19話 サイドストーリー・ヘンリー
立ち込める熱気と休む暇もなく襲い来るモンスターたちによって僕たちの体力は少しずつ削られていく。スカルスの魔法で暑さを防いだり魔除けをすることも出来るが、魔法攻撃職として魔力は温存しておいて欲しい。きっとマークルスなら魔道具やアイテムで何とかしてしまうのだろう。
フィールドは火山。サラマンダーの鱗と尻尾の納品がそれぞれ依頼として出されていたから受けてきた。
僕のパーティは僕が勝手に受けてくる依頼に対して文句を言わない。言わなくなった。報酬が低いとケイロンが渋い顔をするくらい。マークルスがいた頃はどれは危険だこれは効率が悪いなどとよくお小言をもらったものだ。
恐らく僕は後悔している。彼がいなくても何とか出来てしまうこのパーティを歯痒く思っている。でも、僕が先陣を切らなければ。彼に負けないように。
少し進めばモンスターが待ち受ける。その場に留まり休憩すればモンスターが来るか暑さに耐えられなくなる。
後衛の2人はまだマシな方で、僕とホルフは金属製の鎧が仇をなした。ケイロンのように立ち回り重視で軽装備にするのも良いかもしれないと思えてしまう。
岩石で囲まれた洞窟の中、割れた隙間から覗く溶岩の光によって洞窟内は照らされている。サラマンダーの住処だということもありその幼体が多い。
幼体とはいえ火は吐くし、溶岩の中を泳ぎそのまま体当たりをかましてくる。冒険者にとっては弱い部類のモンスターだが、戦闘力のない人たちにとっては幼体が数匹いるだけで脅威となる。
この火山は活火山だが資源が豊富で坑道や集落もある。そこで暮らす人たちを守るためにも僕たち冒険者が派遣されるのだ。
「本当に暑いわねぇ」
スカルスも滝のように流れ出る汗によって自慢のお高い服もぴっちりスーツのようになってしまっている。もっとも、この状況では皆がそうなっていた。
「住処とされる場所はもうすぐだ。足は止めてくれるなよ」
「早く討伐して早く帰るのが合理的だ」
ケイロンの軽口にホルフもうなずく。彼も普段は無口でスカルスにまるで従者のようについて回るだけだが、こと戦闘やサバイバルとなると意見を言ってくれるし技術があって役にも立つ。マークルスと違って無駄な出費をしないことも良い点だ。
「今回の相手は山に入る前にも言った通りサラマンダーだ。討伐難易度は6、僕たちになら何とかなるだろう」
「そうね、役立たずが1人減って信頼できる盾が増えたしね」
「前衛が増えたら途端に楽になったしな」
「赤いトカゲでしょ?」
「そうだよ、でも強いからしっかり頼むよ」
「うん!」
士気は高い。恐らく大丈夫。自分たちのランクと同じモンスターなんだ。やれなくては格好が悪い。
「おい止まれ」
ケイロンの静止に僕たちは一瞬で切り替えると息を殺し先を見る。そこには、幼体を侍らせたサラマンダーが鎮座していた。
ご飯の時間だろうか。子どもたちがお腹の下に集まっている。マークルス曰く、子どもたちが火山の外に出ることなく、獲物が熱で焼失してしまう特殊環境にさえ適応して哺乳による子育てに進化したのだそうだ。そのため火山の外で見かけるサラマンダーは自分も子どもも腹が減っている状態で餌を探しているから危険度が増す。
こういった知識のほとんどは彼からの受け売りだ。
サラマンダーの火炎ブレスは口の形状から横に少し広がる、尻尾を切られると逃げるから尻尾だけ欲しい時は尻尾を切る、頭頂部の鱗は他より硬いから手を出さない。
彼はめんどくさがりだが、モンスターをうまく扱う知識と技術はあった。
「片親か?今のうちに仕留めるか」
「私の氷の魔法から行くわ」
「それだと足場が……」
