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私の将来の夢はイルカになることです。

作者: 日下千尋

1、 水泳始めちゃった。


 これは中学1年生夏休みの出来事でした。

 私は水江加奈子、13歳。水泳部の練習で友達と学校の敷地内にある温水プールで泳いでいました。

 学校は藤沢駅からバスで15分にある私立湘南女子中学で、設備が充実しています。

 私がプールサイドに上がって、タオルで体を拭ていたら、部長の徳丸美幸さんが私のところにやってきました。

「加奈子ちゃん、もう少しペースを上げて。このタイムだと大会に出られないよ。」

「すみません。」

「大会が近いんだし、もう少し気合いを入れて頑張ってちょうだい。」

「はーい。」

「それと気になっていたけど、プールサイドにいる時、ゴーグルを外すことって出来ないの?みんなから怖がられるよ。」

「すみません、こればかりは・・・。」

「しょうがないか。加奈子ちゃんは昔から視力が悪かったんだよね。それと話が変わるけど、明日から加奈子ちゃんには特別指導をするから、そのつもりで覚悟してちょうだいね。」

「特別指導って何?」

「それは明日までのひ・み・つ。」

「意地悪言わないで、教えてよ。」

「やーだね。」

 美幸姉さんは、少し意地悪そうに返事をしました。

 私は小学校の頃からやり始めたスマホが原因で視力が低下し、普段も眼鏡をかける生活を送るようになり、学校の水泳の時間でもゴーグルをつけっぱなしでしたので、みんなから不思議がられていました。 

 みんなに事情を説明して何とか理解してもらえましたが、やはりプールの授業になると私を物珍しそうにジロジロ見つめる人が何人かいたので、落ち着かない時もありました。

 美幸さんは近所に住んでいる一つ上の幼馴染なので、私と友達の恩田詩織は幼いころから「美幸姉ちゃん」と呼んで親しんでいました。

 そもそも私と詩織がなぜ水泳を始めたのか話をしたいので、ここから先は私たちの回想シーンに入ります。


 これは私と詩織が保育園で過ごす最後の夏を迎えた時でした。

 みんなは水の中で自由気ままにプールで水遊びをしている時、私と詩織もプールの端っこの部分で水のかけ合いや、用意した浮き輪で遊んでいました。

 その帰り道、私と詩織は母さんたちと一緒に家に向かっていた時、ちょうど家の近くでスイミングスクールの送迎バスが私たちの前に停まって、扉から大き目のカバンを持った美幸姉さんが降りてきました。

「美幸姉ちゃん、おかえり。今プールから戻ってきたの?」

「ただいま。二人も保育園の帰り?」

「うん。」

「美幸姉ちゃん、今日ね私たちもプールに入ってきたんだよ。」

「そうなんだ。それでプールで何して遊んだの?」

「私と詩織ちゃんで水の掛け合いをしたり、浮き輪で遊んできたんだよ。」

「楽しかった?」

「うん!」

「詩織も楽しかったよ。」

「二人とも美幸ちゃんは、たくさん泳いで疲れたんだから、この辺にしておきなさい。」

「はーい。」

 私と詩織は母さんたちに注意されて、そのまま一緒に帰ることにしました。

 別れ際、私は美幸姉さんに次のスイミングスクールに行く日を確認することにしました。

「お母さん、ちょっと待って。」

「どうしたの?」

「美幸姉ちゃんに聞きたいことがある。」

「聞きたいことって?」

「美幸姉ちゃんが次、スイミングスクールへ行く日。」

「それを聞いてどうするの?」

「実は一緒に行ってみたいと思って・・・。」

「泳ぎたいの?」

「ううん、違う。」

「じゃあ、何で一緒に行きたいの?」

「美幸姉ちゃんが泳いでいるところを見てみたいの。」

「お母さん、詩織も一緒に行っていい?」

 今度は詩織までが便乗してきました。

 これにはおばさんも少し困った表情をしていました。

「私、次のスイミングは今週の土曜日の夕方だから、良かったら一緒に行ってみない?」

「行く!」

「こら、加奈子。」

「水江さん、うちの車ワンボックスカーだし、良かったら加奈子ちゃんと美幸ちゃんを乗せていくのはどうですか?」

「これだと、かえってご迷惑では?」

「気にしないでください。」

「それでは、お言葉に甘えて乗せて頂きます。」

 美幸姉さんの水泳を見学するだけなのに、私のテンションはうなぎのぼりで、まるで遠足の前日のような気分でした。

 家に帰っても私の興奮は収まらず、部屋で泳ぐ真似をしたり、まるで自分が入会するような気分でいました。


 そして迎えた当日です。

 玄関の前には詩織の母さんが運転してきた黒いワンボックスカーがやってきました。

「おはようございます。」

「恩田さん、今日はお世話になります。ほら加奈子も挨拶しなさい。」

「詩織ちゃんのお母さん、今日はよろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくね。加奈子ちゃん。」

 車の中にはすでに詩織と美幸姉さんが乗っていました。

「あ、詩織ちゃんと美幸姉ちゃん、こんにちは。」

「加奈子ちゃん、こんにちは。」

「よろしくね。加奈子ちゃん。」

 私は詩織と美幸姉さんと一緒に後ろの座席に座って、母さんは助手席に座りました。

 車はゆっくりと動き出して藤沢駅の方角へと向かいました。

 土曜日の夕方の駅前の通りは、買い物や習い事の送迎の車で交通量が多く、なかなか思うようにいきませんでした。

 おばさんは少しいらだった顔して、交差点で信号待ちをしていました。

 美幸姉さんがかよっているスイミングスクールは駅から少し離れた細い路地の一角にありました。

 私たちが玄関の前で車を降りたあと、おばさんは車を広くてきれいなアスファルトが敷かれている来客用の駐車場に入れました。

 そのころ、美幸姉さんが受付を済ませて、更衣室で水着に着替えている間、私と詩織はガラス越しからプールを見ていました。

「加奈子ちゃん、見て。みんな上手に泳いでいるよ。」

「本当だ、すごいね。」

「私たちも、あんなふうに泳げるかな。」

「できると思うよ。」

 私と詩織がすでに入会することを前提に会話を進めていたら、水着に着替えた美幸姉さんが後ろで話を聞いていました。

「ねえ、二人も泳ぎたいの?」

「うん。」

「じゃあ、あとでおばさんたちに相談しようか。」

「一緒にお願いをしてくれるの?」

「いいよ。」

 美幸姉さんは2階のフローリングの広場で出席と準備体操を済ませたあと、階段で下に降りて1階のプールで泳ぎ始めました。

 美幸姉さんは保育園を卒園する前から水泳を始めていて、わずか1年で10級まで進級していきました。

 私と詩織が入りたがっているスイミングスクールは15級から始まるので美幸姉さんは相当努力をしてきたんだなと思いながら泳ぎを見ていました。

 プールを見ていると水着と帽子の色は統一されていますが、ゴーグルの色はピンクや黄色、緑などカラフルでしたので、とても賑やかに見えました。

「ねえ、加奈子ちゃん、ゴーグルって何色にする?」

「美幸姉ちゃん、白の透明使っていたよね?だから一緒の色にしない?」

「美幸姉ちゃんとおそろいにしたいってこと?」

「うん。」

「でも、あとで真似されたって言ってこないかな?」

「大丈夫だよ。もし、心配ならあとで一緒のゴーグルにしていいか、聞いてみようよ。」

「そうだね。」

 その日の練習が終わって、美幸姉さんは更衣室で着替え終えたあと、私たちのところへやってきました。

「お待たせ。二人で何を話していたの?」

「あ、美幸姉ちゃん、おかえり。泳ぎ上手だったよ。」

「ありがとう。二人ともここで泳ぎたいんだよね?じゃあ、おばさんたちのところへ行こうか。」

 美幸姉さんが母さんたちと合流し、スイミングスクールの中にある喫茶店に立ち寄って、私たちはジュースを飲みながら、入会のことについてお話をすることにしました。

「スイミングスクールに入るってことは、保育園が終わってもお友達と遊べなくなるんだよ。それでもいいの?」

 母さんは遠回しに反対するような感じで、私にプレッシャーを与えてきました。

「なんで?詩織ちゃんや美幸姉ちゃんと一緒なんだよ。」

「あのね、ここは保育園や遊園地のプールと違って、遊ぶところじゃないんだよ。」

「違うの?」

「さっき見たでしょ?先生に教わりながら、上手に泳ぐ場所なの。」

「水江さん、せっかく本人がやる気を見せているわけなんだし、プレッシャーを与えなくてもいいんじゃないですか?」

「しかし恩田さん、加奈子は詩織ちゃんや美幸ちゃんと違って、飽きっぽいところがあるから・・・。」

「心配しなくても大丈夫ですよ。詩織や美幸ちゃんがいるわけなんだし。」

 母さんの表情は曇ったままでした。

「水江さん、まだ心配されているのですか?」

「いえ、そんなことはありません。」

「加奈子ちゃんはどうしたい?詩織や美幸ちゃんと一緒に泳ぎたい?」

「うん!」

「加奈子、本当に大丈夫?」

「水江さん、まだ何か?」

「先生って、厳しそうだから・・・。」

「子供たちを叱るってことですか?それなら大丈夫ですよ。子供たちがよほど危ないことをしない限りは、きつく言うことはありませんから。それに私たちは生徒の親である前に『お客さん』でもあるんだから、子供たちをきつく叱ることはありませんよ。美幸ちゃん、先生ってどう?怖い?」

