0-2-36 忌み名
「やあ、クローディアさん」
クローディアさんの執務室に飛び、彼女の正面に現れる。正面といっても机を挟んでの対面だからそこまで近くはない。
「別に急ぎの用事ではないのですけど、エルフの里にはもう少しいると思ったんですがね」
「原因が消えたからそのまま来た。ダメだったか?」
「いえ、此方です」
クローディアさんが一枚の羊皮紙的な紙を取り出す。この世界ではありふれた紙の種類で特別さは感じない。喫緊の依頼はもっと質の良い紙で、束で来る。
そうじゃなく一般依頼用紙と同じって事は本当にいつ来ても良かったのかと思うが、依頼内容に目を通すと一つの記憶が呼び起こされる。
エルフの隠れ里を探していた時に遭遇したオーガ、その巣窟から出てきた漆黒の魔力の少女。
彼女は関係ないだろうし、彼女について書かれている訳でもない。なのに、彼女の事を思い出した。
「『黒の魔人について調査せよ』ですか……」
彼女の漆黒の魔力が想起される。
だがあの子は人を襲ったりする様な魔力は感じなかった。敵意を持って接すればその保証はないだろうが。
いかんな、なぜ、彼女の事ばかり考えてしまうのか。
「数年前から類似の依頼が上がっていましてね。勿論この世界に魔人という人類種はいません。遭遇して生き残った冒険者とギルド本部により付けられた忌み名です」
この世界には二つ名と呼ばれるモノが存在する。クローディアさんはその名前を自分の物にしてるから例外だが、「クローディア」は二つ名に該当し、七騎士もそれぞれが二つ名を有している。
そんな中忌み名と呼ばれる二つ名が存在する。それは冒険者ギルドないし魔術協会が認定したこの世に仇する存在のこと。簡単に言うと――。
「世界的な指名手配って事か」
「そうなります」
「充分緊急度の高い依頼だと思うがな」
並の冒険者じゃこの依頼は熟せない。そういう判断からクローディアさんに依頼が回ってきたんだろう。
「生還率ゼロの依頼を頼めるのは私や七騎士、他にはアンさんや夜黒さんくらいかと」
「俺?」
「不可能ではないかと」
「買い被りだがなぁ」
クローディアさんが期待の籠った目で此方を見ているが、生還率ゼロの依頼を俺に回すのは間違ってる気がする。猫もいれば幸い生き残る事は出来るだろうが、俺には最近死ぬ未来を予言されたりしたからこの依頼は何となく受けたくない。
断ろうとしたが、勿論受けてくれるよねっていう微笑みはやめてほしい。こちとら命を救って貰ってるから、それは卑怯だろう。俺は何でも屋じゃないんだがなぁ。
残してきた妹に似てるからかね。
あの日秋音に連れ出された時は振り返り授業で俺の妹は登校していた。俺と千夜の二人であの家は回っていたが、俺が抜けて負担はないだろうか。もう六年も離れて、それでも家族というのは、心に残る。
元気だろうか。兄として、あの気弱な妹を気にかけてしまうのと同様、俺は何故かクローディアさんに惹かれている。
年齢的には妹というよりも、姉、いやおばあ――
「夜黒さん?」
「あ、はい、受けます」
絶対心読んだよ。
そういう魔術の対策してるのに、この人怖いわ。しかも反射で受けるって言っちゃったよ。これどうすんだよ。生還率ゼロの依頼をただの職員に投げるかね。
「詳細な情報は別にあって――これです」
「緊急依頼並の量だな」
「ギルドに辿り着いて息を引き取る寸前の方の言葉をそのまま記しているだけで、内容は少ないですよ」
絶対俺もそうなるじゃん。そもそも「黒の魔人」なんて如何にも強そうな忌み名貰ってる存在に一般職員は太刀打ち出来ないわ。あー、これか、死の未来って。
猫や、お前だけでも生き残る様に交渉するから、全力で逃げてくれ。なんだかんだお前には愛着あるから、俺に巻き込まれる形では死なないで欲しい。
「にゃはは、ただ行って調べるだけなのに皆んな軟弱だねー」
「何か理由があるんだろ」
「資料を見て頂ければ分かりますが、黒い何かで攻撃してくる様です。Bランクの冒険者でさえ魔力を感じなかったと言っているので真術ではないと思いますが」
メンヒさんの例があるから魔力を感じないからと油断してはいけないな。これは相当厄介なネタを仕入れられたもんだ。最悪、死を覚悟して臨むとしよう。
「部屋で仔細を読ませてもらう。向かうのはそれからにするよ。念のために道具も揃えたいしな」
「行く時は気をつけて下さいね」
クローディアさんの執務室を出て、久しぶりの魔術協会本部の借りている部屋に入る。クローディアさんとは偶に念話で話してたからあれだが、いざ戻ってみると随分久しぶりな場所だ。
猫なんかも久しぶり過ぎてベッドを確認してた。そういえばこいつやたらと寝床には拘るよな。今まではスルーしてたけど、潔癖って訳でもないのになんでだろうか。
とりあえず今は資料に集中しますかね。
見た目は成長途中の女の子らしい。この世界に教育機関が発達していればもう少し細かな情報が得られたかもしれないが、とりあえず大人のサイズではない、と。
容姿に関してはこの世界では極めて稀な黒髪黒眼。確かに俺も俺以外に黒髪黒眼は会った事がないな。猫は最初黒髪とも思ったが、藍色だしな。
来ている服は血に染まり不明。サイズに合わない羽織り物を着ているそうだ。隙を突いて一撃入れたが切れなかったとの事。
攻撃方法は黒い何かによる刺突や斬撃など。黒い何かは鋭いと見ていいだろう。これが魔力で現されているなら相当な魔力密度を誇るが、俺の嫌な予感が当たらないで欲しい所だ。
独り言が多いらしいが、その内容までは掴めない。まるで誰かと対話をしているみたい、と。
ここまでの情報で分かった事は、本当に、恐らくだがあの時の少女と見ていいって事だ。攻撃方法も今思い出せる限り合致する。
羽織り物は俺があげたコートと見て良いだろう。神の贈り物ならそれなりの耐久度があってもおかしくないし、何よりその証言はDランク冒険者の物だ。レベルが低い存在の証言は頼りにならない。
参ったね。
俺はあの子と敵対する気は更々無い。
そもそも出会いが衝撃的過ぎて今でも軽く思い出せる程。俺も六年掛けて戦闘技術は向上したと思うが、あの子の魔力からすると俺を追い越しててもおかしくない。
「それにあの時、俺は漏れ出たのと身に纏う魔力しか感じ取れなかった」
「にゃー、やっぱりあの子だったの?」
「その可能性が極めて高い」
「にゃはは、それは大変だ」
とりあえず残りの資料にも目を通したが、目新しい情報はなかった。
魔術協会の装備品売り場で『切断』が付与された投げナイフを十本購入し、逃げる為の魔力偽装の効く煙玉、後は友好的に疲労回復の飴でも買って、明日出発しよう。
目的地というか目撃例はアテナ王国領西の森。範囲は広いから見つけるのに時間がかかりそうだ。せめて黒い魔力が精霊みたいに残滓を残してくれれば助かるんだがな。
歩きだと此処から時間が掛かるから飛行魔術で色々飛び越えながら向かうとしよう。
まだ、死にたくないなぁ。
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