9話 鉱山大迷路
シリウスの、失敗作と言う割にはかなり良い作りの盾を貰い受けついに俺とノノは鉱山へと向けて駒を進め始めた。
北門を出て街道を辿っていく。山を迂回するように伸びる道を外れて、踏み固められ道のようになってしまっている場所を行くとすぐに鉱山都市へと到着した。
もはや人がたくさん通るせいで門を出ても街に着くまでモンスターと出会うことはほとんどない。
麓の王都に負けず劣らずの賑わいを見せる鉱山都市で俺たちは挑戦する場所を見極めていた。
「どこなら鉱石余ってるかな?」
「……。」
私に聞かれても困るといった目で俺を見るノノ。
修行しながら鉱石でも採掘しに行くかとは言ったが、人が多いところを狙ってもモンスターも鉱石も出てこない可能性があるのだ。
眼下に広がる無数の洞窟の穴を見下ろす。
かといって人の少なすぎる洞窟を選べば今の俺たちではまともに攻略が出来ない。
「はい、1から6で好きな数字選んで」
「2?」
「よし、じゃああそこで」
俺はたった今人が入っていった洞窟を指差す。
理由を問うようなノノの視線が刺さるが、残念ながらそんなものはない。
「適当だ」
ノノを連れ立っていくつか階段を降りて先ほど指差した洞窟の前まで歩いてきた。
「金が稼げなかったら今日は飯抜きな」
ノノは神妙な顔で頷く。
人が先に入っていったのを見たが、壁に松明が掛けられたりはしていなかった。
それなら、とノノを少し待たせてカバンから松明と発火石を取り出す。あらかじめ油を染み込ませてある松明に火を付けると洞窟の内部が少しだけ露わになった。
この鉱山は、当たり前かもしれないが下に行けば行くほど人がいなくなっていく。
現在俺たちがいるところが地下4階に当たる場所だが、8階あたりからは人もいなければ整備もされておらず自分の力で進んでいくことになる。
その時、松明の火も付き中に入ってみようかと思っている俺たちの前をちょうど昇降機が通りすがった。
昇降機に乗るのは5人ほどの冒険者パーティと探堀家であろうツルハシを持った人物が数名。
俺とも目があったが何かを言われるでもなくさらに下へと下がっていった。
あれが恐らく、人のいない洞窟を掘り進めていくランクの高い連中だ。
皆武器も防具も綺麗でいかにも魔法の込められた物ですと言いたげな見た目をしていた。
おそらく、古代文明の遺物だろう。
「進むか」
「ん」
しかし、今の俺たちには最前線など関係無い。
あれから音沙汰の無いパーティメンバー募集にもう2人くらい来てみんなのランクが6以上になるかならないか辺りでないと考えなくていい案件だ。
腹いせに轟々と燃える松明を振り回して洞窟内へと入っていく。しかしそれでも光を反射してくれる物は特に見つからなかった。
洞窟というものはとても複雑に絡み合っていることがある。地下4階から入って地下2階から出てきたりもっと下に行ってしまうこともあれば道が繋がっていることもよくある。
こんな前振りをするのだから察しがつくだろうが、俺たちが入った洞窟は上からの道と繋がる部分があった。
アースワームと呼ばれる芋虫モンスターを倒しつつゆったりと奥へと進んでいると、段々と大きくなる剣戟の音に気がついたのだ。
少し急いでアースワームを無視しながら洞窟を進んでいく。気付けば、奥から光が差し込む場所へと着いた。
しかし、その穴の大きさは俺の腰ほどの大きさの穴である。
2人してしゃがみ込み奥を覗くと、大量に焚かれた松明の火に灯される広い空間にて初心者らしき冒険者たちがモンスターと大乱闘を繰り広げていた。
そして、俺たちが着いたのはそのモンスターたちの後ろ、最後衛であった。
「いっぱい」
ノノが呟くほどには敵が沢山いる。昨日もノノと一緒に戦ったゴブリンがざっと数えても30はいる。偶然見つからずに繁殖が進んでしまったのだろう。
奥にいる若手冒険者はゴブリンの数に翻弄され押され気味のようだ。
ここで俺は、この穴を潜って手助けに行くかを悩んでいた。
正直30ものゴブリン軍団は俺たちにも倒し切れるか分からない。
後ろを取ったとはいえ気付かれずに仕留められるのは最初の数体だ。
新米が倒されて苗床にでもされた日には寝覚めが悪いかもしれないが、この穴から油断して出てくる個体を一体ずつ買っていく方が安全なのでは無いか。
そんな浅はかなことを考えていると、足元では既にノノが匍匐前進で穴をすり抜けようとしているところだった。
「ノノさん?戦うの?」
俺はとっさに小声でノノを呼び止める。しかし、ノノは首を縦に振った。
「ごはん」
なるほど、モンスター狩りをごはんに見立てる人はいる。狩れなかったら飯抜き宿抜きの可能性さえある冒険者ではその考えは間違いではなかった。
「俺も行かないとだよな」
ノノを1人向かわせるのはあまり好きじゃ無い。彼女は奴隷でもペットでもないのだから、彼女が前に出ると言うのなら俺も横にいなければいけないだろう。
ということで、ノノに続いて穴を潜りゴブリンたちの後ろに出る。
よく見れば、後方にはゴブリンメイジなる魔法の使えるゴブリン個体が他のゴブリンたちを援護していた。
新人では苦戦をするわけだ。
「ノノ、十分に気をつけろよ」
恐らくノノに戦闘での指示はあまり必要ないように感じる。今もシーフの俺が前に出てくるまで微動だにせず音を立てまいとしていた。