「とても優しいです。」

「ほら、ごらんなさい。」

「美幸ちゃんは、泳ぎが上手だからでしょ。」

「あのね、最初から上手に泳げる人なんていないんだよ。少しずつ練習して上手になっていくんだから。」

 母さんの表情は曇ったままでした。

「そこまで言うなら、私と水江さんが交代で送迎を引き受けるついでに3人の泳ぎを見てくるのはどうですか?」

「わかりました。そうしましょ。」

 母さんは詩織の母さんに言われるまま、しぶしぶと首を縦に振りました。

 喫茶店を出た後、私の母さんと詩織の母さんは受付で入会申込書を受け取って、車に乗って帰りました。


 帰宅後、母さんは申し込み用紙に必要事項を記入していきました。

 次の日の午後、保育園には詩織の母さんが、私の母さんと美幸姉さんを車に乗せてやってきました。

「こんにちは。」

「加奈子ちゃん、詩織ちゃん、お母さんがお迎えにやってきたよ。」

 私と詩織は、詩織の母さんが乗ってきた車でそのままスイミングスクールへ向かいました。

 受付で入会手続きを済ませたあと、私と詩織は別部屋に案内されて受付の人にスマホで会員証で使う写真を撮られ、受付で帽子と水着を渡されました。

「あの、ゴーグルはどの色にされますか?」

 受付の人がゴーグルのサンプルを差し出して、好きな色を選ばせてくれました。

 私と詩織は迷わず、美幸姉さんと一緒の白のクリアを選びました。

 水着などの一式を受け取ったから、さっそく泳げるのかと思いましたが、どうやら無理だったらしく、その次の日からになりました。

 その日も結局、2階のガラス越しから美幸姉さんの泳ぎを見るだけとなりました。

 泳ぎ終わってみんなで喫茶店に立ち寄って、私と詩織は新しい水着と帽子、ゴーグルを美幸姉さんに見せました。

「美幸姉ちゃん、一緒のゴーグルにしたよ。」

「ちょっと見せて。」

 美幸姉さんは私と詩織のゴーグルを手に取って眺めていました。

「本当だ。こっちの方がきれいだから私のと交換しない?」

「えー!」

 私は思わず声をあげてしまいました。

「冗談よ。水着と帽子も見せて。」

 そのあとも水着も帽子も眺めました。

「じゃあ、そろそろ家に帰ろうか。」

「あ、ちょっと待って。」

 私は残っていたオレンジジュースを一気にストローで吸い上げようとしました。

「加奈子ちゃん、急がなくていいよ。」

 詩織の母さんはそう言って、座って待ってくれました。

 家に戻って何度も試着して鏡の前でポーズをとっていました。

 さらにうれしさのあまり、私は水着を試着したまま食事をしようとしました。

「加奈子、気持ちはわかるけど、ここは海の家じゃないんだから、洋服に着替えてきてくれる?」

 母さんに注意され、部屋で洋服に着替えて食事を始めました。

「加奈子、水泳楽しみ?」

「うん。」

「スイミングスクールまではバスじゃなくて、お母さんと詩織ちゃんのお母さんが交代で車で乗せていくことなったから。」

「わかった。」

「それと気持ちはわかるけど、スイミングスクールで使う水着と帽子、ゴーグルは保育園で使わないでね。」

「なんで?」

「うーん、それを使うと他のお友達が羨ましくなって、『ズルい』とか『貸してちょうだい』って言うでしょ?それに誰かが、欲しくなって持っていったらどうする?」

「先生は『人のものを取ったら、どろぼうになるからダメ。』と言っていたよ。」

「でも、言うことを聞かないで加奈子の水着やゴーグルを持っていった人がどうする?もしかしたら、加奈子が持っているものを気に入って、おうちに持ち帰られたら、返してもらえなくなるんだよ。」

「先生に言う。」

「先生に言っても、『自分のもの』って言ってしまえば、それまでなんだよ。そういう意味もあるわけだし、保育園に行くときは、おうちに置いてくれるかな。」

「うん。」

 私は母さんの言葉に渋々認めました。

 部屋に戻って私はバッグに必要なものをすべて詰め込んで、当日を待つだけとなりました。



2、 教室での初めてのプール


 今日はスイミングスクール当日です。

 初日は詩織のお母さんが車で保育園まで迎えに来ました。

「加奈子ちゃん、詩織、迎えに来たよ。」

「詩織ちゃんのお母さん、よろしくお願いします。」

「じゃあ、車に乗ろうか。」

 詩織のお母さんは私と詩織を美幸姉さんが座っている後ろの座席に案内しました。

「美幸姉ちゃん、今日からよろしくね。」

「うん、二人ともよろしくね。」

「あ、詩織。水着用意しておいたよ。加奈子ちゃんもお母さんから水着預かったから渡しておくね。」

 私と詩織は詩織の母さんから水着の入ったカバンを受け取って、車でスイミングスクールまで向かいました。

 スイミングスクールに着いて、受付を済ませて、更衣室で着替えを済ませたあと、2階で準備体操とシラミの検査を行いました。

 準備体操が終わって級ごとに分けられますが、何も知らない私と詩織は美幸姉さんのいる11級から9級のクラスに行ってしまいました。

「加奈子ちゃんと詩織ちゃんは初めてだから、15級と14級のクラスだよ。」

 体操のコーチが私と詩織を15級と14級のクラスに案内しました。

 そのあとリーダーが点呼を取ってコーチに報告したあと、1階のプールへ向かいました。

 初心者の私たちは水に慣れるためにゴーグルを使わないところから始まりました。

 プールサイドに座って、水の中で足をけりながらコーチから水をかけられたり、呼吸をする練習もしました。

 さらに水の中に潜る練習をすると言われたので、私と詩織はゴーグルをつけたら、コーチから「加奈子ちゃん、詩織ちゃん、ゴーグルを使うのはまだだよ。」と注意をされてしまい、周りの子供たちはその光景を見て笑っていましたので、思わず恥ずかしくなってしまいました。

 ほかにも水の中で目を開ける練習など、泳ぎ方の練習はしていませんでしたので、当時の私には、まるで保育園のプール遊びの延長線という印象をもちました。

 私と詩織がスイミングスクールに通い始めてから2週間近く経とうとした時でした。

 私は一日でも早く美幸姉さんと一緒に泳ぎたいばかりに、保育園児ながらコーチに意見をしてしまいました。

「コーチ、いつになったらコースで泳げるようになれるの?」

「コースでっていうと?」

「美幸姉ちゃんみたく、クロールや平泳ぎをやってみたい。」

「加奈子ちゃん、気持ちはよくわかるけど、それにはまだ早いんだよ。そのためにはお水の中で上手に呼吸ができたり、足をきれいに揃えて水を蹴られるようにならないとだめなんだよ。」

 保育園児の私には正直理解ができませんでしたが、コーチの意見ももっともでしたので、何も言い返せませんでした。

 

 私のクラスは6歳児から小学校2年生までの年齢が集まっています。

 はじめのうちは緊張しておとなしかった子も日数が経てば世間話に夢中になったり、悪ふざけする子、ゴーグルの貸し合いする子も出てきました。

 しかし、ここはスイミングスクールなので、コーチが注意に入ってきます。

 二人の男子がプールサイドでふざけていた時でした。

 その日のコーチは鬼コーチで有名な北村信子さんが注意に入ってきて、何も言わず二人の男子の頭を強くたたきました。

「いってーな、何すんだよ!」

「君たち、ふざけているなら家に帰ってちょうだい。ここは遊ぶ場所じゃないんだよ!」

 二人の男子は北村コーチの迫力に驚いてしまいました。

 北村コーチは視力が悪く、度の入ったゴーグルを常に着用していたので、さらに威圧感がありました。

「ごめんなさい、気を付けます。」

「わかればいいの。次から気を付けるんだよ。」

 北村コーチはまだ20代ですが、本人がああいう性格なので、未だに彼氏がいないみたいなのです。

 私と詩織、美幸姉さんが通っているスイミングスクールのコーチは日替わりなので、北村コーチが当たった時にはおとなしくしていようと決めていました。

 しかし世の中には緊張感や危機感のない人が必ず1人はいます。

 もちろん、今通っているスイミングスクールにもいました。

 その日は14級への進級テストの種目でもあるビート板を使ったバタ足でした。

 しかも案の定、その日は北村コーチが説明していたので、みんなは緊張して静かに聞いていましたが、誰かが私の背中を指でなぞってみたり、二の腕をぷにぷにと触ってきました。

 私は気になって後ろを振り向いたら、犯人は詩織でした。

「詩織ちゃん、どうしたの?」

「気持ちよさそうだったから、触ってみた。」

「今、話を聞いているから後にしてくれる?」

 その直後、北村コーチが注意に入ってきました。

「加奈子ちゃん、今大事なお話をしているの。ちゃんと前を向いてちょうだい。」

「ごめんなさい。」

 詩織は私の後ろで「ニコッ」としていましたが、不思議なことに憎めなくなってしまいました。


 保育園を卒園するころ、私と詩織は11級まで進級し、背泳ぎを習い始めました。

 しかし、その一方では美幸姉さんは8級まで進級し、バタフライを習っていました。

 ある日曜日のことでした。私と詩織は美幸姉さんの家に呼ばれて、過去の水泳大会やオリンピックのDVDを見ることにしました。

 私と詩織は背泳ぎの部分に目をくぎ付けにして研究をしました。

「二人とも参考になった?」

「うん。」

 その日見たのは小学校の水泳の地区大会でした。

 美幸姉さんよりもずっと年上の上級生が泳いでいたので、それを真似するとなると正直レベルが高すぎると感じました。

 よその家に上がっていると、最低でも誰か一人は図々しさが芽生え始めて、まるで自宅にいるような気分を味わってしまいます。

 例えば出されたジュースのお代わりをしたいばかりに、勝手に台所に忍び込んで冷蔵庫からジュースを取り出して飲んでしまったり、おかしや食事の催促をする人もいます。

 詩織がまさにその一人でした。

 詩織は私を台所に誘い込み、冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出して飲もうとしていました。