「気合で何とかしなさい。詠唱始めるわよ。凍てつく氷精、無慈悲なる者、不動の棺桶、フローズン!」
前衛陣が前に出るより早く、スカルスは短縮詠唱で氷の魔法を発動する。杖から光が発せられ、僕たちの付近が凍り付きそれが瞬く間にサラマンダーたちへと伸びていく。途中でそれに気付いたサラマンダーだったが、次第に範囲の広がっていく氷の地面に為す術なく飲み込まれた。足元が凍り付き、火山の余りの熱さに水へと変わっていく。不快指数が上がっていく中、僕たち前衛陣は走り出した。
サラマンダーはすぐさま子どもたちをマグマの中へと放り投げる。そして僕たちが彼女の元へと辿り着く頃には臨戦態勢を整えていた。
今までの通路より数段暑いサラマンダーの巣の中でスカルスの魔法の援護を受け無理矢理体温を下げながら剣を振るう。マグマの中を泳げるように体の柔らかいサラマンダーは鱗も硬くはない。それでも剣や槍がぶつかるとガリガリと削れる音が鳴る。サラマンダーの攻撃は避けるか、ホルフがその大盾と全身と轟音で以て受け止めた。
「ホルフ、敵の攻撃は」
「問題ない」
「ケイロン、いけそうかい?」
「時間はかかる」
「了解、スカルス、詠唱は?」
「詠唱の途中で話しかけるなっていつも言ってるでしょうが!」
「ごめんよ!ナルカ、まだ大丈夫?」
「大丈夫だよー」
皆んなからまだ元気そうな声が帰ってくる。
サラマンダーは僕たちよりも体が大きく視界も広い。隙を見せれば狙われるし魔法を詠唱しようとすれば前衛など関係なしに狙われるのだ。
これはマークルスがいても変わらなかった。ただ、彼の援護があればもう少し楽に立ち回れただろう。しかし、幸い前衛陣はホルフがいるおかげで身体的ダメージはほとんど無い。以前よりちょっかいを掛けられることが増えた後衛陣の方が大変だ。それでも、僕たちの戦いは危なげないと言っていいだろう。
こちらの攻撃は次第にサラマンダーに傷を付けていく。子どものサラマンダーが心配そうにマグマから顔を覗かせる中、ついにサラマンダーが凹凸の多い地面につまずいた。
出来たのはほんの数秒の隙。居ても立っても居られなくなった子どもたちが這い出てくるより早く、スカルスの魔法の詠唱が行われた。
さっきよりも強く、分厚く張られて行く氷の大地。マグマ溢れるこのフィールドでなお溶かされるより凍りついて行く速度の方が早いそれが子どもたちもろともサラマンダーを包み込んだ。
まるで火山の中に出来た氷山。これだけの威力であれば子どもたちは体内まで凍り付いてもう命はないだろう。
しかし、案の定サラマンダーは動き出した。
半ば凍りついた足で氷の大地を抜け出しがむしゃらに体を振る。それはホルフによって簡単に防がれた。
それでもその巨体による暴れ回る攻撃の威力は人間の比ではなく力自慢のホルフを以ってして後ずさってしまうほどだった。そして、その隙をつき僕とケイロンが攻撃を加える。サラマンダーの意識がこちらに向くと同時に、彼の頭上からは大きな氷柱が降ってきた。
スカルスの氷属性魔法、アイシクルピラー。数瞬遅れてそれに気づいたサラマンダーが避けるも間に合わず、氷柱は彼の前足を貫いた。
マグマのように粘性の高い血液が溢れ出し、痛みと悲しみの声を上げるサラマンダー。そんな最中でも僕たち冒険者は攻撃を加える。慢心してはいけないからだ。息の根を止め切るまでは攻撃の手を止めない。
そうして、実に地味にモンスターを討伐してみせた。
ついに地面に体を伏せ動かなくなるサラマンダー。それでも油断せず、首に深く切り込みを入れることでその戦闘は終わりとなった。
氷が溶け始め足元がピチャピチャと音が鳴る。前衛陣も後衛陣も肩で息をしていた。
