0-2-32 エルフの隠れ里
「ここが入り口のはずなんだが……」
エルフの隠れ里の入り口にたどり着いた俺たちはどうやら歓迎されていない様で、何度も同じ場所をグルグルと回らさせらていた。
どれだけ真っ直ぐ進んでも気付けば元の位置に戻されている、というのが正しい見方だろうか。とにかくエルフの防衛魔術のレベルは高く、今の俺ではコレを破るのは厳しい。
するとメンヒさんが俺達の前に出た。
「ふむ……在るはずなのに無い、か」
メンヒさんが手を伸ばし空を掴む素振りをするが、何も起こらない。彼の澄んだ魔力であれば何かしら起きても良いと思ったが、エルフの人見知りは想像以上だな。
「私はかつてのお方の教えに従おう。そこに在るものはただ変化のみであり、私達はその変化を見ているに過ぎない。なれば、この無限に続く幻も終わりがある」
「メンヒさん?」
「問おう。其方らは永劫変わらぬ景色を好しとするのか、移ろい変わる景色を好しとするのか」
この人の神聖さも相俟ってなんだか説法を説かれているみたいだ。説法なんて真面目に聞いたこと、というか耳にした事もないが、この人はなんだか悟りを開いていそうだなと思った。
そしてその言葉を受け入れたのか、目の前の木々がまるで道を作る様に曲がり、俺達を歓迎する様に開く。果たして俺と猫が通って良いものかと思ったが、メンヒさんが促しても木々は閉ざさないから、きっと許されたんだろうな。
『にゃー、なんだか格好良かったね』
『良く分からんが心に響くってのはこういう事なんだろうな』
延々と続く森が拓け、一つの集落に辿り着く。
此処のエルフは木材を使用して建物を建築するタイプらしい。それぞれの小屋があり、しかし大きな木々でしっかりと守られた要塞の様な集落は見た事がない。
多分だが、一箇所に根付くタイプのエルフなんだろう。だがそれならメンヒさんの問い掛けに応じた理由が分からない。此処のエルフ達は変わらないを選択したのではないか? メンヒさんのは、素人目線だと変わりゆくモノを好しとする、みたいな感じだったが。
集落の中央までくると至る所から視線を感じる。魔眼で確認すると攻撃魔術を準備している者すら居る始末。これは歓迎されたというより、誘き寄せられたという表現が正しかっただろうか。
そんな事を考えていると青年に見える一人のエルフが俺達の前に出てくる。敵意は無いみたいだが、あまり歓迎している様子は無いな。
「来客とは珍しい。何用かな?」
その声は綺麗だった。エルフは総じて美形であり奴隷価値が高いらしいが、この男性は見た目も声も良いらしい。おまけに魔眼持ち、下手な動きは出来ないが、此処はメンヒさんに任せよう。
「私と此方の二人は目的が同じなだけで別枠でね。私はかつて悟りというものを開いた方に興味がありその行動をなぞっているだけの者。此方は――」
「俺達は次代のクローディア探しだな。魔術適正があって、クローディアって存在になっていい若いエルフを探してる」
その言葉を聞いたエルフの青年は右手を上げた。
「この者達は嘘は言ってない。皆、警戒を解いて構わない。それに、久しぶりのまともな客人だ。饗告しよう」
どうやらこの青年が此処のリーダーみたいだな。彼方此方で展開されてた魔力が霧散していく。そして、真っ先に子供が飛び出してくる。
「わぁああ! おにーさんは人間なのー?」
「ニンゲンって野蛮なんでしょー?」
「おにーさんたちはいいひとなのー?」
「クローディアってなにー?」
とりあえずこんな感じだ。人間という存在を見たのが初めてなのか幼いエルフの子は俺や猫、メンヒさんに群がり色々と質問を投げてくる。それに対応していると遅れて主婦的なエルフがやってきて子供達を回収していた。
「子供達が済まなかったな」
「気にする必要はない。子供はこれくらい元気な方がいい」
「メンヒさんは子供に慣れてるのか、俺は一気に疲れたよ……」
「にゃはは、エルフって言っても子供は元気だね。前に僕があった子もこんな感じだったなぁ」