「詩織ちゃん、だめだよ。勝手に飲むと叱られるよ。」

「大丈夫だよ。ジュース一杯で怒る人なんていないから。」

「でも、ここはおよその家だし、勝手に飲んだから叱られるよ。」

「じゃあ、加奈子ちゃんは飲まなきゃいいじゃん。私はのどが渇いたから飲むね。」

 詩織は問答無用でペットボトルのジュースを何杯も飲んでしまいました。

 私は見て見ぬふりをするべきか、美幸姉さんに言うべきか迷っていましたが、やはりきちんと言っておこう思いました。

 一方、詩織は美幸姉さんのお母さんが外出から戻ってきたことも知らずに、台所にあったお菓子やジュースを食べて飲んでいました。

「おやぁ、小さな泥棒さん、台所で何をされていたのかな?」

 詩織は美幸姉さんのお母さんの声にびっくりしていました。

「ジュースとお菓子、おいしかった?」

「うん。」

「あんまり食べていると、ご飯も入らなくなるし、それにおなかも壊しちゃうよ。」

「わかった。」

「あとジュースを飲んだり、お菓子を食べたらダメとは言わないけど、欲しいときはちゃんと言ってね。」

「ごめんなさい。」

「もういいよ。」

 そのあと、私と詩織は美幸姉さんに家まで送ってもらい、帰ることにしました。

 そのころ美幸姉さんのお母さんは、詩織のお母さんに連絡して台所の一部始終を話したので、詩織は言うまでもなく帰宅したあと、たくさん叱られたそうです。



3、水泳の授業と教室内でのトラブル


 小学校に入って二度目の夏を迎えていた時、スイミングスクールでは私と詩織は9級に進級し、美幸姉さんは7級に進級していました。

 学校ではプールの授業が始まり、クラスの半分以上はまるでお祭りのようにはしゃいでいました。

 準備体操を終えて授業に入ったのですが、やっていることがスイミングスクールで習った内容ばかりでしたので、私も詩織も少し退屈な感じで受けていました。

 授業ではゴーグルの使用は禁じられていませんでしたので、私と詩織が用意したら男子の吉村君から不満そうな眼差しで見つめられていました。

 私と詩織は構わず泳いでいましたが、やはり視線が気になって集中できませんでした。

 普段は私と詩織は褒められていたのですが、その日に限って先生から注意を受けてしまいました。

「あなたたちにしては珍しいわね。」

「すみません。」

「プールサイドで吉村君が私と詩織ちゃんを冷たい目線で見ていたので・・・。」

「そんなの気にしなきゃいいの。」

「気を付けます。」

 授業の最後には石拾い競争をやっていますが、その時も私と詩織はゴーグルをつけていたので、その分有利になり、私が7個、詩織が6個で一番多く取って終わりました。

 ところが不満がたまって爆発した吉村君が先生に抗議をし始めました。

「先生、女子の水江さんと恩田さんが石拾いの時にゴーグルをつけていましたけど、これって反則だと思います。」

「どうしてですか?」

「だって明らかにゴーグルをつけていた方が有利になるじゃないか!」

「それなら、他の女子もゴーグルをつけていましたけど、水江さんと恩田さんには負けましたよ。」

「吉村君って最低よね。」

「そんなに言うなら、自分だってつければいいじゃない。」

 何人かの女子は吉村君を見て悪口をささやいていました。

「先生、次の石拾いの時、ゴーグルを禁止にしてもらえませんか?」

 しかし、先生は返事をしませんでした。

「ちっ、無視かよ。」

 吉村君の不満はさらにエスカレートして、昼休みに入った直後私に絡んできました。

「おい水江、ズルして勝ってうれしいかよ!」

「何が?」

「『何が?』じゃねーだろ!泳ぎの時も石拾いの時もゴーグル使いやがって!」

「私がゴーグルを使ったら何か問題点もあるの?」

「あるに決まっているだろ!」

「例えば?」

「俺が不利になる。」

「ようするに自分だけ使っていないから不満だと言うんだね。いいわ、私のゴーグルを貸すから今からプールで好きなだけ泳いだり、石拾いでもやってきたら?」

 私はロッカーからゴーグルを取り出して、吉村君に差し出しました。

「それだけじゃねーよ。お前スイミングスクールに行ってんだろ。少しはハンデつけろよ。」

「やだあ、吉村君ってキモかっこ悪い。」

「女子からゴーグルを借りて、その上ハンデをつけてもらおうなんて、最低よね。」

 近くにいた数人の女子が横から茶々を入れてきました。

 それからというもの、吉村君は女子に近づくたびに「キモイ」、「ウザイ」、「変態」などまるで10代半ばを過ぎた娘を持つ父親のような扱いを受けてきました。

 翌週の月曜日、またしてもプールの授業がありました。

 その日は吉村君以外全員ゴーグルつけていていたので、私としては少し良心がいたみましたが、またしても近くにいた性格の悪い女子が吉村君をからかってきました。

「吉村くーん、石拾いの時、私のゴーグル使う?」

「いいの?」

「私、2つ持っているから貸してあげる。」

「じゃあ、一つ貸してくれる?」

「そう思ったけど、1つしかなかった。ごめんね、悪く思わないで。」

 吉村君は悔しくて何も言えませんでした。

 吉村君の家庭は決して貧しくはなかったのですが、両親が厳しい人でしたので、ゴーグルを買ってもらえることが出来ませんでした。

 次の日、同じクラスの野口君がやってきて吉村君にゴーグルを渡しました。

「これ、兄さんのだけど使う?」

「いいの?」

「兄さん、昨日交通事故にあって、右足骨折してしばらく泳げなくった。事情話をしたら、『しばらく使っていい』と言ってくれた。それと女子の言葉なんか気にするな。あいつら調子に乗っているだけだから。」

「ありがとう。」

 夏の間、吉村君は野口君のおかげで、ゴーグルをつけて泳げることが出来ました。

 

 9月の終わりごろ、吉村君は親の都合で東京の国分寺の方へ転校することになってしまい、ホームルームでみんなの前で一言簡単な挨拶を済ませて、そのままいなくなってしまいました。

 みんなは拍手して見送りましたが、いなくなった直後、女子の半分以上はほっとした顔したり、喜んではしゃいでいました。

「やっといなくなったね。」

「ホント。」

「吉村君ってキモかっこ悪いから、いなくなってほっとしたよ。」

 先生が注意するよりも先に野口君が自分の席の机を強くたたいて、みんなを静かにさせました。

「お前たち最低だよな。確かに吉村は水江に対して乱暴な態度をとっていたかもしれないけど、お前たちがとってきた態度はもっと乱暴だよ。そもそも吉村がお前たちに何をしたのか言ってみろよ。」

 クラスのみんなは一瞬沈黙に入りました。

 さらに野口君は言い続けました。

「しかも吉村がいなくなった後も、みんなで厄介払いしたあとのような顔して喜んでいたけど、お前たち本当に最低だよな。」

「じゃあ聞くけど、吉村君が水江さんに何をしたのか知っているの?」

 女子の中川さんが怒りの感情で訴えかけてきました。

「プールの時間に自分だけゴーグルを使えないから不満をぶつけたんだろ。でも、それって中川に関係あるのか?」

「あるわよ!私、水江さんの友達だから。」

 今まで黙って聞いていた担任の先生が口をはさんできました。

「野口、もう結構だ。あとは先生が代わる。中川に聞きたいけど、今回吉村にとった態度は水江に頼まれたのか?それとも自分の意思でやったのか?言ってみろ。」

 中川さんはしばらく黙っていました。

「どうした、先生が出した質問の意味が分からなかったのか?」

「私の意思でやりました。」

「なんで吉村にあんな態度をとったんだ?」

「吉村君が水江さんに必要以上に攻めていたので、見ていて耐えきれなくなったから水江さんに代わって冷たくしようと思ったのです。」

「もう一つ聞きたいけど、今回の件は中川一人なのか、それとも他の人も関与していたのか?」

「先生、今回の件、水江さんと恩田さんを除いた全員の女子が吉村君を袋叩きにしていました。」

 野口君はさらに口をはさんできました。

「じゃあ、この件は水江と恩田は関係ないんだな?」

「はい。」

「ちなみに聞くけど、リーダーは誰か知っているか?」

「中川さんです。」

「わかった、野口君ありがとう。水江と恩田を除いた女子全員はあとで相談室まで来い。ちなみバックレした人間はあとで家に連絡するから、そのつもりでいるように。」

 放課後、私と詩織を除いた女子全員は担任から説教されて、その上反省文を書かされたそうです。

 翌日、教室では野口君に対する女子たちの不満が広がっていました。

「昨日のホームルームの時、野口君ってかなり調子に乗っていたよね。」

「私、彼だけは絶対に許さないから。」

 中川さんは野口君に目を向けましたが、野口君は無関心に図書館の本を読んでいました。

「野口君、なんの本を読んでいるの?」

「これ、図書館で借りてきた本だよ。」

「そうなんだ。本は後回しにして、ちょっと私に付き合ってくれる?」

「なんで?」

「私、あなたに話したいことがあるの。」

「なら、話は後にしてくれる?この本、明後日には返さないといけないから。」

 中川さんの怒りは頂点に達して、勢いよく野口君が読んでいる本をひったくるように取り上げました。

「テメー、なにすんだよ!」

「人が話している時に本なんか読むからでしょ!」

「話なら後回しにしろって言ったよな?」

「そんなことを言って、話聞く気がないんでしょ!」

「そんなことねえよ!」

「なら、私の話に付き合ってちょうだい!」

「あ、いいぜ。その代り条件がある。その条件に従えない場合は、話を聞かないから。」

「いいわよ。それで条件って何?」

「一つは俺から取り上げた本を返してくれる?これ図書館の本だから。それともう一つはお前の後ろにいる女子の集団をどこかへやってくれないか?一対一で話をするのに、関係ない人に聞き耳を立てられるのは不愉快だから。」

「いいわよ。まずはこの本を返すね。それとあなたたち、話をするから向こうへ行ってちょうだい。」

「わかった。」

「ねえ、これでいい?」

「ああ。それで話ってなんだ?」

「私、昨日のホームルームであなたに告げ口されたこと、今でも根に持っているの。」

「吉村のことで反省文を書かされたという件なら、俺は謝るつもりはない。俺を吉村みたくみんなで袋叩きにしたかったら構わないけど、まずは自分がしてきたことを反省してもらいたい。話すことがそれだけなら終わりにしてくれる?俺、この分厚い本を読まないといけないから。」

「待ちなさいよ!」

「まだ何かあるのか?」

「あなたが吉村君をかばうなら結構だけど、私だって水江さんをかばう権利があるの。」

「この間のプールの授業の件でか?」

「そうよ!」

「あれって、水江が頼んできたんじゃなくて、テメーが勝手に正義の味方になってやったことだろ。これ以上話をややこしくさせるな。俺は借りた本を読むから邪魔したらただじゃおかないからな。」

 野口君はこれ以上何も言わずに、自分の席で本を読み続けました。

 中川さんは何も言い返せずに、悔しそうな顔をして野口君を見ていました。

 それからというもの、中川さんは野口君に嫌がらせをしようとしていますが、結局失敗続きで最後はあきらめてしまいました。



4、スマホデビュー!


