18話 スカーレット・バリアシオン
そして、寝不足の朝である。
2つのキングサイズベッドにまるで家族のように寝転がる3人の女性と1人の男。親子にしては少し年齢が近く見えるが、全くもって親戚ではない上に1人は昨日偶然相席させられた赤の他人である。
俺は目を覚まし慣れない天井といつもより感じる腕の重みに動けずにいた。
中でも真っ赤な長髪の少女からの拘束がすごい。確か間にノノを挟んで寝ていたはずだが、いつの間にか女性2人を腕枕していた。
そろそろ腕が痛いというのはさておき、大概俺も寝相が悪い質だったかもしれない。
そしてそれはそれとして、この状況はあまり良くない気がする。俺は役得だが、赤髪の彼女は昨日酔っぱらって赤の他人に絡むほどだった。そんな人が昨日のことを覚えているはずがない。もはや二日酔いで判断力が鈍っていてもおかしくはない。
幸い同じベッドにノノもナタリアもいることから騎士に連れていかれる前に弁解の余地くらいはあるだろうが、一旦距離を取っておくことに越したことは無い。
そう思い俺は自らの腕からノノを引き剥がし、抱き枕だったら潰れていそうなくらい力のこもった赤髪の少女の腕から脱出しようとする。
こういう時は悪い予感というのは的中するもので、縋る物のなくなった少女はゆっくりと目を開きベッドに座る俺と真っ先に目を合わせた。
端的に言えば逃げ遅れたということである。
その音はどこまで響いていただろうか。街中はもちろんのこと、鉱山の最下層まで届いていたんじゃないだろうか。
少女はゆっくりと時間をかけて息を吸い――
「いやぁぁーーーーうっ、いったぁ」
自分が出した大声で二日酔いの自分を攻撃した。
「なんですか!?」
「うむぅ」
ナタリアとノノも流石に飛び起きる。俺もあまりの大声に怯んでいた。
「な、なんで私、男の部屋に連れ込まれてるのよ!」
「俺がなんか言って信じるのかお前は?」
「いいえ!」
「だろうな」
女の子を既に2人侍らせているような冒険者だ。盗人と奴隷の次くらいに信用ならない。嘘を付けない契約にもできる奴隷よりも信用ならないかもしれない。
「お客様、どうかなされましたか?」
慌てた様子で部屋の扉が叩かれる。心配した宿の従業員が声を掛けに来たようだ。
「何でもない」
「ですが……」
「大丈夫だ」
「はぁ……失礼します」
ここで問題になるのは面倒だと感じたのか、少女も黙っていてくれた。
「で、マークルスさん、もしかして朝から手を出したんですか?」
ナタリアがジト目で聞いてきた。
「俺がそんな甲斐性のあるやつに見えるか?」
「……いいえ」
「悲しいな」
「そんな人だったら今ごろ私は子持ちです」
「言うな」
改めて赤髪の少女の方へと向き直る。何を心配してか自分の身体を触っているが、幸い俺は上裸だが彼女の服は脱がしていない。何から説明しようか寝起きで働かない頭を回転させていると赤髪の少女は大きなため息を吐いた。
「落ち着いたか?」
「ちょっとね」
「で、昨日の事はどこまで覚えてる?」
「やけ酒で一杯飲み始めたところまで」
「そうだな、酒樽2つ半はいっぱいだな」
「私そんなに飲んでたの?」
「やけ酒してダル絡みして宿がないから泊めろと言ってきた」
「うわぁ、で、でもこんな美少女と寝れたんだから役得でしょ?とにかくありがとう、助かったわ。もしフィールドで会ったら助けてあげる。また会えたら会いましょ、じゃ」
そう言って少女は慌てて支度を始める。服を正しさよならしようとした彼女の足を俺は引っ掴んだ。
「おい待てよ、赤髪の」
「な、なんでしょう?」
俺は下卑た笑みを浮かべ、少女は物凄く焦ったような表情を浮かべる。残念ながら俺は代金分働いてもらうまではこいつを逃がす気はない。
「体で払って行けよ、追放少女」
「あぁ、私の冒険者稼業はここで終わるのね……」
と、そう言うわけで俺たちはさっそく赤髪の少女の飲んだ酒代を稼ぐべく最高級宿を後にした。
見た目からして稼いでいるように見えないコスパ装備の男と、それが侍らせる美少女たちを一目見て何人もの人間が振り返り二度見をする。
ナタリアはギルド勤めの非戦闘員、ここにはいない。
決してナタリアが美少女じゃ無いと言いたい訳じゃ無いが。
そんなことより大事な話が出来ていないなと思い出した俺はフィールドに向かう途中で赤髪の少女に話しかけた。