「ヘンリー兄さん、お疲れ様」
そんな中、ナルカが駆け寄ってくる。僕たちに向けて手を向けたナルカから放たれる治癒魔術は僕たちの体をだいぶ楽にしてくれた。
「ありがとう、ナルカ」
「どういたしまして、ケイロンもね」
「あぁ、ちゃんと感謝してるよ」
「感謝する」
「うん!」
ホルフもナルカの天真爛漫な性格には弱く、早くもこのパーティに馴染んでくれている。きっとマークルスがいなくてもこのパーティはやっていける。
そう思った矢先、スカルスの声がかかった。
「ねー、私暑いから早く帰りたいんだけど」
「あぁ、水分が切れる前に洞窟から出ようか」
戦闘が終わって興奮状態が切れたからかさっきよりもこのマグマ溢れるフィールドが暑く感じてしまう。地面に張っていた氷もその殆どが溶けてしまっていた。
そこまで認識して僕は立ち止まった。
離れて行く仲間の背中、パラパラと落ちてくる小石、恐る恐る上を向いた僕は咄嗟に仲間の元へ走ると皆を突き飛ばした。
僕たち5人でやっと包囲出来るほど大きな先のサラマンダー、それの倍はあるのではないかと言うほどに大きなサラマンダーが岩壁に張り付きマグマの塊を吐き出していた。
ドミノのように皆で地面に倒れると同時に僕の足に強い痛みが走る。すぐに体勢を立て直して見れば、両の足の装備が溶けてなくなっていた。スカルスの防護魔法の効果時間が切れていれば足ごと消されていただろう。
突き飛ばされ異常事態に気付いた仲間たちもすぐに体勢を立て直し上のサラマンダーを見る。余りの大きさに皆一瞬固まっていた。
番か本当の親かは分からない。だが、相手が明確な敵意を持って睨んできているのは確か。動かねば。
「全員散開!奥の手の使用を許可する!」
僕の号令とほぼ同時に皆が走り出す。
対モンスター戦において相手の体の大きさはそのまま脅威度の上昇に繋がる。温存なんてしていられない。
僕は再度剣を引き抜いた。
鞘から出た剣は刀身を輝かせ、人を魅了した炎のようにモンスターの視線を惹きつける。
「輝剣、抜剣。カウントダウンを開始する」
僕の言葉に反応して輝剣はさらに光を増した。
所有者の魔力に反応して輝きと切れ味を増すダンジョン産の魔剣。マークルスと2人で手に入れた。
ナルカによる魔法の援護を受け筋力を底上げされた僕とケイロンは、サラマンダーが腕を振り上げている間に肉薄する。
足元は凍りつき頭上には巨大な氷柱、ケイロンの槍技と僕の輝剣。全員が奥の手を発動し寸分違わぬタイミングで放たれる。数年の共闘が為す必殺の同時攻撃。
確かな手応えがあった。ケイロンの槍も、スカルスの氷柱もサラマンダーに深く突き刺さっている。しかし、それでもサラマンダーは振り上げた腕をそのまま横薙ぎに振り払った。
鎧を着ていて尚強い衝撃を生む一撃が、僕たち前衛陣を諸共吹き飛ばした。
「回復!」
すぐさまナルカが駆け寄ってきて治癒魔法を掛けてくれる。それでも暑さや緊張状態の連続により僕たちの体力は確実に減ってきていた。
サラマンダーとて無傷ではない。スカルスの大規模魔法も数回打てるし、ケイロンの槍技もインターバルを待てば何度か打てる。問題は僕の輝剣だ。発動時が一番輝きが強く、次第に威力も輝きも落ちていく。最初の一撃で倒せないとなるとジリジリと不利になっていくのだ。
それでも僕たちなら不可能ではない。十全でバランスの良い5人パーティ。友達を追放しておいて強敵に敵いませんでした、じゃかっこ悪い。
「スカルス、詠唱を続けて!」
「わかってる!」
「ケイロン、行くぞ!」
「おう!」
飛び出したボクとケイロンに合わせてホルフも飛び出した。振り下ろされる剛腕をその肉体で受け止め、その隙を僕たちが突く。