 3年生になってクラス替えになり、私と詩織、野口君が同じクラスになりました。

 学校でスマホを使う人が増えてきて、私と詩織もスマホをデビューすることになりました。

 教室の中ではどの機種にしたかとか、アプリは何を入れたかなどの話題で盛り上がっていました。

「加奈子ちゃん、何かアプリ入れた?」

「詩織ちゃんは?」

「私はゲームかな。」

「どんなゲーム?」

 詩織はスマホのホーム画面を出して私に見せました。

「こんな感じ。」

 私は詩織のスマホのホーム画面を触りながら、どんなアプリが入っているか見ていきました。

「結構いろんなアプリが入っているんだね。」

「うん、ほとんどが遊び目的だけどね。」

「ねえ、この蛙の顔をしたアプリって何なの?」

「ああ、これ?ボイスチェンジャーだよ。」

「ボイスチェンジャー?」

「簡単に言ってしまえば、通話中に声を変えることができるアプリなんだよ。例えば自分の声が相手に知られたくない時に使うと便利だよ。」

「そうなんだ。」

「試しに入れてみたら?」

「ダウンロードってお金がかかるんでしょ?」

「ただのもあるよ。」

「詩織ちゃんの使っている『声を変えるアプリ』って高いんでしょ?」

「これ、タダだよ。」

「そうなの?」

「うん。」

「入れてみたら?」

 私は詩織に言われるままにダウンロードして、使ってみようと思いました。

 声の種類は幼女、アイドル、おばさん、低い声の男性など多数ありました。

 早速使ってみようと思いましたが、電話帳に登録されているのが家族と詩織、美幸姉さんだけでしたので、やめておきました。


 放課後になって家に帰る途中、後ろから美幸姉さんが声をかけてきました。

「二人とも今帰り?」

「うん!」

「そういえば、加奈子ちゃんスマホデビューしたんだって?ちょっと見せてくれる?」

 私は美幸姉さんに自分のスマホを見せました。

「まだきれいなんだね。」

「先日買ってもらったばかりだから。」

「じゃあ、早速使わせてもらおうか。」

 美幸姉さんはドラえもんに出てくるジャイアンみたいな言い方をして私からスマホを取り上げて、画面を操作していきました。

「あの、電話帳は見ないで。」

「見ないよ。っていうか電話帳に登録されているのは私と詩織ちゃんとおじさん、おばさんの電話番号だけでしょ。」

「見てないのによくわかったね。」

「それくらいわかるよ。」

「さては透視をした?」

「してないわよ!ねえ、加奈子ちゃんも入れたの?」

「何が?」

「ボイスチェンジャー。」

「うん、声を変えるアプリみたいなんだって。」

「知ってるよ。私も入れてみた。ねえ、加奈子ちゃんと詩織ちゃんに言っておきたいんだけど、ボイスチェンジャーは私と詩織ちゃん、加奈子ちゃんと通話するときだけにしない?ほかの人に使うと、間違いなく信用なくされるし、友達もなくすから。」

「そうだね。」

 遠回しに「使うな」という意味でしたが、美幸姉さんの言ったことはもっともでしたので、何も言い返せず、納得しました。

「そういえば二人ともSNSってやってる?」

「SNS?」

「簡単に言ってしまえば、ラインやTwitterかな。」

「やってない。」

「私も」

「ねえ、二人ともよかったらラインやってみない?」

「いいよ。」

 私と詩織は特に反対する理由がなかったので、ラインのアプリをダウンロードして登録を済ませて、一緒にやることにしました。

「じゃあ、二人とも今度連絡するときはこっちでお願いね。あと今日スイミングスクールの日だから、忘れないように。」

 美幸姉さんは、そう言い残して先に帰ってしまいました。


 スイミングスクールでは私と詩織は7級に進級し、美幸姉さんは5級に進級していました。

 しかも、その日は進級試験のかかった授業でしたので、いつもより緊張感を持たないといけないはずだったのに、私と詩織はよりによって頭の中がスマホになっていたので、満足に集中ができませんでした。

 泳ぐ順番が私に回ってきて、泳いだのはいいのですが、しなくてもいいミスをやってしまい、コーチに注意をされてしまいました。

「加奈子ちゃん、今日はどうしたの?いつもより『らしくない泳ぎ方』をしていたわよ。」

「すみません。」

「もうじき進級試験があるんだから、もうちょっと緊張感を持った方がいいわよ。詩織ちゃん、あなたもそうだからね。」

 いつも優しい神田コーチも今日に限って、少し鬼になっていました。

 進級試験は25メートルのバタフライでしたが、今一つ調子が出ず、このままだと試験に参加できるかどうか怪しくなってきました。

「加奈子ちゃん、どうしたの?コーチに注意されていたけど・・・。」

 帰りの車の中で詩織のお母さんが心配そうに声をかけてきました。

「実は最近、スマホのことが頭から離れなくなって・・・・。」

「それで集中が出来なくなって注意をされたんだね。」

「はい。」

 その時、横から美幸姉さんが横から口をはさんできました。

「その気持ち、なんとなく分かります。私も初めてスマホを手にした時には、すごくうれしくなって集中できない時があったの。だけど、泳ぎ終えるまで我慢しようと決めているから、集中して泳ぐことができたんだよ。」

「美幸ちゃん、加奈子ちゃんも詩織も先日スマホ買ったばかりなんだけど、その方法って本当に大丈夫?」

「たぶん・・・。」

 自信満々に言ってきた美幸姉さんが、急に自信のない返事をしてきました。

「実はおばさんからの提案なんだけど、車から降りる前に電源を切ったあとに私か加奈子ちゃんのお母さんに預けて、スイミングが終わって車に乗った時点で返すのはどう?」

「では、それに従います。」

 美幸姉さんは素直に納得しました。

「詩織と加奈子ちゃんは?」

「私も美幸姉ちゃんと同じようにします。」

「私も。」

「2人とも素直でよろしい。」

 

 その日の夜、詩織のお母さんは私の母さんと一緒にスマホの件について電話でお話をしていました。

「あ、そうなんですね。分かりました。」

「それと、一応報告だからあんまり叱らないで欲しいんだけど、今日加奈子ちゃん、集中できなくてコーチに注意されていたの。」

「そうだったのですね。ありがとう。」

「次の送迎は水江さんだったよね?その日からよろしくね。あと、くどいようだけど加奈子ちゃんを強く叱らないでね。」

「わかりました。」

 母さんはそう言って電話を切りました。

 夕食の時、母さんはスイミングスクールで注意されたことを持ちかけてきました。

「さっき、詩織ちゃんのお母さんから電話が来たけど、今日スイミングスクールでコーチに叱られたんだって?」

「ちょっと、集中できなくて・・・。」

「実は詩織ちゃんのお母さんと相談したんだけど、スイミングスクールにいる間は、お母さんか詩織ちゃんのお母さんに預ける形にしたから。」

「それなら、さっき詩織ちゃんのお母さんから聞いた。」

「次回からそうするから、よろしくね。」

 食事中、母さんは終始不機嫌な顔をしていました。

 しかし、それはスマホのことが原因で泳ぐことがおろそかになった自分がいけないから、仕方ないと思っていました。

 次の練習日、車を降りる前に母さんは私と詩織、美幸姉さんのスマホを預かりました。

 その結果、集中して泳げるようになり、私と詩織は6級の進級試験を受けることができましたので、受付で申し込み手続きを済ませて帰りました。

 

