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4話 奪


 濃い群青色の毛皮の中で赤い双眸を光らせ、もはや人間だろうが鬼だろうが喰ってやると言わんばかりに涎を垂らし正確に俺たち2人を見据えている。獲物が取る一挙手一投足に反応出来得るように姿勢は低く足はしっかりと地面を踏みしめていた。

 いっそ何もかも投げ出して逃げてやりたいが、寝覚めも悪ければ鬼喰いが逃げ惑う獲物を諦めてくれるとも思わない。

 そもそもこんな街の近くに揃って2体も。普通ではない。

 しかし、足音を消すゴブリン、大きな音の鳴るノノの盾から察するのは鬼喰いがさっきのゴブリンを追って近くまで来ていたという可能性だ。

 低く唸る鬼喰い。その声に気付いてか先に見つけた鬼喰いもこちらに向かって歩き始めた。


「ノノ、こいつはいけるか?」


 ノノは首を横に振る。

 ランク2と4の冒険者にはこいつはちょっとキツい。

 だが、大丈夫。チキンな俺が敵から逃げる策を用意しておかないわけがない。

 俺は使いやすいようにベルトに嵌めてあるその白い球を手に取る。

 それを握り潰すと、空気の抜けるような音とともに真っ白な煙が噴射された。鬼喰いも含めその場にいる全員の視界を白い煙が阻害する。

 シーフの緊急離脱用アイテム。


 突然獲物から発生した白煙に警戒した鬼喰いに、獲物に攻撃を仕掛けるという選択肢はなく恐らく前がほとんど見えないであろうノノの手を取り俺はその場を離脱した。

 この緊急離脱用白煙球には多少の消臭効果も付いていてモンスターから逃げることに特化している。

 白煙を抜け出し、俺よりも遅いとはいえ走れないわけでは無いノノを率いて来た道を急いで戻る。

 行きとは違い高速で駆け抜けていく景色の中から足を踏める位置、最適なルートを考え走る。

 そうしてあと少しで街道に出られるかというところで、ノノが木の根っこにつまずいた。


「大丈夫か?」


 とっさに俺は足を止めノノに手を貸す。肘や膝など局所的な守りをするポイントガードを着けたノノはケガなどはしていないようで俺の手を取るとすぐに立ち上がった。のだが、俺は背後に迫る鬼喰いを見つけてしまった。

