0-2-57 揺籠に眠る
衝突した二人は弾かれる事なく拮抗する。猫が飛びかかる様に斬りつけ、あの子を地面に圧しているからだろう。鎖はもう半分ほどが焼け切れている。メンヒさんももう少しで顕現出来そうだ。
あと少し、あと少しだけ耐えてくれ。
もう友を失う悲しみはうんざりだ。鮫太とは違って助けられる寸前のお前を失ったら、俺はどうなってしまうだろうか。考えたくもない。
「あと少し……」
ずっと俺の頭は警鐘を鳴らしている。
これは危険が迫った時良く起こる現象で、俺が異能を使わなくてはならないが、今は何故か使えない。
その間にも二人の剣戟は激しさを増していく。
俺を縛る鎖は、残すところ身体を貫通している四本の鎖のみ。鎖に触れている間は動けないのか、拘束の見た目が薄くなっても動けない事に変わりはない。
速く、速く!
あの子は大剣を滑らせ、二刀流に戻しながら猫のサーベルを上に弾く。魔力の糸で縛っていた所為だろう、猫の右手が真上に伸びる。
短杖で流れたもう片方の大剣を防ぐが、猫の両手は使えなくなり、あの子の周りを浮遊していた漆黒の魔力が蠢く。
鎌となった一撃が流れる。
辺りに夥しく噴出する赤黒い液体。
一瞬何が起こったのか認識出来なかった。
いつの間にか拘束は解かれており、メンヒさんと二人で猫に駆け寄る。斜めに裂かれた傷は深く、猫は呼吸が薄れていく。
知らず、涙が零れた。
「……にゃ、クロ? 泣かないで」
「――ッ! “魔法”なら!」
即座に猫が再生する様な“魔法”を構築して魔力を流すが、一向に回復する兆しは見れない。ダクダクと流れ出る血液が、俺の無力を告げる。
「……あんたは“魔法”を知らずに使ってたのか」
「なに?」
「“魔法”は“完成”した技術だから、先手が有利になる不可逆の技だ。私が先にそうしたから、その猫はもう元に戻らない。それに、これに見覚えはないか?」
黒い物質には光り輝く球が突き刺さっている。
見間違える筈なんかない。クローディアさんに何度も見せてもらった、他人のは分からないが、そこまで大きな差はないであろう物質。
あれは魂だ。
猫に僅かに息があるのは全ての魂までは抜けていないのだろう。だが、死を回避させてやる事は出来ない。相変わらず猫が治る未来は固定出来ないし、あの子は――カルマは無表情に此方を見ながらその魂を口から取り込む。
「まさか、お前は――」
「返せっ!!」
メンヒさんの言葉を遮ってカルマに駆け寄る。
魔力は展開してある。“魔法”の種は周囲に無数に浮いている。これをカルマにぶち込めば、先手の不可逆なら殺せる。今の俺の頭にはカルマを殺す事しかない。
猫の事を強く抱きしめながら“魔法”を放つ。絶対に離さない。助かる道は、無いなんて言わせない。未来すら、運命すら、俺が書き換えてやる。
「……そこまで愛着が湧くとは面白い、だそうだ」
「“大いなる魔力の奔流”!!」
浮かぶ魔力を更に圧縮して爆発させ、カルマに魔力の波動を放つが、背中から突如生えた漆黒の翼に阻まれる。
「本当はまだ、見せる予定じゃなかったんだがな」
黒の魔人。
魔物の性質をその身に宿せるからその忌み名となったのだろう。死人の証言はその全てが人型の魔物に殺されたというメッセージを残していた。
その片鱗がここで見られた。
“魔力の矢”を無数に展開し、一斉に放つ。面での攻撃が効かないのであれば、一点集中の点攻撃。同じ箇所に魔力の矢を放つが、その全てが無数に崩れ落ちる。
まるで俺の無力を表しているみたいで、思い付く限りの全ての“魔法”を放つが黒鉄大剣と無数の鱗を生やす漆黒の殻は穿てなくて、カルマは魔力を広がるだけで俺の浮遊させている魔力毎全てを霧散させる。
「クロ……」
「しっかりしろ! いつもみたいに笑って――」
「ぼく、クロのこと、すきだったなぁ」
「何言ってんだよ! 諦めるのか!? 生きろ!」
「にゃは、おやすみのキスは、だめ?」
「そんなのでお前が治るなら幾らでもしてやるから、だから俺から離れないでくれ、たのむ、たのむよ……」
「にゃ、にゃ、さよな……」
猫が死んだ。
言葉にすれば呆気ないが、猫は瞳から輝きを無くして、鼓動も無くして、血塗れで、俺の腕の中で生き絶えた。