 そして試験当日、私にアクシデントが発生しました。

 更衣室でゴーグルがないことに気が付いて、私は美幸姉さんに予備のゴーグルを持っていないか聞いてみました。

「どうしたの?」

「実はバッグの中にゴーグルが入っていなかったらしくて・・・。」

「忘れたの?」

「たぶん・・・。」

「昨日確認した?」

「していなかった。」

「もしかして、スマホのゲームに夢中になっていて、入れ忘れたんじゃないの?」

「うん。」

「私も詩織ちゃんも予備持ってないから、受付で借りてきたら?」

「そうする。」

 私は急いで、受付に行ってコーチからゴーグルを借りることにしました。

「加奈子ちゃんにしては珍しいわね。」

「昨日どうやら、バッグに入れ忘れたらしくて・・・。」

「薄紫と淡いピンクがあるけど、どっちにする?」

「じゃあ、ピンク。」

「OK。帰るときに受けで返してね。間違えて持ち帰ったらダメだよ。」

「ありがとうございます。」

「試験頑張ってね。」

「はい。」

 私は預かったゴーグルをもって更衣室に向かい、すぐに着替えて準備体操を済ませて、プールへと向かいました。

 試験の種目は25メートルのバタフライでしたが、私の順番が近づくにつれて緊張が高まっていき、うまくいけるかどうか不安になってきました。

「どうしたの?もしかして緊張してる?」

 いつも鬼のような顔をしていた北村コーチがそばにやってきて、私に優しく声をかけてきたので、正直驚きました。

「実はうまくいけるかどうか、不安になってきたので・・・。」

「大丈夫よ。普段通りにやれば絶対に合格するから。」

「ありがとうございます。」

「ははーん、なるほど。それで今日緊張していたから、ゴーグルを忘れて受付で借りにきたんだね。」

「はい。」

「もっとリラックスした方がいいよ。」

 そして、私の順番がきました。

 ゴーグルをつけて、飛び込む準備に入った瞬間、緊張が頂点に達していました。

 スターターピストルが鳴って、いっせいに飛び込みました。

 私はゴールにたどり着くことだけ考えていました。

 プールサイドからみんなの声援が聞こえてきました。

 ゴールに着いて、プールサイドに上がって、コーチから全員合格と言われた瞬間、私の気持ちは緊張から喜びに変わりました。

 その後も詩織や美幸姉さんも合格して、車に乗った直後、その日の送迎当番の詩織のお母さんが一緒に喜んでくれました。

 「3人とも合格おめでとう。降りて喫茶店に行こうか。」

 私たちはスイミングスクールの中にある喫茶店に立ち寄って、ジュースとケーキをごちそうしてくれました。

 しかし、世の中はいいことが起きると、その分悪いことも発生します。



5、 視力低下と眼鏡デビュー


 4年生になって5月の大型連休に入る前の出来事です。

 私は自分の体に異変を感じるようになってきました。

 それは学校の授業で黒板の字が見えないと感じるようになり、目を細めることが多くなってきました。

 連休明けになって、学校では身体測定が始まり、体重、身長と測っていき、最後に視力検査を受ける時がやってきました。

 私は先生が棒でさした場所に対し「わかりません」と言ってみたり、上なのに「下」と言ってしまいました。

「眼鏡かコンタクト持ってる?」

「いえ、持っていません。」

 私の視力は0.2まで下がってしまい、保健の山下先生から眼鏡の着用を勧められました。

 家に帰るなり、私は母さんに視力低下のことを話したら、私を近所の眼鏡店に連れていき、改めて視力検査を行い、眼鏡を作らされました。

 正直、眼鏡をかけることにすごく抵抗がありましたが、かと言ってコンタクトレンズも目に入れることに抵抗がありましたので、好きではありませんでした。

 女性の店員さんが勧めてきたのは、ピンクのフレームと緑色のフレームの2つの眼鏡でした。

「こちらの2つの眼鏡は娘さんくらいの年齢の方にとても人気があるのです。」

「そうなんですね。」

 母さんが女性の店員さんと会話している時、私は上の空でいました。

「加奈子はどっちにする?」

「じゃあ、ピンクで。」

「かしこまりました。よろしかったら、ご試着されますか?」

「はい。」

 私は頭の中で「眼鏡なんてどうせ自分には似合わないから、どうでもいい」という感じでいました。

 女性の店員さんはピンクのフレームの眼鏡を私の顔にかけて、鏡を用意しました。

「とてもお似合いですので、よろしかったら鏡でご覧になってください。」

「あら、とても可愛いじゃない。あんたも鏡で見てみたら?」

 私は眼鏡なんて嫌だし、絶対に似合わないと思っていましたが、女性の店員さんと母さんに言われるままに、恐る恐る鏡で自分の姿を見たら悪くないと思いました。

「それでどうする?フレームはこれでいい?緑もかけてみる?」

「私、ピンクにする。」

「かしこまりました。それで、レンズなんですが・・・。」

「まだ何か?」

 母さんは女性の店員の言葉に疑問を感じました。

「娘さんはパソコンかスマホをお使いになっていますか?」

「はい、一応スマホを使っています。」

「それでしたら、当店からのお勧めでブルーライトカットレンズがあるのです。」

「ブルーライトと言いますと?」

「ブルーライトはパソコンやスマホから発光されるもので、それを長時間目に当てられますと、視力を低下する恐れがあるのです。よろしかったら、こちらのレンズをお勧めいたしますが、いかがなさいますか?」

「そちらをお願いいたします。」

 母さんは女性の店員に言われるままに私の眼鏡をブルーライトカットレンズにしました。

「出来上がりは3日後になりますので、そのころ改めて当店にお越しいただきたいと思います。」

「それではよろしくお願いいたします。」

 母さんは店員に軽くお辞儀をして店をあとにしました。

 3日後はスイミングスクールの日でしたので、私の眼鏡はその翌日となりました。


 私と母さんは注文してから4日後に再び眼鏡店に行き、眼鏡を受け取ることにしました。

「水江様、お待ちしておりました。」

 先日の女性の店員さんが店の奥から出来上がった眼鏡と、おしゃれなピンク色の眼鏡ケースをトレーに載せてやってきました。

 女性の店員はトレーをソファの上に置いて、出来上がった眼鏡を取り出して私の顔にかけました。

「ちょっと、首を横に振ってもらえる?」

 私は言われるままに首を左右に振ってみました。

「どうですか?」

「大丈夫みたいです。」

「じゃあ、今度は首を上下に振ってみて。」

 私は言われるままに首を上下に振ってみました。

「ずれたりしない?」

「はい。」

「それで、眼鏡はかけていきますか?」

「いいえ。」

 女性の店員は私に確認をとり、眼鏡をケースに入れ、それを保証書と一緒に小さな手提げ袋に入れて私に差し出して、店の出口まで案内してくれました。

「あの、私たちこのあとスポーツ用品店で度数の入った競泳のゴーグルを探そうを思っていますが、娘の場合どれくらいの度数がよろしいですか?」

「少々お待ちください。」

 女性の店員は店の奥からデータを用意して私と母さんのところにやってきました。

「お客様の場合ですと、3.0か4.0がちょうどいいと思います。」

「ありがとうございます。」

 母さんはメモを取りながらお礼を言いました。

 女性の店員は深くお辞儀をして私と母さんを見送ってくれました。


 次に母さんは私をスポーツ用品売り場の中にある競泳コーナーへ連れていきました。

 あたりを見渡すと、スイミングスクールの水着とは違って派手なデザインの水着が並んでいました。

「お母さん、この水着おしゃれだから着てみたい。」

「あんたにはちょっと早いわよ。それよりゴーグルのレンズ、どれにする?Viewとかarenaとかあるけど・・・。」

「スイミングスクールはarenaを使っていたから、私もarenaにする。」

「色は何色にする?」

「青と黒のミラーレンズにしてみる。」

「度数は一応強めの4.0にしておくね。それて調整ベルトは?」

「ピンクにする。」

 母さんはレンズと調整ベルトをもって店員に組み合わせてもらいました。

 

 次の日から私の眼鏡生活がスタートしました。

 鏡で眼鏡をかけた自分を見ていましたが、正直好きになれませんでした。

 着替えを済ませたあと朝食を食べて、ランドセルを背負って学校へ行くことにしました。

「行ってきまーす。」

「加奈子眼鏡は?」

「あ、部屋だった。」

「眼鏡がないと黒板の字が見えないでしょ?」

 私は渋々眼鏡をかけて学校へ向かいました。

「加奈子ちゃーん!」

 通学路を歩いていたら、後ろから詩織の声が聞こえてきました。

「加奈子ちゃんだよね。」

「そうだよ。」

「どうしたの、眼鏡なんかかけて。」

「視力が落ちた。」

「そうなんだ。大丈夫?」

「うん。」

 詩織は少しだけ心配そうなまなざしで私の顔を見ていました。

「実は眼鏡って好きじゃないの。」

「なんで?すごくかわいいよ。」

「鏡で眼鏡をかけてみたけど、あんまり似合わなかったから・・・。」

「そんなことないって。」

「男子にからかわれそう。」

「その時は私が守ってあげるから。」

 学校に着いて上履きに履き替えた直後、下駄箱で美幸姉さんに会いました。

「加奈子ちゃん、詩織ちゃん、おはよう。」

「おはよう。」

 その直後、美幸姉さんは私の眼鏡姿に気が付いてジロジロと見るようになりました。

「あれ、加奈子ちゃん、眼鏡なんかかけてどうしたの?」

「実は、視力が落ちて眼鏡をかけるようになったの。」

「ははーん、さてはスマホのやりすぎね。ゲームでもやっていたんでしょ?」

 私は無言で首を縦に振りました。

「そうなんだね。」

「それだけじゃなくて、ゴーグルも度入りにしたの。」

「そうなんだ。」

「眼鏡姿も結構かわいいから、自信もった方がいいよ。」

 美幸姉さんはそう言い残していなくなりました。


 今日は夏休み前、最後のプールの授業になりました。

 その日は私がもっとも得意とした25メートルのクロールでしたので、準備運動を済ませたあと、泳ぐことになりました。

 先生は25メートル泳ぎ切れた人と、泳ぎ切れなかった人に分けて授業を進めました。

 しかし、私が常時ゴーグルをつけっぱなしにしていること気が付いて、何人かの人が私をジロジロ見るようになってきました。

「水江のやつ、なんでプールサイドでもゴーグルを着けっぱなしなんだ?」

「ちょっと怖いものを感じる。」

  

 放課後になって私と詩織、美幸姉さんは一度家に戻ってスイミングスクールに行くことにしました。

 その日の送迎担当は珍しく美幸姉さんのお母さんでしたので、私と詩織、美幸姉さんはスマホを預けたあと受付に向かいました。

 準備運動を済ませて級ごとに泳ぐことになったのですが、その日のコーチは久々に北村信子さんが担当になりました。

「あれ加奈子ちゃん、ゴーグルを変えた?」

「はい。」

「もしかして、これって度付き?」

「そうなんです。実は視力を落として、ゴーグルを度入りに変えたのです。」

「私と一緒だね。」

「ずっと着けているから、みんなに怖がられているのかと心配になって・・・。」

「そんなことないよ、すごく似合っていて可愛いよ。」

「ありがとうございます。」

 4級クラスにいた美幸姉さんは私と北村コーチとのやり取りをずっと見ていましたが、それに気づかず、私は北村コーチと会話を続けていました。

 帰りの車に乗る前、美幸姉さんは私に話しかけてきました。

「加奈子ちゃん、さっき北村コーチと何を話していたの?」

「ゴーグルが変わったから、そのことで話をしていたの。」

「そうなんだ。」

 それ以上美幸姉さんは何も言いませんでした。



6、受験勉強とストレスと・・・ 

 

