邪魔な物は埋めるに限る。包帯の巻かれた鍔や持ち手なら魔力を散らされる事はない。それで散らされるなら黒の魔人が“魔法”を使える理由が分からなくなる。
「二対一は、厄介だな」
「大人しく捕まってくれれば御の字なんだがな!」
大剣を乗り越える勢いで蹴りを放つが、上体を逸らすだけであっさりと躱される。
「……無理な相談だ」
その瞬間黒い魔力による身体強化が発動し、足を掴まれ投げ飛ばされた。幸い木に衝突して直ぐに戦線復帰出来るが、身体が痛む。
なんて馬鹿力だ。漫画みたいに人間を吹き飛ばすなんて、冗談にも程がある。メンヒさんとも乱打の応酬をしており、其処に下手には加われない。
「ヤクロ殿は退避の準備を! 私なら此奴を抑えられる!」
「……敵前で作戦を話していいのか?」
「私を倒せるかね」
その時黒の魔人が嗤った。
「“限定的な異界の召喚”」
その瞬間メンヒさんの身体が崩れ、黒の魔人が悠々と此方に迫る。前と違う点は、メンヒさんの身体が崩れただけで姿は見える事。
メンヒさんの魔力が酷く乱れている。コレは精霊に何らかの枷を与える“魔法”なのだろう。強制的に一対一の状況が作られてしまった。
「……最も私に近い存在が人間とは面白い、だそうだ」
「褒められても嬉しくないね」
「私は私の目的が達成されれば構わないんだ。“ⅱ”の頼みはついで、お前は何の感慨も無く死ぬ」
その一言と同時に拳が飛んでくるが、首を傾け回避する。いきなり頭部の破壊とは、親の顔が見てみたいな。
続いて放たれる拳や蹴りの全てに黒色魔力がふんだんに使われており、回避するので精一杯だが、格闘技は修めてないのか攻撃は単調だ。避けるに全てを割けば、なんとかなる。
「人殺しは地獄に堕ちるって母親に習わなかったか!」
「……黙れ」
藪蛇だったのか感情にブレが起き、一番威力の高い蹴りが木を蹴り裂く。鋭い蹴りなんて言葉はあるが、これじゃあ樵泣かせもいい所だ。
時折当たりそうになるが、ソレは長年の経験から得たいなす技術で上手く切り抜ける。蹴りと殴りの乱打は確かにどれもが必殺の威力を有しているが、当たらなければどうと言う事はない。
腹への殴りだと思ったものが、フェイントだった。
拳は引かれ、俺に手が翳される。
「“拘束”」
「――ッ!」
全身の使える力を総動員してその“魔法”から逃れる。
手を翳すという事は効果範囲は限られている。“魔法”も全能じゃない事は“魔法”を使える俺だから分かる事だ。
「……良く跳ねるな」
「簡単には捕まってやれないね」
さっきから未来固定も過去回避も試しているが、一向に使える気配がない。こいつ、何かしらの“魔法”を使ってるのか? それならもっと分かりやすく魔力が見える筈だが、そんな“魔法”が使われた痕跡はない。
考えられるとしたら黒の魔人の中に宿る存在の影響だろうか。アレは常軌を逸している。“ⅱ”と呼ばれるその存在はアイツからも盛大に嫌われ、警戒されてた。
地面に押し込んだ黒鉄大剣を回収される。
「少し戦い方を変えようか」
その言葉通り黒の魔人は手数を増やした。威力は下がっているが、人体がその一撃を貰えば容赦なく死に近付く威力だ。手加減というものを理解していないのか、それとも肉体の強度を理解していないのか。
「先ずは左腕」
真っ直ぐ上へと伸ばされた足からの蹴り下ろしを回避した瞬間に左腕を掴まれ、強引に圧し折られる。引き千切られなかった事を喜ぶべきなのか、だが余りの痛みに耐えられず身体が硬直してしまう。
「“魂の簒奪”」
黒の魔人の右手が薄く輝く。
「させん!」
薄く輝く右手が俺に伸ばされ、言葉通り魂を奪われると覚悟した瞬間に、目の前でメンヒさんが顕現する。その身体は黒の魔人の右手に貫かれ、手には魂が握られている。
折れた左腕に自己再生に分類される“魔法”を行使して魂を取り返そうとしたが、その魂は黒の魔人の中に入っていく。
「夜黒を庇わなければもう少し楽しめたろうに。馬鹿な精霊王だ」
メンヒさんの身体は砂の様に崩れていく。
「メンヒさん、なんで……」
「我が力を、受け取ってくれ」
「え?」
「精霊王の加護を授けよう……」
そう言ってメンヒさんは消え去った。
黒の魔人は俺から友を二人奪った。
アイツの時とは違う。今度は守られて、俺が、俺の所為でメンヒさんを失った。精霊王と精霊の関わりは黒の魔人による知識通りなら周囲の魔力が若干薄れたのは、そういう事だろう。あの子達も居なくなった。
だが、確かに俺の中に息づく新たな力を感じた。
「再生速度が遅い。“魔法”も『魔術』も中途半端なお前に何が出来る? 精霊王の身代わりに意味は有ったか? お前は私に殺される。その運命は変えられないし、変えさせない」
