0-4-2 執筆と観察と
「先生、この後私はどうすればいいですか?」
エルフの集落を滅ぼした後に、小さなハイエルフはそう問いた。知識として同族であり、同じ集落の仲間を殺したにも関わらずこの冷淡な態度はとても子供のモノとは思えない。だが“ⅱ”はソレを素直に嬉しく思う。
仲間を殺せた冷淡さにではなく、『魔術』で殺したその姿は正に“ⅱ”の望む魔術師としてのあるべき姿。“魔法”に頼らなくとも望む結果を得られる、ソレは“ⅱ”にとって望外のもの。
「お前はこれから私の『魔術』を学ぶ事を優先しなさい。魔術の研鑽を第一目標として生きて行け。お前は、魔術に没頭するのだ」
「……はい」
「それでいい」
神との間に設けた子とは違い感情が邪魔をしていると感じた“ⅱ”はハイエルフの頭に手を伸ばし、ソレら一切を切除しようとしたが、辞めた。理由はただなんとなく。
このまま育てた方が面白みはあると判断した。かつて感情の無い自分を思い浮かべ、有った方が生きていくには面白いという意見も踏まえて、この不服そうな態度のハイエルフを放置する。
「先生、魔術を見せて下さい」
「その前にお前には魔術――神秘の知識があるだろう? 先ずはそれで私の分け身を倒せる様になってもらおう。私は、お前の為に少し書きものをしようと思っている」
「……分かりました」
“ⅱ”は自らの分け身――魔術による『精巧細緻な分け身』を発動して自らを複製する。本来の性能からかなり劣ったソレは、ハイエルフの練習相手には丁度良いだろうと分け身に後を託して“ⅱ”は大きめの本を作り出し、其処に文字を“魔法”で記していく。
内容は“魔法”を属性や特徴毎に分類したモノで、その文字は“ⅱ”が創り出した暗号の様なもの。ただし見た者に強制的に理解させる“解読”を施しており、“ⅱ”はあっという間に十二冊の魔導書を作り上げる。それぞれの書物は対となる様に設計されており、分け身とハイエルフが戦うのを横目に十三冊目の魔導書を創り上げる。その内容は「ありとあらゆる物を白に染める」というもの。これには“解読”は掛けておらず、“ⅱ”以外には白紙の魔導書にしか見えないだろうが、一応演算能力を持たせているから“ⅱ”専用の魔道具ではない。
「ふむ、こんなもんかね」
一冊目は破滅に特化した「骸の書」。
この中には“ⅱ”と“零”の知識がつめられており、ありとあらゆる物質、事象、概念を破壊する内容が記されており、それを『魔術』に格を落としたモノが記されている。
二冊目は再建に特化した「髄の書」。
血の書とは反対に“一”の知識を詰め込んで破壊の後に引き起こされる創造を『魔術』で誘発する一見すると優しい魔導書。だが“ⅱ”の嗜好が多分に含まれており、その全てが純粋な再生となる事は無い。
三冊目は天体に特化した「星の書」。
図らずも手に入れた“星”の力を書き記した書物であり、魔力をあらゆる角度から簒奪する魔術師や“ⅱ”の不利を覆す為の書物。敢えて恒星と月はその内容を省いており、“ⅱ”は天体だけでも有用性はある事を暗に伝えている。
四冊目は大地に特化した「陸の書」。
一から三冊目までの攻撃魔術はそのどれもが、威力を加減しなくては大地に影響を齎すモノであり、大地を操らなくては悪戯にこの世界を傷付けるだけだと思い立った“ⅱ”はソレを防ぐ為の書物を作成した。勿論“魔法”にもそういうモノはあるため書き記す際に支障はなかった。
「ふむ、“魔法”を『魔術』に落とし込むと、所詮この程度か」
五冊目は恒星に特化した「陽の書」。
太陽の力を扱う神が居た事から構想を得た書物であり、その内容は主に光に関するモノ。恒星に特化したとあるが、基本的には光をどう扱うかを記した書物であり、恒星の光を捻じ曲げ一点に集めるなどの魔術が記されている。勿論恒星の創り方まで書いてある。
六冊目は汎用性の高い「月の書」。
月という天体はどの世界でも魔力を帯びた狂気の象徴であり、外部に漂う魔力を得る場合は基本的に月の光から得る事になる。そういった事実を踏まえて作られた月の書は外部魔力を運用する事から汎用性が高い一冊となった。
七冊目は人類種に対応した「肉の書」。
これは主に人類種の構造を書き記したモノであり、その弱点を攻める為の魔術が多く掲載される書物となった。また肉体の許容範囲も記されており、“ⅱ”はこの書物を解き明かす事が出来れば“完成”した肉体を得られると確信する。
八冊目は封印に特化した「骨の書」。
現在自信を縛る己で創り上げた封印術を始めとして多くの封印術を書き記す事で新たな知見が得られないかと思い作成された物だが、“ⅱ”の封印は破るには至らず“魔法”の強度を改めて認識させられる一品。“ⅱ”をして二度と封印術は作らないと言わしめる程である。
「私の力で私が抑え込まれるとは、滑稽な話だ」
九冊目は計算に重きを置いた「数珠の書」。
星々の運航や魔術の放つ角度などを計算する力を身につける為の魔導書であり、“ⅱ”は自身の頭で出来る事を法則という形に落とし込んで誰にでも強制的に理解出来る様に書き記された書物。かつて見た東国の算盤をモチーフにした物であり、これを読んだ者は算盤の知識も身につくおまけ付きである。
十冊目は物理や化学を基盤とする「学問の書」。