 5年生の夏休み前、私と詩織が2級へ進級したころ、美幸姉さんは私たちよりも先にスイミングスクールを卒業してしまいました。

「おばさん、長い間車に乗せていただいてありがとうございました。」

「いいえ、スイミングスクールが終わっても家が近所なんだし、いつでも遊びに来てちょうだいね。」

「その時はよろしくお願いします。」

 帰り際に美幸姉さんは玄関の前で詩織の母さんに一言お礼を言っていなくなってしまいました。

 美幸姉さんは私立の湘南女子中学へ受験するため、卒業するまで私と詩織に構うことなく、ひたすら勉強に専念することになりました。

 私と詩織も美幸姉さんの後を追うようにスイミングスクールで1級になり、6年生の夏休み前には卒業し、美幸姉さんと同じ私立の湘南女子中学に進学するため大好きなお出かけや旅行、キャンプを我慢してひたすら自分の部屋で勉強に専念していきました。

 ストレスがピークに達した夜、私は部屋で参考書に目を通しながら復習をやっていた時でした。

 父さんがノックもせず、いきなり部屋に入ってきて「勉強は進んでいるのか?」と言って私の机の上をのぞき込んできました。

「ちょっと、勝手に見ないでくれる?それと部屋に入る時ぐらい、ノックしなさいよ!」

「別にいいじゃないか、家族なんだし。それにきちんと勉強が進んでいるか、こっちは心配で見に来たんだ。それのどこが悪い?」

「悪いわよ!勝手にノートをのぞき込むなんて、プライバシーの侵害よ!」

「そういうセリフを吐くってことは、勉強をしてない証拠だ!」

「父さんに言われなくても、きちんと勉強しているわよ!」

「ならノートを見せろ!」

 父さんは問答無用で私のノートを取り上げてパラパラとページをめくっていきました。

「こんなに色ペン使って、どこが重要なのかわからないじゃないか!それに字も汚い!」

「大きなお世話よ!」

「心配している親に言うセリフか?」

「言うことがそれだけなら、出ていってよ!」

「いい加減にしろ!」

 父さんは私のほほを強くたたきました。

 私は父さんの背中を押して部屋から追い出しまい、生まれて初めて親に反抗的な態度をとってしまいました。

 その日は勉強に集中できず、食事もしないでそのまま部屋を暗くして眠ってしまいました。

 しばらくして、母さんが心配して部屋のドアをノックしてきました。

「加奈子、入るわよ。」

「何?」

「ご飯が出来上がっているから、降りてきてちょうだい。」

「いらない。」

「今夜は加奈子の大好きなハンバーグだよ。」

「いらないって、言っているでしょ。」

「わかった。疲れているみたいだし、ゆっくり休んでいてちょうだいね。」

 母さんはそのまま静かにドアを閉めていきました。

 その数分後、父さんが無神経にノックもせず、いきなり部屋に入ってきて、「おい、腹が減っているんだろ。さっさと飯を食え。」と言ってきました。

「いらないって言ったでしょ!」

「母さんが一生懸命作ったんだ。ありがたく食え!」

「はあ?あんた、何時代の人間?歴史の教科書じゃないんだから、そんなセリフ通じるわけないでしょ!?」

「親に向かってその態度はなんだ!」

「親なら何を言っても許されると思っているの!?」

「あなた、加奈子は疲れているんだから、休ませてあげて。」

「だいたい何もしてない人間が、なんで疲れる必要があるんだ。おかしいだろ。」

「いいから、こういう時はそっとしておくのが一番よ。」

「加奈子、今日のところはお母さんに免じて許してね。」

 父さんはそれ以上何も言わずそのまま出ていきました。

 

 次の日から私の家に若い男性の家庭教師がやってきました。

 先生はまだ大学生で、性格も優しく、決して厳しいことは言ってきませんでした。

「加奈子ちゃん、よかったら先生にノートを見せてくれる?」

「どうしてですか?」

「実は君のお父さんに一度ノートを見るように言われたんだよ。うるさいことを言わないと約束するから、見せてくれる?」

「わかった。」

 私は渋々と先生に昨日のノートを見せましたら、少し曇った表情で指摘しました。

「字の上手下手は別問題としても、色ペンは2色までにした方がいいよ。」

「それって、赤と青だけにするってことですか?」

「それが一番理想的なんだけど、赤と青を使うのに抵抗があるなら、好きな色を2つだけ選んで、それ以外は使わない方がいいよ。そうしないと、どれを覚えたらいいのかわからないから。」

「そうなんですね。」

「ノートと教科書は一生の財産っていうから、卒業してもそれが役に立つこともあるんだよ。その時にノートや教科書をカラフルに染めたら、勉強したことが無駄になるし、周りの大人から遊んでいると思われても文句は言えないよ。」

 私はこれ以上何も言い返せず、先生と一緒に勉強を進めていきました。

「しかし、加奈子ちゃんのノートを見ていたら、自分のころを思い出しちゃったよ。」

「どういうことですか?」

「僕も加奈子ちゃんくらいの時はよく色ペン使っていたんだよ。最初は赤ペンだけ使っていたんだけど、周りがカラフルな色ペンを使うようになってから、自分も真似して使うようになってきたんだよ。」

「そうなんですね。」

「でも、改めて自分のノートを見ていたら『何これ?』と突っ込みたくなるほど、きたなくなっていたから、それ以来僕は色は赤と青のボールペンだけしか使わなくなってきたんだよ。」

「じゃあ、私も今日から2色だけにするよ。」

「その方がいいかもしれないね。」

「それでどのペンにする?」

「オレンジと緑。」

「じゃあ、他の色ペンは箱か袋に入れてしまっておこうか。」

「うん。」

「あ、そうそう。言い忘れたけど蛍光ペンもあった方がいいよ。」

「じゃあ、このピンクのにする。」

「しかし、こうやって色ペンがたくさんあると、競馬をやっているおじさんみたい。」

 先生は私の色ペンの数を見て苦笑いをしながら言いました。

 私は使わない大量の色ペンを紙袋に入れて、クローゼットの奥へしまいました。

「これで、やっと勉強ができる環境になってきたね。」

 私の机の上にはシャープペンと消しゴム、オレンジと緑のボールペン、ピンクの蛍光ペンだけとなりました。

 その日は算数と国語を中心にやってきました。

 夕方近くになって、部屋のドアをノックする音が聞こえて、母さんがお盆の上に紅茶とケーキを載せて入ってきました。

「失礼します。先生、お茶とお菓子を用意しました。」

「お気遣いありがとうございます。」

「ここに置いておきますので、よかったら召し上がってください。」

 母さんはそのままドアを閉めていなくなってしまいました。

「そろそろ休憩にしようか。」

「あともう少しでこの問題が解け終わりますから。」

「焦って解いてもいい答えが出ないよ。それよりせっかくの紅茶、冷めたらまずくなるから頂こうか。」

 私は先生に言われるまま、母さんが用意してくれた紅茶とケーキで一休みをしました。


 2学期が始まってからも先生は空いている日にやってきて、私の勉強を見てくれました。

 しかし、先生もまだ大学生なので、自分の勉強などの理由で家に来られない時には小学校の教員免許を持っている従姉妹の清美さんが臨時の家庭教師を引き受けてくれました。

 清美さんは教員免許を持っていますが、教員試験に落ちてしまったため、大学卒業後はフリーターになってしまい、学習塾の先生や家庭教師のアルバイトをやっています。

 今日も家で暇をやっていると聞いたので、母さんが清美さんに家庭教師をお願いをしました。

「加奈子ちゃん、この問題入試に出るよ。」

 その日は算数をやっていました。

 清美さんは算数が得意でしたので、私に丁寧に教えてくれました。

 その日の夜、清美さんはうちで食事を済ませたあと、家に帰ることにしました。

「清美ちゃん、加奈子の勉強はどう?」

「ばっちりです。」

「明日もお願いしていい?」

「でも、普段は家庭教師の先生に見てもらっているんでしょ?」

「そうなんだけど、明日も先生お休みされると言うの。」

「わかりました。明日もこの時間に来ますので。」

「ありがとう、明日もよろしくね。」

 清美さんはそのままいなくなってしまいました。

 それからというもの、私の受験勉強は清美さんと家庭教師の先生によって教わっていきました。


 そして迎えた受験当日です。

 その日は気温が低く、いつ雪が降りだしても不思議ではないくらいでした。

 私はダッフルコートに手袋とマスクをして、受験票がカバンの中に入っていることを確認したあと、母さんと一緒に車に乗って会場へ向かいました。

 しかし、その日に限って道路が混んでいて、なかなか前へ進めませんでした。

 母さんは不安そうな表情になりながら前を見ていましたが、ちょうど学校へ抜ける細い路地を見つけたので走っていきました。

 学校へ着く直前、雪が降り出しました。

「お母さん、雪降ってきたけど大丈夫?」

「大丈夫よ。この車スタットレス履いているから。」

 学校へ着いた時にはすでに人が集まっていて、受付が開始されていました。

「お母さん、車を置いてすぐに中へ入るから、あなたは先に受付を済ませてきてちょうだい。」

 私は母さんに言われるままに受付を済ませてきて教室へと向かいました。

 机の上には自分が座る受験番号が貼られていて、私は自分の受験番号の席に座りました。

 試験開始まで時間がありましたので、カバンから参考書を取り出して、試験の出る箇所を確認していました。

 開始時間になり、腕章をつけた試験監督がやってきて注意事項を伝えたあと、問題用紙と回答用紙を配り始めました。

 始めに解答用紙、そのあと問題用紙が配られました。

 試験監督が開始の号令を出したとたん、頭の中は真っ白になりましたが、よく問題を見てみると勉強したところばかりでしたので、落ち着いて一つずつ解いていきました。

 特に算数は数字が違うだけで夏休みに勉強した部分がそのまんま出てきたので驚きました。

 すべての試験が終わり、私が駐車所へ向かう途中、廊下で詩織が私に声をかけてきました。

「加奈子ちゃーん!」

「あ、詩織ちゃんも受けていたんだ。」

「言わなかったっけ?」

「聞いてない。」

「ま、いいや。それより試験どうだった?」

「私は何とか解けたよ。詩織ちゃんは?」

「正直自信がない。」

「頑張ったことなんだし、あとは結果を待つだけだよ。」

「そうだね。」

「今日は車?」

「うん、駐車場で母さんが待っているから。」

「私も。」

「じゃあね。」

 私は詩織と別れたあと、駐車場に向かって母さんと一緒に車で帰ることにしました。


 試験から10日後、私と詩織は毎日「ムンクの叫び」のような顔をしながら結果を待っていました。

「加奈子ちゃん、落ちていたらどうしよう。」

「今心配してもしょうがないでしょ。とにかく結果を待つしかないから。」

 学校から戻って玄関の郵便受けを見たら、大きな封筒が入っていました。

 私は部屋に戻って机の引き出しからはさみを取り出して、中身を取り出しました。

<合否結果のご案内 水江加奈子様、このたびは本校に受験していただき、ありがとうございました。今回の試験の結果を”合格”とさせて頂きました。別紙に入学のご案内を同封させていただきましたので、ご覧になってください。>