 なにやらキレ散らかしているようで、猛烈な勢いでこちらを補足して爆走してくる。

 そこまで獲物に逃げられるのが許せなかったのか、よほどお腹が空いていたのか若干細めの木であれば薙ぎ倒しながら一直線にこちらに向かってきていた。

 街道はまだ少し先。最適解はもう一度視界を潰すことだが、白煙球は在庫切れ。

 不幸中の幸いか、片方しか来ていないようで脳裏には迎え撃つしか無いという思考がチラつく。

 あるのは大盾と鬼喰いが切れるか分からない短剣と、一応使い勝手の悪い最終手段だけ。

 準備をしてもし足りないと言われるコカトリスに挑むのが最終目標なのだ。ここで少し無理をしてみるのもいいのではないか。


「ノノ、迎え撃とう」

「......」


 何かを言いたげにノノは俺をみる。それでも、俺は走り来る鬼喰いから目を離さなかった。

 覚悟とかそういったお堅いものは俺には合わないが、逃げれないなら腹を括るしか無い。


「ノノ、出来る範囲でいい。手助けしてくれ」

「ん」


 ノノは頷いて盾を構える。そして俺はこの場で自分に出来得ることを模索して、ノノの盾を一緒に支えた。

 通常の熊より幾回りかデカくその分力もあるが、鉄の壁にブチあたればダメージは免れないのでは無いか。それくらいしか思いつかなかった。

 もはやすぐそこまで来ている鬼喰いから隠れるように盾の後ろにて全力で踏ん張る。

 そして数秒後、船に積載する大砲でも受けたのでは無いかと疑うくらいの衝撃とともに大盾なんかよりも大きい鬼喰いが思い切り頭をぶつける瞬間を見届けた。

 雷にも似た痺れが俺たち2人の全身を駆け巡る。しかし、それは鬼喰いも同じようでお互い数秒動けなかった。

 穏やかな森にてしかし一触即発の目線で睨み合い歪んだ盾と市販の短剣1本で無謀にも立ち向かってくる2匹の獲物。

 窮鼠猫を噛む感覚を、鬼喰いは手痛い経験で以て実感したことだろう。


「ノノ、少しずつ街道に向かうんだ」


 隠密を得意とするシーフとて、剣術が全く使えないわけでは無い。剣士の適性持ちのヘンリーが羨ましくて個人的に人に剣術を習ったことさえある。

 短剣の切先を相手に対して構え、半身の姿勢を取る。そして、敵の攻撃してくるであろう箇所、今の場合で言えば両腕と牙を警戒して相手の攻撃を避けつつ一撃を加える。

 攻撃に当たらなければ、体力の続く限り敵を切り裂ける。


 2本足で立ち上がり爪を振り抜いてくる鬼喰いの肘裏を、脇を切りつけいっそ倒れ込むように噛み付いてくるその首やうなじを切りつけていく。

 しかし、刃はほとんど通らず群青色の体毛を切り落としていくのみ。

 ノノへと意識が移らないように下がるスピードを調整し足元に気をつけ、敵の攻撃にも当たらないように体を動かす。

 単純に考えればそれを連続してこなすだけ。

 しかし、俺とて無尽蔵の体力を持っているわけではなく、その破綻は唐突にやってきた。

 鬼喰いの鋭い爪と、草食動物ではなくいわば草食モンスターの革製の防具。

 こちらもある意味特別製ではあれど、結局のところ鬼喰いは生態系ピラミッドの上に君臨する肉食のモンスターだ。

 いとも容易くとは言わないまでも、裁断ハサミを持った人間よろしくそこまで苦にもせず防具を切り裂いた。

 爪の先が俺の体にまで到達し、確かな手応えとともに切り裂いていく。焼くような感覚と広がる赤色。この感覚だけは何年冒険者をやっていても慣れないものだ。

 手に付けば剣は落とすし踏んでしまえば足元は不安定になる。放置すれば体力が一気に削がれてしまう。

 この世界にはヒーリングポーションなんて数秒で傷口を塞ぐことのできる違法級の飲み薬を開発した化け物もいるが、問題は戦闘中にそれを飲むだけの余裕があるかどうかだ。

 もう少し気張って、せめて街道まではノノを送り届けなければいけない。


 そう思っていたが。

 俺の目の前で、今にも最後の一撃を見舞わんと腕を振り上げていた鬼喰いが何かによって頭部を殴りつけられた。

 そのあまりの衝撃に鬼喰いは大きく体を仰け反らせて数歩後ずさる。

 それをしたのはやはりノノであった。小さなその体のどこからそんな馬鹿力が発生しているのかはわからない。適性かスキルか、はたまた努力か。

 事実として残るのは、鬼喰いの全力タックルにも負けないほどの威力で振り抜かれた盾のフルスイングによる攻撃。

 これを見て俺が1番最初に思ったことは、この子は冒険者ランク2なんて器ではないということ。とんだ激レアを引き当てた。ヘンリーも大概な強さをしていたが、それに匹敵するくらいの逸材だ。


 大盾なんて重いものを振りぬいたノノは、もはや鬼喰いが立ち直るよりも早く体勢を持ち直しさらに盾を叩きつける。

 もしやノノは盾を鈍器かなにかと勘違いしているのではないかと疑いたくなるほどに洗練されたフォームとその威力。

 しかし、それでも鬼を喰らうほどに巨大な熊はその程度で倒れるようなか弱さはしていなかった。

 鬼喰いは咄嗟に後退しながら体勢を立て直すと、同じく盾を構え直したノノに向けてその刃のような爪を振り下ろす。衝撃はほとんど受け止められたものの跳ね返すまでの膂力は無いようで、ギリギリと鉄が削れていく音が俺の耳まで聞こえてきた。

 その性質上折れるより曲がるように消耗していく鉄の板、もとい鉄の盾がその当たり前を無視して非常にゆっくりとではあるが両断されていく様はもはや人間の俺には理解しがたい光景だった。

 適性持ちの冒険者やスキル持ちなんかは化け物だとか神様だとか言われるのも頷ける。

 こんな考え事をしている時ではないのはわかっている。俺の前にいるこの少女はどう考えたってジリ貧だ。しかし、俺にはなんの手助けをする手段もない。

 と、そこで俺は1つの手を思いついた。最終手段なうえに使い勝手がバカみたいに悪いが、ジリ貧で負けるよりは良いだろう。自分より年下っぽい少女が頑張っているんだ、俺も頑張らねば男じゃない。そうと決まればすぐに行動だ。

 俺はため息混じりの深呼吸をしてノノに隠れるようにして鬼喰いへと近づく。

 気配を消すことなど容易い。それも相手は1対1で鍔迫り合いをしている真っ最中だ。

 鬼喰いが俺に気付いたのは恐らく、自分の体に触られてからだろう。俺が鬼喰いの体に触れると同時に一瞬鉄を引き裂く音が止む。

 しかし、もう遅い。魔法と違って俺のスキルは詠唱をほとんど必要としない。


「横奪」


 スキルに向かって一言命令するのみ。

 俺の言葉とほぼ同時に俺の手の周りには魔素であろう濃い紫色のオーブが漂い何かが生成される。すぐさま地面に落ちるそれらと、1つだけ手中に残ったそれを見れば、それは爪だった。

 それがわかると同時に目の前の鬼喰いが悲鳴を上げる。視線を戻すと鬼喰いは両の、正確には2対4本の脚全てから血を流して転げまわっていた。

 指先を守る爪が全て剝がされてしまえば、もはや立っているのも痛かろう。


「よし、ノノ逃げるぞ!」

「うん!」


 盾で殴り続ければ倒せない事は無いかもしれないが、2体目がどこかにいる以上時間をかけるのは悪手だ。それに、ノノの盾ももうひしゃげて3分の1ほどが切り裂かれていて使い勝手が悪い。撤退するのが最適解だろう。

 倒していないとはいえ金になるかもしれない鬼喰いの爪だけはしっかりと回収して2人で街まで逃げ帰る。

 1度だけこのスキルでメレルちゃんのパンツを奪ったことあるなぁと思い出しながら。


投稿時間がしっかりしていないのは書けたらすぐ投稿するスタイルだからです。

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