誰かに指導を受けているか、身近に戦術に長けた人がいてそれを見てきた動きをしている。
ノノに背中を預けると俺は滑らかに歩き出した。
シーフステップとでも呼ぼうか、足音を出来る限り消した歩きでゴブリンメイジの背後へと忍び寄る。そして、音も無しに短剣を抜き放つとその動作から流れるようにゴブリンメイジの首を切り裂いた。緑色に褪せた血が流れ新人冒険者たちを困らせていた魔法が一瞬止む。
そして次の瞬間、全ゴブリンの視線がこちらに向いた。
これは昔遭遇した高難易度モンスターに感じた圧倒的な死ぬ感覚とは違い、じわじわと押し寄せる死ぬ、殺されるという感覚。
ランク4にもなってまさかゴブリンに味わわされるとは思ってもいなかった。
昔と違い段々と狡猾で残忍になってきたゴブリンだが、何十も集まれば人を威圧してしまうことも出来るのだ。
ヘンリーの威を借りてばかりで忘れていた。冒険者とは本来命のやり取りである。
押し寄せる死が、殺意が俺の足をすくませた。一瞬どころか1秒も2秒もその場に固まってしまう。
その間にも棍棒を持ったゴブリン軍団は俺に殺到し始めていた。
恐怖で動けぬ俺を嘲笑い蔑み袋叩きにせんと飛び掛かる。
しかし、それは横から来た大質量によって薙ぎ払われた。
応急的にバックラーを両手に付けた、勘違いした拳闘士みたいな装備の少女に。
「あ、助かった」
「ん」
この時ばかりは言葉少ななノノがかっこいいと思った。
ノノの動きに合わせて態勢を立て直す。
新人冒険者たちもゴブリンを相手に立ち回り始めてくれたおかげで全ゴブリンがこちらに来るということは無くなった。
これではどちらが新人かわからない。
「ちょっと、気合い入れ直すわ」
俺は腕を振って短剣を強く握り直すとゴブリンに一気に肉薄した。
シーフ流剣術極意その1。常に1対1を心掛けるべし。手数で相手に数的有利を取らせるな。
暗殺が出来ない乱戦状態では確実に目の前の敵を倒す必要は無い。
肉薄したゴブリンの腕、胸、脇腹を切りつけその反応を見る前に標的を次に移す。視界だけでは周りの敵にも気を配りながら第2の標的にダメージを与える。
それで倒れれば良し、倒れなくともダメージは蓄積する。
また、一か所に留まり続けるのはよほどの作戦がない限りはしてはいけない。基本的に数の有利、数の暴力を使われてしまえば一気に劣勢になる。
2体、よくばっても3体の標的にダメージを与えた時点で敵の隙間を縫い位置を変える。
そしてまた標的を取っ替え引っ替えしてダメージとヘイトを蓄積していく。
作業と言われてしまえば作業。敵の攻撃を避けれなければ致命傷になりかねない単純作業。
腕を切りつけ胴を切りつけ、足を切りつけ離脱する。
そして、超怪力のノノの薙ぎ払いが飛んでいく。
正確には飛んでいくのはゴブリンだが。
次第にノノの圧倒的な強さと葬られた仲間の数に戦々恐々とするゴブリンと新人冒険者たち。
結局数体逃したもののその場のゴブリンの壊滅に成功した。
深いため息とともに俺たちはゴブリンの死体溢れるフロアの真ん中で座り込む。
そこへ、新人冒険者たちが駆け寄ってきた。
「ありがとうございます!助かりました!」
やけに声の大きい赤髪の少年。剣士なのか腰には剣がある。
「モンスターハウスに入ってしまった時はどうなることかと思いました」
同じく剣を提げた落ち着いた様子の青髪の少年。そして、治癒術士か魔法使いのピンク髪少女。
「ありがとうございました。街に帰ったら何かお礼をさせてください」
「いや、いいよ。お互い新人だろうし、金に余裕ないでしょ?」
「確かにそうですが……え、新人?」
本当であり嘘であるが、お互い新人だということにしておいた方がこの子達も下がりやすいだろう。
「昨日パーティ作ったばかりなんだよ」
「え、俺たちもです!」
赤髪は嬉しそうに言った。
「同期じゃないか」
俺も少し嬉しいところはある。だから、友人になってしまおう、と名乗りを上げた。
「俺はマークル、マーク、マークだ」
「よろしく、マークさん!」
「おう、よろしくな。こっちはノノ。馬鹿みたいに強いタンクだ」
3人それぞれと握手をしてノノを紹介すると彼らも地べたに座り込んだ。
みんなで足を投げ出して酷使した体を一瞬休める。
「俺はマイラスです!」
「僕はヤイオート」
「私はライムです」
新人たちの名前も教えてもらった。
「しっかり魔石回収しないとなぁ。面倒だなぁ」
ちなみにヘンリーのパーティでは魔石や素材の回収はほとんど俺が担当していた。目が良い上、手先が無駄に器用だからだ。
面倒だと言いながらもやらなければ終わらない。
しょうがない、と立ち上がった時俺は強い視線に勘づいた。
もはや見えてなどいない。洞窟の真っ暗闇の先、ゴブリンなどより数倍強い奴の視線を感じる。
「みんな立って。ゆっくり後ろに行くんだ。抜け穴がある。行って行って」
状況を飲み込めるはずもない新人たちを急かし後ろに下がらせる。その新人たちから松明を貰い、洞窟の先へと投げるとその姿を見ることが出来た。
緑色の体に醜悪な顔、しかしその体は通常のゴブリンの数倍大きく手には分厚い大剣が握られている。
通常のゴブリンの大抵は裸か腰布程度しか着ていないのに対し、それは明らかに意思を持ってマントと冠を作っている。
ゴブリンキング。1対1の討伐難易度が4強。
鋭い眼光が俺たちを睨んでいた。