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2話 新しい日常

 さて、メレルちゃんと別れて朝日に照らされる街を歩きながら俺は非常に後悔していた。悩みからか二日酔いからかはわからないが頭もガンガンと痛む。

 昨日メレルちゃんにはコカトリスの卵の採取難易度は6だと伝えたが、コカトリス本体の討伐難易度となると7に上がる。しかも1人、ソロ、ボッチで討伐しようとすると難易度はもう1つ上がって8くらいになる。俺の冒険者ランクに対してダブルスコアもいいとこだ。

 さらに言えば俺はコカトリス以上のチキンのため、あんな化け物に1人で挑むなんて自殺行為は絶対にしない。例え世界中に指名手配をされてもだ。監獄の中で惨めな生活をしていた方がまだマシだ。

 最低でも仲間が2人か3人は欲しい。コカトリス戦の最適解は数の暴力で叩き潰すことだから。


 ふと視界の端に人影が映り横を見ると、朝早くから忙しなく動き回り店の準備をする人たちが見えた。洋服を売る店のようで、服を運び出し畳み整列させ壁に掛けていく。みんな忙しそうにしてはいるものの、つまらなそうな顔はしていなかった。せっせと運び出し談笑しながら店の準備をしていく。

 どこか羨ましい気持ちを抱きながらボーっと眺めていると、突然店の扉が開かれた。職業病とでも言えばいいのか一瞬腰の短剣に伸びる腕を制止して、そちらを向くと店員さんと目が合った。


「いらっしゃいませー、見ていきますか?」

「あ、すいません。お邪魔しました」


 そういえば着替えとか日用品も買わないといけない、宿もあいつらと別の場所に変えないとな、金もないし、なんてことを考えながらいつも通りの道を歩いていく。

 その途中、いつも通り果物屋の親父に声をかけられた。


「おはようマークルス。今日もリンゴ買っていくか?」

「あぁ、おはようおやっさん。今日も3つ……あー、いや、今日からはもういいや」

「お、どうかしたのか?病気か?」


 大きな体を持ち上げて慌てて立ち上がる果物屋の親父。俺も慌てて親父さんを座らせた。


「あの子は大丈夫だよ。ちょっと音楽性の違いで別の道を行くことになったんだ」

「……はぁ、俺はどっちにしろ応援してるけどよ」

「若者の新しい門出だよ?祝ってくれよ」


 そう冗談を言うと親父さんはハッとしてリンゴを俺に投げ渡した。


「出世払いだ。持っていけ」

「出世払いかよ」


 俺が笑うと親父さんは声を上げて笑い今度はオレンジも投げ渡してきた。


「冗談だ。また何時でも買いに来いや」

「おう、ありがと」

「でも、あの子のリンゴはどうするんだ?」

「え?その内ヘンリーが買いに来るだろ。そうしたらまた負けてやってくれ」

「そうだな、じゃあ頑張れよ」

「ありがとう、じゃあまた!」


 手を振る親父さんに手を振り返しその場を離れる。

 こういうことがあるから人脈があると良い。無料でリンゴとオレンジを手に入れる事が出来た。腐る前に食べなきゃならないが、これで1日2日は生きられる。

 俺はポケットをポッコリと膨らませてリンゴを齧りながらさらに道を歩いていく。

 いつも通りの人と話して幾分か落ち着いた俺は情報を精査して、積み重なる絶望に改めて心折れそうになった。

 仲間は2、3人欲しい。その人たちと俺の武器防具も揃えないといけない。さらには、コカトリスとの戦闘となると石化解除のポーションは必須だ。ただ、あれは石化させる能力を持っているモンスターが極端に少ないこともあってか研究が進んでおらず大量生産に至っていないから絶妙に高いのだ。一般人が1週間は健康で文化的で最低限度の暮らしが出来るほどに。

 そもそも、娼婦と恋人になろうとしている奴のパーティになりたい人物は果たしてまともな奴なのだろうか。

 心配しても始まらないからメンバーを募集するところから始めようと現在冒険者ギルドに向かっているわけだが、前衛と後衛1人ずつは欲しいところだ。

 考えるのは好きだし、どちらかと言えばだが今までのパーティでの頭脳役は俺だった。能力適性がシーフなのもそこらへんから来ているのだろう。

 問題は山積みだが、どれから解決したものかと考えながら歩いていると、あっという間に冒険者ギルドへと着いてしまった。


 どんな大男が通るんだと言いたくなるほどの大きな両開きの扉が開け放たれており鎧や甲冑、ローブに覆面など様々な人たちが中へと入っていっては入れ替わるように出ていく。腰の剣を綻びがないか確認しながら出ていく者や金の入っているのであろう膨らんだ麻袋や革の袋を持って出てくる者もいる。