観察していたカルマは周囲の魔力を消すと一つの“魔法”を発動させようとする。このパターンは逃げられる。恐らく転移魔術に慨する“魔法”があるのだろう。
「……まだ時ではない、そうか、お前は生かされるみたいだ。“転――」
「私を忘れて貰っては困るな」
メンヒさんがこの場に存在する全ての魔力の色を無かった事にする。無色の魔力はあっという間に霧散し、カルマはメンヒさんを睨みつける。
「精霊王とはまだ戦いたくないんだがな」
「シュレディンガー殿を殺した貴様には精霊の罰を与えよう」
メンヒさんが護符と笠を外してカルマに杖を向ける。
俺も再び魔力を展開してカルマをいつでも殺せる様に準備をする。“魔法”の出し惜しみはなしだ。猫を真の意味で弔うにはカルマから魂を取り返さねばならない。
無を支配するメンヒさんがカルマの魔力だけを無色に染め上げるが、カルマは自力で黒鉄大剣を持ち、身体強化と見紛う速度でメンヒさんを両断する。
「私は精霊王。その程度では死れないな」
「あんたもまだその時じゃないから、その力を封印させてもらった。無の支配は実に私に必要な力だから」
「むぅ」
カルマが転移と呟くとその場から消え失せる。
後に残されたのは再生するメンヒさんと、猫の死体を抱きしめる俺だけ。後ろでは避難を開始していたのか、猫人も人間もいなかった。殺された人も運ばれたのか、姿はない。
「ヤクロ殿」
「このままじゃあ辛いだろうから、出来る限り早く楽にしてやろう」
「……」
涙が止まらないのに、声は震えなくて。
俺は親しい人が死んでも涙しか流せないみたいだ。
“魔法”を一つ放つ。
「“揺籠の炎”」
猫の身体が浮かび、球状の炎の中に入る。この“魔法”に熱はなく、ただ死体を消滅させるだけの優しい“魔法”。猫に残された魂もこれなら燃えきる。だから、もう休んでくれ。
俺がお前にどれだけの事をしてやれたかは分からないが、一つ約束しよう。お前の魂は、きっと幸せにしてみせる。
魂を抜かれても意識が有ったから要らぬお世話かもしれないが、目の前で助けられた命を奪われたままというのは遣る瀬無い。
いつまでも猫を想うのは、逆にしかられそうだ。
『にゃはは、クロは真面目だねぇ』
生きてたらそう言われそうだ。というより、言われた記憶がある。そして、出来るのであればそう言って欲しい。猫に茶化されるあのやりとりはもう出来ない。だって、猫は、シュレディンガーは死を証明されたから。
『にゃはは、僕には色んな力があるからね』
そんな事も言いそうだ。
というよりも言ってた気がする。長年共に過ごして、あいつの全ては結局分からず終いだ。
心の中で一つ、今までの感謝をしてからクローディアさんに念話をする。念話が顔の見えない通話手段でとても助かる。
まだ涙は止まらないから。
『クローディアさん、今大丈夫かな』
『何かありましたか?』
いつもと変わらない調子のクローディアさんが念話に応じる。今はその変わらないという事実が何よりも嬉しくて。でも、悲しみは消えなくて。
『死体はもうないけど、シュレディンガーが死んだ』
念話越しにクローディアさんが驚くのが伝わる。
『黒の魔人に関する情報が入ったら報告してほしい』
『まさか、シュレディンガーさんは――』
『殺された。俺はまた生かされた。その理由はわからないけど、俺がケリを付けたい』
『復讐に身をやつしても、と言いたいですが、分かりました。全面的に協力します。新たな英雄――アルマ様もご助力してくれるでしょう』
念話が切れ、俺は天を仰いだ。
もう涙は止まっていた。
「ヤクロ殿、暫くは私も共に行動しよう。アレは人間の手に負える存在ではなさそうだ。私の力も、散らされぬ様に対策しておこう」
「……精霊王も暇なんだな」
「初めて出来た友の一人を目の前で奪われた。何に置いても優先し、もう一人の友を助けるのに、理由がいるかな」
「……ありがとう」
代わりの相棒を手に入れた。
でも、メンヒさんじゃあいつの代わりには成り得ない。空虚を埋められるのは、もういない。
ブックマーク、感想、評価の方よろしくお願いします。