「そういえば、名前聞いてないよな。俺はマークルス、こっちは拳で戦うノノだ。とりあえずよろしく」
「別にパーティになるわけでも無いんだし名前なんて知らなくて良いでしょ?さっきみたいに追放少女とでも呼べば」
赤髪はツンとしてそっぽを向く。
そのキャラクターは青年向けの絵本でしかあまり見ない奴だ。こういう奴には多少こちらも強気で行けばいい、らしい。
「酒の代金分本当に体で払ってもらっても良いんだぞ?」
「ぐっ……アリアよ」
「アリアか。1人になってちょうどよかったんじゃないか?」
「うっさい、いつか力と地位でボコボコにしてやるから」
「俺を?」
「あんたと元パーティメンバー」
これは高飛車な態度が原因でパーティ追放されたと見える。俺は面白くて嫌いじゃないが。
少しムスッとして、それでもどこか少し楽しそうに周りを眺めていた彼女は、悪戯がバレた子どものような表情で俺の方を向いた。
「ねぇ、予備の剣とか持ってない?」
「お前の装備は?」
「没収されちゃって」
心の中では思いっきり自分の顔を叩いていた。
「戦闘時の主な配置は?」
「前衛」
「よく使うのは?」
「大剣!」
「まーた金のかかる物を」
ノノといいアリアといい金属部分が多くて高い物を得意になりやがって。ノノはもう盾はいらないが。
「もー、ナタリアに声掛けてくるから待ってろ!シリウスのとこ行くぞ!」
「誰?」
「知り合いの鍛冶師だ」
「あら、さすがは私が無意識にでも選んだ男ね」
アリアは得意そうに微笑む。
3回ほどはたいてやりたいが我慢して、俺は2人に待ってるように言うとナタリアの元へと駆けて行った。
「で、女の子増やして今度は何の用だ?」
「嫉妬するなよ」
「追い出すぞ」
「そう怒るなよ。仕事、というか武器が早急に欲しくて買いに来た」
ナタリアに馬車を用意してもらい急遽王都へと舞い戻り鍛冶屋に駆け込んだ。
買い物だと伝えるとシリウスは呆れたようにソファに深く座り込む。
「受注じゃなく既製品の購入だな。その新しい姉ちゃんのだろ?」
「アリアよ」
「わかったよ、クインテット」
「なっ、それが客に対する態度なの?」
「アリア、こいつはそういう奴だ、諦めろ」
「む、もういい」
ふてくされたアリアは今度はノノへと向き直るとお菓子で餌付けを始める。
「で、お前は何をしようとしてる?」
アリアとノノを話から外すようにシリウスは身を乗り出してきた。
「ちょっと倒したいモンスターがいてな」
「……どんな奴だ?」
「コカトリスだよ」
「コカトリス?そんだけのためにこのメンツを?」
「え?あぁ、まぁ、2人とも偶然捕まっただけだが」
「……いや、本当に気付いてないならわざわざ話す必要もない」
「なんだよ、意味深長なこと言いやがって」
「じきに分かる。その時に思い出すんだな」
我関せずと言わんばかりにシリウスは再度ソファに深く座り込んだ。
「おい、カルテット」
「アリアよ!」
アリアの態度にも怯まずシリウスは幾つかの候補を示していく。
「お前の体を見るに……」
「私の体!?」
「黙れクインテット」
「また戻った!」
「力任せに振ると見た。柄もしっかりしたやつがいいだろう。出来れば元から一本か鋳造か」
「細かいことは任せるわ」
なぜだか得意げにその実った果実を、もとい胸を張る。俺もシリウスも一瞬目を細め可哀想な子を見るような目でアリアを見た後、シリウスが書き殴ったメモに目を落とした。
「お前、よさ……マークルス、予算は?」
「え、なんで私に聞かないのよ?」
「剣も持ってない奴が金を持ってるのか?」
「持ってないわ」
「じゃあ入ってくるな」
「むぅ」
アリアはまたノノいじりに戻っていった。
「適当にいくつか持ってくる。金はいつか払え。払わなかったら地の果て地獄の果てまで追いかけ回してやる。いいな?」
「ありがたい」
「……はぁ」
ため息を吐きながら面倒くさそうに部屋を出ていったシリウスはちょっとして戻ってくると、両腕に数本のでかい剣を持って現れた。
「姉ちゃん、欲しいの選びな」
声をかけられてアリアは無造作に置かれた大剣たちを一本一本手に取っていく。しかし、どれも悪くはないがしっくりくる物が無いようで、3周ほど全てを手に取ってみた末少し難しい顔をして俺の方を見た。