 いや、俺もやったことはあるから羨ましいとかそういうことではなく。正直言えばもう当分の間は俺はあれが出来ないんだろうなと思うと寂しくはあるが。主に財布が。


「おい兄ちゃん、初めてか?」


 ボーっと眺めて中々入らない俺を避けるように半身で歩いていく戦士らしき人物に声をかけられた。

 もちろんその先の会話などない。しかし、声を掛けられるまでボーっとしていた自分に気付いた俺は小さく頭を振って、深い呼吸をすると歩き出した。

 冒険者ギルドの中は広い。なんせ、時たまに大型のモンスターを狩ってきた冒険者が荷車で乗り入れることがあるからだ。人生で1度だけだが、巨大なドラゴンが部位ごとに解体されて運ばれてきたのは見たことがある。まだ随分と若い頃だったが、俺が冒険者としての明確な目標を作った日でもあった。

 懐かしいことを思い出してしまった。

 そして、懐かしい繋がりでいえばパーティメンバーを募集するのも懐かしい。

 街に出てきて、ヘンリーと2人で冒険者ランクを2に上げてこれなら人が来てくれるだろうと募集板に書類を刺した。どれくらいだっただろうか、体感ではもっと長かった気がするがたぶん10日程度。俺たちに話しかけてくれたのはスカルスだ。

 魔法使いを募集していたら魔法使いが来てくれた。なんということはない当たり前のことなのだが、当時の俺たちにとってはすいぶんと良いことだった。

 募集の紙はどこでもらうんだったかな?