 合格通知を見るなり、私はうれしくなって母さんに見せました。

「お母さん、合格したよ!」

「加奈子、良かったじゃない。今夜は赤飯だね。」

「ありがとう。」

 そのあと私は詩織の家に電話をかけて、結果報告をしましたら、詩織も合格したと言っていました。

 4月から私と詩織は美幸姉さんのいる私立の湘南女子中学へ行くことが出来ましたので、その日の夜、家では赤飯やケーキが出てきて、盛大に祝ってくれました。

「4月から私立の湘南女子中学へ通うのか。しっかり頑張って来いよ。」

「お父さんもお母さんも応援しているからね。」

「ありがとう。」

 卒業式を迎え、私と詩織は小学校最後の春休みを過ごしていきました。



7、 私、イルカになります!


 長い回想が終わって、私と詩織、美幸姉さんは当時の思い出話をしながらコンビニでアイスの買い食いをしていました。

「そういえば、加奈子ちゃんと詩織ちゃんが水泳を始めたきっかけって、私なんだよね?」

「うん。」

「私、最初は美幸姉ちゃんを目標に泳いでいたけど、将来はオリンピックに出てみようかなって思っているの。」

「お、詩織ちゃん、大きく出たね。でもオリンピックに出るってことは決して楽じゃないよ。」

「わかっている。でも、私金メダルをとってみたいと思っているの。」

「なおさら厳しくしないとね。そのためには国際水泳、その前にあれか。えーっと確か・・・・そう、中学水泳大会に出て、優勝しないとだめだよね。」

「その覚悟は出来ている。私、美幸姉ちゃんの厳しい指導に耐えて頑張るから。」

「今の言葉、ちゃんと聞かせてもらったよ。あと気になったけど、加奈子ちゃんは何か目標ってあるの?詩織ちゃんは今言ったようにオリンピックで金メダルを取るっていう大きな夢があるけど・・・。」

「私ねイルカになってみたいなって思っているの。」

「イルカ?」

「そう、イルカ。私ね卒業したらニュージーランドに行ってみようと思っているの。」

「高校はどうするの。」

「高校行かなくてもいいかなって思っているの。」

「あのね、今時中卒で雇ってくれる会社なんてないんだよ。もう少し現実に目を向けた方がいいよ。」

 美幸姉さんは私の考えに呆れていました。

「加奈子ちゃん、ニュージーランドに行くってことは私と美幸姉ちゃんと別々になるってことだよ。」

「ニュージーランドに行くのって、急ぎなの?せめて高校を卒業した後でもいいんじゃない?向こうの学校へ留学っていう選択肢もあるわけなんだし。それより、なんでニュージーランドに行きたいって言い出したの?」

「実は私、先日テレビでニュージーランドの海を見てたら、イルカと一緒に泳ぎたくなってきたの。」

「そうなんだ。気持ちはわかるけど、中卒って少々頂けないよ。せめて高校まで行って、そのあとゆっくり考えてもいいんじゃない?同じ年齢で一人は現実離れ、一人はきちんとした目標を持っている。はあ。」

 美幸姉さんは、ため息交じりに呆れて何も言えない状態になっていました。

「加奈子ちゃん、高校で私と一緒に水泳をやってみない?私、一人だと退屈だし。」

「美幸姉ちゃんがいるじゃない。」

 詩織は涙目になり、私に何かを訴えかけようとしました。

「あ、加奈子ちゃん、詩織ちゃんを泣かした。」

「違うわよ!」

「だって泣いているじゃん。」

「私、本当は加奈子ちゃんと同じ高校へ行きたかったんだもん。」

「加奈子ちゃん、どうする?」

「わかったわよ。一緒の高校へ行くよ。」

「わかればよろしい。」


 思い出話をしたあとは3人でバスに乗って久々にスイミングスクールを訪ねることにしました。

 建物自体はそんなに変わっていませんが、中へ入ってみるとほとんど知らない人ばかりでしたので、正直驚きました。しかし受付の奥を見たら、かつてお世話になった北村コーチがいました。

「北村コーチ、お久しぶりです。」

「あれ、加奈子ちゃん達じゃないの。久しぶり、元気だった?」

「はい。」

「この制服って湘南女子だよね?」

「そうなんです。」

「詩織ちゃんと美幸ちゃんも同じ学校なんだね。部活何しているの?」

「3人で水泳部に入りました。」

「まだ水泳続けていたんだね。実は私、ここを辞めることになったの。」

「どうしてですか?」

「実は私、妊娠しているの。」

「妊娠ってことは、結婚されたのですか?」

「うん。」

「いつですか?」

「あなたたちが辞めて数か月後かな。」

「そうなんですね。ちなみに新しい苗字は何ですか?」

「綾部になったの。」

「綾部コーチなんですね。旦那さんは何をされているのですか?」

「ここで、コーチをしているの。」

「よかったら会わせてもらえますか?」

「今日は休暇だから。」

「そうなんですね。ありがとうございました。よかったら中を見ていいですか?」

「いいわよ。」

「それじゃあ。」

「元気でね。」

 私たちは北村コーチ改め綾部コーチと別れて、上の広場へと向かいました。

 ガラス越しから子供たちが泳いでいるのを見て、かつての私たちを思い出してしまい、懐かしくなってしまいました。

「あれ、よく見たら加奈子ちゃんと詩織ちゃん、美幸ちゃんじゃないの。久しぶり、元気だった?」

 後ろを振り向いたら神田コーチがいました。

「神田コーチ、お久しぶりです。」

「今日は何しにここへ来たの?」

「久しぶりなので、中を見せていただこうと思って来ました。」

「あなたたち、制服姿ってことは今日は部活の帰り?」

「はい。水泳部に入っています。」

「そうなんだね。」

 私が神田コーチと話していたら、横から美幸姉さんが口をはさんできました。

「神田コーチ、聞いてくださいよ。加奈子ちゃんったら、中学卒業したら高校に行かないでニュージーランドでイルカと遊ぶって言いだしてきたんだよ。」

「それも一つの夢かもしれないね。でも、今の世の中は最低でも高校を卒業しないと社会に出たときに不利になると思うよ。」

「そうですよね。」

「私は大学まで行ったけど、就職が見つからなくて、1年間は近所のフィットネスクラブでアルバイトしてたけど、その時たまたま休憩時間にスマホでここのコーチの募集を見かけたから応募してみたの。そしたら採用になって、子供たち相手に泳ぎを教えるようになったの。」

「そうだったのですね。」

「実は私、もうじき結婚することになったの。」

「おめでとうございます!相手は誰なんですか?」

 神田コーチはスマホを取り出して、彼氏の写真を見せました。

「素敵な方ですね。彼、何をされているのですか?」

「彼、小学校の先生をやっているの。」

「そうなんですね。幸せになってください。」

「ありがとう。」

「それでは、私たちはこの辺で失礼します。」

「ねえ、よかったら送迎バスに乗っていったら?」

「いいのですか?」

「もうじき発車すると思うから、急いだ方がいいよ。」

「ありがとうございます。」

 神田コーチに言われるまま、急ぎ足で送迎バスへ乗り込みました。

 小さな子供たちに混ざって、私たちは空いている座席に座って家の近所まで向かいました。

 制服着ているせいか、子供たちは私たちをジロジロと見つめていました。

 「こんなに制服が珍しいのか?お前らも数年たったら、これを着る日がくるんだぞ。」私は心の中でつぶやいていました。

 運転士さんにお礼を言って家の近くで降ろしてもらい、数分歩いたあと美幸姉さんが自分の目標を言い出しました。

「私ね、将来スイミングスクールでコーチをやってみようと思うの。私、もともと子供と水泳が大好きだから、自分の職業に向いているかなって思ったの。」

「いいと思うよ。美幸姉ちゃんにピッタリだと思うよ。」

「私もそう思う。」

「えーっと、詩織ちゃんは将来オリンピックの選手で、加奈子ちゃんは中学を卒業したあとニュージーランドでイルカになるという、現実離れの生活をするんだよね。」

「高校に行くわよ!」

「だって、さっき中卒でニュージーランドに行くって言ってたじゃん。」

「それは言ったけど、考え方を変えてみようと思うの。」

「どんなふうに?」

「それは高校へ行ってから考えるよ。」

「それもありかもね。」


 話は10年後に飛びます。

 詩織は高校卒業したあと、実業団に入って国際大会に出場し、何度も優勝しています。

 美幸姉さんは大学を卒業したあと、自分が世話になったスイミングスクールでコーチをするため、インストラクターの勉強をしています。

 そして私は高校を卒業したあと、ニュージーランドの大学へ留学し、毎日イルカと泳いでいます。

 家族や友達と離れ離れになってさみしい時もありますが、中学の時に口にしていたイルカになるという夢がかない、海の中で毎日幸せな日々を過ごしています。

 12月の終わりごろ、久々に帰国してみたら、日本は冷蔵庫のような寒さになっていたので驚きました。

 白い息を吐きながら、セーターとコートを着て、成田空港から藤沢駅までの直行バスに乗ってみんなをびっくりさせるために、私は連絡をしないでそのまま真っ先に自宅の方角へと向かいました。

