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7話 夕暮れ亭

 鬼喰いの素材報酬をいただいた俺たちは、茜色に染まりつつあるこの街で2人で泊まれる宿屋を探していた。

 王都なだけあってこの街は広くて宿もよりどりみどりだが、大通り沿いの宿屋は軒並み今の俺たちには高くて手が出せない。

 路地を1つどころか2つほど奥に進んだところにある絶妙に寂れた宿屋に目を付けた。


「夕暮れ亭、ここ入ってみるか」

「ん」


 大通りの宿屋も含めてもう10軒くらいは入ったんじゃなかろうか。親切に外に宿泊費を書いている宿屋なんて少ないものだから、冒険者お断りだったり高級宿だったりで断念し続けてここに至ったのだ。

 俺も、表情の変わらないノノもそろそろたらい回しみたいにされるのには疲れてきている。

 ある程度安けりゃここでいいや、なんてことを思いながら夕暮れ亭の扉を開けた。

 その途端、ふわりと香る料理の匂い。

 料理にこだわりのない俺でも懐かしさを感じてしまった。


「あら、いらっしゃい。泊まっていきますか?」


 ふくよかなお母さんといった感じの女性が持っていた盆を置いて受付に来る。

 そしておれたちは促されるままに椅子へと座った。


「冒険者さんね、こんな奥の路地まで宿を探してきたってことは新人さんね」

「あぁ、そんなところだよ」


 俺は新人ではないしノノもランクが2とはいえ、俺と会う前にも誰かと冒険者をやっていたっぽいから嘘になってしまうかもしれないが。


「冒険者さんは前払いしてもらうことになってるんだけど、大丈夫?」

「はい、少しなら蓄えが」

「最低1週間分で銀貨60……のところを55枚にしてあげるわ」

「え、いいんですか?」

「出立祝いってやつよ。ぜひ泊まっていって」


 確かに、俺たちが泊まらなければその55枚の銀貨さえ手に入らないのだから少し安くしてでも泊まらせてしまった方がいいのだろう。

 と、そこで帳簿をめくっていた女将が手を止めた。


「ごめんなさい、ダブルベッドだけどベッド1つの部屋しか空いてないの。それでもいいかしら?」

「あー、ノノは?」


 俺は女の子と一つ屋根の下、もとい同衾した経験なんていくらでもあるから良い。すなわちノノ次第ということだ。

 俺は振り向いてノノを確認する。すると、ノノは首を縦に振った。


「え、大丈夫なのか?」

「ん」


 ノノは再度首を縦に振る。

 男の怖さを知らないのか知ったうえで気にしていないのかはわからないが、同衾程度なら気にしないらしい。

 後々ちゃんとベッド2つの部屋だったり別々に部屋を取ったりだのをしてやる予定ではあるが、彼女もいいと言っていることだし我慢してもらうことにしよう。


「大丈夫みたいです」

「あら、あまり大きな音は立てないでくださいね」

「立てませんよ」


 女将のジョークを流し、鬼喰いの爪の素材報酬の7割ほどを渡して部屋の鍵をもらった。

 高級な宿でもなければ部屋の鍵は無かったりするが、この宿は設備投資を重要視しているらしい。

 それなら部屋も期待できるのではないかと思いながら、廊下を進む。

 掃除の行き届いた廊下は床が軋むようなこともなく、窓から差す夕日は阻害されず花瓶の中の花は生き生きとしていた。


「いい宿かもな」

「うん」


 呟くように話し、部屋の鍵を開ける。

 本来1人部屋なのもあって広くはないが、冒険者に貸す事も考えてかベッドだけで部屋が埋まる安宿ではなかったことには安堵した。

 俺たちはそれぞれ少ない荷物を適当に床に置いていく。その途中でノノのひしゃげた盾が目についた。


「ずいぶんと派手にやられたな。修理出来るのかこれ」

「わからない」

「だろうな」


 ノノは盾による戦闘のプロフェッショナルでも、盾を作るプロフェッショナルではない。


「明日にでも鍛冶屋に行くか」

「お金……」

「確かに無いが、どうにかするさ」


 冒険者は武器と防具の金をケチってはいけない。片方でもケチろうものならたちまち死ぬ。冒険者とはそういう職業だ。


「冒険者はなんだかんだ出費がかさむ。それ以上に報酬は良くなっていくが、危険度も増していく。わかりやすいだろ?」

「ん」


 分かってくれたのか、ノノは頷きつつベッドに寝転がった。

 いつの間にかポイントガードも脱ぎ捨てている。俺はそれを一か所にまとめると同じベッドに腰をかけた。


「そういえば、ノノはケガしてないか?」


 ノノは寝返りを打って俺の前に手を広げる。あの怪力を出したとは思えない細くて綺麗な指はケガをしていたりすることもなかった。


「……やることがないな」


 思えば、メレルちゃん以外の女性とはあまり面と向かってこんなに話したことはなかった気がする。これから一緒にやっていくのだから気まずいのは困るのだが、女の子なのもあってなんとなく話しかけづらかった。


「ノノ、銭湯行くか?」


 性別が違うから中では別だが、汗を流すにはもってこいだろう。2人でも銀貨5枚もあれば入れるから今日は贅沢できる。

 しかし、ノノは首を横に振った。そして海洋浴の浮き輪のように俺の腰に抱きついた。


「どうした?」

「ん」


 ノノは俺の脇腹に顔を埋めて首を横に振る。

 くすぐったいからやめてくれ。


「お湯とタオル貰ってくるか?」

「ん」


 今度こそノノは頷いた。




「女将さん、お湯とタオルもらえます?」

「あぁ、いいけど、銭湯とかには行かないのかい?」


 受付まで出てきた俺に女将さんは真っ当な疑問を投げかける。男女1-1とはいえ基本他人なことが多い冒険者パーティだ。今の俺たちみたいに宿泊費削減のために安い1人部屋とかに泊まることは珍しくはないが、銭湯に行かない選択をする人はあまりいない。

 最初からヘンリーのパーティに入っていたから正直冒険者の常識みたいなものは半分くらい分かっていないかもしれないが。


「あいつが嫌って言ったんで」

「まぁ、まだ安い銭湯だと覗かれることとかあるしね。若い子なら嫌がるかもしれないね。用意するからちょっと待ってな。あんたが背中流してやるんだよ」

「俺が?」

「じゃあ背中は誰がやってくれるんだい?」


 役得は嬉しいが、ノノの気持ちも考えねばだろうに。

 少しして、女将さんからお湯とタオルを借りた俺は部屋へと戻った。


 結論から言えば、背中は拭かされた。

 俺は得だからいいが、ノノが少し心配になった。できる限りこの子のことを見ていようと思う。

 そんなことはどうでもいいとして、大事なのは当分の金稼ぎと目標である。

 いきなり鬼喰いを目標にするには時期尚早気味だ。難易度4〜4.5あたりを目標に2とか3くらいの依頼を数こなしてお金を貯めながら戦闘力を上げていかなければならない。ただ、依頼に関しては俺に考えがあった。


「ノノ、鉱山行こうか」

「ん?」

「城の後ろに見えるあのでかい山、あれ鉱山なんだよ。いつの間にかモンスターが出る様になって冒険者の修行の場、兼金稼ぎの場所みたいになってるけど」

「明日?」

「もう行く?いいよ。盾の素材集めながら金稼げて、一応難易度4だから奥に行けば修行も出来るだろうから俺たちにピッタリかと思って」

「ん」


 相変わらずゴロゴロとしながら頷くノノ。

 色々とのんびりしているうちに外は真っ暗になっていて、俺たちは蝋燭の火を吹き消した。


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