0-2-52 インフレーション
一週間の休暇の間に入念な準備を済ませて、猫と共に『飛翔』の魔術でどこの国にも属さない竜の絶壁へと辿り着いた。
この世界の竜は西洋なドラゴンではなく、東洋の細長いフォルムが基本的だ。だが例外は勿論有り、泥竜の様にドラゴンらしい形のモノもいる。
竜の絶壁というだけあって、空には無数の竜が舞っているが、巣穴からは雛と思しき個体が餌を求めて顔を出している。時折別の竜がその雛を掻っ攫い、捕食している。それに反応した親竜がブレスで殺し、残りの雛にその竜を千切って渡している。
弱肉強食を体現した無法地帯。
「これが、竜の絶壁」
「にゃー、凄いねぇ」
「想像以上に面倒な状況になってるらしいな」
今まさに竜と竜の争いを目にしてるが、竜が竜を喰らうというのは極めて稀な行為だ。それだけ、餌が不足していると分かる。
本来竜同士はお互い不干渉。にも関わらず竜を襲うという事は竜にとって不都合が生じているからで、それを解決しない事にはやがて人間も捕食対象と見られるだろう。基本的に人間は竜に勝てない。
高ランクの冒険者であれば何匹かは対応出来るが、竜の絶壁に居る個体群が来襲したら一溜りもない。
「これはかなり間引く必要があるな」
(餌場の確保が課題になりそうな依頼だな。全く人類種にとって損害しかない状況だ)
「にゃー、親を殺せばいいんだよね」
「そうだな。残された子供は可哀想だが、これも人類種の為なんだ。繁栄に犠牲は必要だろう」
『飛翔』の高度を上げ、竜の視界に入る様にする。
人間が――餌が飛び込んで来たと勘違いした赤い竜は猫の抜いたサーベルで頸を落とされ絶命する。
最近の猫はあのサーベル抜いてるなぁ、なんて考えながら『渦巻く魔力砲』で30メートル内の全ての生命を狩る。
この魔術の利点は俺を中心に半径30メートル内の全てに満遍なく魔力砲を通せる事にある。子育てに専念して痩せた竜など相手にならない。
「にゃはは、こっちは軽くやっとくから、後で合流ね」
「わかった。無理はするなよ」
「にゃー、クロもね」
右に飛んでいった猫を見ると、辻斬りよろしく竜の頸を落としていく。あいつの剣術は高いレベルにあるんだろうな。こちとら魔術しか心得が無いからなんとも言えないのが勿体ない。
さて竜の絶壁、蹂躙の始まりだ。
やる事は簡単だ。
魔術で適当に撃ち抜き撃墜させるより、一撃で殺した方が燃費がよろしい。なので俺は竜の雛を誘拐する。竜が飛び回っているが、奴等はホバリングは出来ない。『飛翔』はかなり自由に飛べるため掻い潜るのは容易く、早速一匹目をゲットする。
それを見た親竜が俺目掛けてブレスを放つが、竜のその場に留まれないブレスは上下に拡散し、『魔力障壁』を二枚張れば防げる。
ブレスを吐き終えた竜が礫の様な物に攻撃を変更するが、雛を投げつけ攻撃を強制的にキャンセルさせ、そこを子供諸共撃ち抜く。
これだけの作業。
他の竜は死体を貪り、噛み千切った肉を雛へ与えているが、その隙を見て“魔力砲”で巣ごと撃ち抜き全てを殺す。
その現象は連鎖し、やがて俺の事を認識した竜達が共通の敵だと認識し、一斉に礫を吐き出す。
「にゃ、クロの方もそうなったんだ」
「奇遇だな」
同じ様に間引いていた猫と背中が合わさり、様々な方向から礫が飛んでくるが、“魔法”で防ぐ。
「“球状の隔壁”」
猫と俺の間を中心としてあらゆる攻撃から身を守る魔力障壁の上位互換を“魔法”として発動する。その一枚だけで全ての攻撃を凌ぐ。
「掴まってろ」
「にゃ?」
メルリヌスが最後に見せた光弾による弾幕を再現し、全ての竜を穿つ。巣穴にいた雛も同様に穿ち、竜の絶壁の一部の区画が殲滅される。
地上に居て運の良かった竜や、今の高度よりも遥かに高い所を巣とする竜などは生き残ったが、これだけ間引けば充分だろう。
「後は餌場についてだな」
「にゃはは、あんだけいれば餌の争奪戦は激しかったんじゃないかな。傷付いた竜もいたから、僕達が手を加える必要はきっとないよ」
「そうか」
自然界については猫の方が遥かに詳しい。
猫がそういうならきっとそうで、俺達が何か手を加える必要は一切なし。これで晴れて任務が終わりを迎えた訳だ。
だが、なんというか。
「にゃはは、なんかありそうだよねぇ。今までこういう時ってなんかあったから、なんだか終わった感が薄いよね」
「そうだな。何かがあるのが依頼の常になりつつあるからこれだけだと寧ろ本当に終わったのか疑問を抱きたくなってくるな」
「にゃはは、それならさぁ」
『飛翔』を解いて地面に降り立った俺達だが、猫が適当に魔力を放った事で乱入者が現れる。
「グォオオオオ!!!」
竜種の中で最も強いとされる、この世界で忌み嫌わらた色の竜。俺と同じ黒色の眼をした、漆黒の竜。