 玄関で日焼けした私の顔を見るなり、父さんと母さんはびっくりしていました。

「もしかして、加奈子?」

「ちょっと会わないだけで、もう忘れたの?」

「そうじゃないけど・・・。それより学校は?」

「今クリスマス休み。来年の1月10日までここにいられるから。」

「そうなんだ。それよりずいぶんと日焼けしたな。」

「向こうでイルカと遊んでいたから。」

「そうなんだ。」

「これ、お土産。よかったら食べてちょうだい。」

「すまないな。別に気を使わなくてもいいんだよ。」

 私は部屋に荷物を置いて、疲れた体をベッドに投げ出して眠ってしまいました。

 目が覚めたころには外は真っ暗になっていて、居間からすき焼きの匂いが漂ってきて、食卓へと向かいました。

 すき焼きを食べ終えたあと、ソファに座って両親と今後の将来について話をしました。

「お前、将来どうするんだ?まさか向こうでイルカと一緒に遊んで終わるわけにはいかないだろ。」

「そうよ。そろそろ自分の将来を決めた方がいいと思うよ。」

 私はしばらく黙って考えました。

「そろそろ考えないとな。お前にふさわしい職業って何がいいんだ?」

「そうよね。」

「私、江ノ島水族館で働いてみようと思うの。イルカのショーをやったり、外国人のお客さんには英語で案内しようかなって思っているの。」

「あなたにふさわしい職業だと思うわ。」

「そうだな。」

「私、卒業したら日本に戻って働くから、2階の部屋はそのまんまにしてくれる?」

「もちろん、いいわよ。」

「お前、ここから通うのかよ。」

 父さんは驚いた表情をしていました。

「ま、何はともあれ将来の目標が決まってよかったよ。」


 さらに2年後、私は日本へ戻り、江ノ島水族館で働くことになりました。

 最初のお仕事は館内の掃除やお客さんの案内をすることでした。

 私は時々忙しさのあまり、日本人のお客さんに英語で案内してしまい、大恥をかいてしまうこともありました。

 ごみ捨てを終えて、事務所へ戻ろうとした瞬間、誰かが後ろから肩をたたいてきました。

「Hello. May I help you?(いらっしゃいませ。ご用件はなんですか?)」

「私、日本人なので、日本語のわかる係員をお願いします。」

 顔をよく見たら美幸姉さんでした。

「美幸姉ちゃん!?」

「加奈子ちゃん、英語とても上手だね。」

「美幸姉ちゃん、今日は一人?」

「うん、本当は詩織ちゃんも来るはずだったんだけど、大会が近いから来られなくなったんだよ。今、仕事中?」

「そうだけど、もうじき休憩だから待ってくれる?」

「あら、お友達が来ているの?だったら今から休憩に入っていいよ。」

 ちょうどタイミングよく館長さんがやってきたから、休憩に入ることにしました。

 私は美幸姉さんと一緒に休憩スペースでクリームソーダを飲みながらくつろいでいました。

「休憩は何時まで?」

「15時15分。」

「もう少しいられるね。」

「このあと、イルカのショーがあるから見ていってくれる?」

「もちろん、そのつもりで来たから。」

「じゃあ、私そろそろ仕事に戻るね。」

「うん、わかった。お仕事頑張ってね。あ、ちょっと待って。」

「どうしたの?」

「今日って何時ごろ終わる?一緒に帰りたいから。」

「ちょっと待って・・・。」

 私はスマホで予定を確認しました。

「えーっと、今日は18時。」

「そっか。終わったら入り口近くで待っているね。」

「うん、それまで適当に楽しんでいってよ。」

 休憩が終わって、私は美幸姉さんと別れて仕事に戻りました。

 閉館時間になり、蛍の光の曲を流しながら、お客さんを見送りました。掃除を済ませて私はロッカーで着替えたあと、小さなショルダーバックをもって入場口に向かいましたら、美幸姉さんが少し退屈そうな顔をしてスマホをいじっていました。

「お待たせ。」

「おつかれー。」

「帰ろうか。」

「うん。」

「そういえば、夕食まだだったよね。」

「うん。」

「よかったら外食しない?」

「ごめん、パス。」

「なんで?」

「この時間っていつも母さんが夕食の準備をしているから。」

「そうなんだ。」

「本当にごめんね。」

「ううん、大丈夫だよ。」

 美幸姉さんは申し訳なさそうな顔をして私に謝っていました。

「そういえば、美幸姉ちゃんはスイミングスクールでコーチをやっているんだよね?」

「うん。」

「子供たちってどう?」

「すごく生意気。注意しても言うこと聞かないし、かといって下手にきついことを言うと親からクレームが来るから大変だよ。」

「私たちのころと違うんだね。」

「そうなの。この間も一人の親が私と主任を呼び出して怒鳴りつけたあげく、『次、うちの息子からこういった報告があったら、よそに行かせるから!』と言ってきたの。」

「いわゆる、モンスターペアレンツってやつだよね。」

「そうなの。他にもアニメの話題を持ち込んだら、『わーい、オタクだ。』とからかってくるから、いやになってくるよ。」

「大変だね。主任はその件で何か言ってきた?」

「一応、『気にしないでいつも通りやればいいから。あんまりひどかったら、私から親御さんに話すから言ってちょうだい。』とは言ってきたけど、あのモンスターペアレンツに勝てるか不安になってきたよ。」

「主任がそう言っているわけなんだし、それを信じてもいいと思うよ。」

 帰り道、私と美幸姉さんは夜風に吹かれながら歩いていきました。


 その数か月後、詩織が大会に出ると聞いて、私と美幸姉さんは休みをもらって横浜国際プールまで応援に行くことにしました。

 会場へ着いたら客席はほぼ満席状態でした。

 私と美幸姉さんは空いている椅子を見つけて、座って手作りの横断幕を広げて詩織を応援することにしました。

 詩織は水着も帽子もゴーグルも全部黒いうえに常に1位を取っていたので、みんなからは「黒い水の悪魔」と言われて恐れられていました。

 その日のレースも単独で優勝を決めました。

 終わった後、私と美幸姉さんは詩織のいる控室に行って挨拶をしてきました。

「お疲れ。」

「あ、加奈子ちゃんと美幸姉ちゃん。」

「優勝おめでとう。」

「ありがとう。」

「すごい記録だね。」

「うん、私ものすごく練習してきたから。」

「今日の泳ぎを見て、それがはっきりわかったよ。」

「私、毎日コーチに怒鳴られながらやってきて、何度もめげそうになったの。でも、そのたびに私美幸姉ちゃんに励まされて、ここまで来られたんだよ。」

「そうなんだ。私には相談しなかったんだね。」

「だって、加奈子ちゃん、その間ニュージーランドでイルカと遊んでいたみたいだし・・・。」

「私だって、ニュージーランドにいる間、毎日英語を使わされていたり、イルカについての研究もたくさんしてきたんだよ。」

 私はこれ以上いるとケンカになると思ったので、控室を出ることにしました。

「詩織ちゃん、ごめん。そろそろ帰るね。」

 詩織は無言のままでいました。

「あ、待って。」

 美幸姉さんも後を追うかのようについてきました。

「加奈子ちゃん、どうしたの?」

「詩織ちゃんが私にあんな言い方をするなんて、思わなかった。」

「仕方ないよ。疲れていたんだし。」

 私は納得がいきませんでした。

 その日は無言のまま電車に乗って帰りました。


 翌週の日曜日、私は詩織と美幸姉さんと仲直りをしたかったので、二人をイルカのショーに招待しました。

 詩織と美幸姉さんはとても満足そうな顔をして私とイルカのショーを見ていました。

 ショーが終わって、詩織と美幸姉さんは私のところにやってきました。

「今日はとても楽しかったよ。」

「加奈子ちゃん、この間は応援に来てくれたのにきつい言い方をしてごめんね。」

「ううん、気にしてないから。」

「このあとも仕事なんでしょ?」

「うん。」

「じゃあ、私と詩織ちゃんは適当に回って帰るから。」

「わかった。気を付けてね。」

 休日の水族館は家族や友達連れの笑顔でいっぱいでした。

 私は詩織と美幸姉さんを見送ったあと、気合を入れて仕事に戻ることにしました。



おわり

皆さん、いつも最後まで読んでいただいてありがとうございます。

今回も前回に続いてゲストの方をお呼びしました。

今回のゲストは水江加奈子さんです。

「お疲れ様です。」

「ありがとうございます。」

「水江さんは今回ご自分の過去を振り返って、どんなふうに感じましたか?」

「私と詩織は美幸姉さんに影響されて水泳を始めたのですが、実際にやってみて楽しいだけでなく、つらくて大変という日もありました。」

「例えば、どんな場面でつらかっらり、大変と感じられましたか?」

「周りが進級しているのに、自分だけ上がれなかったことや何度練習してもうまくいかなかったことです。」

「ニュージーランドでイルカと泳ぎたいと思ったきっかけは何ですか?」

「特にないのですが、テレビで海外の番組を見ていた時に海でイルカが気持ちよさそうに泳いていたから、自分も一緒に泳ぎたくなりました。」

「そうですか。お忙しい中、ありがとうございました。」

「それでは失礼します。」

加奈子さんはイルカになりたいという夢をもって、ニュージーランドに行き、帰国後は水族館で働くようになりました。

これを読んでいただいた皆さんは、どんな幼少期を過ごされたのでしょうか。またどんな将来を夢見ていたのか、ぜひ教えていただきたいです。

それでは、次回の作品でお会いしましょう。


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― 新着の感想 ―
[一言]  恋愛小説ではないように感じました。  一つの夢を追い続けるのはとてもいいと思います。
2021/07/29 16:36 退会済み
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