迫りくる牙を避け硬い鱗を斬り付ける。剣か鱗かどちらが削れているのか分からない音を立てながら剣を振り抜き、サラマンダーの大きな一挙一動に翻弄されながらも大立ち回りを繰り広げた。
暑さの限界などとうに超えている。スカルスが魔法でフィールドを凍り付かせ防護壁を張ってくれているとはいえマグマ流れる火山の洞窟の中では温度上昇の方が早い。火山に挑む以上覚悟はして来たが、想像以上だった。以前来た時はこれほどではなかったと思うが。
意識が揺らぎ始めたところで、サラマンダーにも限界が来たのか途端に動きが鈍くなる。倒れた自分の夢ではないことを願いながら、もう光っていない剣を支えにして歩きだした。ケイロンも倒れてはいない。僕に合わせて歩きだし、ホルフも片膝を突きながらもなんとかサラマンダーのもたれる様な攻撃を防いでくれていた。
肩でする息が止まらない。緊張と疲れと筋肉痛で体はボロボロだ。ナルカの魔力も枯渇して回復も見込めない。最後の援護魔法が切れる前に。
真っ赤な鱗が虫食いのように剥がれ落ちたサラマンダーの前に立つ。
「ラストアタックだ、輝剣。答えてくれ」
残り少ない体内の魔力を全て輝剣に注ぎ込む。輝剣はほんのりと光りだした。
「ケイロン、行けるかい?」
「金次第だな」
「帰ったら一緒にお酒を飲もう」
「付き合ってやるよ」
しっかりと地を踏みしめ剣を構える。サラマンダーも覚悟を決めたのか静かにこちらを見つめている。
「冒険しすぎたかな」
柄を握り直し、剣をーー。
その時だった。静観していたサラマンダーが吠えながら上空を見上げる。何事かと視線を誘導された僕たちの目の前で繰り広げられたのはサラマンダーのラストアタックだった。
ドロドロに溶け真っ赤に赤熱したマグマ弾が雨のように降り注ぐ。
そして、もはや条件反射。僕はポケットにしまってあった最終手段を上に放り投げた。
マークルスに超大ピンチ中の大ピンチの時にだけ使えと言われて、常にポケットに入れて置くようにと何度も念押しされた、恐らくマジックアイテム。
子どもの作る泥団子のようなそれは振ってきたマグマ弾の1つに辺り展開される。丸いラウンドシールドのような薄い膜が幾枚か。マグマの雨に唯の1枚も壊れることなく僕たちを防ぎきると、数秒を経過した後に煙のように立ち消えた。
半分呆然としながらも剣を握り振り抜く。鱗よりも少し固い感触に振れたかと思うとサラマンダーはついに力なくその場に倒れた。
「何とかなったな」
「あ……あぁ」
ケイロンはなんとか笑顔を作り出すとこちらに歩いてくる。
しかし、そんなことはない。ナルカもスカルスも魔力切れ、ホルフは限界、ケイロンも僕も倒れる寸前なこの状況で最後には彼にもらったアイテムに助けられた。毎回こうではないかもしれない。そもそもここまでやれたのは僕たちの連携と実力があっての物だ。だが、彼がいないことは、恐らく今後致命的な何かで以て襲い掛かってくる。
「今はまず、片づけをしてここを出よう。話がある」
「OK、みんなも呼んでくる」
「頼んだ」
サラマンダーの素材を余すところなく回収し、火山を脱出した僕たちは一旦休憩を挟もうと焚火を囲んだ。
みんな熱と緊張と疲れでアンデッドのようになっている。
そんな中、僕は話を切り出した。
「パーティのランク降格申請をする」
その言葉にみんなは反対した。それでも、説得をしていくうちにみんなは納得してくれた。
そして、ホルフはいつの間にか宿から消えていた。その次の日のスカルスの機嫌は最悪だったが、これでよかったのかもしれない。
そうして僕たちはまた歩きだした。