生態系の真の頂点に立つ竜の中の竜。
たった一匹でもクローディアさんが出張るほどの強敵であり、先程の弾幕をその翼で防いでみせた真の強者。
「お怒りだぁ」
「にゃはは、当てちゃったねぇ」
吐き出させれる漆黒の炎を回避して展開した魔力の塊から『魔力砲』を放つが、その鱗に阻まれ肉体に魔術が届かない。
どうやってクローディアさんは倒してるのやら。
猫が蛇の様に地を這ってサーベルを振るうが、少し切れるだけで先程までとは違って頸を落とさない。
“魔法”を使えば倒せるだろうが、こいつの魔術のみでの倒し方が非常に気になる。是非とも会得したい技術だ。ならばやる事は一つ。
「“魔法”は無しだ」
「にゃー、倒せるかなぁ」
「クローディアさんに出来るなら、俺達も出来ないとおかしいだろ?」
「にゃはは、クローディアは“魔法”とは違う強さで倒してそうだからねぇ。やるだけやってみようか」
黒竜の討伐が始まる。
まず魔力を見た限り、メルリヌスの出した竜よりも鱗は硬い。それに猫のサーベルが通っていないから肉も硬いと予測が付く。猫は鱗の隙間を縫って切るから、この予測は間違ってないはずだ。
「にゃー、僕はマメネコ出して上から攻撃しようかな」
「了解」
猫が上から絨毯攻撃を仕掛けるなら、俺が近接をしては巻き込まれてしまうな。“魔法”は使わないが、出来ることが限られたな。出来ないなりに、やれる事はある。
黒竜が首を持ち上げ猫に向かってブレスを吐き、そのままの勢いで俺にもブレスを浴びせてくる。
賢しい攻撃だ。
「五連『魔力障壁』」
勿論そんなついでの攻撃にやられてやる筈がなく、黒竜の攻撃を魔力障壁で無効化するが、ついでとはいえ火力が高い。五連で張っても貫いてきた。
迫る黒炎を回避してナイフに魔力を通す。猫は技術で斬っているが、純粋な力でなら流石に斬れるだろうと踏んで、身体強化も併せた一撃を叩き込むと前脚に若干の筋が入る。
同じ所を攻撃できれば傷は抉れるだろうが、そんな器用さはないし、猫の準備が整ったのか基礎魔術の雨が降り注ぐ。
「グォオオオオ!!!」
だが流石は生態系の頂点。
マメネコ諸共その魔力の籠った方向で掻き消す。
これには俺も猫も驚きを隠せない。
「随分と口の開く奴だ!」
身体強化で自身の能力が向上した今だからこそ、跳躍で黒竜の顎門に手を突っ込み魔術を放つ。
「『太い魔力砲』」
やはり内臓、というか口内は弱かったのか魔力砲が貫通する手応えを感じる。だが表皮は破れなかった。どれだけ硬いんだ、この竜は。
内臓を貫いた事で絶命した黒竜に猫が近寄ってその命が離れた事を確認し、俺に向き直る。
「にゃはは、黒竜程度じゃあハプニングとは言えないね」
「強くなったんだなぁ」
「にゃはは、あの時の竜はノーカンかな。反則勝ちみたいな所あるしね」
「まだまだ俺達は強くならないといけない。あの子の事もあるし、あの竜の時も……強くなろう」
強引なやり方で殺した竜を解体して素材をポーチに詰め込む。内臓系も役立つそうだが、殆ど魔力砲で消し飛んでいる。
ポーチはどれだけ大きな物を詰めても裂ける事はなく、大きなパーツでも携帯できる。
これで、竜の絶壁での任務は完了だな。
クローディアさんになんて伝えようかねぇ。
魔術協会に転移し、黒竜の素材を売り渡してクローディアさんの部屋に飛ぶ。
「やあ、クローディアさん」
「今回は念話無しなんですね」
「あ、忘れてた」
うっかり忘れていたが、クローディアさんに一つの小さな塊を取り出して渡す。
「これは」
「黒竜もついでに討伐したから記念にと思って。俺は要らないしクローディアさんの方が有効活用できそうだからさ」ら
ダンジョン産の魔物も偶に残し、現世の魔物からは魔力の多い長い年月を生きる魔物のみから取れる宝石の様な物体――魔石。
魔物の魔力にもよるがその固体の得意属性の色に染まった魔石は魔術の実験に於いて優秀な道具となる。中でも黒竜の魔石ともなれば、その価値は計り知れない。
生憎俺は魔術の研究者ではないからそういうのに精通しているクローディアさんに渡す。
「いいんですか? これ一つあれば夜黒さんのナイフよりもっと性能が良いの手に入ると思いますけど」
「何年も碌な整備しないで保ってるこのナイフを超えるのは流石に無理があると思うし、最悪“魔法”があるからなぁ」
「それじゃあ、頂いちゃいますね」
虚空に魔石をしまったクローディアさんは新たに依頼を出してくる。
「終わって直ぐで申し訳ないのですがら次の依頼です。期限はないので急がずに」
そうして俺は次の依頼を達成する準備を始めた。
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