 当時もヘンリーと2人でまごまごとしていた。

 パーティを抜けた次の日には思い出に浸るようではまるで俺が未練がましい奴のように思えてしまうが。


 目が合いそうになったいつもの受付嬢さんから目線を逸らしいくつか隣の受付へと向かう。

 いずれはヘンリーからバレるのだが、それこそこの街に来た頃からずっとお世話になっている受付嬢さんには顔を向けづらかった。


「おはようございます、今日はどうしました?」


 ギルド、特に冒険者ギルドというものには受付がありそこには大抵女性の受付嬢がつく。冒険者たちは推しというか、自分の担当みたいなのを自然と作るのだ。

 今俺の目の前にいる受付嬢さんは俺の推しではない。初めて話しかけると思う。酔ってナンパしてなければ。

 それでも、受付嬢さんは特に変な表情をすることもなく俺に話しかけた。


「あー、メンバー募集の紙ってあります?」

「はい、パーティメンバーの募集用紙ですね、ありますよ」


 そう言うと、彼女は机の下から1枚の紙を取り出した。


「必要事項を書いて募集板に刺してください。募集板は2階になります」

「あ、変わったんですね」

「え?はい、変わりました」


 以前は1階にあったはずだと思ったのをそのまま言葉にして出してしまった。

 追放されたと思われるのが多少なりとも恥ずかしいのだなと自分の心に気づく。


「そうなんですねー」


 誤魔化しきれてない誤魔化しを入れて俺は手元の書類に目を落とす。

 必要事項をと言われても、正直適正なんてものは補助くらいにしかならないから戦える人が来て欲しい。


「誰でもよし、と」


 出来るなら女性で、なんてことを追記してやりたいがそんなことをすれば逆に女性は来ないしギルドに睨まれる。

 言いたいことも言えないこんな世の中ではなんたら、とは言ったものだ。


「前衛1人と後衛1人、それぞれ2人までなら応相談、くらいか?」


 後衛3人と前衛俺、では俺の端から少ない持ち味が大の字に寝転んで手足を放り出してしまう。


「ハンマー使いの大男とか悪くないと思うんだよねぇ」


 まず人来てくれるかな、なんて不安を抱えながら適当に書類を書き上げたところで、俺は裾が引っ張られるのを感じて振り向いた。

 そこには、ーー大きな盾があった。

 否、盾だけでそこに立っていられるはずはないので人はいるはずなんだが。

 俺の胸付近までの高さの大盾、そしてそこからひょっこりと顔を出したのは可愛らしい少女だった。


「こんにちは、ごめんね、おじさんすぐ退くね」


 愛想笑いを浮かべながらその場を退いて少し場所を移動すると、何を思ったのかその少女は一度首を傾げて俺についてきた。

 俺も首を傾げる。首が折れてしまいそうだ。


「......俺に用事?」


 少女はコクリと頷く。


「えっと、適せ......冒険者ランクは?」


 技能適正なんぞ聞かなくとも防御に限りなく特化したものに決まっている。

 俺は言葉を飲み込んで違う質問をした。


「2」

「2かぁ」


 低くはあるがランクが全てじゃない。そんな事言ってはやらないが。

 少女は大盾を横に置いてもう1歩俺に近づいてくる。


 「技能適性は要塞騎士、フォートレスナイト!」


 表情は変わらないが、キラキラとした目で迫ってくる。どうやら彼女にとって要塞騎士という適性は自慢らしい。

 だが、残念ながら俺は要塞騎士というものを知らない。

 しかし、その答えはすぐに俺の耳に、俺の全身に届いた。


「おい、あの子今要塞騎士って言ったか?」

「あいつが断ったらスカウトするか?」


 シーフの適性のある俺の聴力はウサギ並みにある。危機感知能力も常人とは違うおかげで視線には敏感なのだ。

 しかし、良いことを聞いた。

 なにやら目の前にいるこの銀髪無表情の少女はどうもレアものらしい。

 ビューティーキャット以外の娼館には行った事がないから当たり外れみたいな考えはあまりしたことがないが、レア物を引いたら手に入れておきたいのが男の心。

 考えてみれば最初にメレルちゃんを引いたんだから俺は大当たりを引いてそのまま気に入ってもらえたってことだ。俺の人生は以外とレア物を引く確率が高いのかもしれない。


「とりあえず立ち話も何だし、座って何か飲む?」


 このセリフはメレルちゃんに初めて会った時にも言った覚えがある。店員からじゃなくて客から飲むことを提案してくるのは珍しいと驚かれた。男は出来るだけタダで話し込もうとするらしい。娼館なんて金突っ込んでなんぼだろう。

 そんな思い出は置いておいて、俺は適当な席に座り少女にも座ってもらう。

 冒険者ギルドは横の酒場と一体化していて、ウェイトレスさんを呼べば気軽に飲食ができるようになっている。

 まだ会って5分と経っていないが、目の前の少女は自分からウェイトレスを呼ぶことはないだろうと思いつつ、俺はウェイトレスを呼び適当に飲み物を頼んだ。

 財布の軽さから見て一刻も早く金を稼いでしまいたいが、パーティを組むならお互いのことを少しは知っておかないと。

 そう思い、俺は少女に話しかけた。


「ランクはこの際いいか。俺もランクは4だし。それでーー」


 何が得意と聞こうとしたが、予想ができてしまう。

 話題に困るなと感じながらも俺はとりあえず話を続けた。


「なんで俺なんかに声をかけたの?」

「あなたは強いから」

「嘘つけ、もっといただろ強そうなの」


 冒険者が集まる場所なだけあって筋肉の塊みたいな奴から全身鎧までいるのだから、装備も身軽、獲物も市販の短剣という初心者感満載の男に声をかけることは俺ならない。俺なら可愛い魔法使いのお姉さんに声を掛けに行く。

 しかし、彼女は首を横に振った。


「あなた、スキーー」

「待て待て待て」


 とっさに少女の口を手で覆う。何事かと怪訝な視線を向けられながらも、俺は音量を下げて彼女に声を掛けた。


「スキルがあることはあまり言わないでくれ。君も自分がスキル持ちだということは言わない方がいい」


 少し驚いたような、もはや誤差としか言えないくらい表情の変わらない少女はまたコクリとうなずく。それを確認してから俺はイスに座り直した。


「強いのがわかる」

「なるほどな」


 スキル持ちだから俺がスキルを持っていることがわかった。だから近づいたと。よろしい、実に合理的だ。

 姿も知らないし信仰心もほとんどないが、このよくわからないのをくれた神様には感謝しないとな。


「私も強い」

「なるほどな」


 スキル持ちがみんな強いわけではないが、こう言うからには彼女も強いのだろう。


「最後に、名前を聞いて良いか?」

「ノノンセカゼル」

「......ノノでいいか?」

「いい」

「よし、俺はマークルス。よろしく」

「よろしく、マーク」


 俺が手を差し出すと、ノノは握手を返してくれた。


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