「なんだか合うのがないわ」
「そうか……」
俺のナイフは既製品どころか大量生産品だ。遊撃的な立ち回りの俺と違って大剣を持った最前衛は剣にかける思いも違うのかもしれない。だが、金のない今すぐにオーダーメイド品を用意してやることはできない。そもそもまだパーティでもない少女にそんな高い贈り物は出来ない。メレルちゃんにあげた贈り物なら凄い数になってると思うが。
「剣士に適当な剣で済ませてくれって言って良いものかも分からないしなぁ」
「そりゃ贅沢言えば最高級のものが欲しいわ」
「でもそう高いものも用意してやれないしなぁ」
どうしたものかと自らの髪をすく。
その時、シリウスが興味深げに大剣を持ち上げるノノを指差した。
「嬢ちゃんの武器、武装?はどうなったんだ?盾はやめたんだよな?」
「あぁ、ノノは拳闘士タイプだ。拳が武器になる。お前の思ってる倍はすごい子だぞ」
自分のことではないがシリウスに自慢をする。しかし、シリウスは俺を無視してノノの手を取った。
思案顔で自分の手に触れるシリウスにノノは首を傾げる。
何度かさすったり指の太さを確認するような動きをするとーー
「ナックルも持ってくる。もう一回待ってろ」
そう言ってまた部屋を出ていった。
それからノノとアリアによって卓上のお菓子が無くなるくらい待っているとシリウスが戻ってきた。
彼の手にはナックルダスターと一振りの剣が握られている。彼がそれをゆっくりと机に置くと木製のしっかりとしたテーブルが軋みを上げた。
「ナックルは俺が先輩を真似して作った鋳造品だ。そんでそっちの赤い剣、そっちは俺の幾つかある傑作の一つだ。銘は、そうだな……スカーレット・バリアシオンだ」
赤銅色の刀身は両刃になっており、一般的なブロードソードより一回りほど長く太いだろうか。かろうじて大剣と言えなくもない程度のその剣は異様な存在感だけを放ってそこにある。
「銅剣か?」
「合金だ。姉ちゃん、持ってみな」
頷いてアリアは剣の柄を握る。力を込めて持ち上げようとしたところでそれを一瞬躊躇するように止まった。
「どうした?」
「重いわ」
「ブロードソードと比べると?」
「3か4本分くらい」
「まさか、重鉄か?」
「そうだ。重鉄と赤銅の合金だ」
シリウスが頷く。その横では重いと言いながらもアリアがスカーレット・バリアシオンを軽々と持ち上げていた。
「金は追々払え。今はそれを持っていけ」
「いいの?」
振り向いたアリアの目はキラキラと光っている。相当気に入ったらしい。
「こいつ伝いでしっかりと金は払ってもらうけどな」
シリウスは俺を指差すと、アリアには試しに振ってみるように促した。
アリアは剣を持ち俺たちから数歩離れると剣を構える。腐っても、酒をしこたま飲んで絡み酒をするような少女でも剣を持てばそれなりに様になる。極東の言葉で馬子にも衣装という言葉があったのを思い出した。
「さっきも言ったがそれは俺の傑作の1つ。特別製だぜ。刮目して振ってみな」
シリウスのいたずらっぽい顔にアリアは少し困惑しながらも剣を振る。モンスターのいない街の中で気の抜けた状態で振っても形だけは美しいそのフォルムと赤き刀身は、俺たちの予想に反して炎を後に残していった。
熱量と質量と美しい軌跡が俺たちを数秒間魅了する。制作者であるはずのシリウスも実際に見るのは初めてなのか、満足そうな驚くような表情でそれを見ていた。
対してアリアもさらに気に入ったようで、まるで英雄を見る少年少女のようなキラキラとした目で剣を眺めている。
そしてさらに、炎を纏いついに完成したらしいその剣は赤みを増しより紅に近づき明かりを反射して輝き、まさに赤髪のアリアが持つに相応しい剣へとなり替わった。
「魔剣か……」
「名工なんかじゃなく俺が作った魔剣だ。一級品には劣るが、そこら辺の大量生産品とは比べ物にならねえぜ」
アリアは感動のあまり剣を持って部屋をうろちょろと歩き始める。ノノもナックルダスターは嬉しいようで、両手の物をカチカチと合わせて楽しんでいた。
「俺の弓と言い、代金払うのに何年かかるんだ……」
「早くランクでも上げて稼ぐんだな。そうじゃねえと末代まで取り立てに行くぜ」
「頑張るよ」
この少女がパーティに入ってくれれば頼もしいのだろうな、と考えながら急いで馬車に乗り鉱山へと出発した。