警戒心が解ければエルフも人間とあまり変わらないのだろうか。それとも此処のエルフがそうなだけなのか。なんにせよエルフの隠れ里を見つけたんだ。クローディアさんに報告しないとな。
『クローディアさん、今大丈夫か?』
『大丈夫ですよ。何か進展があったんですね』
『エルフの隠れ里に着いた。クローディアになりたそうな、というよりクローディアを知らない感じだな』
『無理矢理連れて来なくていいですから、夜黒さんは暫くエルフの里を楽しんで下さい。客人と見做されたのなら、きっと快適ですよ』
大丈夫とはいえ時間が来てしまったのかそこで念話は途切れた。まあ暗にのんびりしろって言われたんなら、暫く此処での生活を楽しまさせて貰おうかな。エルフ流のもてなしってのを体験してみたいし。
「内緒話は終わったかな?」
「貴方も『念話』が分かるのか」
「神秘――魔術に長けていれば分かるとも。尤も、内容までは分からないがね」
神秘? エルフの間では魔術の事を神秘と言うのだろうか。そこを突っ込んでも面倒だから敢えてスルーしたが、エルフの青年も俺が念話していた事については特に思うところは無い様だ。
排他的なのか、友好的なのか、イマイチ分からない集落だな。もっと過激に反応してくれれば此方もやりたい様にやるんだがなぁ。
「ヤクロ殿、私達の寝床はあの小屋だそうだ。家具は一式揃っていて、数日分の食料もあるらしい。それに今夜は宴だと言っていたよ」
「聞いといてくれたのか、ありがとうメンヒさん」
「はは、私に出来る事をしたまでだよ」
と、いう訳でお世話になる小屋に入る。見た目は小さな小屋だが、中に入ってみると明らかに外と中で広さが違う。
擬似神域でもそうだったが、空間を拡張する事は容易ではない。ポーチ程度の拡張であれば魔術協会の職員が一週間かけて作成するが、まるで物置き小屋を一軒家以上の広さにするなど魔術の発展具合が恐ろしい。
クローディアさん? あの人はこの程度片手間にやっちゃうから比較対象にはしてない。
中にはいかにもファンタジー作品に出てきそうな木製の家具が置かれており、ベッドは四人分置かれていた。元々此処は来客用の小屋らしく、隣にある小屋はもっと多くの人が来た時用だそうだ。
これなら暫くは滞在していい、と見ていいのかな。生憎次の行先は決めてないし、お世話になれるんなら徹底的にお世話になろう。猫もベッドが気に入ったのか跳ねて遊んでいる。エルフの青年も微笑ましくそれを見てるから問題は無さそうだ。
「日が暮れたら外に出てくれないか? 今日は貴方達をもてなしたいのでな」
「日が暮れたら……分かった」
どうやら今から狩りに出掛けて獲物を仕留めるそうだ。里の中心には男衆が集まって作戦会議をしている。今夜は、楽しくなるだろうな。
思えばこの世界に来てから一年弱。人から祝われた事はなかったな。どちらかと言うと学ぶべき事が多かったイメージだ。
「にゃはは! クロー、ベッド気持ちいいよー」
「まだ日が昇りきってないし、少し仮眠するかね」
今日くらいは、気を抜いてもいいだろう。
黒衣の外套をクローゼットに入れてからベッドに横になった。なるほど、確かに跳ねたくなる反発だ。よく見れば睡眠系統の術式が組まれており、睡眠が誘導される。
「メンヒさん、悪いが寝てたら起こしてくれ」
「にゃー、僕も起こしてねー」
「はは、二人は私より早くから起きてたからね。ゆっくり休憩するといい」
○
日が暮れる少し前に目を覚まし、今の場所を確認する。最近は野宿が多かったからこんな整った寝具で仮眠を取れるなんて豪華だなと考えていると、メンヒさんから声を掛けられる。
「おや、起きてしまったのかい。もう少し寝ていても良かったのに」
「なんとなくこの時間に目覚めるって思えば自然と起きられる体質なんで。それよりこいつ起こすの手伝って下さいよ、こんなしっかり寝てたら起こすのが大変だ」
猫は爆睡していた。頭の猫耳を引っ張って大声を出してもこいつは起きない。脇腹を擽ろうが、足を擽ろうが、頬っぺたを叩こうがこの寝坊助大魔神は起きない。