数珠の書で計算などを身に付けていれば容易に分かる内容ではあるが、この世界ではこういった知識は発展しない。“緩やかな魔への歩み”を掛けてあるからそういった知識に乏しくなるのを防ぐ為に作られたこの書物は、世に放たれれば世界の有り様が一転する程の内容が記されている。
十一冊目は基本属性について記された「属性の書」。
これは文字通り属性についての理解や発展を促す魔導書であり、それぞれの特色が記された魔導書でしかない。いずれ常識となるモノを記している為十三冊の中では最も価値の低い書物になるが、属性を有する魔術を“ⅱ”が書き記している為その全てを網羅しようものなら個人では不可能な量となっている。
十二冊目は基本属性ではない特異な魔術を記した「虹の書」。
時間や空間といった基礎的でない属性を扱うこの書物は直接的でないが、かなりの脅威を有する書物であり、“ⅱ”の有する“魔法”を『魔術』に格を落としたモノであってもその強大さは健在であり、恐らく今後のクローディアが大変お世話になるであろう書物だと“ⅱ”はその出来栄えに納得する。骨の書からは目を逸らして書物の頭を撫でる程である。
十三冊目は白紙の「無垢の書」。
“ⅱ”以外にはただの演算装置でしかなく、“ⅱ”の見通せない未来に備えて創られた知られざる魔道具。唯一“ⅱ”が己専用とした物であり、その本来の性能は“魔法”に迫るモノがある。
「さて、書き損じはないが、戦闘の方はどうかな?」
“ⅱ”が目を向けると、其処には酷い怪我を負ったハイエルフが自己再生の魔術で治癒している姿が目に映った。
「思っていたより弱い、というか私の分け身が強いのか?」
「ある程度予測出来るからな。分け身の私でも苦労はしないさ」
「そうか」
「それで? その本、読ませるのか?」
「勿論」
「せめて治してからにしてやったらどうだ?」
「そんな暇はない。こいつには私の持てる全てを注ぎ込む。いずれ“魔法”にも至れる事は、知っている」
“ⅱ”が『再生』の魔術をハイエルフに掛けると、瞬く間に傷が治っていく。己を死の淵まで追い遣った大本が迫っても恐怖する事なく、寧ろ落胆させたのではないかと不安がるその姿を見て“ⅱ”は十三冊の魔導書を渡す。
一冊ずつ丁寧に説明をし、決して忘れるなと忠告して。これを解読できるのは自分とハイエルフしかいないと告げ、余白に解読のヒントを記すも、新たな考え方を記すも良しと言って一冊ずつ強制的に“解読”させていく。
四冊目までを読んだ所目立った症状は無く、“ⅱ”は今回は当たりを引けたと内心歓喜する。
しかし六冊目を読み終えた頃に知恵熱の兆候が見えたが、六冊分の知識を使って自ら知恵熱を取り除いて七冊目を読み進めていく。一度掛けられたという事を記憶しているのか“魔法”ではなく『魔術』による解熱だったが、それはきちんと成功していた。十冊目からは症状が出始めたがハイエルフは腹を抑えて片手で読み進めて行く。十二冊目に至っては目、鼻、口から血を溢していたが、書物に溢れない様に腕で拭って読み進め、その全てを読み終えた時、ハイエルフから膨大な魔力が吹き荒れる。
魔導書にそんな機能はない。
魔力について正しい知識を得た事で、自ら抑えつけていた魔力を十全に扱える様になっただけであり、ハイエルフの魔への適正の高さを窺わせる。
「先生、もう一度、お願いします」
「分け身もあまり消耗していないし、そのままで構わないか」
ハイエルフと“ⅱ”本体の言葉に分け身は頷いた。
「勿論」
分け身とハイエルフの戦闘が始まり、かつて集落だった地は魔術によって地形を変えていく。高度な魔術戦は“ⅱ”の望むモノであり、結界を張ってその光景を横目に見る。
“ⅱ”は今後途絶える事のない魔力の道を明るくする為に解読のヒントを一冊ずつに、土のテーブルと椅子を創って記していき、時間を潰す。『魔術』という組み立てなくてはならない未完成の技術も時間を潰すには悪くないと思いながら後世の為に“ⅱ”は魔導書にヒントを与えていく。後で読むハイエルフにもより分かりやすくする為に手抜かりなく仕上げていく。
しかしそれでも二人の戦闘は終わらず、寧ろ自分の分け身が推されている事に賞賛する。
“ⅱ”の本は読んだだけで強くなれる様な優しい造りはしていない。ただ知識を流し込むだけで、それを活かすも殺すも本人次第である。そして“ⅱ”は全てを書いてはいない。発見発展の余地を残して本を創造した。
そしてハイエルフは見事に活かしていた。“ⅱ”の望む成長という人類種又はそれに準ずる存在にのみ許された特権を発揮していた。
喜ばしい成長である。何度も試した中にはここを突破できずに失敗した経験もある。“ⅱ”は成功した事に安堵し、第二の我が子とも言えるハイエルフを心の中で称賛した。
「参った」
「はぁ……はぁ……」
「良く、勝った。今日はもう遅い、『緩やかな入眠』」
ハイエルフの事を寝かして“ⅱ”は自らの分け身に近寄る。
「想像以上だ。これまでの誰よりも強い」
「それは喜ばしい事だ。二代目が強ければ成功に近づく事は証明されている」
“ⅱ”は眠るハイエルフの頭を優しく撫でて分け身を取り込んだ。今日はする事もないと土の椅子に身を委ね、魔力を圧縮して黒い球を創りながら夜空の星々を観察しながら時間を潰した。
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