これが、『無』の力か。
使える回数に限りはあるだろうが、この戦闘にだけというのであれば保ちそうだ。“魔法”と『無』を合わせれば何が起こるのか。
パッと思いついたのは一つの“魔法”。
確実に当てるには、相打ち覚悟でやらねばならない。全てを無駄にする訳にはいかない。外に居るであろう援軍の為にも、何かを残さなくてはならない。
「抵抗すれば、その分苦しんで死ぬ。私はサディストじゃあないんだ。死ぬのは楽な方がいいだろう?」
迫る黒の魔人に“魔法”を放つ。
四方を闇で囲み増大された重力で圧し潰す単純なもの。単純故に威力が高まるが、奴は身体強化した腕の一振りで空間そのものを破壊する。“魔法”に関して、間違いなく向こうの方が知識も有しているから出来る芸当なのだろう。
「それだけか?」
「そんなはずないだろ!」
“旭連天千手砲”を放ち、肉体強度を強制的に下げる“結合の不一致”も発動させる。“魔法”の砲撃は一点集中にし、黒の魔人を突き破ろうとしたが、木の枝を振り回す様に一本の黒鉄大剣を振り回し全てが弾かれる。
“強く太い魔力砲”で黒鉄大剣の許容量を超えさせ様としたが、太かろうが直線の攻撃は回避される。そのまま肉薄され、大剣が振るわれる。距離を詰められた事は焦る事では無いと思考し、“夢現”を発動する。左に幻影を逃させ、俺は魔力を展開する。
「賢しい“魔法”だ」
だが見破られる。
それでいい。お前はこのまま、その頸を落とされる。
再び“魔法”を放とうとしたが、発動しなかった。
「え……」
「使い切ったみたいだな」
初代クローディアの因子が無くなった。
俺が“魔法”を発動するきっかけにしていたのはその因子。それがなくなって、“魔法”が放てなくなった。魂に関して俺は何も理解してないから、感じ取る事は出来ない。
「漸く終わりだ」
だが、まだあるじゃないか。
“魔法”を発動するのに、犠牲は付き物だとメルリヌスは言った。確かに、この力を再現するには大きな犠牲が必要だな。
迫る黒の魔人の拳を、魔力を解いて受け止める。腹には穴が開き、血が噴出するが気に留めない。生憎痛みは無にしている。さっきみたいなヘマはしない。
「“無現反転”」
その一言で俺の損傷が消え失せ、黒の魔人に傷が移る。この“魔法”は俺に有るモノと相手に無いモノを反転させるだけの“魔法”だが、メンヒさんから突然渡された力の使い道なんかこれくらいしか思いつかなかった。
「……面白い。“神域展開”」
怪我を一瞬で治癒した黒の魔人は俺に接近し、その拳を俺の胸に当てる。今は魂かすり減った事で身動きが取れない一瞬の隙、そこを突かれた。
かつての神が見せた異空間を創造する技術。クローディアさんを以ってしても解析不能だった神域展開というもの。
だが戦えない事はない。“魔法”が無くても魔術がある。無の力だってある。だが、これは厳しいな。あの時の神とは違う重くのしかかる様な威圧感がある。
「“深淵影閉界”」
辺り一面が闇に包まれる。
影からは獣が飛び出し、俺の四肢を噛み千切らんとする。
「“炎伐”」
異空間の全てが炎に包まれる。咄嗟に『水の壁』で防御するが、炎はソレを蒸発させる。
嗚呼、炎雷の使い手はやっぱりこの子だったのか。何となくそうなんじゃないかと思っていたが、まさか本当にそうなるとは。
「“雷霆”」
空間に雷が奔り、俺を焦がしていく。
この時点で、俺の意識は既に薄れている。
済まないシュレディンガー、お前の仇は取ってやれなかつまた。済まないメンヒさん、貴方から貰った力は十全に扱えなかった。済まない冬美、俺は君を守れない。
間延びした時間で走馬灯は起こらなかった。
ただ何も出来なかった後悔ばかりが募る。
「止めはしっかり刺さないと、そうだろう?」
そんな声が聞こえ、尻尾の様なモノで首を絞められ持ち上げられる。翼も生えたのか浮遊感がある。苦しいとかはない。もう、感覚がない。
「“一矢炎雷”」
薙ぎ払われた腕から一本の矢の様な何かが飛び出す。俺の胸を貫き、身体が焼けていくのが良く分かる。まるで自分を俯瞰して見ているみたいだ。
「“魂の簒奪”」
メンヒさんの力を分けて貰ったなら俺にも力を切り離す事は出来るだろうか。
力の譲渡。
冬美がこれから何者にも縛られずに生きていける様に、俺の持つ全ての魔力を、魂の欠片を俺の身体から切り離す。一時的なモノではなく、恒久的な能力の譲渡。コレが見えるのは冬美だけだ。黒の魔人には奪わせない様に今出来得る最高の結界を見えない様に張り合わせる。
そして、俯瞰して見ていたのも束の間。俺の意識はそこで歿くなった。
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