いや、マタタビみたいな奴を鼻の下に置けば起きるんだが、その手は使いたくない。こいつが酔っ払って抱きついてくるのが鬱陶しいから。一応ポーチに入れているが、酔いが覚めた後のこいつの顔もあまり見たくないからなぁ。
「何しても起きないんですよ」
「これは困ったね。私も数々の困難を前にしてきたが、これはどうしたものか」
二人でウンウン頭を捻っていると、猫が突然起きる。覗き込む様にしていたから、バチッと開かれた瞳にびっくりするが、猫はゴロゴロと猫みたいに音を立てて伸びをする。
「にゃはは、今日は起きれたかな」
「寝坊手前だ」
「起こすのに難儀していた所だよ。シュレディンガー殿は一度眠ると中々起きないのだな」
メンヒさんはなんかズレてる気がするが、多分訂正するのも面倒だろうから触れない事にした。なんでこの人はこう、清らかなんだろうか。魔力も、性格も。
「にゃー、これはお恥ずかしい」
「少しは恥ずかしがって言うんだな」
こいつからは全く反省の色が見えない。まあ、変に反省されても微妙な空気が流れるだけだから、そういう点で考えればこいつは上手くやってると思う。こいつとも長い付き合いになるが、その辺のいなし方は本当に上手いと思う。
こいつの事だから何も考えずにやってると思うが、此方としては大変助かってる。俺の口が悪いってのもあるが、この猫はそれを気にしないしな。
「御三方、用意が出来たよ。言い忘れてたが俺はこの村の村長、名をギルバート、よろしく頼む」
「私はメンヒ、此方こそよろしく」
「俺はヤクロ・ヒトトセ、よろしくなギルバートさん」
「にゃー、僕はシュレディンガーまたはケット・シーあるいはバステトやリンクス、好きに呼んでよ」
相変わらず猫だけ紹介が長いし、ギルバートさんもその名前にびっくりしていた。どれが本名なのか聞きたそうな顔をしていたが、猫は両手を後頭部に回して伸びをしている始末。
すまないギルバートさん、こいつはこういう奴なんだ。理解するのに時間はかかるかもしれないが、理解出来なくても誰も責めないさ。なんでか、未だに俺に着いてくるのは俺も理解が及ばないがな。
「それじゃあメンヒ、ヤクロ、シュレディンガー、行こうか。調理は終わって、後は客人を待つだけなのさ」
「そうか、それなら早く行かないとな」
椅子から立ち上がり外へ出ようとする。ギルバートさんが扉を開けた事で家屋の中に居ても、既に料理の芳ばしい香りが漂ってきており少食な俺でも食欲が唆られる。
ギルバートさんにエルフにしては珍しく人間臭い料理だと問うと、答えに稀にこの集落では男衆が一週間かけて人類種の街へと出向き様々な品を買っていると返ってきた。なるほど、道理で人類種らしい家具が揃っている訳だ。
集落の中央へ向かうと其処には豪勢な料理というか、オブジェがあった。野生の猪と思われる物体が炎の上に足を縛られて逆さに吊るされていた。漫画で観る様な光景を実際に目にすると圧倒される。
そして木製の大きなテーブルには所狭しと並べられた見た事のない食材による、最早満漢全席状態の料理。エルフは叡智ある存在だと語られるが、料理にもそれは適応されているらしい。
「久々のお客ってんで張り切っちまったなぁ!」
「残しても構わない。心ゆくまで食べられよ」
「あの猪、俺達で仕留めたんだ。ありゃ美味えぞぉ〜」
大人も警戒心が薄れればこんなにもフレンドリーに話しかけてくるのか。まるで子供の様にアレは何処に生えてた、何処に生ってる、どうやって仕留めた等口々に語る。
メンヒさんは全部に対応出来ていたが、俺と猫は最早聴こえていない。右から左へ抜けていくばかりだ。
「客人が揃った! 祝杯をあげよう!」
「「「神と精霊に感謝を!!」」」
エルフなりの「いただきます」に倣って俺達もそれぞれの作法で食事を開始し、宴を無事に終わらせて今日は眠りについた。
久しぶりに腹が膨れる程食べたが、基本薄味の物が好まれるのかそういった物が多く、いやな膨れ方ではない。今日も良く眠れそうだ。
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